オカ研
「と、言う訳で~、部活見学に連れてったげる」
入学式の翌日、放課後になった瞬間新紅と新藍は映天と離空に拉致られた。
「どういう訳だか意味わかんないし、僕らは暇じゃないって昨日も」
「魔物退治で?」
にっこり笑った離空にそう遮られ、新藍は恨めし気に新紅を振り返る。
「し~る~く~」
「仕方ないじゃない、映天が居合わせちゃったんだし。とりあえず見学に付き合うぐらい良いでしょ」
「ご、ごめん、なんか俺のせいみたいで」
さらりと新藍の視線をかわす新紅と対照的に、申し訳なさそうにする映天。
「で、何部なの?」
「新紅ちゃん話早くて助かるぅ!」
「いいから」
「つれないなぁ……オカ研、だよ」
「オカ研?」
「うん、オカルト研究部。超常現象とかの研究をするんだ。ま、今はそんな活動してないけど」
話しながらも、4人は校舎の奥へ奥へと歩を進めていく。
「どうしてそんな部を存続させたいわけ?」
至極当然の問いに、離空はさらりと答えた。
「頼まれたのさ、部長にね」
「部長……って?」
説明を求め、映天を振り返る。
「っと、俺らより2コ上で、オカ研の部長。まぁ、あそこがなくなったら困るのは確かだけど、今回本当に部長が気になってるのは、新紅と新藍自体だな」
「僕ら?よくわかんないけど、部長さんとやらがカワイコちゃんでもないかぎり僕らは入部パス」
「あら、私も部長さんが可愛いかどうかで左右されるの?」
新藍が入らないなら私も入らないからいいけど、と新紅は興味無さげに言う。
「部長はキレイな人だよ。別名魔女」
「キレイ……?」
「ここだよ」
ぴたりと先導していた離空が立ち止まり、ドアに手をかける。
廊下の突き当たり、プレートに表示はなくもう使われていない教室のようで、ゆっくり押し開く扉の向こうに、がらりと広い部屋が広がった。
窓から傾き気味の陽が差し込み、舞った埃がキラキラと絨毯に積もっていく。
何もない空間の真ん中に、椅子だけがポツンと置かれていた。
「ここが、部室?」
生徒の残る教室や校庭から離れ、静かなこの場所だけが時間に取り残されているかのように感じた。
「ボクの部屋に、何か用?」
ふいに、耳元で囁かれたような気がした。
「え……」
先程まで誰も居なかった筈の椅子に、いつの間にか座っている人がいた。
__気付かなかった?
いつからいたのか、そもそも今本当にそこにいるのか疑う程に気配がない。
しかし存在感だけは人一倍あるような。
「ぶちょ~、悪趣味ですよ」
動けないでいる新紅と新藍をよそに、離空がつかつかと歩み寄り椅子の背もたれに手をかける。
「キミ達か。どうりで変なオトだと思った」
部長、と呼ばれたその人が、ボリュームのあるスカートを揺らして立ち上がる。
「ちょ、呼んだ上に頼みごとまでしといてそれはないですよ、魔女さん?」
映天もそう言いながら椅子の脇へと移動する。
「その呼び方、嫌いだよ。オトが汚い」
眉をしかめ、両脇に控える双子をそれぞれ見やる。
ふわり、と柔らかくカールした鈍色の髪に長い睫、人形のように整った中世的な顏立ち。
確かに、映天の言った通り綺麗な人だった。
「……キミ達が一年の不思議なオトのコ達か」
カツ、とヒールをならし、新紅達へと近付く。
「暮葉 新紅」
「弟の新藍」
「そう。ボクはこの部屋のヌシ。いつでも会いに来るといい。ヨロシク」
そう言って新紅の顎に手をかけると、自称主は頬に口づけた。
ちゅっと軽い音を立てて。
「あ、ずるい部長!」
「あ!いーなー新紅」
離空と新藍の声が重なり、お互い顏を見合わせる。
「お前ね……」
「お前な……」
「ストップ!」
にらみ合う2人の間に映天が割って入った。
「離空はしょーもない事言わない。新藍、一応言っとくけど」
新藍が停止するのが見てとれた。
「部長は男だよ?」
「……いやいやいや、失礼な冗談はいくないよ?」
「……だって、ブチョー」
離空がにやりと笑う。
「……ボクのスカートの下、見る?」
信じようとしない新藍に、彼はぺったんこの胸を張って答えた。
「嘘!じゃあさっきのって」
慌てて新紅を振り返ると
「あら、まあ」
やはり気付いていなかったのか、キスされた頬を押さえる所だった。
「で、本題。映天から聞いたんだけど、2人は何かオカルト的なことに絡んでるよね?」
以前は特別教室として使われていたらしく、奥の扉をくぐるとソファやパソコンのある小さな部屋があった。
準備室だった所を使っているのだろう。
部長も、どうやら先程はここから出てきたようだった。
「まぁ……」
向かいのソファに腰かけたまま、こちらに乗り出す離空。
「それらを詳しく知りたいんだ」
「何で?」
「ん、建前は研究結果を活動報告として提出することで生徒会からの弾圧を避けるため。本音は興味かな、君達そのものを含めて」
「……だって。どうする、新紅?」
出されたお茶を口にしつつ、新藍は横目で姉を見る。
「却下ね」
ふ、と下を向いて答える新紅。
「到底口じゃ伝わらないもの」
「それなら現場について行くまで」
「それも却下かな」
今度は新藍が映天に言う。
「はっきり言って、邪魔かな。映天もわかるでしょ?あの場にいて、どれだけ危険だったか」
「…………」
「言っとくけど、僕らはアレを倒してまわってる訳じゃない。僕らに近付いてくるのを、身を守るためにはねのけてるだけ」
「私達は、貴方達が思っているほど良い人間じゃないわ」
少しの揺らぎもなく、きっぱりと言い放った。
しん、と静かな空気の中、お互いが見合う。
「時計塔」
ぽつり、と黙って話を聞いていた部長が呟いた。
「……?」
振り返ると、宙を見つめ窓際の椅子からふらりと立ち上がる彼がいた。
その様子に、離空がにやりと笑う。
「新紅、さっきの話だけど」
状況が呑み込めないでいる新紅を映天が抱きかかえた。
「きゃ……」
「自分の身が守れれば、問題ないってこと?」
「ちょっと、おま……ぅわっ!?」
映天の突然の行動に抗議しようとした所を、離空に新紅と同じ様に抱き上げられる新藍。
2人は髪留めを外し、さらりと長い髪を好きにさせた。
「ちょっと変な感じするかも……我慢してね」
クラスの女子が卒倒しそうな笑顔で映天が言い、
ぐわりと視界が歪んだ。
「え」
目を開けると、先程までとは違う場所にいた。
「ここは……?」
映天の腕から解放され、新紅は辺りを見回す。
新藍もそれにならうと、木で出来た狭い部屋の中だった。
「時計塔。旧校舎の中央だよ」
埃とカビの入り混じった臭いに離空は顏をしかめる。
「さっきまで新校舎だったでしょ?どうやって」
そこまで言ったところで、部屋全体が揺れ、軋んだ。
天井からぱらぱらと木くずが降ってくる。
「何?」
「上だ!」
言うが早いか、離空は後ろの戸をくぐり木製の階段を駆け上がる。
後に続くと、吹き抜けの開けた場所に出た。
奥の壁が崩れ、砂埃が視界を遮る。
そのぼやけた視界の中、2人の人影がちらついた。
「君ら、何してるの?」
「!!」
離空が大声で話しかけると、びくりと身を竦ませる。
「旧校舎とはいえ、こんなに壊したらまずくない?」
言いながら映天が近付いたが、2人は壁に開いた穴から外へと跳躍した。
「あ」
慌てて離空が壁へ駆け寄り下を覗き込んだが、既に動くものは見えなく、あとにはうっすらと魔物の気配が残るばかりだった。
「わかってくれたかな、一応」
再び部室に戻り、新紅と新藍は先程の説明を受けていた。
離空も映天も、今はその長髪を元のように纏めている。
「さっき僕らがやってみせたのは瞬間移動みたいなものだよ。感覚的にやってるから、あんまり詳しい説明は出来ないけど」
「でも、そんな雰囲気全然……」
こうして話していても力は全く感じず、2人は常人そのものとしか思えない。
「髪留めで消してるんだ。いつ力が暴走するかわからないって、物心ついた頃には両親が」
と、離空が溜息を吐く。
「まあ、ボクの耳が特別であるように、面白い力を持っているのはキミ達だけじゃないってこと」
部長は立ち上がり、こちらを向く。
「キミ達の入部を歓迎するよ。
暮葉 新紅
暮葉 新藍」
「ちょっと、僕らはまだ入るなんて」
「キコエルから」
急な話の流れに抗議する新藍を抱きすくめると、部長はそのまま耳元で静かに囁いた。
「ミエナイものこそ、よりはっきりキコエルものだよ」
「……新藍……?」
気付くと、つぅ、と一筋の水が頬を伝っていた。
「え、あれ?何だこれ」
「じき、わかるハズだよ」
慌てて目元を拭う新藍に部長が小さく答えたが、誰に聞こえることもなかった。