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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
ゴブリン

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6

 ……凪が竹や木々を切り払ってショートカットしたダンジョンの先にあったのは、不自然なほどに丸いすり鉢状の大穴だった。

 直径は10mあるかどうかで、深さは一番深いところで3mくらい。人骨と腐肉が散らばったその空間は強烈な悪臭が漂っていて、事前に渡された花の香がする布マスク越しでも胸がムカムカした。


 穴の中央に一箇所、生々しい桃色の排出孔じみたものがはみ出している。そこがモンスターたちの出現口だという。木の根のようにどこかの母体に繋がっているようだが、切っても燃やしても半日待たずに再生して、岩で埋めてもあっという間に侵食してまた口が開くので、本質的に塞ぐことはできない。


 「だから」と凪と奴隷たちは、その穴に魔物の死体を次々放り込んだ。排出孔は生き物の体には侵食しない仕組みらしく、出口付近を死体で埋めれば、送り込まれてきた魔物たちは肉の重みで勝手に窒息死していくとのことだった。


 そうして死んだ魔物の肉体もまた加わってより強固に穴が封じられるはずなのだが、やはりいつまでも上手くはいかず、時折このダンジョンのように封が解けて魔物があふれ出てきてしまう。

 そのたびに凪が出向いて塞ぐ、これはそういう事業の一環だったとテツジはようやく理解した。それ故の手慣れた戦闘だったのだ。


「その……前塞いだときの『肉栓』は残ってないんですか?」

「魔物が食っちまうようだ。食って出した糞からはなぜか知らんがあっという間に竹が生えてくる。資材になるのは大変結構だが、ダルいことこの上ない」


 そんな会話をした。


 死体の山が穴を半分ほど埋めたくらいで、奴隷の男たちが大穴の周囲で輪になった。運んできた人間の死体を並べつつ間々に自分たちも挟まって、小学校の体操のように真面目に距離を測っている。


 何をしているのかとテツジは思ったが、全容がわかる前にズルズルと、背後からケンタウロスが巨大な袋を運んできたのでひとまずはそちらを見た。

 放り投げられた袋の中に凪が手を突っ込み、中から太い紐のついた人間の生首大の何かを取り出す。


 ……否、それはまさしく生首だった。字のごとくそのまま()()()()()()だった。


「人間の腸ってのは伸ばせば5メートルだが7メートルだかはあるそうだ」


 凪は語る。


「まあ、こいつは50メートル以上あるけどな。この手術は時間がかかる。さっきみたいな雑な改造じゃ流石に作れねえ」


 凪が持っている頭は、禿げた、ムンクの叫びのような表情で顔が固定された男のものだった。首の下に一段、巨大な睾丸のようなものがぶら下がっているがそこには最低限の臓器が収まっているのだろう。

 その下は凪が言ったように赤黒い腸が袋の中まで続いており、また空いたままになっている男の口の奥に寄生虫のような桃色のあなが顔をのぞかせている。


「ここまでやっても死なねえ。それが俺たち転生者の体だ」


 凪の声は静かだった。左腕がまた『改造』のときと同じく紫に光る。腸の先が笛の音に操られた蛇のようにひとりでに袋から顔を出し、いつの間にか凪の足元でうつ伏せになっていた男の尻に先が繋がった。


 生首の目玉が動く。話せはしないようだ。凪を見て、テツジを見て、ぐるぐると辺りを見回すその瞳の動きから痛みと恐怖がまざまざと伝わってくる。


 気がつけば、大穴の周りで作業していた奴隷たちが生者も死者も輪になって、前の男の尻に顔を載せて寝ていた。巻きの長さは穴の1周半ほど。その繋がった人体の()が穴から少し離れた凪とテツジのところまで伸びてきていた。死者は動かないが、震える生者からは静かな嗚咽おえつが洞窟の悪魔のように不気味に響いている。

 邪教の儀式に運悪く立ち会った一般人にでもなったような気分をテツジは感じた。


「『肉栓』がいつか効かなくなるのは、どこかのタイミングで死体が『生き物』の判定から外れるからだ」


 凪の声はあくまで冷静だった。


「そうなる前に腐っていく魔物の死体を食い続け、無理やり消化し、新しく出てくる魔物を蓋代わりに循環させ続けるためには生きている()()()がいる……やるぞ」


 腸が、()の男の尻に食い込んだ。


 一瞬の悲鳴が、すぐに途絶える。


 凪が腸を押し込むに連れ、連鎖するように前の男たちが一人ずつ(おそらく死体すら)悲鳴を上げ、一瞬でくぐもるを繰り返す。紫の光が輪になった彼らの全体を光らせ、やがてビクンと、その全体が繋がって震えた。


 先端の男の口から、悍ましい叫びが轟く。口が変形し、なりかけの狼男のように牙を剥く。


「動け、〝ムカデ〟」


 凪の命令に合わせて、百足むかでは動いた。


 前の男の尻に顔が癒着した四つん這いの奴隷の集合体だった。


 各々の手足を等脚類さながらに絶妙に動かして、大穴の中にゆっくり這い進んでいく。


「これも『改造』だ。モンスターを食い続けて自己循環する『肉栓』だ」


 凪の声。


「このムカデ、都合七箇所あるダンジョンに一体ずつ置いてるんだが、寿命がまちまちでな。最初に置いてから2年近く生きてるのもいりゃ、何月かに一回交換が必要になる場所もある。ここは長持ちしてたんだが……まあ、仕方がない」


 テツジはもはや、何も言えなかった。


 気がつけば新月機関も、赤髪のリタ以外近くにいなかった。そのリタはしかし動じる様子もなく、マスクをずらし、這い進み穴の中でとぐろを巻こうとしている奴隷たちに唾を吐いた。


<ざまあみろ>


 口がそう動いたように見えたが、気の所為せいだったかもしれない。


「た……頼みます、凪の旦那ァ……」


 突然に、袋から出された生首……今は最後尾の男の尻からこちら側に顔を突き出している頭が喋りだした。


「いだい……ご、後生だから、こ、殺して……」

「ふざけろよ、強姦殺人犯」


 凪のものと一瞬わからないくらい低い声だった。ゆっくり遠ざかっていた男の顔を太い手が掴む。


「てめえ自分が何したかまだわかってねえのか? 後悔が間に合うとでも? ()()()()()なんて罰が自分にあると思ってんのか?」

「ぐ……うぅ……おえぇ…………」

「人間世界で最も臭い糞の塊が、今更どの面下げて普通に泣いてやがる。怯えてやがる。手術が痛かったか? 繋がった死体から伝わる苦痛の味はどうだ? 性欲しかなかった人生の振り返りは淋しいか? だがお前はそんな程度じゃ終わらない。終わらせるものか。お前はこれからそこで糞を吐き続け、悪趣味だけが売りのB級映画のように生涯を閉じるんだ」


 唾吐くように、男から手を離す。


()()()()()()()()ってのがわからねえのが、お前らの一番の罪だろうが」



 ……その後、来たときと同じように、ケンタウロスが引く馬車を使ってテツジは凪の『屋敷』に帰った。どっと疲れていた彼はあてがわれた部屋で、夕食も断って死んだように眠ってしまったのだが、真夜中に跳ね起きて、そして窓からまた吐いた。


 強姦殺人犯。


 帰りの馬車で、全ての『ムカデ』の最後尾はそれなのだと凪は言った。


 強姦殺人犯。


 あまりにも気持ち悪い言葉である。どうしようもなく胸糞悪い事実である。どんな目に遭おうが流石に何一つ同情できない、形容する言葉すら思いつかない最低の人間だ。まさしくムカデのような究極の罰を与えられるに相応しい罪人なのは間違いない。


(じゃあ、凪さんは?)


 テツジは夜通し考えた。アドレナリンが切れたが最後、見せつけられた奴隷たちの血や死に様が脳裏にフラッシュバックして寝るに寝られなかった。


 凪の行為は、善か悪か。


 議論を待つ話ではない。悪である。理屈も簡単に説明できる。

 悪いことをした人間は「何をされても文句を言えない」が、それは他人が「何をしてもいい」という意味ではない。全く違う。ちゃんとした道徳リテラシーの教科書なんてものがあれば2ページ目には書かれている内容だろう。この世界の英雄・浅川凪は恐るべき危険思想の持ち主と見て間違いない。


 だが……と、テツジは更に考えた。性犯罪というくくりはともかく、罪人を奴隷魔法で従えてこの世界の問題を解決しようという方法論自体は、もしかすると倫理のネジが飛んでいるからこそ取れる正着ですらあるかもしれない。倫理を語れるのは社会に余裕があってこそだ。


 まだ彼は、この世界のことを何も知らない。


(……確かめよう)


 窓の下に溜まった吐瀉物としゃぶつを見ながら、テツジはそう決意をしていた。


 これは彼自身あまり自覚はないのだが、霧島哲司という青年の頭脳あたまは普通ではない。彼がこの世界に来たことには意味がある。


 すぐに彼も知ることになる。


 自分が決して、ただ無作為にこの世界に選ばれた人間ではなかったことを。

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