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 暗くなってきて小説の文字が読みにくくなったので、オレは家に帰ることにした。

 街灯がちらほらと辺りを照らすように点き始めている。集会所の横にも街灯があるが、春、それに明かりが灯されることはない。

 桜を美しくみせるための人の手による配慮か、それとも青白い腕の仕業なのか。オレは後者ならいいと思った。

 

 短い坂道とは別の、自転車置き場の横にある僅か数段の階段を下りる。とめてあった自転車を出し、それに跨って家へと向かう。数十分してそこに着いた。

 今はオレの家でもあるそこは、周りのコンクリートの家や一軒屋に比べると、広く古かった。

 瓦葺の、屋敷に近い平屋だ。横に長く続く垣根からも、その堂々とした佇まいを窺える。

 門を開いて中に入ると、この屋敷に相応しい広い庭がある。祖父や祖母の手が加えられた壮観な庭だ。

 自転車を外から見えない、かつ庭の景観を崩さない場所に止めて玄関に向かった。

 

 明かりがもれる引き戸に鍵を差し込み捻る。カチリと音がして、引き戸を開ける。

 暖かな光がオレを出迎えてくれた。和やかな空気に人知れず息を吐く。前住んでいた家とは比べものにならないぐらい広い土間で靴を脱いでいると、兄がリビングから顔を出した。

 兄も帰ってきて間もないのか、首元を緩めたスーツ姿で何故かおたまを持ちながら柔和な笑みを浮かべていた。

 名前は蒼也(あおや)。悪く言えば優男。良く言えば美男。病的とまでは言わないまでも、男にしては白い肌や色素の抜けた茶色い髪の毛は、母さんに妬み混じりにからかわれている。

 

「おかえり」

「ただいま」

「ご飯出来てるぞ」

「なに」

「黒途の好きなサバ味噌」

「そう。折角だけど今日はいらない」

「なんでだ?」

「お腹空いてない」

「そうか。母さんに伝えておくよ」

「あぁ。ありがとう」

 

 兄と並んで廊下を歩き、オレは途中の階段で別れた。

 手摺りのついた階段を上り、さらに廊下を歩く。オレの視界に入る風景に、まるで小さな旅館のようだと思った。ここに住んで数年経つが、オレはまだこの家に対して他人のようなよそよそしさを感じていた。オレは自分に割り当てられた部屋の襖を開ける。

 和室。元は客間なのか、一人部屋にしては広い部屋だった。

 肩にかけていた鞄を置き、オレはすぐさま押入れを開く。畳まれた布団を一式出し、真ん中を陣取っている背の低い机を避けるように敷く。

 部屋の隅にある桐のタンスから寝巻きを取り出し、さっさと着替え電気を消して布団の中にもぐり込んだ。

 

 しばらくの時間、眠るために目を瞑っていたが、興奮状態にあるオレに睡魔は来なかった。仕方なく目を開ける。暗闇に慣れた、だが眼鏡を外しているおかげで全てがブレているように見える目は、天井の木目らしきものを映した。

 ぐにゃりぐにゃりと歪む視界。オレは睡魔が来るまで考える。

 オレにとって、春とは何かと忙しい季節だ。オレの生活の中心が、桜の木になるためだ。

 春以外で成されてきた生活のリズムが、狂わせられる。望んで狂わしている。

 

 浮かんでくるのは桜の木の青白い腕。

 ぴくりとも動かず、怪談物でありがちな手招きすらしない。

 ただそこにある腕。

 自分のこの考えが異常だということを、オレはとうの昔に知っていた。

 

 感覚が異常なのだろう。オレはあの白い腕を綺麗に思えた。

 オレ以外の人間にはまともに見えているのであろう桜の木。おぼろげながらも、普通の人には見えないものが見えるオレが、唯一はっきり見ることができる腕。血の通っていない、だけどまるで生きているようにさえ思える雪のように白い、腕。

 桜の木のことを考えていると、ぐっすりと眠れない。

 まるで恋だな、と思い、その考えに笑う。

 異常だ。異常なのだオレは。そう分かっていても、考えることをやめられない。

 

 オレは深夜まで桜を夢想し、意識を失うように眠りに落ちた。







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