真実の愛ならば、どれほど良かったでしょう
「私はクリスティー・サンドル公爵令嬢と婚約破棄する!」
王太子殿下であるユーラスティア様の高らかな宣言に、サンドル公爵令嬢、クリスティー様が顔を顰める。
「どういう事、でしょうか……?」
か細いクリスティー様の声とは正反対に、王太子殿下は傍にいた元平民で今は男爵令嬢のミーナを抱き寄せ、声高らかに言い放った。
「お前は自分が有能だと思い込み、ふんぞり返り、笑み一つ浮かべん。そんな婚約者など気が詰まる一方だ!ミーナを見てみろ!愛らしい笑顔で常に俺の心を癒してくれる。最低な婚約者と最高の少女なら、後者を選ぶのは当然の結果だろう!」
ユーリィ様ったら、と、ミーナが名前を通り越して愛称で呼びながら王太子殿下の腕に抱き着く。
例え男爵家や子爵家といった下位の貴族でも、これは頭が悪い、と思わせるような態度だったので、貴族学院の卒業式に参加していた子息令嬢達の9割は顔を顰めた。
1割は、男爵令嬢へうっとりとした視線を向けたり、サンドル公爵家を気に入らない敵対している勢力の家の子が、嘲笑を浮かべていたりだが。
「…………婚約破棄、承ります」
クリスティー様が美しいカーテシーを披露する。
その瞬間に、私、マリール・ソルモン始め、クリスティー様の友人である何人かが彼女に駆け寄った。
「クリスティー様!」
「大丈夫でしょうか!?」
だが、私たちの心配とはうらはらに、呆れや疲労は見えど、クリスティー様の表情は暗いという程でもない。
「大丈夫よ。…………こうなる事は予想していたし、お父様達もご存知ですもの」
達、の中には、王太子殿下の父である陛下も入っているのだろう。
我が国の国王は愛妻家で有名だ。
婚約者がいるにも関わらず、浮気を行った王太子殿下には、何らかのペナルティは課せられるだろう。
そればかりは安心ね、と私が息を吐いた瞬間だった。
「そして私は真実の愛で結ばれているミーナと……っ!」
「俺もマリール・ソルモンと婚約破棄をする!!!」
王太子殿下の言葉を遮って、婚約破棄宣言をしたのは、私の婚約者である、アンリ・デマンソン伯爵令息だ。
「…………え?」
急な出来事に、私の頭の中は真っ白になる。
言い方は悪いが、クリスティー様と王太子殿下の婚約は、言ってみれば他人事だ。
婚約破棄などを衆人の中でされたクリスティー様に同情はするし、友情はあれど、やっぱり他人事だ。
だから、いきなり婚約破棄をされる側になるという気概が私には無かったわけで。
ただただマヌケな声を出すしかなかった。
「ちょっ!え!?アンリ様!?」
「おい、アンリ、お前、今私が……、」
「マリール!お前は俺が栄誉ある王太子殿下の側近として働いているにも関わらず、誉め言葉一つ無く嫌味ばかり言ってただろ!?俺はその態度が気に入らないんだ!!!」
私の戸惑いや、王太子殿下の言葉を聞く事なく、アンリは私への不満や悪口を並び立てる。
だがしかし、だ。
私にだって言い分がある。
「そりゃ嫌味の一つも言いたいわよ!側近である貴方から王太子殿下に、婚約者以外の女生徒とあまり距離が近すぎるのはいかがなものかと注意した方が良いんじゃない?って言っても、私を相手にもしないし、それどころかここ半年無視しっぱなしだったじゃない!」
婚約者である以上に、仲の良い幼馴染だったので、その豹変っぷりに私は混乱したし、今も戸惑いの方が強い。
しかし、アンリは高らかな声で更に言葉を発した。
混沌、としか形容できない言葉を。
「ミーナが好きなのは俺なんだから、王太子殿下に注意する事など1つも無い!そんな事を言い出すマリールがそもそも間違っている!」
え?え?と戸惑いの声で会場中が騒めく。
その中には王太子殿下や、アンリ以外の側近も混じっていた。
なお、ミーナは少々表情を引き攣らせている。
クリスティー様達も訳が分からないという表情を浮かべていた。
え?ぐらいしか言葉を発せない私に対し、アンリは何故か自信満々だ。
「何がおかしい?ミーナは俺を好きなんだし、ミーナはあくまで王太子殿下はご友人だと言っていた。ならば何も問題無いだろ!」
いや、問題しか残ってなさそうなんだけどなあ……。
むしろ、問題が複雑化しただけで解決が遠退いただけというか……。
「ミーナ……?」
「あ、あああ、アンリ君!何を言ってるの!?」
王太子殿下がミーナを訝し気な表情で見るので、ミーナが慌ててアンリに声をかける。
そんなミーナに、アンリが自信満々の表情を浮かべた。
「ん?何って、ミーナが言ってた事じゃないか!王太子殿下は友達!そして俺達皆が好きだって!その皆には俺も入っていて、俺はその中でも特別だって、いつも2人きりになった時に言ってただろ?」
言ってたけどお、とミーナが呟いたのが密かに聞こえた。
ってかお前、ミーナと2人きりになってたんかい。
くっそ。
王太子殿下よりもアンリの方が罪深い気がしてきた。
「私はお友達として皆が好きで、その、王太子殿下は恋……」
「そう!フレンドだ!そして俺はセックスフレンドだ!!!」
声高らかにアンリが宣言する。
騎士科で鍛えた筋肉は、脳が縮む事を代償として得たのかと聞きたいくらいに、頭の悪い展開だった。
「王太子殿下はただのフレンド。俺はセックスフレンド!どちらがより愛されているかなど、聞くまでもないだろう!」
下手をしたら、セックスフレンドの方が普通のフレンドより地位は下では?と。
私は訳の分からない事をぼんやりと考えていた。
現実逃避とも言う。
ミーナも死んだ魚の目で現実逃避中らしい。
王太子殿下、ミーナ!アンリの言う事は嘘だよな!?と必死で尋ねている。
漏れ聞こえる言葉から、一応体の関係はまだ無いように聞こえる。
…………セフレがただのフレンドより一歩リードしていたのに間違いはないようだ。
いや、これはリードなのか?
もう訳が分からない。
ってか。
「ただの浮気に間違いはないと思います」
私の言葉に、それはそう、と会場中のほぼ全員が頷いた気配があった。
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王太子殿下とクリスティー様の婚約は結局白紙となった。
いや、どちらかと言えば破棄寄りで、王太子殿下の方に瑕疵があるという形なので、慰謝料は発生するようだ。
ただ、真実の愛の相手にセフレがいる事により、多少の同情が集まったようだが。
そして、それ以上に同情されているのは私である。
婚約破棄された事自体というよりは、堂々とセフレ発言をする、耳の軟骨さえ鍛えれば固くなると信じているような男と婚約していたという事に同情されている感が否めない。
まあそのおかげ?で、クリスティー様はご自身の婚約破棄のインパクトが薄れた事もあってか、比較的スムーズに次の婚約者がみつかったらしい。
我が国の同盟国の隣国に従兄弟さんがいるらしく、その友人の侯爵令息に嫁ぐのだとか。
クリスティー様もご存知の方らしく、気心の知れた優しい方なのだとか。
…………それはめでたいんですけどね。
自分だけさっさと次の婚約が決まって申し訳ないとでも思っているのか、クリスティー様はやけに私を気遣ってくださり、今日も私だけをプライベートなお茶会に誘ってくださってる。
……同情って、心にも体にもダメージを与えるんだなって、私は生まれて初めて知った。
「…………結局ミーナさんは、デマンソン伯爵令息と結婚を……?」
「はい……。まあ、手を出しちゃってますからねえ……」
後一歩で王太子妃になれたというのに、伯爵夫人なんて!とミーナはいつも怒っているらしい。
いや、男爵家の庶子から考えたら、物凄い出世だし、王族に手出ししようとして五体満足な事をまず喜べ。
まあ、王太子妃になれたのにい!という文句を、「王太子殿下は友達だしな!ミーナはいつまでも友達が大好きなんだな!」という感想しか述べない男と結婚した事には同情するが。
「デマンソン伯爵家もこれから大変ね……」
「そうですね。…………セフレ伯爵、なんて名前の方が独り歩きしているくらいですし……」
ぶふっ、と一瞬クリスティー様は吹き出したようだが、瞬時に何事も無かったのように淑女の微笑を浮かべた。
流石公爵令嬢やでえ。
ただ、義両親になる伯爵夫妻を私は慕っていたので、それは少し心配している。
そりゃあ夫妻も、息子が学園に通う3年間で、脳を代償に筋肉を得たなんて思ってもいなかっただろう。
私がもう少し、デマンソン伯爵に婚約者の訴えたりしてたら違うのかな?と思わなくもないけれど、その辺りは後の祭りだ。
私も私で、王太子殿下がクリスティー様と婚約破棄したらどうなるのか?という方にばかり気が向いていたので、婚約者の事を放っておいた事に変わりないので。
まあ、1つ言える事は。
「…………巷で言う『真実の愛』の方がよっぽどましなんだなという事だけは分かりました」
セフレ宣言じゃなあ、と力無く呟いた私の言葉に、クリスティー様は再度、ぶほっ、と吹き出して、すぐに淑女の微笑を浮かべた。
世界観的には「娼婦」というのが正しいのかもしれませんが、あえてセフレ表記です。
ミーナ氏は、将を射んとする者はまず馬を射よで、馬を射たら、その馬が想像以上の駄馬だったというだけです。




