表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

入学式

 挿絵(By みてみん)

 春空の下、真新しい制服に身を包んだ少女が、桜並木の道を歩いていた。

 腰まであるサラサラの髪は、両耳の上で少しずつ括っている。

 いわゆるウサギさんヘアーというやつだ。

 ヘアゴムにニつずつ付いた球形の紅い飾りが、日光を反射して光る白髪に際立っている。

 少女は淡い桃色から垣間見える青空を仰ぎ、空気を吸おうと軽く口を開いた。と、

新紅(しるく)!」

 呼ばれて少女が振り返ると、男子にしては長めの黒髪を乱して駆け寄る少年が見えた。

新藍(しるら)……」

「なんっで先に行っちゃうかなぁ」

 目的地は一緒なんだから、と愚痴りつつ息を整える新藍。

「ごめんね?」

 謝りながら、クスリ、と笑い、身を翻す。

「行きましょ」

「……うんっ!」

 先に立って歩き出す新紅の後ろを、新藍は笑って歩いた。




 校舎に軽快なチャイムが鳴り響き、体育館からは大勢の生徒が溢れ出る。

 それらの全てが、新品の制服を身につけていた。

 __黒海学園高等部__

 その入学式が、今終わった所だった。

 渡り廊下をもみくちゃになりながら、教室棟を目指して進んでいく。

「新紅、何組?」

 流れにそって歩きながら、新藍は隣の新紅に尋ねた。

「A」

 それに短く答える新紅。

「やっぱり?新紅は頭良いもんなぁ」

 はぁ、と意味ありげにため息を吐き、自分のクラスが書かれた小紙を見つめる。

「そういう新藍は?」

「知りたい?」

 社交辞令、とばかりに訊き返す新紅に、新藍は逆に訊き返した。

「…………」

「わッ、待った!無視は止めて!?A!Aです!」

 すたすたと歩を速める新紅を、慌てて追いかけ腕をとる。

 いつもなら容赦なく振り払われるのだがそれがなく、新紅はただ不思議そうに、新藍を見つめ返すだけだった。

「……?どうした、の?」

 珍しい新紅の反応に不安を覚え、新藍は恐る恐る訊いてみる。

「新藍、何か悪いことでもしたの……?」

 心底不思議そうに尋ねる新紅。

 首の傾き加減から、その問いが本気であることが伝わってくる。怖い。

 黒海学園は、授業の効率化の為に成績別クラスとなっているのだ。

 中学では中の下くらいの成績だった新藍が、常にトップを維持してきた新紅と同じクラスの筈がなかった。

「あのね、僕だってやれば出来ンの!新紅と一緒のクラスが良くて、テスト頑張ったんだからね」

「新藍……」

 じっ、と真剣な瞳でお互いを見つめ合う。

「新紅……」

「これから一年間、成績落とさないように頑張らなきゃいけないなんて、可哀相な新藍」

「そっち!?」

 自分の学力に合ったクラスにすれば良かったのに、と残念なものを見る目で言う新紅。

「同じクラスになりたくて頑張ったって言ってんだから、素直に褒めてよ……」

 本気で新藍の一年を心配する新紅に、新藍はこっそりため息をついた。




「えっとー、皆知ってると思うけど、上条 冬樹です!」

 教室に着くと間もなく担任教師が入室し、そのまま自己紹介の時間となった。

「ねぇねぇ新紅……」

 自分の一つ前に座る双子の姉に、新藍はひそひそと話しかける。

「何?」

 自己紹介の邪魔にならないよう、極力小さな声で返事をし新紅は振り返った。

「やっぱり、外部入学って僕らだけかな?」

 弟の問いかけに、頭を緩く傾げる。

 2人が入学したこの学園は初等部からの持ち上がり式で、高等部からの外部入学は例年極端に少ない。

「まぁ、高等部から入学する人はほとんどいないでしょうね。私達もお祖父様のことがなければ入っていなかったでしょうし」

「まぁ、かなり強引に入学させられたカンジだよね……」

 新藍は明後日の方向を見て呟いた。

 親代わりだった祖父は新紅達が中学最後の秋に亡くなり、これからどうしようと途方に暮れていた所に、学園の理事から一通の手紙が届いたのだ。

 亡くなった祖父宛のそれは、2人の合格通知だった。

「中卒で神社継いでやろうと思ってたのに、あのジジイ、いつの間に……」

「理事長と親友だったなんて、本当、吃驚よね」

「あと三年は勉強かぁ」

「大学までエスカレーターらしいから、三年じゃきかないかも」

「……まじっ?」

「ま」

「次、暮葉(くれは)

「っはい」

「はいっ」

 話に夢中になっているうちに順番が回ってきていたらしく、担任に名前を呼ばれる。

 とっさにした返事は、2人同時になってしまった。

「あぁ、悪い、暮葉は双子だったな。成績別クラスは面倒だ。じゃぁ名簿順に……新紅から」

「はい」

 呼ばれて静かに立ち上がると、教室をぐるりと見回し、

「暮葉 新紅、よろしく」

 そう短く告げ、着席する。

「次、僕ねっ!」

 入れ替わりで新藍が立ち上がり、初めて見る美しい少女に向けられていた興味は、すぐにその弟へと移った。

 __ナイス、新藍。

 __いつものことですから。

 ばれないような一瞬のアイコンタクトで、その場の空気を一手に引き受ける。

「えっとー、新紅の双子の弟の、暮葉 新藍!今年入学したばっかりだから、わかんないことだらけで迷惑かけるかもだけど、これから一年、よろしくな!」

 最後に人懐こそうに笑ってから席に着く新藍に満足し、新紅のそっけない自己紹介などクラスメイト達は忘れたようだった。

「相変わらず、当たり障りのない」

「新紅の為でしょ、僕がいないと人とまともに話そうとしないんだから……」

 これだから、と続けた新藍の声をかき消し、教室中に女子の甲高い声が響いた。

 何事かと振り返ると、童顔の少年がゆっくりと立ち上がるのが目に入った。

蒼穹埜(そらの) 映天(うみ)

 簡潔にそれだけ言うと、嫌そうに座る。

 そんな映天に対しクラスの女子は「可愛い~」「照れてる!」などと話している。

 実際、本人の頬も若干上気していて、視線を避けるように俯いている。

 長い黒銀の髪だけが、応えるようにふわりと揺れた。

「え~、僕の時との反応の差……」

 騒ぐ女子を横目に新藍がぼやく。

「今までで築いてきた関係もあるでしょうけど、新藍相手じゃね……」

「男女の差はあれど、僕ら一応双子だぞ~」

 外見については自分に返ってくるのだった。

 そんな会話をしているうちに、徐々に女子のざわつきもおさまって……、なんてことはなく、むしろ更にヒートアップしたかのように感じる。

 再び振り返ると、映天に瓜二つの少年が立っていた。

 白金の長髪を後ろで一つに纏めた、童顔の少年が。

「蒼穹埜 離空(りく)、可愛い女の子は、皆俺のもの、ね」

『きゃああぁああぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁあぁあぁぁあ!』

 さらっと紹介にならない紹介をした離空がウィンクをして着席すると、一際大きな歓声があがった。

「うゎ、気障なやつぅ」

 ぼそり、と新藍が呟き、新紅も無言で首肯する。

「私達以外にも、双子がいたのね」

「あの、新紅さん?話がかみ合ってないんスけど」

挿絵(By みてみん)

 2人がそんな具合に話をするうちに生徒の自己紹介も終わり、その日は下校となった。

「新藍、帰」

「暮葉!」

「はい?」

「はい!」

 帰ろうと鞄を掴んだ矢先、担任から名前を呼ばれた。

「あー、弟!」

「弟て」

「悪いんだが、資料室の片付けを手伝ってくれないか?新学期から備品が替わるんで、男手が欲しいとこなんだ」

 新藍のツッコミを完全にスルーして説明する先生。

 後ろには既に何人かの生徒を従えていた。

「……という訳だから、新紅先帰ってて」

「わかった」

 女子でよかった、と笑い、新紅は教室を後にした。




 狭い神社の境内を、白と赤に彩られた巫女装束を纏い、新紅はひとり掃除していた。

 新藍の帰りを待つ間に、今日の掃除を済ませてしまうつもりだ。

「綺麗だけど、ちっとも集まらないのが困りものだわ」

 桜の花びらが掃いても掃いても無くならず、つぎつぎと舞っていく。


「新紅」


 唐突に呼ばれ振り返ると、

「……さん?」

 そこには同じクラスの少年がいた。

「え、あの?」

 倒れそうになった竹箒を慌てて持ち直す。

「あ、いやたまたま通りかかったら見えて、その、気になって声掛けちゃっただけで、別につけて来たとかそういう訳じゃ」

 新紅と目が合い焦った様子で口早に告げ、少年は長い黒髪を揺らす。

 その様子が可笑しくて、ついクスリと笑ってしまう。

「映天……だった?大丈夫,、そんなふうに思ってないよ」

「あ、そっか、なら……」

 新紅の笑顔に、また恥ずかしそうに俯く映天。

 それがまた、なんだか微笑ましかった。

「えっと、何で掃除?もしかして、バイトとか?」

 手伝うよ、と映天は箒に手を伸ばす。

「祖父の神社なの。裏手に家があって、今は新藍と2人で暮らしてる」

 箒を映天に預け、舞い散る桜へと手をかざした。

「両親は?」

 さらりと問われた質問。

 よく聞かれ、よく躱すものだが、桜のせいかなんとなく口からこぼれた。

「いないの」

 映天は一瞬、戸惑ったような、しかしまたそれとは違うような、何とも言えない表情をした気がするが、よくわからなかった。

 数枚の花弁が指にひっかかり、手のひらで踊る。

「そっか、じゃあ……」

 その花弁を一つつまみ、映天はにこりと笑った。

「俺と、一緒だね」

「一緒……?」

 青い映天の瞳を、じっと覗き込む。

「映天も、離空と2人?」

「そう、楽しいから問題ないけど」

 今度は照れることなく、視線を合わせる。

「じゃあ」

 そこから先は、石を金属で擦る嫌な音に中断された。




「は、部活?」

「そ、部活!」

 資料室の整理中、新藍はいけ好かない童顔少年からの勧誘を受けていた。

「部員が足んなくてさ、主に女の子。新紅ちゃんと一緒に入ってくんないかな~って」

「やだ」

 胡散臭い笑顔が鼻につく、どうにも読めない相手だ。

「悪いけど、僕も新紅もそこらの坊ちゃん嬢ちゃんみたいに暇じゃないんだよね」

 手を動かしつつ、離空を振り返る。

「僕らは忙しいの!」

「わかった、じゃあ明日見学な」

 はっきりと断る新藍に、離空は満面の笑みで答えた。

「話聞いてた!?」

「ばっちり」

「その作り笑いどうにかしろよ」

「あー、女の子にしか向けない俺の笑顔をないがしろにする気?」

 レアなのに、と目を細める離空。

「知らねーよ、その笑顔で落とした女子を横流しでもしてくれない限り知らねーよ」

「いーよ」

「まじで」

「う・そ」

「ですよね」

 実のない会話が続く。




 突然の音に振り返ると、鳥居の下に異様な雰囲気を放つ少女が立っていた。

 肩で切りそろえられた髪が伏せた顏を覆い隠している。

 セーラー服の袖から伸びた両腕はだらりと下がり、


 肘から先の巨大な鎌が石段を削り、ぬらりと光った。

 ___魔物___

 未だ慣れることのない薄気味悪さに、悪寒が駆け上った。

「社の裏にまわると林がある。そこを抜けると住宅街につながるわ。そこから帰って」

 魔物から目を逸らさずに映天に告げる。

 映天の手から竹箒を引き寄せ構えた。

「え、なん……」

 瞬いてすらいないのに。

 数メートル先にいた筈の魔物が、目の前で鎌を振るった。

「早く!!」

 咄嗟に上へ跳躍する。

 新紅と映天の間を、弾き飛んだ砂利が舞った。

『 ㇰ ヮ セ゚ ㇿ 』

 新紅を顏だけで追い、口を歪ませ嗤った。

「__っ!!」

 ざわり、と肌が粟立つ。

 箒の柄を地面につき身体を持ち上げ、魔物の頭を飛び越えて着地する。

 懐から札を取り出し、ゆっくり振り返る首に向かって投げた。

【__縛札(しばりふだ)!】

『ぎィゅッ』

 ありえない方向に曲がったまま首を固定され、口端から聲を漏らす。

「耳障りよ」

 左手を前に出し、開いた状態からゆっくりと握る。

『グゲゃ、ェぃぁ、あ』

 徐々に、札の張り付いた場所から変色していくのが見て取れた。

「苦しいだろうけど、新藍が来るまで我慢してね」

 色の悪い頬に髪が張り付き、荒い呼吸を繰り返しているが、動く様子はない。

 ___まだ、大きな力はないのか……

 これならなんとかなるかもしれない、新紅はそっと息を吐く。

「あの……」

 近くの木の裏から、映天がゆっくりと顏をのぞかせた。

「まだいたの?帰ってって言ったのに」

「や、て言うか、これって……!?」

 映天が言いかけたところで、留められていた魔物の首がぐるりとまわり、

 映天を見た。

「!あぶな」

 見開いた映天の瞳に、地から引き抜かれた鎌が迫る。

「!!」

【召喚__吸引瓶(きゅういんびん)!】

『ぎいうっげおぐぎいいぎいいゆおいゆえぎォィっぉえォぅっょぃぇ』

 周囲の砂利を巻き込み、躰を小さく捻じ曲げられながら魔物が吸い込まれていく。

 その先に小瓶の口をこちらに向けて持つ少年がいた。

「新藍!」

「もう、僕がいない間に狙われないでよ__っと」

 髪の一筋までが小さな口を通り、


【 封印! 】


 コルクがはまり、小瓶に似合う小さな札が貼られた。

「映天、大丈夫だった?」

 慌てて映天がいた場所__桜の木を振り返ったが返事はない。

「……映天?」

 また木の裏に隠れたのかとまわったが、そこに映天の姿はなく、刃物で切り裂かれた白い布の髪留めが落ちているだけだった。

「どうしたの新紅?」

「クラスの、蒼穹埜 映天がさっきまでいたの」

「さっきまで……ってここに!?魔物と?」

 新藍が驚いて辺りを見回す。

「えぇ、まあ。新藍が来たときにはまだ居たと思うのだけど」

「いや、そっちの鳥居から来た限りではみえなかったけど……ふぅん」

 新紅の拾い上げた髪留めを意味ありげに眺めたが、すぐにいつも通りの表情に戻る。

「それより聞いてよ!その兄のキザヤローにつかまってさぁ……」

「はいはい、帰って着替えてからゆっくり聞く」

 竹箒を拾い、2人は家に向かう。

 その後姿を、静かに見つめる少年がいた。


「……みつけた」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ