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不思議な三人5

 周りの野次馬もはけたころ、ユキとトモは次の目的地について話していた。

「今日、買物に行って、荷物をまとめて、明日の夜出発でいいよな」

「そうだね、ここにこれ以上留まる理由もないし……。また砂漠を歩くのかぁ」

 地図を広げて、次はどこへ行こうか、どんな所があるのだろうかと、二人は楽しそうに話す。ユキには、村を滅ぼした犯人を捜すという旅の目的があるが、今は手がかりも何も無いのでこれといって行きたい場所、行くべき場所は無い。トモも、旅に憧れて町を出ただけなのでそもそも目的など無い。旅芸人のような生活を今は二人、気の向くままに楽しんでいた。

 次は、西の峠を越えて海を見に行こうか。北にそびえる大きな山を見に行こうか。行ったことのない町は多い。それでも。

「現在地はリシギアの真南だろ。王都は避けたほうがいいよな」

 大きく、トモが地図の真ん中のあたりにバツ印をつける。そこにあるのは、リシギアを治める幼い王の住む城と、その城下町。

 ユキの、その特殊な経歴から大きな町にはいけないでいた。ふとした瞬間に楽しい旅に影を落とす、契約という名の呪い。ただでさえ、二人は幼い。あまり憲兵に目を付けられるような町にはいけないのだ。一度声をかけられたら最後、ユキが魔術師であることがばれて牢屋行きになることは間違いない。犯人の手がかりが見つかり、それを追って行くのならばまだしも、まだ危険を犯すわけには行かなかった。

「僕はね、海が見たい」

 地図に付けられたバツ印を申し訳なく思いながら、ユキは呟いた。

 大きな町にも行けず、いつ牢屋に入れられるかもわからず、手がかりが見つかったその時はひたすらにそれを追うような、つまらない旅だけれども、だからこそいろんな景色をユキは見に行きたかった。トモと、二人で。

 ユキは、最終的には犯人を自らの手で裁くことを望んでいた。そのあとに、自分がどう裁かれようと覚悟は出来ている。しかし、そんなところまでトモを巻き込むつもりはないのだ。手がかりが見つかった時点でトモとは別れるつもりでいる。楽しい旅でなくなったその時は、今度こそ一人で旅をすることをユキは決意している。

 だから、その時までは。

 トモと一緒にいることで、ユキは自身が生きていたということを世界に残していきたいし、自分が最後に失うものを手に入れておきたいと強く思っていた。何より、二人で旅をする世界を楽しみたかった。

 そんなユキの心情を分かっているのか、トモはユキのどこに行きたいだとか、何が見たいなどという意見を限りなく尊重してくれた。今も、ユキの呟きをちゃんと拾って、どういうルートで海まで行こうかすでに考え始めている。そんなトモの姿を見るたびに、ユキはこのままずっとトモと旅を続けていきたい衝動に駆られた。しかし、同時に浮かぶ最後の村の景色や、二度と会えない家族や、友達の顔に、じくじくとユキの中にある暗い感情を刺激して、旅の目的をユキに思いださせるのだ。

「じゃぁ、まず目指すべきは峠のふもとだな。何とか人が通らないようなルートを見つけないとだな」

「小さな村とかないのかなぁ」

 とてもとても不便なはずなのに、それをおくびにも出さず、むしろ楽しそうにさえ旅をしてくれるトモがいる。その存在が、ユキをただ暗いだけの感情から連れ出してくれていた。だからまだ、ユキは笑っていられた。心から笑っていられる。

 今は、まだ。

 トモの手を引いて、ドアをくぐり、そのまま外へ出る。食事代は宿泊費に含まれているのでそのまま出ても問題はない。宿の主人もにこやかに送り出してくれるのにユキはてを振って応えた。

 勢いよく飛び出したはいいものの、ユキは道が分からない。気が付けば、トモに引っ張られる形で店が並ぶ通りへ来ていた。

「やっぱり人が多いなぁ」

 少し圧倒されて、思わず呟けば、隣にいるトモがルフィルスには及ばないけどなと笑っていた。

 トモの羽織っているマントをしっかりとつかんで、はぐれないようにして人混みの中を進んでいく。トモは人混みに慣れているのだろう、上手く人の流れにのって必要なものが売られている店を探している。必死にユキはトモのマントにしがみつこうとするのだが、如何せん人混みに慣れていないユキには少々無理が有ったようで、トモとの距離はどんどん開いていく。声を出そうにも、人にぶつかり上手くいかない。

 ついに、マントの端を申し訳程度につかむだけになった頃、誰かと強く接触しユキの手からマントはひらりと逃げてしまった。

 無意識のうちに間の抜けた声がユキの口からこぼれる。もう一度手を伸ばしてみるが、当然の如く届かない。人の波に押し流されながらユキは諦めのため息をついた。

 こうなってしまうともうユキにはどこかでトモをじっと待つことしか出来ない。幸い、ユキが人の波に押し流されたどり着いた先は、昨日二人で稼いだ場所だったのでユキはそこで待つことにする。

 壁際で座って待とうと足を向けるとそこには一人、先客がいた。

「君、は……」

 透き通るような水色の髪と深い翡翠色の瞳をした少年。昨日、ユキとトモをじっと見つめていた彼が今日もそこにいた。

「今日は、歌わない?」

 背はユキよりも高く、落ち着いた雰囲気や声から年齢も上であることがうかがえた。しかし、幼い顔と拙い言葉が彼の落ち着いた雰囲気とつりあわず、奇妙な違和感をこちらに与える。

 少年が首をかしげると同時に、さらりと水色の髪が流れて綺麗だった。

「赤いのは?」

 ぼんやりとした表情なのに瞳だけがただ美しくて、それがなんだかユキは怖かった。

 黙ったままでいるユキに、少年はもう一度ねぇ、と声をかけてきた。それでユキはようやく質問の内容を飲み込んだ。赤いの、といえば一人しか思い浮かばない。首を立てに振ると少年は少しだけ悲しそうな顔をしたような気がした。

 表情があまり変わらないので、あくまでそんな気がした、というだけであるが。

「飛竜」

 ほんの少しの沈黙のあと、少年は一言そう告げた。

「ひりゅう?」

 何のことだか分からず、ユキはその言葉を反復した。少年はそれに頷き、微笑んだ。先ほどとは違った、確かな表情の変化にユキは少し驚く。

 口の中で、なれない響きを持ったその言葉を何度か繰り返してみるが、ユキは一向にその言葉が何の意味を持つのか分からなかった。

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