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不思議な三人10

 妙な沈黙に支配されたその場に最初に声をなげたのは飛竜だった。泣き腫らした目を、それでも確かに決意を輝かせてライールとシャクスに向ける。

「ライ、シャク、あのね……好きだよ。思うよ、離れたくないの。でもね、行かなきゃ。僕が思う、誰に言われてもいない。僕が思う」

 先程のやりとりで幾分か頭が冷えたのか、今度は傷ついた表情をしつつもライールは黙って飛竜の言葉を聞いていた。シャクスは表情をさほど変えていなかったが、飛竜の柔らかいが強い口調に思うものがあるようだった。

「関係ないの、ユキ、トモ。ただ、行かなきゃ」

 ライールの傷ついた表情に、シャクスの沈黙に痛みを感じるかのように、飛竜も眉を寄せ、辛そうな表情をしながらも、口調は変わらない。

「……大好きだよ」

 最後にぽつり、と零した言葉と同時に飛竜の大きな翡翠の瞳からも滴が零れる。一度零れた滴は、止まらず次から次から溢れだしていた。飛竜、とライールは名を呼んだ。恐らく無意識だったのだろう。気付けば、何度もその名を口にしながらライールは飛竜を抱き締めていた。

 彼女の涙が飛竜の服を濡らしていくのを遠目で見ながらユキは自分の母親の姿をはっきりと思い出した。自分が抱き締められたときは、自分も母も笑顔ではあったが、そうだ、確かに自分もあんな風に母に抱き締められたことがあったと変に冷静な気持ちでユキは思った。あの暖かい声を、優しい手を、柔らかな母の匂いを思い出す。そういえば、何時も母は、父は、村の皆はどんなふうに自分の名前を呼んでくれていたのだろうか。今はもう、霞み掛かって思い出せない記憶に思いを馳せる。

「……ユキ」

 その声でユキは意識が現実に引き戻されるのを感じた。声の主の方を向けば、呆れとも苛つきともとれる表情で、抱き合って涙している二人を見ていた。その緋色の瞳に、ユキの感じた哀愁や懐かしさは見当たらない。

「一旦外に出よう。このままじゃ埒があかない」

 廊下に出て、閉められたドアの向こうに自分が感じた懐かしい故郷の面影も置いていければ良いのに、とユキは思った。

「ねぇ、どこで時間をつぶすの」

 だが、そんなことは出来ないことを知っているから、ユキは前を向くしかなかった。

「あー、食堂にでも降りるか……茶でも飲んで落ち着くのを待とうぜ」

 トモの返答に頷き、階段を降りる。昼過ぎの閑散とした食堂は、ユキのさざ波だった心を幾らか落ち着かせた。

 お茶を注文し、席について一息つく。ようやく落ち着いて、目の前のトモを見れば、左頬が赤くなっていた。つい、悪戯心で赤くなった頬をつつけば悲鳴が上がった。

 「何すんだスカポンタン!」

「あ、やっぱり痛いんだ?」

 当たり前だとユキの頭を叩くトモはいつも通りで、ユキは内心酷く安心した。やはり、先程の様な辛いことは好きじゃない。これから生きていくならば辛いことに何度も出会うだろう。逃げることなど叶わないが、できることなら辛い思いはしたくない。

「結局クェルツェルについて尋ねそびれちゃった」

 思考を逃がすようにユキが呟いた言葉に大した意図は無く、ユキ自身も呟いた後に自身が口に出した内容を把握した。しかし、トモはその呟きにふと疑問を投げ掛けてきた。

 「なぁ、そういやその……クェルツェルってのはどういった奴なんだ?」

 トモの表情は常と変わらず、純粋な好奇心からの疑問であったようだ。確かに、契約を交わしていない一般人からすれば魔のモノがどういった存在なのか、想像するのは難しいかもしれないとユキは思った。未知なるものへの恐怖や関わることへの不安、ユキへの猜疑心のような負の感情がまったく無いとは言えない。それでもユキを含む魔術師への負の感情を抱く様子では無いことにユキは少し安堵した。そして、トモからの質問に答えるべく、ユキは自らを人外に近い姿に変えたあの不可思議な獣の姿を思い浮かべた。

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