僕の魔法でできること
「ここにいたのか」
手を止め振り返る。
「君の魔法は本当に美しいね」
そう僕に語りかける。
そうだろう。美しいはずだ。しかしそれは魔法が美しいのではない。
僕の目の前にはキラキラ輝くドレスを身に纏い、ベッドに横たわる1人の少女がいた。
ここは僕が住む町、王都から少し離れた小さな町だ。
世界には魔法が溢れ、魔法と人々は共存していた。
「これ高いな、こんなただのかご何の役に立つってんだい」
「ああ、これは新鮮なまま魚を持って帰れるように、王都の魔法師が作ったやつさ。ほれ、ここに魚を水ごと入れるとそのまま持って帰れんのさ」
「お、確かにかごの中で魚が泳いでんな。しかも水入ってんのにこの軽さ、こりゃ大したもんだ。」
「だろ。便利なもん作るよなあ。ただこの町までまわってきてもそんな金ねえから、誰も買えやしない」
「確かにな、ここでこんな商売しても意味ないのかもな」
魔法は日常の至る所で使われている。子供の足を洗うために手のひらから水を出す母親。暖炉に火をつけるために指先から小さな火を出す者。濡れた服を乾かすために風を起こす者。
一般的に水、火、風の三代魔法は魔力がある限り誰でも使用することができる。魔力が少なかったり、魔力がない者もいるが、それでも生活に支障をきたす事は滅多にない。
しかしごく稀に三代魔法以外の魔法を使える者がいる。氷、雷、闇、光などその種類は様々で、人によって異なってくる。
そんな中でも、その人だけの唯一の魔法、英霊魔法を使える者がいる。遺伝などは関係なく、突如力を発揮するのだ。
過去英霊がある人間から命を救われ、そのお礼に力を分け与えた。力をもらった人間は特別な魔法を使えるようになった。そんな逸話から、英霊魔法と呼ばれるようになったそうだ。英霊魔法は英霊からの祝福。祝福の魔法を宿した人間は、幸運をもたらすと言われている。
英霊魔法の力を生かし、研究し、独自のものを作り上げる。それは新しい魔法であったり、物品であったりする。
そんな者たちを魔法師と呼ぶ。
魔法師は英霊魔法を持っているから必ずなれるのではなく、一度魔法学校に通わなければいけない。
アルロトロン魔法学校は王都にのみある魔法専門学校であり、三代魔法以外を使えるものや、魔法に長けたもの、魔法師が教師として魔法を教えている。
魔法学校に行けば、例え三代魔法しか使えない者でも、三代魔法の新たな術式を覚え、極めることが可能だ。
そして英霊魔法がある者は、英霊魔法を証明し、魔法学校を卒業したという証をもらえれば、晴れて魔法師となることができる。
しかし魔法学校に通うのは至難の技だ。王都まで移動するだけでもお金がかかる。入学や制服代、親元を離れ一人で生活するのにも大きな壁が立ちはだかる。
学校へ通い力を付けることができれば、使える魔法も増え、職の幅も広がることだろう。
しかし一般人が通うことはほぼ不可能だ。貴族が通うのが主流だ。
だが、噂によると一部ではあるが、魔法師が推薦すると特待生枠として、国から支援金が支給され、金銭をかけずに通うことがだきるそうだ。
しかしそんな者を誰も見たことがないため、ある者は貧乏人が夢見た妄想から出た噂なのではないかと話している。
しかし少年少女達は、そんな夢物語のような話が、自分達に舞い降りてこないかと、日々夢見ているのだ。
皆英霊魔法は祝福だの、選ばれしものだの囃し立てるが、僕は何がそんなにいいものなのか全くわからない。
何が祝福だ。何が幸運をもたらすだ。それなら僕が今こんな状況になっているのはおかしいだろう。
「いたっ」
先程殴られた箇所が痛む。倒れたまま空を見上げると、雲一つない青空が見えた。
僕は大人の言う、祝福を受けた人間。つまり英霊魔法を使うことができる。
しかし皆が言うような何かの役に立つような魔法ではなく、僕の魔法は幻覚を見せるという魔法だった。
幻覚の魔法を使うと、皆が驚いた。現実にないものを見せる魔法。そんな人を惑わせるような魔法は、何の役にも立つどころか、恐ろしささえ感じるらしい。
大人はそれを英霊魔法と信じず呪いと言い、同じ子供は気持ちが悪いといじめてくる。自分で望んで手に入れたものではないのに、そんななじられても迷惑だ。
呪いと信じた両親は小さい頃に僕を教会に預け、その後戻ってきていない。ずっと教会で同じ孤児たちと過ごしているが、孤児からも阻害され、僕の居場所はなかった。
シスターたちも酷いことをする事はないが、仲裁に入ることもない。現場を見ても何も言う事はない。傍観するだけの大人しかおらず、本当に嫌になる。でも何もできない自分はもっと嫌いだ。
「・・・・ほんとついてない」
ぽつんと呟いた独り言に、今日は誰かの声が聞こえた。
「大丈夫?怪我をしているのかい?」
声の聞こえた方へ顔を向けると、そこには一人の男がいた。この辺では見かけない顔だ。ここは少し町から離れた森の入り口だから、あまり町の人はここまで来ない。大きな荷物も持っているから、旅人かもしれない。
男は「俺の手掴まれるかい?」と僕を抱き起こす。
この前二十歳になったという町の青年より、少し若いように見える。短髪の黒髪に黒の瞳をしている。僕を抱き起こす腕は筋肉が盛り上がり、血管が浮き出ている。これは特別に鍛えなければこんな風にはならないけど、何をしている人なんだろう。
「お兄さん、この辺じゃ見かけない顔だね」
「ああ、今色んな場所を見て回る旅の途中なんだ。近くにこの町があったから少し寄ってみたんだが、君何かあったのかい?」
「いや、大丈夫。いつものことだから」
「いつものことって・・・・じゃあ手当をしよう。簡単な処置ならできるから」
男は大きな木の幹に僕を座らせ、手当を始める。大きな荷物には色んな魔法道具が入っていた。
「すごい。色んな道具があるんだね」
「これかい?必要になるかと思って色々持ってきたけど、意外と使わなくて荷物になっちゃったんだ」
「もしかしてお兄さんが作ったの?」
「いや、これは友人が旅に出るならとくれたものだ。あと、俺の名前はオリバーだ。君の名前は?」
「僕はカーター。手当てありがとう」
低級の回復薬を使い手当てを終えたオリバーは、大きな荷物を抱えて立ち上がる。
「気にしないでくれ。それより、今日はこの町で少し休もうかと思っていたんだが、宿屋のようなものはあるだろうか」
「あるよ。多分空きもあると思う。ここを真っ直ぐ行った所に、大きな噴水があるんだ。そこを右に行くと宿屋があるよ」
「ありがとう。ついでといっちゃなんだが、君が良ければこの町を案内してもらえないだろうか」
「・・・・なんで僕?」
「少しこの町について知りたいことがあるんだ。君なら詳しそうだし、お願いできないだろうか」
「助けてもらったけど、僕がこの町を案内することはできない」
「どうして?」
「この町が嫌いだから」
こんな町嫌いだ。意地悪しかしない子供に、上っ面だけ繕う薄情な大人達、王都へ行く夢を持て余している薄汚い欲に塗れた人間が集まったような町、好きになれるはずがない。
でもそれは僕も同じ。僕も欲を持ちながら、結局は何もできないまま、文句を垂れて腐っているだけだ。
「そうか。じゃあ今回は諦めるよ」
そう言ってオリバーは町へと入っていった。少し羨ましい。好きな場所に、好きなだけ、自由に旅が出来ることが。
どんな景色を見たのだろうか。どんな世界を見てきたのだろうか。気になるが、僕には到底そんな自由は叶いそうにない。
それにあの筋肉はどう頑張ってもつけられない。
次の日、忌々しい子供達から逃げ、昨日と同じ場所へ行くと、オリバーがいた。
「それって杖?」
「やあ、また会えたね」
オリバーは木の幹に座り、杖のようなものを磨いていた。短く細く鋭い杖は、控えめな装飾ではあるものの、太陽の光が当たり、キラキラと輝いていた。
「やっぱりオリバーは魔法師なの?」
「そうだよ。厳密に言えばまだ見習いって感じなんだけどね」
「なんだそれ」
「まだ卒業してないから正式には魔法師になれていないんだ。色々あってね。昨日から思ってたけど、カーターは魔法師になりたいの?」
「・・・・・それは」
魔法師なんて絶対なれない。呪いなどと恐れられる魔法しか使えない僕なんかが、絶対に魔法師になることなんてできない。
「僕は魔法師にはなれないよ」
「違うよカーター。俺はなれるのかって聞いたんじゃなくて、なりたいのかって聞いたんだぞ?」
「・・・・・なんでオリバーはそんなこと聞くの」
僕はオリバーに英霊魔法が使えることを教えてない。魔法師になれるのは英霊魔法が使える人だけだ。それなのになんでこんなことを聞くのか。
すると、オリバーがポケットから丸い水晶のようなものを取り出した。
その水晶は光の角度で違った色に見える、虹を丸ごと閉じ込めたような水晶だった。
「これはな、真理の光と言って、持った人間の得意な魔法によって中の光が変わる魔法道具だ。英霊魔法持ちが持つと、虹色に光る」
「すごく綺麗だね」
「昨日カーターと話している時、この水晶が反応したんだ。英霊魔法を持っている人間に近づくと、特別な反応が起きる。カーターは英霊魔法を持っているんじゃないか?」
オリバーが真理の光を僕に差し出す。やっぱり魔法道具はすごい。
こんなものを作れるなんて。間近で見られるなら手に取ってしまうだろう。
僕が手に取ると、オリバーと同じように虹色に輝いた。
「やはりそうだったか」
「でもこんな力あったって・・・・」
俯きかける僕にオリバーが肩に手を置く。顔をあげると真剣な眼差しで見つめていた。
「もう一度聞く。もしチャンスがあれば、カーターは魔法師になりたいか?」
急にそんなこと聞かれても困る。絶対なれない。なる資格なんかない。
どうせ魔法師を目指しても、こんな力が何かの役に立つとは思えない。
だけど、もし、英霊魔法なんか関係なく、僕が魔法師に進める道があるなら。
もし、魔法を学べる機会があるなら。
「・・・・僕の英霊魔法はみんなから怖がられる。呪いの魔法かもしれない」
「ああ」
「でも、僕も学べるなら、魔法師の魔法をもっと近くでたくさん見られるなら・・・・僕も魔法師になりたい」
そう、これが僕の汚い欲だ。いくら町の人に貶されても、僕自身は魔法を知りたい。魔法が好きだ。
僕の英霊魔法は嫌なことばかりだから、好きになれるか分からないけど、この力で魔法を学べるようになるなら、いくらでも利用する。
「そうか、それが聞けてよかった」
今まで誰にも言ったことがなかった本心を話した僕に、オリバーは微笑む。
隣に座るよう促されたので、大人しく座り、オリバーの話に耳を傾ける。
「俺が旅をしている理由なんだがな、実は魔法学校に推薦する為の人材を探していたんだ」
オリバーが語る旅。なんでも、魔法学校へ推薦する為の特待生候補を探しているらしい。
英霊魔法が使える者は貴重だ。しかし魔法学校へ行けないものや、英霊魔法に気づかず埋もれていってしまっていることが多数あるという。
そんな人を見つけ、魔法学校を勧める為に各地を周っているんだとか。
「もしカーターさえ良ければ、魔法学校へ来ないか?もちろん、特待生として通えるから、お金の心配はない」
「行きたい・・・・・・でもごめん。僕魔法のこと何も知らなくて、何も出来ないかもしれない」
「それを学びに行くんだろ。心配するな。魔法学校にはサポートしてくれる奴がたくさんいる。もちろん俺もな」
優しく撫でてくる大きな手の暖かさに、安心してしまう。この暖かさがあれば、俺も一人で立ち上がれるようになるのではないかと、希望を持ってしまう。
「あ、でも行く前に、カーターの英霊魔法を見せてくれ!」
「え、なんで?」
「英霊魔法が使える奴は本当に少ない。そんな希少な魔法を見られるなんて、そうそう叶うことじゃない!」
突然魔法について熱く語るオリバーに若干引いてしまう。だって大男がキラキラ目を輝かせて、魔法を強請る姿なんて引くでしょ・・・・。
「・・・・・ごめん、見せることはできない」
「どうしてだ?」
「この魔法は呪われてるって。人に害を与える厄災の魔法でしかないらしい・・・・オリバーに何かあったら嫌だよ」
「そっか。でもなカーター、俺はこれでも魔法学校では上位の成績を収めてるんだ。知識だけじゃない、戦闘実習だって好成績を出してる」
「・・・・つまり?」
「つまり、何かあっても自分で対処できる。だから大丈夫だ」
本当に大丈夫なのかな。確かに経験とか知識とか、申し分ない程あるだろうけど、英霊魔法は唯一の魔法だ。
いくら他の魔法で経験を積んでも、英霊魔法なんて特殊な魔法の経験を積むことなんてできないのに。
まあ、僕の魔法は皆んなから恐れられてはいるけど、被害が出たことは一応ない。
弱く魔法をかけられたら平気かな。
「わかった。なるべく僕もあまり力を出さないようにする。でもオリバーがちゃんと処理してね」
「ああ。任せてくれ」
大きく開けた草原に、二人離れて向かい合う。僕はオリバーに手をかざし、魔法を唱える。
『英霊魔法 ファントムシープ』
オリバーに向かって僕の魔法が発動した。半透明の霧が辺りに漂い、薄く輝きを見せる。
オリバーには、僕の幻覚魔法で周りの風景が普通ではありえないような色になるよう指示を出した。
「おお、これはすごいな。幻影魔法か?」
「そんなところ。細かくいうと幻覚魔法だね」
「驚いた。辺り一面ピンクとか黄色とか、ファンシーな世界になっちまった」
「弱くかけたつもりなんだけど、大丈夫?もう解けた?」
「ああ、もう戻りつつある。大丈夫だ」
辺りを見渡すように、上を向きつつ目を見開いていたオリバーだったが、魔法が解けてくると、こちらに視線を戻した。
特に体調が変わったようではなくて安心した。
「それにしてもカーターの魔法はすごく綺麗なんだな。これのどこが呪いなんだ」
「町の人はみんな気味が悪いって。人を惑わす悪魔の使いなんだって」
「こんなに素晴らしい魔法なのに、その価値も分からないなんて勿体無いな」
僕はつい目を見開いてしまう。そんなこと言われたことなくて。オリバーの顔から嘘なんて感じ取れなくて。
だから僕の秘密言ってもいいのかな。
「ねえ、オリバー。僕の英霊魔法の秘密知りたい?」
「おお!ぜひ聞きたいな。でも無理する必要はないぞ」
「いいの。これは誰にも言ったことがない秘密。僕だけの秘密なんだ」
僕は魔法の効果を自分自身と周りを対象とし、もう一度魔法をかけた。
今度は広範囲に魔法が広がり、僕を包み込むように漂う。
広がった魔法に目を細めていたオリバーが見ると、そこには長い髪に輝くドレスを身に纏ったカーターが立っていた。
「どう?これが僕の秘密。僕は綺麗なものが大好きなんだ。だからキラキラのアクセサリーとか、服を持ってる女の人たちがすごく羨ましかった」
ドレスの裾を持ち、くるりと回ってみせる。淡い金色のドレスは、絵本に登場したお姫様が着ていた物と同じ色だ。
「でも僕は男の子で、羨ましくても手に入れられない。だから作ったんだ。これは僕の魔法、人を惑わす魔法かもしれないけど、考え方では夢を見ることもできるんじゃないかって」
僕は恥ずかしくてオリバーの顔を見ることが出来ずにいた。きっと引かれた。気持ち悪いって思ったかな。
もしかしたら魔法学校への推薦も取り消されるかもしれない。
どんどんマイナスな方向へ思考が傾いていると、突然視界が上へ登った。
「すごい!本当にすごい魔法だ!独学でここまで魔法を進化させるのは並の努力じゃできないぞ!こんな魔法は初めてだ!」
僕を抱き上げ、オリバーの腕に乗せられる。突然視界が変わり、オリバーの笑顔が見えた。興奮冷めやらぬ顔で、僕の魔法を褒めちぎっている。
「・・・・え?変じゃない・・・?」
「変なわけあるか!きっと俺でも思いつかない。学校の奴らにも見せてやりたい!」
「・・・それはいやかも。まだ他の人に見せるのは難しいかな」
「そうか。じゃあ俺だけでいい。俺にはたくさん見せてくれ!カーターならもっと試行錯誤すれば、この魔法も使用の幅が広がるはずだ。また新しいものを見つけたら、ぜひ見せてくれ!」
「わ、わかった。わかったからもう降ろしてくれる?」
「ああ、すまない」
やっとの思いでオリバーの腕から降りる。やや魔法マニア感があったが、オリバーの言葉は嬉しいものだった。
オリバーの心からの言葉は、やはり話して良かったと思わせるには十分だった。
「美しい姿だった。そうか、あれがカーターの本当の姿なんだな。とても綺麗だったよ」
「あ、ありがとう。話すか迷ったけど、オリバーならいいかなって」
もう一度座り直し、魔法学校について話す。
「俺はずっと旅で学校を離れていたが、そろそろ戻ろうと思っていたんだ。カーターが出られるタイミングで出発しようと思うが、どうだ?」
「うん、大丈夫だよ。なんなら明日にでもいいよ」
「いいのか?町の人に挨拶とかしなくても」
「大丈夫」
「そうか、じゃあ出発の準備を済ませるから、明後日出発しよう」
一人挨拶をしておきたかったが、あまり会うことが出来ない人だから仕方ない。心残りではあるが。
長々と話し込んでいる内に、夕方になってしまったようだ。今日はそろそろ戻ろうと立った僕たちだったが、陰から一人の少女が見ていることに気づくことはなかった。
「おはよう、カーター。よく眠れたか?」
「おはよう、オリバー。全然眠れなかった。なんだか目が冴えちゃってて」
「はは、それはそうだろうな」
また同じ場所で二人会うと、魔法について話し合う。
オリバーは本当に色んな魔法について知っていて、何を聞くにも新鮮でついつい話し込んでしまう。
「じゃあ、オリバーの得意な魔法ってなに?」
「そうだな・・・よく使っていると言えば、炎だな」
「炎?」
「ああ、俺の英霊魔法が炎と類似しているから、炎の魔法を使うことが多いんだ」
「オリバーの英霊魔法?見てみたい!」
「わるい。見せてやりたいけど、俺の英霊魔法は威力が凄すぎてここら一体がどうなるか分からん。また別の機会でな」
「そっか。じゃあまた今度見せてね」
オリバーの英霊魔法はとても気になるが、そういうことなら仕方ない。
そんな話をしていると、後ろから足音が聞こえた。
振り向くと、そこにはカレンがいた。
「ちょっと、そこのあなた。カーターなんかじゃなくて、この私を連れて行きなさい!」
「は?カレン何しに来た」
「あんたは黙ってて!私はこんな奴よりずっと魔法が使えるわ!こんな奴を連れて行くぐらいなら、私を連れて行きなさい!」
僕たちの前に現れたかと思った矢先、突然そんなことを言い出した。とても怒った顔で、僕を睨みつけてくる。両手を強く握り、オリバーへ訴えかけている。
「カーター、この子は?」
「彼女はカレン。俺と同い年で、町に住んでる子だけど、特別話したりしないから、他のことは知らない」
「そうか。カレン?だったかな。君も英霊魔法が使えるのかな?」
「いいえ。英霊魔法は使えないけど、こんな奴が使う呪いの魔法より、私が使う魔法の方がずっと綺麗だわ!私には魔法学校に行く資格があるの!」
「すまない。俺は英霊魔法が使える子を探している。もしそんなに優れた魔法が使えるのであれば、また別の機会が来るはずだ。今回は諦めてくれ」
よかった。そんなこと思ってもなかったが、万が一ここでオリバーが迷うようなことがあったらどうしようと少し心配した。
確かにカレンの魔法はすごいと思う。この町じゃ一番の魔法使いだ。カレンの使う魔法は町のみんなを魅了し、彼女を羨み、いつか魔法学校へ推薦されるのではと噂されていた。
ただその引き合いに出され、僕の魔法が侮辱されていたから、彼女には苦い記憶しかない。
断れるとは思っていなかったのか、彼女は目を大きく見開き、オリバーに刃向かう。
「なんでよ!?町でだって私は一目置かれてる!憧れの的なの!こんな私を推薦しないなんて、あなた本当は魔法師じゃないのね!?」
「まあ、確かに正式には魔法師ではないな。しかし推薦する資格は持っている。だが、それは英霊魔法を保有している者のみ推薦できる。保有していない者は、俺では推薦できる資格がないんだ」
その言葉を聞いたカレンは、体を震わせ、突然こちらに魔法を放ってきた。
カレンは水魔法使いだ。正確にはそれしか使っているところを見た事がないからよく分からないが、水魔法を得意としていることは確かだ。
そんな彼女が水の球を飛ばしてきた。大きく、速度のある魔法がこちらに向い、咄嗟に目を瞑った。
すると、オリバーが杖を構えた。
「覆え」
短い詠唱から、僕たちを包む風が発動された。発動された魔法は僕たちに向かってくる魔法を四方に去なし、打ち消した。
「何をしている?」
「だ、だって!あなたは分かってないのよ!私は天才なの!偉大になるの!なぜそれが分からないの!?」
「一旦落ち着け。そんなことしても何もならないことなら、君も分かるだろ?」
「ふざけないで!私を馬鹿にしてるの!?」
そう言うと、また魔法を打ってきた。しかし何度やっても僕たちにカレンの魔法が届くことはなかった。
何度も打つたびにカレンの魔力が減り、次第に彼女は息が上がり、ついには膝をついた。
「わ、私も夢を見てきたの・・・・魔法学校に行きたいの・・・そいつが行けるのに、私だけ行けないなんて理不尽じゃない」
「そうか、君にも何かどうしても行きたい理由があるのは分かった。しかし俺が推薦できないという事実も変わらない。ならばこういうのはどうだろうか」
オリバーが提案したものは、カレン自身が推薦できる他の者に、自分から売り込むという案だった。
「俺が推薦できる者を紹介するまではできる。だから君自身が自分をアピールして交渉するんだ。無事に成功したら推薦状を書いてもらえるだろう。しかし上手くいくかどうかは君にかかっている」
「・・・・・いいわ、それでも。でもいつ?そんな人本当にいるの?」
「ああ、心配ない。魔法学校まで着いてきてもらう必要はあるがな。もし叶わなければ一人でこの町まで戻ってこなければいけない。そこまでできるのか?」
「・・・・・絶対に成功するわ。私がダメなはずないもの」
「覚悟が決まっているならいい。明日には出発だ。準備をしてまた明日来てくれ」
カレンは何か物言いたげだったが、大人しく町に戻って行った。
カレンは大丈夫だと言っていたが、本当にそんなこと叶うのだろうか。魔法学校は恐ろしく遠い場所にある。子供の力ではこの町に一人で帰ってくるなど不可能に近い。
それだけ彼女は本気だということなのだろうか。魔法が好きなことは分かるが、ここまでする程とは思っていなかった。
「彼女は明日来るだろうか?」
「え?」
「先程彼女にも言ったが、生半可な気持ちでは出来ないだろう。もしかしたら怖気付くのではと思っている」
「・・・・・どうだろ、よくカレンの事知らないからな・・・」
「まあ、とりあえず明日またここに集合な。今日は一旦解散しようか。ゆっくり休んで」
「分かった。また明日ね」
急遽人数は増えたが、特別何か変わることはない。俺は明日に備えないとな。
「お願い!こんなチャンスないの!私はどうしても魔法学校に行きたいの!」
「何を考えているの。そんなこと許せるはずないでしょ?そもそもその男が嘘を言っている可能性もあるのよ」
「そんなことない!私ちゃんと聞いたの!」
「だからダメって言ってるでしょ。諦めなさい」
「何言われても私は行くから!」
なんで許してくれないの!?私がずっと望んでいたことなのに。
私なら絶対叶えられる。今やらないともうこんなチャンス来ないわ。
「あなたちょっとは妹のことも考えてあげなさい!魔法ばかり考えるくらいなら、少しは妹の相手もしてあげなさい!」
「リアのことだって考えてるわ!私が魔法を使うとリアも喜ぶの!もっと魔法が使えるようになったら、リアだって喜ぶはずよ!」
「それはリアが優しい良い子だからよ。姉のあなたがその役をせず、妹に世話になってどうするの!」
「ママはそればっかり!リアの方が可愛いから!私の方が可愛くないからそんなこと言うんでしょ!ママは私のことなんか嫌いなのよ!」
「話をすり替えないでちょうだい。本当に困った子なんだから!」
私の妹は元々体が弱くて、常にベットに寝ている。でもそんな外に出ることができないリアに、私の魔法を見せると目を輝かせて喜んでくれるの。
もっと見せて!って喜ぶ姿が好きなの。
でもママはリアに構ってばかり。リアは誰にでも優しく穏やかで、体が苦しいはずなのに、少しでも家族のためになるようにお手伝いも欠かさない。ママがそんなリアを大切に思ってて、好きなのは分かるけど、私のことももっと見てよ。
リアのことは好きだけど、リアがいることで消えたものがたくさんある。
どこにも遠出をする事ができないし、リアの体の為にお金を使うから好きなものも買ってもらえた事がない。ママもパパも、私に何か一つでも聞いてくれたことある?
パパ、買って来てくれた服、私の好きな色の服を買ってきたって言ってたけど、青が好きなのはリアよ。私の好きな色はピンク。
ママ、私の機嫌を取るために好物を作ったって言ってたけど、それは好物じゃない。私の好物がテーブルに並んだことなんてないわ。
今までリアばかりでも何も言わなかった。でもこれだけは、魔法学校だけは諦めたくないの。どうしても叶えたい夢なの。
これだけは絶対に譲れないわ!
「ふたりとも、けんかしているの?」
寝室からリアが出てきた。
「リア、寝てなきゃダメじゃない!すぐにココアを持っていくから、部屋で待ってなさい」
「いいのよママ。カレンどうしたの?そんなに怒って」
「カレンがまた我儘を言っているのよ。リアが気を揉む必要はないわ」
やっぱりリアには途端に甘くなるのね。本当に嫌になる。
でももうなんでもいい。魔法学校に行けるならどんなことでも我慢できる。
「リア、私魔法学校に行くの。今魔法師の人が町に来てて、一緒に魔法学校に連れて行ってもらうわ」
「ほんと!?カレンよかったわね!ずっと望んでいた夢が叶うのね」
「ありがとう。リアは応援してくれる?」
「ええ、もちろんよ!」
リアは外に出る事があまりできない。それどころか最近はどんどん体調が悪くなり、起きる事だって難しくなってきている。
「ダメよそんなこと!リアも行けないんだから姉のあなたが我慢せずにどうするのよ!」
「どうしてダメなの?応援してあげましょうよ」
「リア、あなたは休んでいて。聞き分けのないこの子には私が言って聞かせるから」
「ママ、何度否定されても私は行くわ。止めても無駄だから」
もう何も聞きたくなくて、私は部屋に戻った。準備をしなくちゃ。家を出ることに不安がないわけじゃないけど、私なら出来る。
「じゃあ準備はいいかな?」
「うん、大丈夫。でもカレンは来てないんだね」
「ああ、やはり怖気付いたのかな」
「どうする?カレンの家なら知ってるけど、家まで行く?」
「そうだな。やはり一言彼女の意思を聞かないと出発はできないな」
そう決まり、カレンの家へ向かうこととなった。カレンの家に遊びに行ったりしたことはないが、小さな町だ。家の場所くらいは分かる。
オリバーを案内し、扉を叩く。
「こんにちは。カーターです、カレンはいますか?」
しばらくすると、扉が開いた。そこには髪を振り乱して、顔色を悪くしたカレンがいた。
「あ、ご、ごめんなさい。・・・・・行こうとしたんだけど、妹が・・・・・」
「リアがどうかしたの?」
「・・・・とりあえず入って」
オリバーと二人で家に入ると、嫌に家の中が静かで、不穏な雰囲気がある。
「リアの体調が昨日の夜からとても悪くなってしまって・・・・医者に見せたけど、もう何もできないって。もう時間の問題だ、なんて言われて・・・・」
「そのリアって子元々悪いのか?」
「そうなんだ。リアは体が弱くて、ずっと体調が不安定だったんだ。まさかそこまで悪くなるなんて思ってなかったけど・・・・」
カレンは酷く落ち込んでいるようで、瞳には涙が溜まっている。
リアはみんなから嫌われている僕にも声をかけてくれる優しい子だった。困っていたら手を差し出してくれたし、話を聞いてくれた。
いつも元気に走り回る子達を見ては、目を細め、どこか遠くを見つめるような表情に、親近感を抱いていた。
「薬も効かなくて、近いうちこうなるとは言われていたけど、まだ心の整理ができていないの・・・・一緒に魔法学校へ行きたい。でも、妹が旅立つ時には、ついていてやりたいの・・・・」
「ああ、気にするな。そう言うことなら少し時間を取ろう。カーターもそれでいいか?」
「うん。僕もリアには話をしたい。叶うなら、側で見守ってあげたい」
「・・・・ありがとう、こっちよ」
ご両親は今奔走しているそうだ。リアの死に向き合えず、何かまだできるのではないかと、方法を探すために町を周っているそうだ。
「リア、カーターが来たわ。入るわね」
部屋に入ると、ベッドに横たわるリアがいた。呼吸が浅く、虚な目をしているリアを見ると、素人でももう時間がないことが分かる。
「こんにちは、リア」
「カーター、来てくれたのね」
こんな時でも、彼女は僕に優しく微笑む。
「ずっと、心配していたの。カーターがたくさん怪我をしているのに、私は何もできないから。ずっと悲しそうな顔をしているカーターの力になりたかったのに」
優しく微笑む彼女の瞳に、涙が灯る。そんなことを思うことはない。リアは分かっていない。僕がリアにどれ程救われてきたのか。
「ありがとうリア。十分だよ。僕が辛い時、リアが声をかけてくれてとても嬉しかったんだ。みんなに色々言われても、自分だけは自分の力を好きになってもいいんだって、大切な物だって思ってもいいんだって思わせてくれて、僕は救われたんだ。
リアが言ってくれた、『例えカーターがどんな力を持っていたとしても、私はカーターを嫌いになったりしない。力でカーター自身が左右されたりしないもの。あなたはあなた。どんなことを言われても、自分自身の価値を決めるのは自分自身なのよ。だからどんな力でも誇っていいと私は思うの。でも、もしどうしても自信が無くなったら、私を思い出して。私が何度でもカーターはすごいんだって、いいやつなんだぞ!ってみんなに言ってやるわ!』って言葉、僕はずっと覚えてる。そのおかげで僕は前を向けるようになったんだ。リア、ありがとう」
僕の言葉を聞いた途端、とうとうリアの瞳から涙が溢れた。
リアに僕は何ができるだろう。残された時間、彼女に何か恩を返す術はないだろうか。
「リア、何か僕にできることがあれば教えて。リアの力になりたいんだ」
「いいえ・・・・十分よ。ありがとう、カーター」
震える声で、大粒の涙を流しながらではあったが、リアは笑ってくれた。
「邪魔してごめん。また明日顔を出すよ」
「・・・・リアも喜ぶわ」
「ありがとう。また明日ね」
そう声をかけ、家を出る。
「ごめんオリバー。少し出発に時間がかかりそうなんだ、それでも大丈夫かな・・・」
「問題ないよ。気にせず、ゆっくりお別れをするといい。後悔のないようにな」
「うん、ありがとう」
「明日は少し用事がある。明日は先に行っていてくれ」
「わかった」
リアもああ言ってくれたが、それでも何か僕にできることはないのだろうか。旅立つ前は別れなんて必要ないと思っていたけど、いざ本当の別れかと思うと、何かしないといけない気持ちになるのってなんでなんだろう。
オリバーも後悔のないようにって言ってたけど、僕にはどうしたらいいのか分からない。僕に出来る事なんて、少ないのに。
夜部屋に戻り、一人考える。
リアは何かを望むことが少なかった。ただ自分に降りかかる枷を、受け入れていた。
でも、一度だけ、僕に言ったことがある。
それは僕の中にある欲に気付いた日。
輝くアクセサリーに、それに負けない程に笑う女性。そんな光景を見て、美しいと思った。羨ましいとも。
眺めている内に、つい自分の中に芽生える強く焦がれる思いが、声として出てしまったのだ。
「いつかぼくも」
その言葉を隣で聞いていたリアは言った。
「いつかわたしも」
気持ち悪がられることはあれど、共感されるとは思ってもいなかった。だから嬉しかったのだ。僕の持つ願望をおかしいと否定されなかったことに。
そして純粋にリアも願っていた。普通の人のように友達と語り、出かけ、綺麗なものを身につけることに。
誰にも言えない、二人の願望。願っても叶うことはないと思っていたから、それ以降二人はその願いを口にすることはなかった。
「・・・・・いらっしゃい」
「お邪魔します。リアに会えるかな・・・?」
「ええ、どんどん酷くなってて、もういつ旅立ってしまうか分からないわ・・・・」
「そっか・・・・カレンも大丈夫?隈が酷いけど、寝てないの?」
「私のことは気にしないで。こっち」
リアの部屋は何も変わらない。しかしリア自身はやつれ、とても苦しそうだった。
リアにもう二度と会えないのだと実感すると、つい涙が溢れそうになる。カレンもリアも泣いていないのに、僕が泣く訳にいかない。
一番辛いのはふたりなのだから。
「リア、来たよ」
リアはもう答える元気もないのか、こちらに視線を移すだけで、声を出すことはない。
「昨日たくさん考えたんだ。リアにできること」
リアの手を両手で優しく握る。リアの手は冷たくて、僕の体温が少しでも移るように包み込む。
「リアに僕の魔法を見てほしいんだ。これは僕にしかできない魔法なんだ。びっくりして飛び起きちゃうかもね」
リアの目を見つめ、魔法の許可を取る。
「リア自身に魔法をかける。痛みとか苦しみは全くない。ただ、少し体を起こすけどいいかな?」
リアは答える代わりに、ゆっくりと頷いた。
「ちょっと、何する気?そんなことしてこれ以上リアに何かあったら・・・・」
「大丈夫、何もないよ。心配しないで」
リアの背中に腕を通し、ゆっくりと抱き起こす。上半身だけ少し起き上がらせ、倒れないように支える。
前より随分と痩せてしまった小さな背中は、非力な僕でも簡単に支えられてしまう。
「じゃあ、いくよ」
『英霊魔法』
僕が魔法をかけると、あたりが優しく光り、部屋全体を魔法が覆った。
古い家の壁は、複雑な彫刻を施した淡い色の壁紙となり、大きな鏡のついたアンティーク調のドレッサーが置かれた。
ベッドはクラシックで重厚感のある大きなベッドへと変わった。
部屋が変わり終わると、次第にリアの足先から服が変わり始める。ふわりと広がる裾に、艶々光るリアの好きな色の青い生地。繊細なレースがあしらわれドレスが完成した。
突然変わった部屋と姿に二人とも驚いていた。リアは忙しなく視線を動かし、全体を見渡す。
すると、リアの瞳から涙が溢れ始めてしまった。
「嫌だったかな。リアにはこんなのが似合うだろうなって勝手に思ってたんだけど、気に入らなかったかな」
リアは首を横にふり、小さな声で言った。
「うれしい」
リアは動かしにくい体を持ち上げ、確かめるようにドレスを掴む。
無我夢中で辺りを見ては、触れてみたいのか必死に手を伸ばす。
その間もずっとリアの頬には涙が伝っていた。リアの頬を拭うが、どんどん溢れてくる涙で再び濡れてしまう。
しばらく当たりを見ていたリアだったが、動きを止め、僕の手を掴み、ゆっくりと見上げて言葉を紡ぐ。
「ありがとう、これで、ゆめがかなったわ」
ずっと苦しげに歪んでいた顔に笑顔が戻り、いつもの優しく微笑むリアに戻った。
ただそれも一瞬で、その言葉を最後に、眠るようにリアは目を閉じた。
呼吸がゆっくりとなり、止まった。
もう我慢できなかった。何も考えることができないまま、ただひたすらに涙を流した。
動かなくなった冷たい体を抱きしめ、リアを想う。
「ここにいたのか」
溢れ出る涙を乱暴に拭う手を止め、振り返る。
「君の魔法は本当に美しいね」
そう僕にオリバーが語りかける。
そうだろう。美しいはずだ。しかしそれは魔法が美しいのではない。
人の持つ個々の力や願いに囚われることなく、ただ一人の人間として、分け隔てなく接することのできるこの女性が美しいだけだ。
僕の目の前にはキラキラ輝くドレスを身に纏い、ベッドに横たわる1人の少女がいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
小説を作成するのは初めてです。
表現力や文章力などに拙い部分もあるかと思いますが、そんな部分は目を瞑っていただけますと幸いです。
応援よろしくお願いします。




