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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 1. The Soldier and The Novelist.
26/83

〈二十四〉零番目の騎士たち

 まず先にブーツを血で染めたのは、俺の方だった。


 文字通り四方から同時に敵が襲いかかってくる中、俺がまず踏み出した方向は前方。肉迫し突き出される男の拳に対して、俺は路地を蹴って跳躍。右足の蹴りで迎え撃つ。しかし、それは目の前の男への攻撃が目的ではない。


 真の獲物は、俺の背後。

 蹴りが狙う場所は、その拳そのものだ。


 俺は突き出された拳をブーツの底で壁の如く踏みつけ、空中で身を捻って体幹の向きを逆転。次の瞬間には、その反動を使って後方の男の顔面に左足の踵を叩き込んだ。驚愕を覚える暇さえも与えず、男の意識を暗闇の底へと撃墜する。


 だが男が倒れる様を確認している暇は無い。


 着地と同時に左右から飛んでくる拳。まずはその両方の二の腕に手の甲をぶち当てて弾き飛ばし、リズムが一拍崩れた隙に右手の男の喉元に手刀を叩き込む。一瞬の呼吸困難、怯んだその頭を左手で掴み、俺の膝蹴りがその鼻梁に炸裂。うめき声を小さく漏らしてから、男は路上に倒れ伏す。


 後方から肌を焼くような殺気。しかし俺は視線を向けずに右の裏拳を背後の男の顔に打ち込む。間髪入れずに肘打ちで鳩尾を抉り、悶絶に身を屈める男の髪を肩越しに左手で掴んだ。そのまま重心を遙か前方へ向けると、男の身体が宙を舞った。鈍い音と共に路上に叩きつけられた男は、一瞬だけ身体を痙攣させてから動かなくなる。


 五秒で三人、上出来だ。


 そんな思考を挟む余裕が出来たとき、俺の背筋を駆け抜ける怖気があった。咄嗟に残る一人を向くが、しかし、奴の放った蹴りは予想以上に鋭く、構えた俺の腕を易々と弾き飛ばす。衝撃、痺れ、そしてがら空きになる俺の身体。蹴りを放った勢いで背を見せる男が、肩越しに射抜くような殺意の視線を向けた。まずい、と思考する前に覚悟を決め、腹筋に全精力を注ぎ込む。


 刹那、槍のような二撃目の後ろ蹴りが、俺の腹部を打ち抜いた。


「がはッ……!」


 想像以上の膂力に、俺の身体は道端のゴミ箱を蹴散らしながら吹き飛ばされる。一瞬の意識の途絶、その後に襲う激痛と嘔吐感、そして生ゴミのすえた臭い。精神力を総動員させて、俺はそれらに耐える。常人なら内蔵破裂を起こしてもおかしくない一撃だ、くそったれが。


 痛みを堪えながら立ち上がる俺を見据えて、対峙する男は再び構えを取った。

 最初に俺が拳を踏み台にした男、つまり俺をこの路地裏に誘い込んだ奴だ。しかし、その顔から既に先ほどの微笑は剥がれ落ちている。今やその目に宿るのは俺に対する不愉快さ、そして静かな怒気だけだ。


「想定外ですね」


 憤りを押し込めるような静かな声で、男は言う。


「我々三人を瞬殺とは、少し見くびっていました」

「そうか? 割と想定内だが」


 と俺は口元を歪めてみせる。本音を言えば、これは少しだけ痩せ我慢だ。実際のところ、俺は連中を屠るにあたって結構な本気を出している。それでいて強烈なのを一発食らってしまったのだから、自分の未熟さが嫌になる。ああ畜生、腹が痛い。


「ただの密売屋ではありませんね。あなたは何者ですか?」


 眉を寄せ、あくまでも冷徹に問う男。対して、俺はヘラヘラと笑ってみせる。


「もしも、だ。本気で俺がその質問に答えると考えているのだとしたら、おまえには幼児レベルで人生経験が足りないぜ」

「人格を疑うほどに安い挑発ですね」

「買うだろ、お互い貧乏そうな顔してるもんな」


 男の表情に苛立ちの色が見え始める。対照的に俺は相変わらず余裕の笑みを浮かべたままだ。痛みのせいで額に脂汗は浮かんでいたが。


 正直、今の俺は並大抵の罵詈雑言では乱れることのない精神性を獲得している。今のこの俺を言葉で叩きのめそうと言うのなら、あの小説家を二人は連れてこい。それなら口を開く前に降参してやる。


「……くだらない言葉遊びはやめましょう」


 男が異様な気配を纏い始める。ゴルドの糞野郎にも似た獰猛な殺気に、俺の全身が条件反射的に総毛立つ。男は確固とした口調で言う。


「あなたは、私には絶対に勝てません」

「人格を疑うほどに安い挑発、だな」


 笑みは崩さず、俺も拳を構えた。


 そしてひとときの静寂が降りる。

 肌がヒリつくような空気。

 遠くの街の音が、路地に反響して聞こえる。


 お互いに対峙する距離はおよそ十歩。互いに詰める距離は単純に五歩ずつ。その空白は一瞬で埋まるだろう。


 しかし、と俺の頭にいつもの猜疑心が過ぎる。


 奴の確信めいた台詞が、少しだけ俺を冷静にさせた。

 絶対に、と奴は言った。

 その響きに、何故か俺は自惚れを感じられない。

 そこには何か……核心がある気がする。


 ―――奴の隠し持つ、何かが。


 思考が予感に行き当たったとき、男が動き出した。その足が一歩目を踏みだそうとした瞬間、俺の世界が速度を落とす。

 極限の集中力の世界で、俺もまた敵へと駆け出した。

 一歩、そして二歩。

 俺は右の拳を握り、遅滞して流れゆく時間の重みすら感じながら、その腕を引く。


 目前、男の三歩目が踏み出されたとき、直感が俺の左腕を動かした。


 奴の右手は自身の懐に突っ込まれている。


 ―――おそらく奴に、四歩目は無い。


 だからこそ、俺の左手はコートの懐に。


 奴が懐から『それ』を引き抜くのと同時に。


 俺もまた、『それ』を引き抜き、構える。


 刹那に垣間見える、奴の動揺。


 『何故、こいつがこれを持っているのか分からない』


 そんな顔だ。


 しかし既に決断した俺の前で。


 その疑問を挟む差は、あまりにも大きい。


 そして―――。



 一発の銃声が、路地裏に響いた。



               ◆

 

 銃砲王権法。


 それはユナリア合衆教皇国に唯一、皇国時代から一〇〇年近くに渡り続く法律だ。

 曰く、その条文はたった一文だけ。



「ユナリア皇国(※現文ではユナリア合衆教皇国となっている)に存在する銃火器の所有権及び使用権は、皇帝一族のみが永久に保有する」



 元々は当時の皇室政府が国民の武装蜂起を抑え、国内の武力統一を計る為に強いた法律で、これは皇国時代のファシズムを形成する大きな一要因となった。皇帝レオネはこの法を重んじ、侵した者を親族に至るまで徹底的に虐殺したという。記録によれば、九十年前の独立戦争で殉職した兵士の数が、ユナリア全土で二万五千四百三十五人。しかし、そのうち四千四百三十五人は銃砲王権法違反による死罪だったらしい。処刑方法は銃殺刑。皮肉と呼ぶにはあまりにも質の悪い話だ。


 何故そんな法律が、平和主義を掲げるユナリア合衆教皇国で、皇国が滅んだ今現在も施行され続けているのか。その理由はちょっとしたユーモアに満ちている。



 所有権を持つ皇族が、既に誰も存在しないからだ。



 それはつまり、この国が『いかなる人間も銃を持つことの許されない国家』であること、そして『殺戮の時代が終焉した』ことを意味する。

 過去への戒めと新国家の矜持、そして抑止力としての意義が、この法律を現代にまで存続せしめた。今やこの法は、ユナリア合衆教皇国にとって平和主義国家としてのアイデンティティーとも呼べる。


 現在では極刑こそ定められていないものの、銃の所持、もしくは発砲は仮出獄制度適用無しの終身刑とされている。しかし、殺人を犯そうものならば情状酌量無しの死刑だ。


 物好きな貴族階級の蒐集家ですら、所持を拒否する代物。

 それがこの国における、『銃』という存在である。



             ◆


 俺が宿に辿り着いたのは、既にどっぷりと暗くなった頃だった。疲労困憊の体で部屋の扉を開けると、小説家は窓際の藤椅子に腰掛けて優雅に紅茶を啜っていた。

 憮然とする俺の顔を見て、彼女はどこか得意げに微笑を浮かべる。


「遅かったな」


 よっぽど張り倒してやりたい衝動にも駆られたが、しかし既に俺はあまりにも疲れ切っていた。何より、俺には彼女の言いつけを完遂できていないという負い目がある。対面の椅子にどっかりと腰を下ろし、俺はテーブルの上にスクロールを一本放った。投げやりな溜息と共に言う。


「ひとつ売れ残っちまった」


 しかし、小説家は気にした様子も無く紅茶に口をつける。


「構わんよ、既に狙いは果たされた。労ってやろう、紅茶でも飲むか?」


 そう言って彼女は飲みかけのカップを俺に差し出す。新しく煎れてくれるつもりは無いらしい。しかし喉が乾いていた俺は一息でそれを飲み干し、口元を拭ってじとりと小説家を睨む。


「―――で、説明はしてくれるんだろ」

「ああ。しかし、ちゃんと撒いてきたんだろうな? 連中に我々の宿がバレてしまっては面倒なことになるぞ」

「だったら最初から言っておけよ……」と呆れの吐息をついて、虚脱する。「最初に絡んできた連中は残さずブチのめしてきたよ。一応、追っ手を警戒して街をぐるぐる回ってから帰ってきた。たぶん大丈夫だろ」


 尾行を撒く為の常套手段だ。まぁ、そのせいで帰りがこれほど遅くなってしまったわけだが。


「ブチのめした? あの連中を?」小説家の目が驚きに見開かれた。「あははは!」


 何故か突然、可笑しそうに笑い出す小説家。疑問顔の俺に、彼女は言う。


「どうやら私は貴様の実力を過小評価していたらしい。あの第零騎士団をよく倒せたものだ」

「……何だって?」


 今度は俺が驚愕に目を開ける番だった。

 第零騎士団、だと?


「ハッ。馬鹿な、都市伝説だろ」


 思わず乾いた笑いが俺の口から漏れた。しかし小説家は否定する。


「そう言う連中もいるな。何だ、おまえは信じていなかった派か?」


 どこか小馬鹿にするような小説家の視線に、俺は押し黙った。


 第零騎士団。


 それは教皇庁の組織の中で『存在する筈の無いゼロ番目』の騎士団とされている。巷の噂によると、公に出来ない殺人や隠蔽などの任務を遂行する特務機関、ということらしい。といっても実在の証拠があるわけでもなく、噂が一人歩きしているというのが現状だ。陰謀論などと同じ、大衆が生み出した都市伝説の一つというのがそれまでの俺の認識だった。


 小説家は腕組みしながら語る。 


「第零騎士団は実在する組織だ。諜報と隠蔽と武力に特化した、教皇庁が隠し持つ秘中の秘、法の外側から内を打つ特務機関。連中の『公務』に関しては、このユナリアのあらゆる法の例外となる」


 俺はあの男が懐から抜いた得物を思いだし、合点がいった。なるほど、奴が銃を所持していたのはそれでか。

 やれやれ……どうやら、俺は本当に『都市伝説』の奴らと戦っていたらしい。

 俺は憤然として言う。


「なんでそれを最初に言っておかないんだ、おまえは」


 それを知っていれば、こちらとしても対応の幅ができただろうに。

 しかし、小説家はあくまで冷静に答える。


「あらかじめ教えていたら、おまえは必ず警戒するだろう。この作戦はあくまでも奴らを誘き出して、その存在を確認することだ。それとも、貴様はすべて知った上で連中を誘い出す演技ができるというのか?」


 その言い方に一瞬むっとしたが、頷きは返せない。事実、彼女の言う通りだったからだ。ましてや連中は諜報活動のプロだ。下手な演技を見せて警戒でもされたら、あの路地裏での結果は変わっていたかもしれない。


「それに、念のために貴様にはそれなりの投資をした筈だぞ。私の作家生命、いや、人生まで賭けてな」


 彼女の言い分に、俺は小さく吐息をついた。それもまた、事実だ。

 その『投資』が公にされれば、俺はもちろんのこと、あれを俺に譲渡した彼女もまた罪に問われることは間違いない。その人生すべてを圧迫するほどの償いと共に、だ。 


 彼女に借りた例の物を懐から取り出し、静かにテーブルの上に置く。釈然とはしないが、これに関しては礼を言わないわけにはいかないだろう。


「……まぁ、確かにこいつのおかげで助かった、ってのはある。ありがとよ」


 四十五口径、六連式リヴォルヴァー・マグナム。

 即ち―――拳銃。


 それが、この町に来る前に彼女が俺に預けた物だった。


「私の用心が効いたというわけだ」


 自らの読み通りだったことが喜ばしいのか、彼女は満足げに頷いてからその銃を受け取る。そしてシリンダーの空洞を一つ見つけると、真面目な顔で俺を見つめた。


「撃ったんだな」

「ああ」

「殺したのか?」

「いや」

「……そうか」


 無表情ではあったが、俺には彼女がどことなく安堵しているようにも見えた。

 俺は煙草をくわえ、火を点ける。室内で吸うことを小説家は止めなかった。紫煙を天井に吹き出し、俺はその霞の向こうに目を凝らした。


 先ほどの戦いの回顧を、その先に探すように。



             ◆


 俺の放った銃弾は、男の手から拳銃を弾き飛ばした。


 銃の扱いに手慣れていたわけでは無いが、運良く銃身に当たってくれたらしい。しかし、そんな安堵はひとまず置き去りにする。俺は隙を見せる目の前の男に肉迫。奴の足が止まった残り二歩分の距離は、俺の助走が踏みつぶした。


 男が迎撃の姿勢を取ろうとするも、既に遅い。

 次の瞬間には、俺の旋風のごとき回し蹴りが男の顔面を撃ち抜いていた。


 鮮血と共に倒れようとする男、しかし、その瞳に未だ意識の色を見て、俺は連撃を放つ。

 回転する勢いを使った左腕の肘打ちで鳩尾を。そのまま拳銃を握る左手の裏拳を再度顔面へ。そして下段から飛翔する俺の右拳が、奴の顎に炸裂する。それが、とどめの一撃となった。


 地から男の両足が離れ、一拍置いてその身体が路上に叩きつけられる。


 肩で息をしながら、俺は振り上げた拳をゆっくりと下ろした。その動悸は運動によるものではない。目を下ろすと、奇妙な現実感の軽さが、俺の左手の中に納まっていた。


 人体に当たれば確実に対象を殺傷し得るというのに、引き金を引いた時に伝わってきたのはあまりにも呆気ない衝撃だった。これほど容易く圧倒的な暴力の手段を、俺は他に知らない。それは正当な段階を無理矢理に省略したような―――どことなく、不快な感覚だった。


 ……俺には向かないな。


 俺は苦々しげな舌打ちを漏らして、その拳銃をコートの懐にしまった。


「な、ぜ……」


 足下から聞こえた呟きに目を向ける。血反吐を吐きながらも、驚くべきことにその男は辛うじて意識を保っていた。しかし最後の顎への一撃がかなり効いているらしい。瞳の光は弱々しく、今にも失神しそうだ。


「お、まえが……銃を……」


 やっとの思いで絞り出したようなその問いを、俺は鼻で笑い飛ばした。


「そりゃお互い様だろ」

「そ、の……原、稿は……」息も絶え絶えに奴の口が動く。「カンカ、できな、い……」


 看過、という単語が脳内で構成された頃には、奴は既に気を失っていた。


「仕事熱心だな、まったく」


 俺はボリボリと頭を掻いて、煙草を口にくわえる。そこで、鞄にひとつだけ残ったスクロールを思いだした。


「……俺も見習いたいもんだ」


 心にもない独り言と共に、俺は頭上に紫煙を吹いた。



             ◆



「―――で、その第零騎士団が、俺たちが追っていた連中なのか」


 視線を天井から戻し、俺は訊く。小説家はポットから紅茶を新しいカップに注いでいたが、どうやらそれは自分の分のようだった。彼女は香りを味わうように小さく息を吸い込んでから、頷きを返す。


「その通り。キャラバン三台を借り切り、イクスラハからここまで秘密裏に北上を続けてきた連中だ」

「しかし、解せないな」と俺は首を傾げる。「いや、奴らが北を目指す理由もそうだが、何より、どうしておまえの原稿なんかを狙っていたんだ?」

「あれは先日出版された私の本の初稿だよ」


 小説家は何の気無しといった様子で答え、紅茶を啜る。


「初稿? それって、例の発禁になったやつか?」

「ああ、そうだ」


 発禁、という単語に反応したのか、カップに口をつけたまま、小説家の表情が苦々しげに曇る。


 俺は旅の始まる前、イクスラハの迎賓館で小説家が語っていた話を思い出す。マルムスティーン枢機卿がやけにその存在を気にしていた、あの『事実の可能性がある』フィクションのことだ。


「そういえば、実はこっそり高値で出回ってるって言ってたな」


 そこで奴らの狙いに合点がいった。

 なるほど、政府機関として発禁図書の流布を見過ごすわけにはいかなかったというわけか。仮にも諜報活動を生業としている連中だ。これほど狭い町の書店で、あんな騒ぎを立て続けに起こしていれば気づかない筈がない。


「―――しかし、だ」


 そこで何故か、小説家は意味深な笑みを浮かべた。


「それにしても、対応が早すぎたと思わないか?」

「対応? 何の話だ?」


 彼女は指を一本立てる。


「貴様が第零騎士団に遭遇したのは、最初の書店に原稿を売ってからどれくらいだ?」

「あ? そうだな、だいたい三時間か四時間くらい……」


 と、そこで俺も不自然な点に気がつく。


 確かに彼女の言うとおり、いくら何でも展開が早すぎる。


 奴らはあの原稿が『発禁になったフォレスターの初稿』だと知っていた。だからこそ、その発信元たる俺を特定して仕留めようとしたのだ。

 しかし俺はついさっき、この原稿がその『初稿』であることを知った。というより、そうであると知らされなければ、俺は一生分からなかっただろう。そして俺が売り歩いた店の店主たちも、それが『未発表の原稿』であることは分かっても『発禁になった初稿』であることまでは知らなかった。


 当然だ。



 それが発禁図書であると判断するには、『あらかじめその原稿を読んで知っていなければならない』のだから。



 あの第零騎士団の連中の中に、或いは既に例の初稿を読んだことのある奴がいたのか? 

 それ故に現場判断で「これは発禁図書だから早急に取り締まらねば」という結論に至ったのか?


 ……まぁ、あり得ない話ではないかもしれない。

 しかしそれ以上に、俺の中ではより説得力のある仮説が既に生まれつつあった。


 それが発禁の初稿であると即座に判断し、取り締まりの指示を飛ばした人物が、この街にいるとしたら?


『おそらくその馬車には積まれていたんだ、本来ならこんな場所で目撃されては困るものが、な』


 この時期……そう、数日後にイクスラハにて独立祭が開かれるという時期に、こんな場所にいる筈の無い人物。


 パーツが組み合わさり、俺の中で結論を組み立て始める。


 それを促すかのように、小説家は語る。


「ちなみに、第零騎士団を動かすことのできる権限は、この国では二つの役職にしか与えられていない。一つはこのユナリアを統治する全権所持者である教皇、そしてもう一つは州の最高権力者たる行政官―――すなわち、枢機卿だ」


 あのキャラバンはイクスラハから北上してきた。

 では、そこに乗っているのは。


「まさか……」

「そう、奴らをこの街まで率いて来たのは他でもない」


 俺のたどり着いた答えを肯定するかのように、小説家は不敵な笑みを浮かべてみせた。



「―――枢機卿、ジェームス・マルムスティーンだ」



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