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悲鳴とともに、テツジの顔に跳ね飛ばされてきた血濡れの破片が張り付いた。奴隷の爪だった。生臭い血と汗と内臓の匂いが部屋に充満している。床一面が何度も流されてきた血の跡でドス黒く変色しており、事前に凪が警告した通り恐ろしく不衛生だった。
黒い空間だった。火ではない、ランタンのような光があちらこちらで灯っていて、その周りでハエや蛾が不快な羽音を響かせている。凪は巨大な神殿の真ん中の祭壇を手術台代わりにして奴隷を『改造』していた。
「……何をしているんですか?」
テツジは顔を拭ってそれを訊いた。その問いが浮かんでから声に変わるまでかなり時間がかかった。
「ケンタウロスを作り足している」
凪は答えた。興奮しても苛立ってもいない、至って普通の調子だった。
「昨日の作業で幾らか減ったからな。こいつは後ろ足だ」
祭壇から、爪の持ち主だった男が体を痙攣させながら立ち上がった。両腕の肉が削ぎ落とされ(正確には先ほど魔法で弾け飛んだ)、むき出しの骨が二股の槍のように尖って突き出している。滴る血。下顎は無くなって舌だけがブラブラと垂れ下がっていて、生きているのか死んでいるのはわからないほどに目も淀んでいたが、それでもその奴隷は確かに自分の脚で自ら手術台を降りた。
もう一人の男が、その前に立つ。手術中はずっと男の足を抑える役をやらされていた男だ。見るからに震え、布を噛む歯を食いしばり、卒倒しそうなほど激しい呼吸を繰り返している。
凪が後ろの男の頭を掴み、前の男の背と尻の間に押し付ける。
紫の光。
泥に埋まるようにズブリと、男の頭が背骨に食い込んだ。
くぐもった絶叫。
頭がすっぽり埋まってしまってから、後ろの男が、腕の骨を前の男の太ももに突き刺す。
また悲鳴。
メキョメキョと不快かつ湿気った音を響かせながら、腫瘍に巣食う蟲のように肉が膨らみ、接合部と後ろの男を包み込んでいく。
ものの数秒で、痩せたケンタウロスが出来上がった。
「あとは、奴隷の死体を食わせて馬の半身を膨らませる。そういう風に作るのが一番手っ取り早い」
凪は話しながら、右手に構えていた巨大なノコギリをケンタウロス部分の出っ張ったコブに当てた。ミチミチと嫌な音が圧殺された悲鳴と混ざる。はみ出ていた肉片か骨片が削ぎ落とされ、ブチュっと黒っぽい膿が吹き出した。そのまま微修正を続ける。
「こういう改造も昔は手間取った。昨日見せた『鉈』みたいな改造も、最初は死にかけの奴隷を手作業で作り変えてた。一度やった改造じゃなきゃああやって一瞬でやれるようにならん」
「……そういう条件の魔法ってことですか?」
「んな少年漫画みたいに格好いいものじゃないさ。単純に手順をイメージできるかってだけの、まあ、慣れの範疇だよ」
凪はテツジに向き直った。
「俺はまだしばらく作り足しを続けるが、なんか他に質問は?」
「後ろ脚になったその人は、生きてるんですよね?」
「微妙なとこだな」凪は顎を触る。「仕組み上、前の脳があれば動けるから後ろはどうでもいいんだが、たまに前が死んだのに後ろだけ生きてることもあるからよくわからん」
「わざわざ馬に作り変えるのは便利だから?」
「そうだ。『馬力』のためだ。使ってみると人類が何千年も前から馬を飼ってきた理由がよくわかるよ」
「あくまで必要だからやっている処理ではあると」
「いや、そんなつもりはない」
凪はケロッと答えた。
「本当にこれが一番効率的かどうかなんて深く考えてない。わかってるのは、この手術は痛くて、前も後ろも死ぬまで生き地獄ってことだけだ。だからやってる」
一際大きな悲鳴がどこかで響いた。
神殿の中は、凪とテツジたちがいる一段高いところの大祭壇の他にも手術台か野戦病院のベッドのような簡易祭壇が幾つもあって、その全ての台の上で、奴隷が奴隷の腕の肉を削ぎ落としていた。乱雑な手術で腕をズタボロにされた男が別の男に支えられて、ピラミッドのような段差をこちらへ上ってくる。ビクビクと泡を吹きながらなんとか辿り着き真ん中の台に寝たが、その間不自然なまでに二人はテツジとうららの方を見なかった。
(そういう命令だろうか?)
なんにせよ、地獄のような光景だった。
「大体いつも、俺はこういうことをしている」
次の男の手術に移りながら凪は言う。出来立てのケンタウロスはトボトボと覚束ない足取りで出口へ向かっていった。
「こいつらは苦しめば苦しむほどいいと思っている。何か悪いか?」
「良いか悪いかで言えば間違いなく悪いと思いますが」
テツジの言葉に、背後にいたうららが息を止めたのがわかった。




