活動
「ここか?オカルト研究部とやらは」
バタンッ、と勢い良くドアが開き、長身の少女がつかつかと入ってくる。
「やあ、会長さんか。キミも飲むかい?」
「カビ臭い所に集まっていると思えば、貴様か」
放課後の部室、映天と離空はソファで、部長は窓際の机で寛いでいる所への突然の来客だった。
部長が持っていたティーカップを傾け勧めたが、少女は部屋の中央で腕を組み仁王立った。
制服のスカートからすらりと伸びた白い足に、離空が口笛を吹く。
「さて、今日私がここを訪れたのは他でもない生徒会からの伝達だ」
「会長さん自らご苦労なコトだねぇ」
「うちの連中が貴様の毒牙にかけられてはかなわんのでな」
「毒牙だって」
「たしかに」
離空と映天が後ろでこそこそと話す。
「以前から文書での通達はしていたが、一向に改善する様子がみられん。よって、黒海学園オカルト研究部を廃部処分とする」
「え?」
「ちょっとちょっと」
少女が2人を少しだけ振り返る。
「伝達がてら活動の様子をみようとも思ったが、部員が3人に増えたばかりでただお茶会を開いているだけ。これでは部費を割くだけ無駄なのでな」
「だからって、ちょっと力づくじゃないの?会長のおねーさん」
ティーカップを置き、離空が少女に反論する。
「力づくは此奴のほうだ!そもそも部の設立時から規定の5人を満たさず1人で、活動記録や結果等も設立から丸2年一切提出されん。そればかりか教室を準備室含め無断の使用。数々の備品の持ち込み。大体貴様はいつになったら制服を男子のものに改めるのだ?校則違反にも程があるだろう!」
少女が、バン!と右手を部長の座る事務机に振り下ろした。
「キミだって、女子の制服着てるじゃないか」
「私は女子だ」
「そう怒らないでよ……今週中に部員集めて活動レポート提出するから、それでどう?」
そう言うと、部長は机上の右手にすっと手を近付けた。
「はぁ?そんなことで、きゃ……」
その動きに気付くと、少女はぎくりと数歩下がり右手を胸の前で包み込むように庇う。
「きゃ?」
「あ、いや、とにかく、期限を過ぎ次第即刻処分するからな!」
映天の疑問には答えず、生徒会長は慌てて部室を飛びだしていった。
「来るのも突然なら、去るのも突然だねぇ」
後姿を見送って、部長が静かに笑った。
「で、なんで僕らは拉致られたわけ?」
学校からの帰り道、新紅と新藍、離空と映天の4人は街中の歩道を歩いていた。
普段なら車や人も多い通りだが、まだ夕方というには少し早く、すれ違う影もまばらだ。
「このままじゃ廃部らしく」
「え、ラッキー」
「それを防ぐ為に俺ら4人がひと働き」
「なんで僕らも入ってんだよ」
離空と新藍が延々と攻防(?)を続ける。
「でも、なぜこんな所を?」
「あぁ、最近、この辺に魔物らしきものが出るって噂を聞いて……」
「何処情報だよ……ってわ!?」
新紅と映天の間に割り込んだ新藍だが、背中に何かが勢いよくぶつかり前のめった。
「いっててて……なんだよ?」
振り返ると、学ランを着た眼鏡の少年が立ち上がる所だった。
「すいません……っ!」
それだけ言うと、少年はこちらを見もせずに走り去る。
その背中で、歪んだ空間が蠢いた。
ざわり、と背筋を冷たい感覚がかけ上がる。
「新紅、あれ」
「見つけちゃったけど、どうする?」
「……人助けするつもりはないけど」
「けど?」
「ぶつかられた借りは返すべきかと」
「まぁ、いいか」
黒い制服の後を追って走りだす双子を、カメラを構えた双子が追いかけた。
「いつまで逃げればいいんだよ……!」
何度振り返っても、無数の白い手が追って来ている。
すれ違う人たちは誰一人気付く様子がなく、自分がおかしいとすら思えてくる。
「……実際、おかしいんだけどさ」
大通りから外れた路地裏を選び、薄汚れた地面を蹴り進んだ。
暗く入り組んだ道は、時間の感覚を失わせようと狭まり、曲がりくねる。
何の為に走っているのか、わからなくなりそうだ。
「!!……しまった」
T字路を右に曲がると、目の前にブロック塀が聳え立った。
慌てて振り返るものの、すでにそれは、伸びたり縮んだりしながらこちらへ向かって来ていた。
「くそ!このままじゃ」
ずれた眼鏡を押し上げ、塀に身を寄せる。
このままでは……
【___縛札!】
何かが後方から飛来し、目の前まで迫っていた白いものに当たって弾けた。
「間に合って良かった」
「君さ、こんなとこ走るもんじゃないよ。分かり辛いったら」
「な……」
見上げると、塀の上に立つ白髪の少女と黒髪の少年とが目に入った。
「さて、暴れていいよ」
「暴れません」
少女は塀から飛び降りると、もがく手の前に立ちはだかった。
「貴方達、ちょっと動き過ぎよ」
【召喚___従主】
懐から出した長方形の紙が輪状に変形したかと思うと、宙の手を一括りに縛り落とした。
「あら、吸うまでも無さそうな雑魚じゃん」
「いいから早く」
少年も少女に続き降り立つと、面倒そうに紙を受け取りかざす。
【召喚___吸引瓶】
少年の手の中に白い塊が吸い込まれ___
【封印!】
「えっと、ありがとうございました」
眼鏡の少年が頭を下げる。
「いいえ~、人助けは当然のことだよ」
「人助けはやってないって言わなかったか?」
「お前はいちいち細かいんだよ、発禁髪のくせに」
「白金だし、関係ないから」
「こいつらは置いといて、君、怪我とかなかった?」
新藍と離空を放置し、映天が少年にたずねる。
「大丈夫です。歩いてたら、急に化け物に襲われて……本当に助かりました」
「それはいいけど、確かに、ああいったものに心当たりはないのね?」
「ええ、自分でも何がなんだか」
「そう……」
「……どうした?」
何やら考え込む新紅を映天がのぞき込む。
「なんでもないわ。帰りましょ、新藍?」
「あ、はいはーい」
「え、終わり?」
「倒したし充分じゃん。良いレポート書けるといーね。バイバーイ」
「待って待って、新紅ちゃん、送るって」
「僕もいるからいりません。て言うか僕らの方が有事の際強いよね」
「この美貌が役に立つかもよ?」
「待ってよ離空、鞄!あ、じゃあね、魔物に気を付けて!」
何事も無かったかのように家路に着く新紅と、言い合いを続ける新藍と離空を、少年に慌てて別れを告げて映天が追った。
「へぇ、良く見つけたね」
一人残された少年に近付く、女の影があった。
「だから見つけたって言ったじゃないか。わざわざこんな養魔使わなくても、直接行けば良かったでしょ」
「いいじゃない、可愛かったわよ?逃げ惑うアンタも」
「……寒気がするよ。で、決行は?」
「今夜、ね」
「あは、やっと、だ。やっと僕らの日常が取り戻せる」
暗い路地裏で、背の低い少年は笑い、狭い空を、背の高い女が仰いだ。