桜の手
春。夏と同じくらいの紫外線量を撒き散らす太陽の下、オレは桜の木を見上げていた。
満開の桜。この桜の木はそこらに立っている桜の木よりもよっぽど立派なものなので、その姿はオレを含めた他の者に圧巻を与える。
重たそうにしなっている、花を多くつけた枝がオレの目の前に垂れ下がっている。オレはそれをなんとはなしにつついて揺らした。
今は桜シーズン真っ只中。そこらに桜が咲き乱れ、一般の人たちはつまみや噂を肴に花見をする季節だ。そしてそれと同時に、今年入ってきた新入生達が慣れないクラスにそわそわする時期でもある。
新入生以外にも、一つ年をとって繰り上がった学年の生徒達も、今年当てられたクラスに新入生同様の反応をしているだろう。
オレは今年で高校二年生になる。
自分も例にもれず、慣れないクラスに息苦しく過ごすのだろうと春休み中は不安に鬱々としていた。だがそんなオレの懸念も取り越し苦労だったようだ。
新しいクラスは見知った顔が多かったので、新学期からそれほど窮屈な思いはしないだろうと思え、オレは安心した。認めたくはないが仲の良い友人や、幼馴染が同じクラスなのも幸いだ。
オレは一つ息を吐いて、見上げていた目線を桜の木の幹に移した。
そこには、青白い腕が生えていた。
肘から先の、細さからして多分女の人の腕。
腕の部分は突き出されるように幹から生えている。
手が力なく垂れ、青白い血管が浮き出た甲をオレに晒している。
その有様はまるでこの桜の木の枝のようだと思えた。
これは、オレが子供の頃から生えている腕だ。
そしてこの腕は毎年決まって春にしか、それも桜が咲いている時期にしか生えないものだった。
オレはそれを見つめる。
すべやかで美しい死人の腕はピクリとも動かない。
オレは自身の顔にかかっている黒縁眼鏡を指で押し上げたあと、また一つ息を吐く。
らしからぬ、物憂げなオレに、桜が笑うように木の枝を揺らした。