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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 1. The Soldier and The Novelist.
27/83

〈二十五〉アーサー・トゥエルヴ、其の一

「マルムスティーンがこの街に?」

「帰納法で考えれば、な。状況がそれを証明している」


 小説家が自らの初校をこの町にバラ撒いたのは、第零騎士団の存在を確認する為。そして奴らの存在は、同時にとある人物―――フォレスターの持つ『幻の初稿』をもっとも警戒する人物を指し示す。

 俺は不意に、彼女の言葉を思い出した。


『奴が警戒するのは「幻の初稿」を持つ私であって、「アタヘイ」を目指す私ではない』


 あの迎賓館前での会話があったからこそ枢機卿は小説家の原稿を警戒し、それゆえに我々は奴の所在を把握できたというわけだ。

 彼女曰く、作家としての予感から敷いた伏線。

 まさにそれが現状にぴったりと納まっていることに、ささやかな感嘆を禁じ得ない。


 しかし、と俺は腕組みしながら考える。状況がその可能性を大きく肯定していると分かっていても、俺にはそれが現実的にあり得ないことのようにも思えた。


「だがちょっと待てよ。本当に奴がこんな場所にいるのか?」

 と俺は灰皿に煙草を押しつける。

「だって数日後にはイクスラハで独立祭があるんだぜ。枢機卿ならそこで演説だってある。今からイクスラハに戻ったんじゃ特急馬車でもギリギリだ。そう考えれば、奴が今、州を越えたこんな街にいるとは思えないが」


「マルムスティーンは仮にも枢機卿、国の最重要人物の一人だ。影武者ぐらいいくらでもいるさ」

 紅茶を啜りながら答える小説家。

「だいたい、独立祭に関しても別に本人が州都にいなくても問題ない。枢機卿を名乗る人物が、演壇で本人の書いた原稿を読み上げれば大衆は納得してしまうものだ。肩書きに付随する責務なんてのは今や形骸化しているんだよ、今のユナリアの政界ではね」


「最後のは随分と極論に聞こえるがな」


 と、俺はその意見を話半分に聞き流す。彼女が無政府主義者的な傾向を持っていることは、この数日間のつき合いの中で把握している。俺は本題を訊ねる。


「じゃあ、そこまでして、奴がこの街にいる理由ってのは何だよ?」

「私と同じだよ」と小説家はカップをソーサーの上に置いた。「奴も目指しているのさ。イヴィルショウの謎の街、アタヘイの廃墟をね」


 そして、すべてを見透かすように目を細める小説家。その瞳の奥からは、底知れぬ深淵がこちらを覗いていた。

 この女、いったい何を……いや、『どこまで』知っていやがる?


「説明が欲しい、という顔をしているな」


 どこか楽しそうに言う小説家に、俺は仏頂面で鼻を鳴らした。


「やっと気づいてくれたか。こっちは部屋に入った時からずっと同じ顔をしてるんだがな」


 彼女は席を立ち、鏡台の上に置かれてあった紙束を手に取る。それを顔の横に掲げるように持ってきて、不敵に微笑んだ。


「順番に説明しよう。まずはコレからだ」

「何だ、それ?」

「私が聖女ハヴァンディアから頂戴した戦利品だよ」


 思わず体勢が少し前方に傾く。

 アルダナク連邦からの亡命者が手に入れ、ユナリア政府に徴収されたという資料―――ヴィリティス曰く『アタヘイの住民による手記』だ。


「マルムスティーンもまた、これを読んだのだろう。たぶん、私よりも先に」


 小説家はそう言ってページをめくり始める。表情には愉悦と陶酔の色が見え始めていた。


「しかしヴィリティスの言ったとおり、この手記は驚くべき代物だったよ。下手な怪奇小説よりも俄然興味を引かれる内容だ」


 俺は言葉を挟まなかった。椅子の背もたれに体重を戻し、腕を組んで沈黙する。それを傾聴の姿勢と捉えたのか、小説家は一度満足そうに頷いてから、口を開いた。


「これはアタヘイの町の住人、いや、一人の科学者が書き記したものだ。読み解く限りでは、どうやらそのアタヘイでは町ぐるみで『とある研究』がされていたらしい……にわかには信じられない、さながら空想小説の如き悪魔の研究がな」


 冊子を片手に、窓際に向けて少しずつ歩を進める小説家。


「悪魔の研究……」


 と俺は単語を口の中で繰り返す。


「ああ―――その研究内容は、『不死』」


 窓辺で眼下のモントリアの町並みを見下ろしながら、彼女は言う。


「結論を先に言おう。その町で行われていた研究が、件の怪物を生み出した」


 俺を振り返る小説家の瞳に鋭い光が宿り、唇がその名を紡いだ。



「アーサー・トゥエルヴ―――それがあの山の不死の怪物、いや、人体実験の果てに『怪物にされた人間』の名前だよ」



 そして、彼女はその書を紐解き始める。

 


              ◆


『七十九年十一月九日。

 ペリノアがいなくなった。他の子たちと遊んでいる最中に姿が見えなくなったらしい。町の総出で捜索を行う』


『七十九年十一月十一日。

 崖の下にて発見。可哀想に。子供たちには伏せておくことになった。年長のランスロットは気づいているかもしれない。霊薬の精製を急がねば』


『七十九年十一月二十六日。

 陽性反応を確認。ついに我々の悲願は結実した。奇しくも今日はアーサーの誕生日だった』


『七十九年十二月四日。

 効能成分は特定以上の高度に依存するらしく、下界での培養は現状不可能であることが発覚した。生存限界高度とは真逆の成り立ちである。興味深い』


『七十九年十二月十五日。

 精製に成功。「最愛の霊薬」はここに完成を見る。

 素晴らしい日だ。

 鶏肉とワインで祝杯を上げる。

 子供たちもこの祭りに参加した。

 ただ一人、ガウェインだけが暗い顔をしていた』


『七十九年十二月二十五日。

 第一被験者ペリノアへの投与開始。

 蘇生に成功。

 奇縁なるかな、主の降誕と同じ日だった。

 吉兆であると言えよう』


『七十九年十二月二十六日。

 ペリノアの帰還に宴が催された。

 同年のパーシバルは一晩中泣いていた。

 トリスタンが笑っていた。

 あのケイまでも嬉しそうだ。

 しかし当のペリノアは術後のせいでふやけたシリアルしか食べられなかった。少し不服そうだったが、すべては幸福である』


『七十九年十二月三十一日。

 ペリノアの経過は良好。

 ランスロットが私の研究室を訪れる。

 やはり彼は気づいていた。

 しかし、こちらの説得に応じる』


『八十年一月七日。

 第二期被験者への投与を開始。

 対象は以下五名。

 ランスロット・イレブン。

 ガラハッド・ファイヴ。

 パーシバル・エイト。

 ケイ・ナイン。

 モルドレッド・フォウ。

 投与後の異常は無し』


『八十年一月十八日。

 ガラハッドとモルドレッドが広場で喧嘩し、仲裁に入ったランスロットが負傷。

 石段に頭をぶつけて出血したが、医療舎に着いた頃には完治していた。

 錯乱している様子は無く、至って平静。

 この機に本人に実験許可を申請、すべてを話す。

 協力を得ることができた』


『八十年一月二十日。

 本人承諾を得てランスロットの人体実験を行う。

 全身麻酔後、術式を開始。

 五指切断、回復時間三秒。

 右腕切断、回復時間二十八秒。

 左足切断、回復時間三十一秒。

 腹部貫通、回復時間七秒。

 心臓貫通、回復時間五分二十二秒。

 頭部切断、回復時間三分三十八秒。

 素晴らしい。

 今、死は我々の前に屈した』


『八十年一月二十五日。

 第三期被験者への投与を開始。

 対象は以下四名。

 ボールス・テン。

 ガレス・ツー。

 ルーカン・スリー。

 ベディビア・ワン。

 投与後、ガレスに軽度のアレルギー反応』


『八十年二月四日。

 最終期被験者への投与を開始。

 対象は以下三名。

 トリスタン・セブン。

 ガウェイン・シックス。

 アーサー・トゥエルヴ。

 これにて、すべての子供たちへの投与は完了した。

 我らの歴史は近い』


            ◆


 そこまで読み上げて、小説家は紙束から顔を上げる。俺は腕組みしたまま、口を閉ざして静かに話を聞いていた。彼女はどこか楽しげに問う。


「さて、ここまでで感想は?」

「ちょっとばかし登場人物が多すぎる、ってとこかな」


 俺は自嘲気味に口の端を上げ、首を竦めてみせた。

 そんな俺に彼女はやれやれと首を軽く振って、頼んでもいない解説を始める。まったく、おまえは単に自分の考えを披露したくてたまらないだけだろうに。


「ここまでで分かるように、これは体裁としては科学者らしき人物の日記という形式になっている。しかし、それにしてはいささか不自然な点があることに気づいただろう。そう、それぞれの日付―――いや、年号だ」


 小説家はテーブルの上にその書類を乗せ、該当の箇所を指さす。


「日付は『七十九年』という年号から始まっている。正暦の下二桁を指し示しているのだとしたら、これは少しばかり奇妙だ。何しろ今は正歴一八七二年だからな」

「正暦一七七九年、って可能性はあり得ないのか?」


 俺の言葉に彼女は首を振って否を示し、別の項を指さす。


「ここを見ろ、八十年一月二十日に全身麻酔に関する記述がある。世界で最初に全身麻酔を成功させたのは一八〇〇年初頭の東和諸国と言われている。正史で確認できる限りではもっと遅い。我が国で麻酔技術が確立し始めたのは一八四〇年代後半、ジエチルエーテルとクロロホルムの有効性の発見からだ」


 そして彼女の指がさらに移動する。


「それに、こっちの七十九年十二月二十五日にはシリアルという食べ物が登場している。これが健康食としてユナリアで開発されたのは一八六三年、つい最近だ。一七〇〇年代の皇国時代には存在しない」


 感嘆を通り越して、俺は少し呆れてしまった。細かい年号までいちいち覚えている奴だ。こいつの頭の中はいったいどうなっているんだ?


「じゃ、いったいどういう意味なんだよ、この年号は?」

「今はまだ分からん。何かを基準としての『七十九年目』なのだろうが、それを推測するには情報が足りなすぎる」


 小説家は思索するように目を細めた。まるで自らの頭の中に、眼前の情報を紐づける鍵を探すかのように。

 その唇が、やがて独り言のように漏らした。



「いや、あるいは本当に―――正暦一八七九年、という可能性もあるか」



「はぁ?」俺は思わず眉を寄せる。「それじゃ今から七年も先だろ。何言ってんだ、おまえ」


 それが荒唐無稽な考えであることは、いくら学の無い俺でもさすがに分かる。小説家は憮然として俺を睨んだ。


「私とて馬鹿ではない。時間の非可逆性くらい理解しているさ。しかし、だ」


 と、そこで彼女はまた別の項を指さす。


「その非可逆性を全面から否定している事柄が書かれているんだ。読み解くこちらも発想の飛躍が必要だろうが」


 だとしても、根拠がない発想はただの妄想と大差無いんじゃないか? そんなことを思ったが、俺は口には出さないでおいた。

 小説家が指したのは、七十九年十二月二十四日の項目。


「『蘇生に成功』」


 と彼女は読み上げる。


「もしこの記述が事実なのだとしたら、この死んだ筈のペリノアという人物が生き返ったことになる。荒唐無稽と呼ぶならまさにこの節のことだよ。現代の科学で考えてもあり得ん事象だ」


 俺は何も言わなかった。そもそも、説得力のある反証を持ち出せるほど、俺は現代科学とやらには通じていない。


「そして八十年一月二十日に記載されている、悪魔の所行のような人体実験……『今、死は我々の前に屈した』」


 そこで、小説家は左手を叩きつけるように手記の上に置いた。


「もはや推論として導き出すまでもない。彼らが精製に成功したという『最愛の霊薬』とやら―――間違いなく、人間を不死にする薬品だろう。そしてその薬は十三人の人物……いや、子供たちに投与された」

「眉唾物だな」


 俺は椅子に座ったまま身を乗り出し、両肘を両膝につけて指先を組む。そして小説家をまっすぐに見上げ、意見を口にする。


「そもそも状況からしてあり得ない話だ。その薬が人を不死にするというのなら、何故その街は滅んだんだ? 死なないんだろ、そいつらは」

「その理由はこの先に書かれてある。端的に言えば、薬には副作用があったらしい」


 小説家は再びテーブルの上の手記を手に取ると、そのページをめくった。 


「その結果、一夜にしてアタヘイの街は滅んだ。たった一人の怪物を残してな―――続きを読むぞ」


 彼女の唇が、再びその物語を紡ぎ始めた。


              ◆


『八十年四月一日。

 ガウェインに異常が起きた。

 高熱、時折筋肉の痙攣が見られる。

 医療舎にて治療を行うも直接的な原因が分からない。

 ガウェインの母親が泊まり込みで看病をしている』


『八十年四月三日。

 ケイとベディビアにも同様の症状が見られた。

 未だ治療方法が不明。アスピリンもまるで効果が無い。

 霊薬の組成を再解析することに』


『八十年四月五日。

 ガウェイン、ケイ、ベティビアの皮膚の一部に硬質化が見られた。

 サンプルを解析、記録にあるクロノアルターの構成組織との一致率が九十七パーセントであることが分かる。

 事態は深刻だ』


『八十年四月六日。

 ガラハッド、ボールス、ルーカンにも同じ症状、医療舎に収容する。

 他の子供たちには流行り病であると伝える。

 念のため、全員の血液検査を行う』


『八十年四月七日。

 ガウェインの母親が病室で死亡しているのが発見された。

 凄まじい力で四肢を引き裂かれ、腹部が破られていた。

 凄惨たる現場に、しかしガウェインの姿は無かった。

 街に厳戒態勢を敷く。

 既に発症している五人を地下の収容施設に隔離』


『八十年四月八日。

 ボールスとガラハッドに皮膚硬化の傾向。

 他の三人も含め、それぞれ独房に鎖で繋ぐ。

 懺悔の念は後だ』


『八十年四月九日。

 ガウェインの行方はまだ知れない。

 パーシバル、ガレス、モルドレッドも発症。独房に収容する。

 ボールスとベディビアの皮膚の硬質化は全身に及び、ケイの身体の各所に攻殻が現れる。

 既に彼らに自我は無い。

 研究を急ぐ』


『八十年四月十日。

 研究に進展があった。

 十三人の血液にはそれぞれ他個体へのネクローシス作用があることが分かった。

 その性能には序列があり、どうやらそれは「最愛の霊薬」そのものの培養性質に起因するらしい。霊薬の培養依存要素、すなわち高度のことである。保存環境の標高が高ければ高いほど、投与時の効能としての不死性は純度を増す。これが何を意味するのか。

 投与の際、もっとも地上から離れた位置にいた被検体。それはつまり、十三人の不死者の中で唯一、他の十二人を殺すことのできる血を持つ者ということになる。

 アーサー・トゥエルヴがそれだ』


『八十年四月十一日。

 研究室から資料が一部盗まれた形跡がある。

 おそらくランスロットだろう。

 彼を含む四人の身柄保護を指示するも、捕らえられたのはトリスタンのみだった。

 アーサー、ペリノア、ランスロットの消息が断たれる。

 街総出で捜索が開始。

 彼らが発症して山を降りる前に捕まえねば』


『八十年四月十二日。

 逃げた三人を除く全員の症状がレベル五に達した。

 設備的に考えれば監禁にも限界がある。独房の数が足りず二体を一部屋に収容しているのが現状だ。

 今朝がた、ボールスとルーカンの独房は地獄絵図と化していた。

 互いを殺し合い、それでも互いを殺せない。

 どちらかにネクローシス作用が見込める組を同室で監禁すれば良いのだろうが、ここまで症状が進行してしまっては独房の移送すらままならない。

 あのカルビン合金製の檻が無ければ、我々人類は彼らと対峙することすら叶わないだろう。

 早急にアーサーの血が必要だ。

 捜索網を広げる』


『八十年四月十三日。

 捜索から戻ると、集落が半壊していた。

 死者は確認できるだけで八人。

 由々しき事態だ。

 独房の鍵がすべて開かれてしまっている。

 破壊された形跡は無いので、ほぼ間違いなくランスロットたちの仕業だ。友人たちが監禁されていると思いこみ、助けにきたのかもしれない。

 監禁していた十個体はすべて逃亡。

 いや、ガレスとモルドレッドと覚しき亡骸の『なごり』が残されていた。おそらくネクローシス作用によるものだろう。二人の死体は塩とも砂とも取れぬ粒子の塊となって、牢獄の片隅で朽ちていた。

 このまま連中同士で自滅してくれればいいが、それまでに街の住人の何人が生き残れるだろうか』


『八十年四月十四日、雨。

 昨夜、妻が目の前で殺された。

 妻の首をはねたルーカンは、さらにトリスタンに殺された。

 どうやら生きて夜を越せたのは我々七人のようだ。

 わずか一夜にしてアタヘイの街は壊滅した。

 現在は監視塔の最上階にてこの手記を記す。

 嗚呼、阿鼻叫喚とはまさにこのことだ。

 此処から見渡す限りで十数体の住人の遺体、そして五体の被検体の死体と思しきものが、廃墟となった街に確認できる。

 ボールス、パーシバル、ケイ、ガラハッド、ベディビア。

 もはやその亡骸は細かな粒子の山となり、生前の姿は傍らの服装の切れ端から判断するしかない。

 もはや現状に修復の余地は無い。

 我らの祖父の代から続く研究は失敗に終わった。

 遠い未来でこれを読む人間がいたら、まずは使命を果たせず尽きることを謝罪したい。

 そして我が息子、アーサー。

 この子はおそらく最後まで生き残ってしまうであろう。

 自我を失い、それでも自分を殺してくれる者もいない。

 今更父親ぶるわけではないが、その孤独を心の底より憂う。

 間もなく此処も破られる。

 先ほどから、アーサーが鋼鉄のドアを叩いている。

 異形と成り果てた彼の目に、父親の姿が分かるだろうか。

 いや、せめて彼に殺されるのならば、少しだけ私は救われるだろう』


              ◆


 小説家が手記の写しをテーブルの上に戻す。そこで俺は煙草に火をつけた。


「以上が、アタヘイの街が滅んだ顛末らしい」


 小説家が俺を見やる。何か言うべきなのだろうが、取り立てて俺に感想のようなものは無かった。紫煙を吹いてから、問い返す。


「……おまえはこの内容を信じるのか」

「論理的帰結に関して言えば、説得力はあると思うが?」


 小説家はどこか楽しそうに言う。対して俺は呆れの吐息をついた。


「俺にはただのこじつけた創作にしか思えんがな」

「論理というのは極論的に言えば全てこじつけに過ぎんよ」


 得意げに言う小説家に、俺は手をひらひらと振って降参を示す。彼女に詭弁で臨んで勝てる気はしない。ヒュウを相手取るより厄介だ。


「だがよ」と俺は話題を変える。「もし仮にそれが真実だとするなら、もうおまえがあの山を目指す理由は無いんじゃないか?」


 この旅の根底に立ち返ってみる。もともとこの小説家がイヴィルショウを目指すのは、あの山に潜むという不死の怪物のルーツを知る為だ。その全ての梗概がこの手記に記述されている以上、別段、現地に向かう必要性は無い筈である。

 しかし、小説家はとんでもないと言わんばかりに首を左右に振る。


「むしろ逆ね。私はこれを読んでから更にあの山への興味が掻き立てられたわ」


 その口調の変化に俺は辟易するしかない。こうなってしまえばたぶん、もう何を言っても無駄だ。

 彼女は幾分興奮した調子で続ける。


「ネクローシス、アスピリン、クロノアルター、カルビン合金……私がこれまでに読んだ如何なる文献にも記載されていなかった単語よ。水溶性石灰コンクリートの実用化しかり、失敗したとは言え、不死の霊薬まで作り上げてしまう並外れた科学技術。何故、それがあんな人里離れた山奥に存在するのかしら?」


 ぶつぶつと呟く小説家。もはや彼女の独り言になっていきそうだったので、そこで俺は口を開いた。


「それで、枢機卿まであの山を目指している理由は何なんだ?」皮肉っぽく鼻を鳴らす。「まさかあの男もおまえみたいに、自身の創作意欲ゆえに、とか言うんじゃないだろうな」



「奴の目的はおそらく、最愛の霊薬だ」


 途端に冷徹に答える小説家。


「……何だって?」俺は思わず訊き返す。「霊薬って、この怪物になっちまう薬のことか?」

「ああ」

「ちょっと待て、ますます分からん。どうして枢機卿がそんなものを求めるんだ? まさか自分自身が不死身の怪物になろうっていうのか?」

「いいや、違う。奴にはこの薬を使いたい人間がいるんだよ」


 彼女の眼孔が鋭く輝く。

 薬を使いたい人間、だと?


「……イクスラハから傭兵組合が潰されたのには、とある『環境』を作り出す為という側面もあった」


 腕を組み直し、再びゆっくりと窓辺へ歩を進めながら、彼女はいきなりそんなことを切り出した。俺は訝しさに眉を寄せる。


「とある環境? なんだそれ?」

「職を失った傭兵が一部で暴徒と化し、特定の事象が『起こり得る』と世間が認識する環境だ。淡い納得のヴェールで衆目を反らし、本質を有耶無耶にしてしまう―――いわばあの施策は、大衆への盲ましとしての役割も兼ね備えていたわけだ」


 小説家がいったい何について話し始めたのか、俺には分からない。


「州での公的な配下である第十四騎士団を使わず、実質的な私兵である第零騎士団を駆り出している現状から考えるに、おそらくこの計画は奴が単独で企てたものだろう。その第零騎士団にもほぼ間違いなく、枢機卿特権による緘口令が敷かれている筈だ。身内の教皇庁にすら知られてはいけない、ある種の謀略。だからこそ、ここまで回りくどい方法を取った」


 おい待ってくれ、おまえはいったい何の話をしているんだ。

 そんな問いを投げかけようとした、その時だった。



「―――墓荒らしをした連中が捕まったという情報は、今のところ無い」



 彼女が口にしたその話に、俺は出かかった言葉を飲み込む。


 墓荒らし、そして傭兵の暴徒化。

 それらの情報が俺の頭の中で紐付けされ、先日、ヒュウから聞いた噂話が脳内に再構成される。


『今朝の件は知っているかい? 旧皇帝墓所の墓荒らしをした連中までいたそうだ』


 職を失い、困窮した元傭兵たちが起こしたとされる事件。

 だが、まさか……。


「そんな連中は、そもそも存在しなかった……?」


 俺の口から漏れた答えに、彼女はこくりと頷きを返す。


「だが、人々はそう認識した。誰もが墓荒らしの犯人は元傭兵の粗暴者だと納得してしまった。納得とは即ち、関心の消極だよ。教皇庁が容疑者として手配したのも元傭兵とされる一部の連中……すべてあの男の目論見通りだ。誰もマルムスティーンを疑う者はいない」

「墓所を襲った真犯人は、枢機卿だって言うのか?」

「私の仮説の中ではな」


 もしそれが、真実だとするならば。


「……そんなことの為に俺達から職を奪ったのか?」


 理不尽さと馬鹿馬鹿しさに、俺は愕然とする。


「もちろん件のアルダナク内戦への対策、そして組合助成金の予算削減という事情もあったとは思う。だが、その施策をこのタイミングで、これほど急に強行した最大の原因はここにある。傭兵組合の撤廃が下された時期は、あのアルダナクからの亡命者がアタヘイの資料をイクスラハに持ち込んだ時期に合致するからな。さすがは稀代の名君と謳われる枢機卿、即断即決だったというわけだ」


 皮肉げに言ってから小説家は振り返った。そして、全てを見通すかのような澄んだ瞳で俺を見る。


「既に貴様も察しがついているとは思うが、当然、奴の狙いは墓所に奉納されている宝物などではない。事件後、教皇庁の役人共はどうやら閂を外してまでは棺の中を調べなかったようだ。いや、あるいは既に偽物にすり替えられていたか、あの現場の捜査兵も第零騎士団で構成されていた、という可能性もあるな」


 棺。その中に眠る者。

 アタヘイの不死の霊薬。

 あの手記に書かれていた『蘇生を確認』という言葉。

 マルムスティーン一族の系譜。


 すべてをパズルのように組み合わせると、一本の脈絡が見えてくる―――荒唐無稽というよりも奇々怪々な、おぞましさすら覚える脈絡が。

 俺が到達した答えを表情から読み取ったのか、小説家がうなずきを返した。


「そう、九〇年前に死んだユナリア旧皇帝―――暴君レオネ」


 妖艶に微笑しながら、彼女は言う。


「奴の狙いが、その復活だとしたらどうする?」

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