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四限目の終わり、担任が担当する授業で、担任の代わりに生徒が教卓に立っていた。男女二名ずつ。クラスの学級代表とホームルーム委員は黒板に書かれた文字から振り返り様に言った。
「では、どれに出るかは各自で決めて下さい」
「五時間目までに決めてねー」
ホームルーム委員の軽い声を合図にチャイムが鳴った。座っていた生徒達が思い思いに席を立ち散らばっていく。
ざわめきをBGMにオレは黒板に書かれた『春の体育祭』という文字と、その下にある種目をぼんやりと眺めていた。
「おーい。生きてるか黒ちゃーん?」
「ちょっと大丈夫? あんたいつもぼーっとしてるのに、さらにぼーっとしちゃってさ。なんだか魂が抜けかけてるみたいよ?」
声にそちらに目をやる。
裕真にもう一人。北西杏奈がいた。
心配に彩られた顔がオレの顔を覗き込んでくる。
オレはそれを避けながら、横目に杏奈を見た。
艶のある黒い髪の毛は背中に流され、白く透き通る肌を強調しているように見える。化粧気の無い顔は小さく、唇は誘うようなピンク。制服を押し上げる胸が、目のやり場を困らせる。ような気がする。
裕真が女ウケする奴なら、杏奈は男ウケするような奴だ。
北西杏奈を評価する声には、地上に舞い降りた天使だ、という馬鹿げたものさえある。
オレは答えるのがめんどくさくて適当に返事をする。二人は互いに顔を見合わせて怪訝に眉をしかめた。
「お前春になるといっつもそうだよなぁ」
「春は出会いの季節って言うし、もしかして黒途もその口? え、なにそれすごく面白そう! ねぇねぇ黒途、そうなの? そうだったりしちゃうの?」
「毎年毎年恋うつつって? 黒ちゃんがー? そんなプレイボーイだったら、俺様の敏感な嗅覚が黙ってるわけないって。もしそうならとっくに黒ちゃん連れてナンパに行ってるっつーの!」
「なによそれー! ナンパナンパって、そんなんでちゃんとした恋愛できんのー!?」
「俺上級者だから。いわゆる人生の勝ち組っての? 持ってるもんが違うんだよ! 俺は付き合う全ての女の子達を愛してきたさ……」
「顔が良いだけで、頭は春爛漫のお花畑。あーやだやだ。こんなのがモテるだなんてホント世の中怖いわ」
「滲み出てんだよ、オーラが。それにつられたかわいい蝶々達が、あぁ! 俺に酔う……」
「はいはいお花畑お花畑。自分に酔うのも大概にね」
「ひっでーのぉー」
拗ねる声を無視して、杏奈がオレの座る机に手を置く。
さりげなく胸を強調するような体勢に、自分を心得ているなぁとぼんやりと思った。
「で、どうなの?」
「……別に」
「別にってなによー。気になるぅー」
「俺も気になるぅー」
「気色悪い気持ち悪いキモイ声出してんじゃねぇよ馬鹿が!」
「おっ。黒ちゃんちょっと戻ってきた!」
暴言を言われ慣れている裕真は、にはにはと笑ってそんなことを言った。
杏奈が「真似しないでよ!」と言って裕真の頬を抓っている。軽く背伸びをしている杏奈を見てオレはもう一度心得てるな、と感想を持った。
オレはうるさい二人を放って教室内を見回した。
教室に残って弁当を食べている生徒達が、二人に注目しているのに気がついて不愉快に顔を歪める。
美男美女である二人がじゃれ合っているのを皆が見るのは、ある意味必然だ。仕方ない。仕方が無いし、オレにとってはどうでもいいことでもある。
だがその近くにオレがいるということが問題だ。皆にとっては風景の一部と化しているであろうオレだが、一切意識されていないということは無いだろう。
オレは極力目立ちたくない。空気になりたいとさえ思っている。
窓際でいつも本を読んでいる暗い奴。その程度でもいい。
二人の友人であるという立場に、優越感を覚えないわけではない。
それによって起きてくるやっかみが面倒臭いのだ。
特別劣等感を持っているわけではないが、二人に比べるとぱっとしない自分にも少し嫌気が差す。
ジレンマに頭を抱えた。
「ま、その話は飯食いながらでも。なぁ黒ちゃん」
「私も一緒にいい?」
「俺と一緒に食べたいだなんて、とうとう杏奈も俺の色香に……! いいぜ! 飛び込んでこいよ俺の胸に!」
「え、やだ」
「あーもうひっどいなホント!」
「私からあげ食べたいから食堂行こー!」
「俺人ごみ嫌い! つぅわけで杏奈ちゃん俺の分も買って来て!」
「え~? そこは普通男が行くもんでしょ? レディーファーストよ!」
「うっせぇなぁ。レディーファーストっていうのはスカートを下から覗くためにあるもんなんだよ! それにレディーファーストって言うんならなおさら杏奈ちゃんが買いに行くべきだろー!」
「嫌、あんた最っ低! 馬鹿じゃないの!? もういい! 買ってくるから!」
「弁当お願いしま~す。中庭で待ってるからなぁ!」
「分かった。ちゃんと居てよ? いってきまーす!」
裕真とオレに手を振りながら、杏奈は小走りに教室を出て行った。
寝不足のせいか霞がかった思考の隅で「んじゃ、行くか」という裕真の声が聞こえた。
オレはその言葉に従うように、のろのろと自分の鞄を取る。
ついていく意思を見せたオレに、裕真は快活な笑みを浮かべた。
「なんか悩み事があるんなら、俺や杏奈が聞いてやるよ。だからあんま一人で抱え込むなよ?」
「…………あぁ」
「よっし。んじゃ中庭行こうぜ」
先導する裕真の後ろについていく。
昼ご飯を食べている生徒が多いからだろうか、昼休みにしては人が少ない廊下を歩きながら、オレは裕真や杏奈に桜のことを話そうかと考えた。
高校に入ってから、その気持ちは強くなっていっているように思える。
一年生の時は、それでもまだ時の流れに流されるようにして、なぁなぁで過ごしたため話をすることはなかった。
だけど、今年はどうだろう。オレは、話したいのだろうか。
中庭に着くまでの間、オレは裕真が喋った会話の内容が頭に入らずに、桜のことばかりを考え続けていた。




