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「楽しいパンの、パン祭り♪」
「……なんか違うくねぇーか?」
「奇遇だな。俺もそう思ったんだよ」
学校内、教室の中。午前の窮屈な授業が終わり、昼の休み時間になった頃。
解放された生徒達が各々に教室の中で談笑しあい弁当をあけ始めている中、もう昼だというのに今更登校してきた友人が、いきなりオレの席に来て変な歌を歌いだした挙句に「あれぇ?」と首を傾げた。
オレはそれを無視するように、読んでいる小説から顔をあげず、ずれてもいない眼鏡を癖で直した。
「なんだったけかなぁ」
「春のパン祭りじゃないか?」
「あぁそうだそれだそれ! 楽しいパンの、春祭り!」
「楽しいのところはヤマザキじゃないか?」
「え、嘘! 俺間違いまくりかよー! ヤマザキ春の、パン祭り! ……なんだろう、なーんか違うような気がする」
「……オレも思ってたところだ」
「このやろう~。嘘教えやがったな?」
合っているのかどうか分からない。
合っているような気がするし、合っていないような気もする。
いや、合っているはずだ、多分。
オレは正しいフレーズを思いだせずに眉をしかめる。おかしい。知っていたはずなのに。目の前の野郎のせいだ。頭から友人が最初に歌ったものが離れない。
「オレは悪くねぇぞ」と言い、小説からしかめた顔をあげる。
口をへの字に曲げ、至極不満そうな顔をした友人、東堂 裕真が腕を組みながらオレを見下ろしていた。
不満げながらも何故か自信が見え隠れするその顔がまた妙に腹が立つ。
オレは新学期初めて見た友人をじろじろと眺めた。
注意されない程度に着崩れた制服、緩く結ばれた学校指定のネクタイに、空いた胸元から覗く銀色のチェーン、耳には右2つ左1とピアスが空けられ、痩せている見た目の割りに筋肉があり背が高く、顔はそこらの女子が好みそうな形をしている。
傷んだ黒髪が変に跳ねており、ところどころ染めるのを失敗したのか鮮やかな茶色が人工的な黒から覗いていた。オレはそれらを見てよくもまぁそれで先生からOKを貰ったものだと感心した。
そして思ったままにそれを口に出す。
「よくそれで学校に来れたな」
「あぁ~? 俺これでも頑張ったんスよ~? ちゃーんと髪の毛も黒く染めて、オシャレも控えめ! なのに黒ちゃんも先生と同じこと言うんスか~?」
「やめろ。その名前も口調も気持ちが悪い」
「ふははー! もっと気持ち悪がれ! くっろちゅわ~ん♪」
「心底気持ち悪いんでどっか行け」
「……真顔で言うなよ」
大げさにたじろいだフリをする裕真に呆れ、大きな息を吐く。
そんなオレを裕真はにこにこ、いや、にやにやと笑いながら見ていた。
これ以上構っていても疲れるだけだ。オレはそう思い小説に目を落とす。が、目を通して数文字でオレの手から小説が抜き取られた。
「何するんだ!」
「うぇ。難しっ。なにこれ誰の小説?」
「志賀直哉だ。暗夜行路、知っているだろう?」
「いや知らない」
「貴様は何のために生きているんだ!」
「アホかお前! いやアホだったなお前は! 本一つ知らなかっただけで俺の人生全否定すんな!」
「本一つ知らなかっただけで? 貴様本を読まずの人生の何が楽しいんだ!」
「自分のものさしで測るなっつーの! 人生楽しんでるよ俺は!」
「お前が人生を謳歌してるかしてないかなんてどうでもいい。とりあえず返せ、オレに。ほらさっさとしろグズ!」
「ホント本のことになると口わっるいなぁ黒ちゃんは! はいはい返しますっての」
裕真は開かれた小説を丁寧に閉じて、オレに差し出してきた。
オレは裕真の腹を殴る。「いってぇ!」という声を無視して先ほどまで読んでいたページを開く。
裕真が来た時点でページ数を見ていて良かった。手早く押し花の栞をさし、閉じる。
小説を鞄に戻し、顔をあげると仏頂面があった。
「昼飯、どうする」
「朝飯も昼飯も食べてきてねぇー。買っても来てねぇー」
「何しに来たんだ、お前は」
「勉強?」
「ほざいてろ」
「あれ、俺今すっごい優等生の回答したのにな!」
「却下」
「マジで!?」
マジかよマジかよーと言う裕真を放って置いて、オレは机の上に出された教科書類を片付ける。新しいノートには、自分でも神経質そうだと思える字で『逆須木 黒途』と書かれているのを目に、それも机にしまう。
鞄を机の横から取り肩にかけてオレはそこを離れた。
「お、ちょ、待てよ黒ちゃん! 一緒にご飯食おーぜ!」
「たかるなよ?」
「いや、たかるに決まってるだろ」
「さようなら」
「あぁ待てって! 分かった分かったちゃんと食堂で買うから! というわけで黒ちゃん、俺人ごみ嫌いだから俺のためになんか買ってきて!」
「グッバイ、フォーエバー」
「冗談だっつの!」
ハエのようにオレの周りをちょろちょろする裕真に向けてシッシッと手で払い、それでも尚オレについてくる裕真の気配にうんざりする。
どうやって撒いてやろうかと考えている途中、オレはふとあの桜のことをコイツに相談しようかと思った。
後ろをちらりと見ると、ズボンのポケットに両手を突っ込んで変に笑っている裕真がいた。気持ち悪い。
オレはなんだか、一瞬でもコイツに話そうかと思ったことが恥ずかしくなった。裕真を置いていく勢いでオレは足を進めた。




