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 噴水の中央に立つ壺を持った女性像が、その壺から水を湧き出させている。水を受け止める噴水の縁には、小さな獅子の顔が二つ。あんぐりと開けた口からこちらも水を吐き出していた。

 木が林立する中庭で、オレは噴水の女神像を眺めながらぼんやりと自分の弁当をつついている。

 オレを挟むようにして二人もベンチに座っていた。春にしては少し熱い陽光を、ビーチパラソルを大きくしたような屋根が防いでくれている。

 ベンチに座ってからのんびりとした空気が漂う中で、杏奈がクリームたっぷりのパンをちぎりながら口を開いた。


「ねぇ、二人は春の体育祭何に出るの?」 

「うーん。そうだなぁ……。俺障害物競走とかいいなとは思ってるけど、どうせ今年もリレーやらなんやらに出されるんだろうしなぁ」

「あんた運動神経いいもんね。黒途は?」

「まだ決めてない」

「そうなの? 私もまだ決めてないんだよねー」

 

 そう言ってのほほんと笑った杏奈はちぎったパンを口に運ぶ。その後にからあげを食べているが、それで味が分かるんだろうかと心配になった。

 

「それじゃあ俺と一緒に二人三脚でもやらね?」

「やだ。あんたとやるぐらいなら黒途とする」

「なんだと黒ちゃーん!」

「オレは何も言っていないぞ」

 

 杏奈が買ってきてくれた、プラスチックの容器に入ったやきそば食べながら裕真がオレを睨んでくる。

 ずるずると盛大な音を立てているのがうるさい。杏奈もそう思っていたのか、注意するように人差し指を裕真に向けた。

 

「ちょっとあんたうるさい!」

「やきそばは音を立てて食うもんなんだよ。それが礼儀ってもんだ!」

「そうかもしんないけど、あんたの場合は音でかすぎ! やきそばに礼儀を払うなら周りの人にも礼儀を持ちなさいよね」

「なるほど。まったくの正論だ!」

「そう思うんだったら音を立てるのやめなさい! あーもううるさい!」

 

 なるほどとは言ったものの、裕真はやきそばをすする音を止めることは無かった。

 杏奈が身を乗り出して裕真の箸を奪おうとするものだから、オレは自分の弁当を高くあげて避難させる。

 横から「う、うめぇ! うめぇ!」とか言う声が聞こえてきてイラッとしたので、オレは近くに落ちていた木の枝を裕真の鼻に刺してやった。

 予想外の攻撃だったのか、裕真は口元を押さえてむせた。

 

「何すんだ黒ちゃん! 危うくやきそばを噴くところだったぞ!」

「あー、スマン」

「誠意が感じられん! 土下座しろ土下座!」

「黒途ナーイス」

 

 裕真の言うことを無視して、杏奈が突き出してきた手の平に向けてハイタッチする。

 「悔しいぃ~」とかなんとかほざいている裕真がオレの玉子焼きを強奪していった。あっ、と思った時には裕真の口の中に入っており、オレは木の枝を再度構えた。

 

「やめろよ黒ちゃん!?」

「食べ物の恨みは、怖い」

「いやそうだけど、これは黒ちゃんが全面的に悪いからな!」

「そうか」

「あーもうホントごめん! だから木の枝はやめて!」

「あはははは! 裕真バッカみたい!」

 

 杏奈に笑われたことによって反省したのか、裕真は酷く傷ついた顔をして大人しくやきそばをすすった。

 いつものやりとりが一段落した後、話は春の体育祭に戻ってくる。

 春の体育祭というのは、オリエンテーションを兼ねた行事だ。今年入ってきた一年生が学校に慣れるための行事でもある春の体育祭は、秋の体育祭に比べて力を入れないものの、それなりに種目がある。

 短距離と長距離走、学級・学年対抗リレーにクラブ対抗リレー、など体育会系の奴らが喜びそうな種目を中心に、障害物競走や二人三脚、台風の目やムカデ競争や綱引きなどの種目がある。

 ただ走りがメインであるせいか、春の、とついているわりには華やかさのない行事だ。

 

 秋の体育祭となれば騎馬戦やら二人三脚がレベルアップした十人十色と呼ばれる、十人並んで走るものもある。うまいことを言っているように見えるが、全然うまく言っていないとオレは一年生の頃から思っている。普通に十人十一脚でいいだろと思っていた。

 その他籠追いや応援合戦など、秋の体育祭は団体戦中心で、春と秋を比べたらその差が分かる。

 そう考えると、春の体育祭は一年生のための行事なんだなということを再確認するため、オレはやる気のない気分が際立って、どれに出るかと本腰を入れることができなかった。

 オレは行事に対してそこまで熱心になるタイプではない。秋の体育祭も他の行事にも、どれに出るか何をするかと積極的になりはしない。だけど、これは気分の問題だ。それに毎年色々とある春だということもある。春は特別やる気が出ない。オレは二人が何に出るかと言っている間ずっとぼーっとしていた。

 

「ちょっとぉー、黒途ー。話聞いてるー?」

「ん? 聞いてなかった」

「わー、正直者だな黒ちゃん」

 

 二人共あれだけ話まくっていたのに、もうご飯は食べたようだ。

 それに気付いたオレは慌てて自分の弁当を空にするため箸を動かす。

 

「んじゃ黒途、やっぱ私と一緒に二人三脚に出ようよ」

「おわー黒ちゃん羨ましい! それでご返事は?」

「やっかみ買うからパス」

「ちょっと何よそれー!」

 

 杏奈が怒って声を荒げた。

 人の目を気にしているオレに怒っているのだろうが、事実だ。

 一言「ごめん」と言うと杏奈はそれ以上怒らなかったものの、不機嫌そうに口を尖らせてそっぽを向いた。

 裕真が「フラれたー!」とか余計なことを言い、杏奈が裕真を睨みつける。その顔は、二人に挟まれるようにしているオレにも見えるわけで、無言の重圧にオレは裕真を呪った。


「まぁ黒ちゃんもそこまで出たいって言う種目が無いなら、五六時間目で勝手に決まるでしょーよ」 

「だな」

「……まぁ、そうね。私が無理に誘わなくても勝手に決まりますわねー」

「そんなに機嫌悪くなるなよ」

「黒途のせいよ! ってなわけで、今日は私に付き合いなさい!」

「俺も俺もー!」

「あんたは呼んでない!」

「うわひでぇ! 俺も行くなにがあろうと山があり海があろうと俺も行く!」

 

 拳を握って力説する裕真。オレはようやく自分の弁当を空にできたことに安堵し、弁当箱を鞄の中にしまった。

 顔を上げて校舎に貼り付けられた時計を見る。立木のせいでよく見えなかったが、もうそろそろ昼休みが終わる時間を指そうとしていた。

 思いの外時間が経っていることに驚く。


「あ、もう昼休み終わりかよ」

「早っ。じゃあもう教室に戻ろっか」

「そうだな。行くか」


 オレの言葉を合図に二人が立つ。

 屋根の下から出ると、きつすぎる陽光が肌を焼くように照り付ける。

 眩しさに目を細めると、変な気分になった。眼鏡をかけているにも関わらず視界がぐにゃりと歪んだように見える。

 ぼぅっと太陽の出ている方向を見ていると、裕真の怪訝そうな顔が入ってきた。


「何してんだよ。早く行くぞ」

「あぁ」


 裕真の言葉に我に返ったオレは慌てて二人の後に続く。

 寝不足のせいだろうか。少し、疲れているような気もするし……。

 二人の談笑にまたしても挟まれる形になったオレは、小さくため息を吐いて教室に戻った。

 五六時間目は総合だ。授業は無く、行事ごとやなにやらを決める時間。裕真の言っていた通り、なんの種目でもいいオレは体育委員に勝手に決められた。

 裕真が入りたがっていた障害物競走だ。オレの斜め後ろ後ろの席に座っている裕真に顔を向けると、悔しそうな顔をするでもなく手を振られる。

 それに少しがっかりしたオレは肩をすくめた。

 

 春の体育祭のメンバーが決まり、放課後。

 帰り支度を終えたオレによってきた二人が、二人してオレの手を掴んだ。

 オレは嫌な予感がした。捕獲された宇宙人のように両腕を封じられたオレは、二人を交互に見る。両者共、笑っていた。

 

「よーし、それじゃあ遊びに行きましょうかー!」

「おう! なんか食おうぜー!」

「あ、それなら私美味しいクレープ屋さん知ってる」

「クレープ!? どこよそれ!」

「私が案内してあげるから慌てない慌てない。んじゃ目的地も決まったし、行こうかー!」

「おー!」

「ちょ、なんで二人共オレの腕を……」

 

 オレの言葉に二人は答えてくれることもなく、オレは引きずられるようにして学校を出ていくことになった。






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