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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 1. The Soldier and The Novelist.
28/83

〈二十六〉オズワルド嬢の申し出


「馬鹿馬鹿しい」


 背もたれにどっかりと体重を移し、俺は呆れの声を上げた。最初はその考えに戦慄に似た物を感じたが、冷静になってみると誇大妄想も甚だしい話である。


 九〇年前に死んだ暴君の復活だって?

 政府が殺戮兵器を密造しているとでも言われた方が、まだ信憑性がある。


 呆れ返る俺を見て、彼女は淡く苦笑を浮かべた。


「だから、あくまでも仮説だよ。少なくともこれまでの材料からそういった推論も導き出せる、というレベルの話だ」


 彼女の言い方には、どことなく「話半分に聞け」というニュアンスがあるように思えた。


「推論は主義に反するんじゃなかったのか?」


 昨日の小説家の言葉を思い出し、俺はそんな揶揄を挟んでみる。すると今度は彼女が呆れ顔を浮かべた。


「それは誤謬だな。推論を推論として口にすることと、それをあたかも真実の如く断言することには明確な違いがある。私が厭うのは後者だ。人の揚げ足を取りたいのなら、まずは正確な記憶力を身につけてからにするんだな」


 悪戯心程度の揚げ足取りすらさせないとは、相変わらず可愛げの無い女だ。頭をぼりぼりと掻きながら、俺は話を本筋に戻す。


「それにしても、陰謀論並みの胡散臭さだぜ。だいたい、仮にその話が本当だとしたら、枢機卿はなんで旧皇帝なんて蘇らせようとしてるんだ? また戦争でも起こす気か?」


「ふむ、確かに祖先の復讐というのも一般的な動機として充分だ。しかし、それだとあの合理性の権化とも呼べる枢機卿にはいささかロマンティシズムが過ぎるな」


 彼女は紅茶を一口啜り、自嘲気味に口元を歪めてみせる。俺も小さく鼻を鳴らした。


「復讐にロマンがあるかよ」


 小説家はそこで思慮深げに目を細めた。


「―――奴の真の狙いは、もっとゼネラルなものだと思う」


 不可解な言葉に、俺の眉が自然と寄せられる。


「ゼネラル? 何だ、それ?」


 しかし小説家は俺の疑問には答えずに、例の如く顎に手を当てて沈黙する。妙に思いつめた様子に、なんとなく気後れしてしまった。その真剣な表情は、自らの推察に確信が持てず口を噤むというより、それを口にすること自体が憚られる、といった風に見えた。


「……まぁ、いいさ」と、俺は吸っていた煙草を灰皿に押し付ける。「おまえのことだ、どうせ後々になれば分かるんだろ」


 こいつが即答しないということは、現時点ではいくら訊いても無駄だということだ。

 そんな俺の反応に、意外そうに目を瞬かせる小説家。


「ほう、今回はやけに簡単に引き下がったな」

「ふん、単純に、勿体つけるおまえのやり方に慣れてきただけだ」

「それは良い傾向だ。おまえにも適応力が培われているようで安心したよ」

「ああ、お前のおかげで大陸で一番我慢強い男になれた気がしてるぜ」

「それは単なる自惚れだ」


 俺は苦虫を噛み、小説家はそんな俺を見てくつくつと笑った。


「まぁ、枢機卿の目的が何であれ、我々があの山を目指すことに変わりはない」と、気を取り直して言う小説家。「とにかく今の我々が意識せねばならないのは、奴より先にアタヘイに到着することだ」


「簡単に言っちゃくれるがな、それもまたなかなか難しいオーダーだぜ」

 俺は少しだけ声のトーンを真面目にして返す。

「日中のいざこざのせいで、この街の門には十中八九、既に枢機卿の手が伸びてると考えた方がいい。第零騎士団に俺の顔は割れちまってるし、知名度の高いおまえは尚更だ」


 そう、目的地を目指す前に、まずはこの街を脱出することを先に考えねばならない。しかも、あの諜報と隠蔽に長けた第零騎士団の目を盗んで、だ。

 だが、小説家の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。


「案ずるな。小説家たる私が、その程度のシナリオを見透かしていないとでも?」

「へぇ、何か策でもありそうな言い方だな」

「その通りだ。そら、今にも私の救いの案が、この部屋の扉をノックしようとしているぞ」


 小説家の言葉で、俺は部屋の扉のすぐ外に人の気配がすることに気づく。そして計ったようなタイミングで、控えめなノックの音が室内に響いた。警戒心を宿す俺に、小説家が言う。


「敵ではない。安心して出ろ、ソード」


 どこか釈然としないながらも、俺は椅子から立ち上がって突然の来訪者を迎える。扉を開けたその先に立っていたのは、栗色の髪を後頭部で一括りにした女性の姿だった。


 彼女は出迎えた俺に微笑し、小さく頭を下げて見せる。


「お邪魔いたします」


 予想外の人物に面食らう俺に、彼女の自己紹介が飛んできた。


「コステロ書店のドロシー・オズワルドです。お約束通りお伺いいたしました。フォレスター先生はいらっしゃいますか?」


 ……なんでこいつが此処にいるんだ?


 それは、俺が今日最初に原稿を売りに行った店の、女書店員だった。

 

              ◆


「ああ、フォレスター先生!」


 女書店員は部屋に入るなり、椅子に腰掛ける小説家に駆け寄ってその足元に膝を着けた。小説家が手を差し伸べると、ドロシーは熱っぽい瞳でそれを握り返す。さながら皇族の謁見のような一場面に、俺は面食らってしまった。

 満足げな微笑を浮かべながら、小説家が言う。


「よく来てくれた、オズワルド嬢。貴女の手助けに深く感謝する」

「どうか召使いを呼ぶように、ドロシーとお呼びください。先生にこうしてお逢い出来たことに感動を禁じ得ません。たとえ明日、世界が終わるとしても私に後悔は無いでしょう」


 殉教者の如く情熱的なドロシー嬢の弁に、俺の口元からは乾いた笑いがこぼれた。おそらく、もう彼女の瞳には俺の姿は残滓すら残っていないだろう。


「……いつの間に手を回してたんだ、おまえは」


 俺がげんなりしながら言うと、小説家は得意げに鼻を鳴らした。


「実は貴様が宿を出ていった後、私も街の書店を方々巡ってみたんだよ。おまえが忠実に仕事を遂行しているか確認する必要があったし、何より第零騎士団の動きもこの目で見たかったからな。こちらのオズワルド嬢―――ドロシーには、そのときに出逢ったのだ」


 やれやれ、と俺は首を左右に振る。つまり、この護衛対象は俺の預かり知らない所で勝手に単独行動をしていた、ということだ。


 俺は椅子を立って彼女に詰め寄り、人差し指をその鼻っ面に突きつける。


「馬鹿野郎」


 はっきりとした語気で、俺はそう言った。非難が飛んでくる前に、俺は真剣な顔で続ける。


「何も無かったから良かったものの、連中に見つかっていたらどうするつもりだったんだ? おまえに何かあったら、傭兵の俺は首を括るしか無いんだぞ」


 護衛対象を守れなかった傭兵、となってしまえば、仕事を依頼してくる人間はいないだろう。商売上がったり、とはまさにこのことだ。

 すると小説家はばつが悪そうに目線を外した。


「実際に何も無かったんだから、良かったでしょ」

「バーダ」


 名を呼ばれて顔を上げる彼女の瞳を、俺はまっすぐに睨み返す。


「約束しろ、イクスラハに戻るまで二度と俺の側を離れるな」

「……」


 再び目線を逸らす小説家に、俺は念押しする。


「分かったな」

「……分かったわよ」


 先ほどの余裕は何処へやら、小説家は不服そうに、だが確かに頷きを返した。その様子はまるで過ちを叱られる子供のようにも見える。しかし、彼女自身も軽はずみな行動の非を理解したのだろう。感情に任せて反論しないだけ大人である。


 吐息をつき、煙草を口にくわえて火を着けようとした時だった。


 俺の口元から、くわえた煙草を引ったくる影があった。唖然として顔を向けると、女書店員が俺を睨みつけていた。


「先生は煙草を吸われません。室内での喫煙はマナー違反です」

 そう言って、彼女は俺の煙草を指先でべキッと叩き折る。

「それに、フォレスター先生のことを馴れ馴れしく呼ばないでください。何様のつもりですか」


 彼女の目には、あからさまな俺への敵愾心が伺える。どうやら先ほどの小説家とのやりとりが気に食わなかったらしい。敬愛する作家が貶されたと思ったのだろう。


「いや、別に何様ってつもりじゃなくてだな……」


 俺が弁明を口にしようとするも、書店員はまるでそれを鉄剣で叩き斬るかのように遮った。


「あなたのような見るからに下賎な人間が先生と同じ空間にいることについては百歩譲って追求をやめましょう。しかし、先生に対する不埒な言動は許せません、断じて許せません、万死に値しますつーか死ね。あなたには先生の作品をすべて十回以上自筆で複写して精神の浄化を求めます」


 息つく間もない勢いに俺は思わず一歩後ずさってしまった……っていうか今、もの凄く直接的な暴言が織り交ぜられていた気がするのは俺の聞き間違いだろうか。


「死ね」


 聞き間違いじゃなかったらしい。


 ふと、俺は日中の、あの書店での彼女と店長のやりとりを思い出す。あの殺意に満ちた瞳はなかなか忘れられるものではない。


 半ば狂信的とも言える、小説家フォレスターへの情熱。


 俺は反論を喉の奥に飲み込んだ。これ以上、何かを言い返すのは、激しく面倒事の予感がする。

 無言で苦虫を噛む俺を横目に、一人笑いを噛み殺す小説家の姿があった。ちらりと寄越した視線には「ざま見ろ」という侮蔑が宿っている。やはりこの女の性根は腐っていやがる。

 小説家は余裕ある笑みを取り戻し、書店員に言う。


「いや、恥ずかしいところを見せて申し訳ないな、ドロシー。しかし、この男をそう邪険に扱わないでくれ。これは私の旅中の護衛でね、先ほどの言い分も理は彼にある。非を認めるのは私の方だ」

「ああ、フォレスター先生。なんと寛大な……」


 俺は思わず唇を噛んだ。その寛容な言葉は当然、俺と奴の懐の深さを見比べさせようという打算に満ちている。

 俺はため息を吐いた。もはや俺と彼女たちの間に引かれた大河は、飛び越えることが不可能なまでに広く深い。俺は介入を諦めてどっかりと椅子に腰を落とす。


 面倒くせぇ、勝手に話を進めてくれ。


「さて、ドロシー。早速だが本題に入らせてもらおう。此処まで来てもらったのは他でもない、貴女にひとつ、頼みたいことがあるのだ」


 小説家がそう申し出ると、書店員は恭しくこうべを垂れた。


「なんなりとお申し付けくださいませ、フォレスター先生。日々のお世話から諜報活動、人物の抹消まで、如何なる命令も成し遂げてみせます」


 物騒極まりない言動に、俺は若干引いてしまった。小説家への忠誠というより、もはや頭のネジが二、三本吹っ飛んでいるとしか思えない。


 しかし、小説家は疑問を挟まずに続ける。


「それは心強い。では、まず我々の状況を説明しよう。実は私たちは現在、この街で足止めを食っているような状況でね。とある組織が我々の旅の妨害をしているんだ」


「なるほど」と書店員は興味深げに頷く。「それで、私はどの組織を潰せば?」


 本当に書店員か、この女は。


 これには小説家も小さく苦笑を返した。


「いや、そこまでの重責を貴女に求めはしない。貴女には、我々がこの街を脱出する手助けをしてもらいたいんだ」

「それはお安いご用ですが……しかし、先生が今後も安全な旅を続けていく為には、先んじてその組織とやらを壊滅させてしまった方が良いのではないでしょうか?」


 その提案は、この書店員が単独でその組織を壊滅できる、という前提の上に成り立つと思うのだが。


 小説家は苦笑したまま小さく首を左右に動かし、ドロシーの申し入れを断った。


「敵は強大で、規模も尋常ではない。貴女の言う抜本的解決策を押し切るには、人員と時間が足りないよ」


 俺も一人、皮肉げに口元を歪める。相手は枢機卿、国家そのものだ。奴らを根本から壊滅させる為には、テロリストにでもなるしかない。この書店員も、まさか愛読する作家の為だけに国に反旗を翻したりはしないだろう。


 ……。


 ……いや、なんとなく実際にやりかねない気がして、俺は一瞬身震いした。


「分かりました、先生がそう仰るなら……ですが、それでは私はいったい何をすれば?」


 ドロシーの問いに、小説家が指を一本立てた。


「それをこれから説明しよう。あの狡猾な連中を出し抜く妙手を、な」


 悪戯っぽく片目を瞑る小説家を見て、俺は日中の一件を思い出す。当然のことながら、嫌な予感しかしなかった。


              ◆


 翌日、太陽が高く昇り、街に人々の往来が出来始めた頃。

 俺と小説家はホテルのたっぷりとした朝食を摂ってから、身支度を整えて宿を後にした。待ち合わせ場所の馬房の前では既にドロシーが待っていた。昨夜の小説家の指示通り、黒いレーンコートに黒いニットの帽子という、まるで昨日の俺のような黒づくめの格好だ。


「おはようございます、フォレスター先生」


 そう言って彼女は、目深に被ったニット帽の下から小説家に向けて微笑みかける。だが当然、傍らの俺に対しては視線すら寄越そうとしない。まぁ、既に誰かさんのおかけでこういった扱いには慣れているので、今更特に気にすることではない。


 ……しかし、なんだ。俺は文学女に嫌われる星の下にでも生まれたのだろうか?


「おはよう、ドロシー。今日は宜しく頼む」

「ええ、どうかお任せくださいませ」


 小説家の言葉に力強く頷くと、ドロシーは颯爽と身を翻し、一人、馬車の御者台に腰掛けた。その瞳には煌々とした使命感の炎が宿っている。やれやれ、戦争でもしにいくわけでもあるまいに、大仰な奴だ。

 俺は馬車の荷台に視線を向ける。


「……なぁ、こんなやり方で本当に大丈夫なのか?」


 今さら言った所でどうなるわけでもないが、俺は胸中の不安を傍らの小説家に吐露してみる。しかし、彼女の表情には自信と確信の色しか浮かんでいなかった。


「おまえは大船に乗ったつもりでいろ。私のシナリオは狂わんよ」


 いや、大船でも船底に穴が開いたら沈むぞ。

 そんなことを思ったが、口に出しても無益であることは分かりきっている。代わりに小さく諦めの吐息をつく俺の横で、小説家が挑戦的に笑う。


「さぁ、連中を出し抜いてやろうじゃないか」


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