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不思議な三人9

 飛竜に会いたい、という異常なまでに強いその感覚にユキ自身も戸惑った。別れ際に見たライールと飛竜の対照的な表情がユキの意識を宿へと向かわせる。

「トモ、戻ろう」

 するりと出た言葉と共にユキは歩きだしていた。それに焦ったトモの声が後ろから追い掛ける。

「宿は反対だ馬鹿!!」

 突然の行動にも拘らず、自分に合わせてくれるトモの優しさがユキにはとても暖かく、先程までの浮ついた気持ちが少し落ち着くのを感じた。宿の目の前でトモは一度立ち止まり、振り向き一ついいかと聞いてきた。

「なんでお前は飛竜に拘るんだ」

 簡潔に述べられた言葉にユキはしばらく答えを探してしまう。自分ですら分からないこの感情の原因を問われても、答えられるはずはない。

「クェルツェルの事が気になって」

「嘘はいらない」

 仕方なく、当たり障りの無い返答をするも、トモは納得してくれない。

 「……分からない。でも、ほっとけない」

 他に良い返答も思い付かなかったので、ユキは仕方なく正直に返した。それにトモは不機嫌そうに目を細めただけで何も言わない。

 別に沈黙は怖くなかった。緋色の目がすべてを見通してしまいそうでユキは気まずさも相まって、そっと目を逸らした。ため息が聞こえる。

「お前の本当の旅の目的は知らねぇけどよ。行く先々でこんなん繰り返してたらてめぇの望みは叶わねぇぞ」

 違う、とユキは後少しで声を荒げるところだった。グッと言葉を飲み込んだのは、トモが正しいからだった。ユキだって、そんなことは分かり切ってるのだ。飛竜だけが特別なのであって、そんなことは分かっている。

「ごめん。けど、今回はクェルツェルの事も気になってるのは確かなんだ。確かめたいことが多すぎる」

 必死の返答に何も言わないまま、トモはユキに背を向け歩きだした。それが、無性に寂しくて、悲しくて。少し泣きそうだったけれども、ユキは黙ってトモに付いていった。

 あの反応は、当たり前なんだ。ユキは思った。ユキはトモに詳しい話を何一つしてないのだから。

  黙って階段を上がり、気分が落ち込んでいるユキを待っていたのはさらなる追い討ちだった。

「あんたたち、飛竜に何を吹き込んだの……っ!!」

 ドアを開けた途端に飛んできたのは、平手打ちと憎しみの込められた言葉を受けているトモの姿。

「ライっ、違う!!」

 それから、泣いている飛竜の姿。別れ際の笑顔からは想像も出来ないような恐ろしい形相のライールと、あくまでも冷静なトモが対峙しているのを見て耐えられなかったのだろうと思うとユキは何か、怒りにも似た感情をお腹の底に感じた。

 あまりの展開に暫く硬直してると、今までライールからの理不尽な言葉をずっと黙って受けとめていたトモがふっと言葉を投げた。

「ヒステリックに喚く女の声ほど不愉快なモノはないな」

 いつもより低い声に込められている、無表情に反した確かな怒りが部屋を支配する。今朝の、寝起きの不機嫌さとは違う、本当の意味での怒りの感情がこちらにまで伝わってきた。

 しかし、ライールも今回は必死らしく、その激情に怯むことなく真っ向から噛み付いてくる。

「ヒステリー? なんとでも言いなさいよ。飛竜がいきなり私たちと別れるって言いだしたの……あんたたちが何か吹き込んだんでしょう。私たちの飛竜が私たちから離れるなんて許せない!」

 ライールの強い瞳に、トモですら一瞬怯むほどの気迫は子を守る母の姿を彷彿とさせた。だが、ライールと飛竜にはどうしても血の繋がりがあるとは思えない。そして、余りに過剰なその反応は異常に思えた。

「おい、ライール。その辺にしておけ。飛竜も泣きじゃくっている」

 ため息を吐き、声をかけたのは一連の流れを静観していたシャクスだった。その言葉にライールはようやく飛竜が泣いていることに気付いた様でぐっ、と押し黙った。トモはそんなライールを冷ややかな目で一瞥してからシャクスに向かった。

「あんたらがどう思おうが、オレ達は飛竜があんたらと離れたがるような事は一切話したつもりはない。オレ達が飛竜を見つけたとき、すでに飛竜はあんたらと離れたがってた様だしな」

 そうだろう、とトモはユキに同意を求めてきた。トモの頬に残る赤い跡が痛々しい。ユキは頷く事で同意を示した。そして、トモは尚も続ける。

「それに、魔術師に深く関わるメリットがこっちには無い。……あんたら、魔術師なんだろ?」

 こっちも魔術師になのに白々しいとユキは内心思ったが、何も言わなかった。それより、シャクスの反応の方がユキは気になった。彼は眉を潜め、訝しげな表情をした。まるで、魔術師がなんなのか分かっていないかのように。

 数年前にリシギア全体に言い渡された魔のモノとの契約を禁じるという命令は、ルフィルスタウンのような大きな町は勿論、今は亡きユキの故郷の辺境の村にまで余すことなく伝えられたのだ。知らない人などいるはずが無い。いるはずなどなかった。

「すまない……俺たちは他の国から来たんだ。この国の事情はよく分からなくて、魔術師というのは?」

 シャクスの言葉を、ユキは始め、理解出来なかった。その代わりにトモがまた、反応してくれる。

「他? あんた、何が言いたいんだ? 魔術師についての国家的命令は辺境の辺境にまで伝えられただろうが。知らないはずないだろう」

 そうだ、知らないはずなど無いのだとユキは反復する一方で、シャクスの話した、他、という一言が引っ掛かる。もし、今朝自分で立て、否定した仮説が正しかったのだとしたら、リシギア砂漠に外があるとしたら。その考えを肯定するかのように、ライールが口を挟んだ。

「だから、その命令が届かない、砂漠の外から私たちは来たの」

 飛竜の泣き顔を見て、少しは冷静になったらしいものの、いまだ苛ついた口調だった。飛竜は泣き止んだらしく、赤い目をこちらに向けている。

 砂漠の外。

 今まで、見ようともしなかった世界が提示された。しかし、トモはライールの言葉を否定する。

「リシギア砂漠に外は無いだろ?」

 トモの言葉は当然で、違和感なく、ユキのなかに入ってくる。

「そうか、ここの人は外に出ないんだな。砂漠の向こうにはまた広い世界が広がっているんだ。嘘だと思うなら、行ってみるといい」

 逆にシャクス達の言葉に違和感を感じる。しかし、砂漠の外を誰が確認したというのか。見に行きたい、とユキはトモに言うつもりだった。しかし、ユキがそう言う前にトモは首をかしげて言うのだ。

「だから、砂漠以外に世界は無いだろ? 何馬鹿な事を言ってるんだ。見るまでもない。砂漠に外はない。常識だろうに」

「でも、私たちは外から来た……」

 ライールの言葉を遮り、また、トモは言う。

「有り得ない。なんか、勘違いしてるんじゃねーの? 見に行きたきゃ行けば良いさ、何もねぇから」

 それは、拒絶であり当然だった。世界に外は無いのだという、当然。頑なにシャクスとライールの言葉を受け入れないトモの姿をユキでさえ不自然に思った。

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