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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
センター

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1


  生まれたのに精子のままだったれ者め

  なんとか思春期前に死ねなかったのか?





 太陽は異世界でも地球と同じように地平線から昇ってきた。寝起きの海が、崖に向けてシラミでも落とすように青い毛皮をこすりつけている。その波音が足元からゴワゴワ響いていた。


 切り立った崖の上に、凪の奴隷収容施設『屑籠くずかご』はあった。元々なんのためにあるのかわからない……というよりも適当に配置したのであろう小さな城の残骸を奴隷を使って造り変えたというその要塞は、外から見るとほとんどそのまま刑務所だった。

 壁の中には、都合6棟の、牛舎か倉庫に見える扉のない建造物が建っていて、中に並べられた奴隷船のような棚に数百人の男たちがギチギチと詰め込まれている。互いの体が重なり合うほどに狭い木の板だったが、詰め込まれた奴隷たちは皆死んだように体を縮めて眠っている。寝返りで床に落ちて鼻血を垂らしたままいびきをかいている者もいた。


 奥の2棟はケンタウロスのためのものだった。こちらは仕切り壁で仕切られた空間が幾つかあって、1エリアにつき6体ほどのケンタウロスがギュウギュウに押し込まれている。横にすらなれない彼らは互いと壁に体重を預け合うことで、物置の自転車のように危ういバランスを保って眠っていた。

 誰もが疲れ果てていて、テツジが外から覗き込む程度では反応すらしない。頭と目線を動かすものはあっても結局モゴモゴと口を動かしてまた眠りにつく。


 棟に囲まれた中央には元は噴水だったという石造りの円があって、そこが彼らの便所になっていた。囲いも屋根もない、完全な吹きさらしである。毎日奴隷たちに掃除させているらしいが、それでもたまらないほど臭い。

 排泄物や何かの腐敗臭、湿気を含んだ生臭い汗の匂いなどが混ざった『籠』の中は恐ろしく不快な臭気に満ちていた。


 アァア……っと、どこかで誰かがうなされる甲高い悲鳴が響く。


 テツジは、顔の周りを飛ぶハエを払い除けながら『籠』をあとにした。のちに考えれば、ここが奴隷たちにとって最も心安らぐマシな寝床だっただろう。





「奴隷たちの生活を見せてください」


 テツジが朝食(パンと豆のスープだった)の席でそう頼んだ時、パンをかじっていた凪はいぶかしげともなんともいえない不思議な表情かおで彼を見た。


「……構わないが、寝不足で見るもんじゃないとは思うぞ。寝れなかったんだろ? ひっでえクマだぜ」

「凪さんも、寝てないようですね」

「わかるか」

「エプロン着たままですし」

「ああ……脱いでくるの忘れてたか」


 軽く自分を見て、普通に笑う。


「俺はそもそもほとんど寝ないんだ。こっち来てから体質が変わっちまってな。椅子でうつらうつらしてりゃあ気力が戻る。実はお前が寝てたベッドは俺の部屋だ」

「あ、窓の外にまた吐いちゃいました、すいません」

「ほとんど使ってねえから構わんさ。なんならこの家ごとお前のものってことにしてもいい」


 凪は真面目な顔でそう言った。家とは言うが、外から見たこの建物はいわゆる小さな『教会』である。小さすぎて礼拝スペースすらなかったので、ただ屋根が高いだけの家として凪が使っているようだった。寝室も別にあって、一人で使うには少し広すぎるくらいではある。


「……案内してくれとは言いません」テツジは話を戻した。「何が起きているのか知らないの、すごく苦手なので」

「お前、結構変わってるんだな」


 あっという間に朝食を食べ切った凪は立ち上がり、左手を口に当てた。手がわずかに紫に光る。何かボソボソ喋っているように見えた。


「……奴隷たちはお前の邪魔をしないし質問には答えるようにした。こんなゴミみたいな世界に来ちまった時点でお前は不幸だ。できる限り意思は尊重したい」

「ありがとうございます」

「もし、俺のやり方を変えたいなら無駄だぞ。俺は、絶対に変わらない」

「そんなつもりは全く」テツジは首を振った。「知らないで済ますことが、甘えてるように感じちゃうってだけなので」

「そうか」


 凪は立ち去ろうとしたが、少し躊躇ってから、振り返った。


「……だが、どうせなら俺に教えてくれてもいいな」

「何をですか?」

「俺がどう間違えてるかだ」


 そう言って凪は笑っていた。


「この世界じゃもう、誰も突っ込んでくれなくてな」





 お互いに変なことを頼まれたと思っただろう。色々と思いを巡らせながら『籠』を出たテツジの脇で、「あっ」と小さな声が上がった。

 振り向いた先に、ちょっとギョッとしてしまうくらいキレイな少女の顔があった。


「辻さん……」テツジは目を丸くする。「どうも、おはようございます」

「おはようございます」


 転生者、辻小春花(うららか)は軽く会釈する。新月機関の代表クロエが着ていたような長いスカート姿だった。


「あの、私のことはうららって呼んでくれて大丈夫です。敬語じゃなくても……私のほうが歳下だし……」

「そうもいかないですよ。あ、ちなみに僕は22だけど」

「私、19です……多分」


 苦い顔で彼女は微笑む。テツジは、顎に手を当て少し上を向いて考えた。


「元の世界じゃ、今日は5月10日かな」

「え? あ、5月……じゃあまだ18かも……」

「とりあえず、僕のこともテツジで。こっちこそ敬語じゃなくても大丈夫ですけど」

「そうもいかないですよ」

「じゃあ、お互い徐々に、ね」

「ですね」


 少し、間が空いた。


「僕がここにいるの、凪さんから聞いたんですよね?」

「はい」


 また間があった。テツジは彼女がここにいる意味を少し考える。転移してきたのが昨日の今日なのだから、付き添いに来るのは至極まっとうな親切心と思える。


(だとすれば……)


「こんなところ見たがって、ごめん」


 髪に指を絡めながら言葉を探していた彼女に向けて、テツジは謝った。


「今日はずっと一人で見て回るつもりだったけど、やめましょうか?」

「え?」


 ぱっちり開いた目と、目があった。写真の写し方次第では不気味に思えてもおかしくないくらい大きな瞳だった。


 つまりは『実写』だと信じ難いほどキレイな顔ということである。


 ここでテツジは、改めて辻小春花という日本人の少女の容姿を意識した。彼女の見た目は実際「かなり可愛い」だとかあるいは「とても美人」だとか、そういう一般的な褒め言葉を遥か置き去りにしている。

 黒いセミロングのストレートヘア、小さな顔、長めのまつ毛、大人しそうな面立ち、整いすぎたパーツ……彼が今まで見たことのある顔とはハッキリ別物と言って良い。しかも、おそらくは化粧などもせずにそうなのだ。高校では美術部で美大も進路の選択肢にあった(倍率を見て断念したが)彼は、顔の上に絵を描ける化粧の威力を人並み以上には理解している。

 どう考えても無作為にこの世界に飛ばされた人間の見た目ではない。

 彼女は凪が性犯罪者にそうしているように、明確な意図をもってこの世界に誘拐されたのだ。


(まじで胸糞悪い……)


「あ、いや、私のことは気にしないで下さい」


 うららはしかし、困ったようにも見える笑顔で、両手を上げて首を振った。


「テツジさんこそ、あの、こっちに来たばかりですし……だから……」


 曖昧な会話はまた昨日のように、奴隷たちにさえぎられた。

 突然のことだった。ガタガタと倉庫がひっくり返ったみたいな音が『屑籠』から響き渡った。男たちの苦しそうな唸り声が監獄の中から近づいてくる。

 慌てて道を避けた。凪の奴隷たちが一斉に起き出して、しかも駆け足で道沿いを走っていく。一糸乱れぬ統率が地獄の軍隊のように薄気味悪かった。


 向かう先の小高い丘の上には古代ギリシャのパルテノン神殿に似たやしろがあって、そこが凪の奴隷改造施設『センター』である。最初は「反省センター」と適当に呼んでいたそうだが、いつの間にか現地住民にセンター呼びで定着してしまったらしい。


「やだ……いやだ……」


 そんな声が、駆けていく男たちから漏れるのが聞こえた。誰もうららとテツジには気が付かない。寄り道も脇目も許されていないのかもしれない。


 列の中、誰かが転んだ。


 誰一人意に介さず、その男はぐちゃぐちゃと踏み潰された。最後尾のケンタウロスが、その残骸(辛うじて生きている)を拾って何事もなく駆けていった。

 そして、同じ道を、逆向きに向かってくる奴隷の行列が来た。夜シフトの集団なのだろう。皆黒く汚れ、ボロボロに疲れ果てた様子だったが、鬼に追われているように必死に駆け足で列を保っている。そんな男たち全員の目線はしかしテツジに……否、うららに向けて真っ直ぐに注がれていた。


 反射的にテツジは彼女の前に立っていた。別に何か起きるわけでもないし、彼も奴隷たちも何ができるわけではないのだろうが、半ば本能的な行動だった。


 険しい顔をした男たちがテツジの方を睨みつけながら、息を切らせ屑籠へ入っていく。列が過ぎ去り、ガタガタと棚に体を詰め込むやかましい音(猿のような叫び声や怒鳴り声も)がそれに続いたが、喧騒のオーケストラは不気味なほどアッサリ静まり返り、結局は波とカモメの鳴き声だけが残った。

 センターに目を向ける。その遥か遠くのわざとらしく小高い山の上に、壊れた魔王城の輪郭が息を潜めている。

 太陽はまだ雲の裏だ。


「この後は、凪さんのセンターを見に行くつもりでしたけど」


 振り返りテツジは言う。


「正直に言うと、今は、それが一番優先かな」


 彼女は頷く。


「……じゃあ私も行きます。見慣れてはいるので」

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