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同じ目だった。
テツジの首根っこを掴んで性犯罪の履歴を問うたときと、暗い部屋で彼を見下ろしていたあのときと同じ真っ暗な熱情が、その色の抜けた灰色の右目の中に宿っていた。
たまらず目を反らし雑草の上に唾を吐いたテツジの背を、小さく、柔らかい手が撫でた。
「大丈夫ですか?」
一瞬、ちらりと目を向ける。
日本人の女の子だった。
彼女が、凪が昨夜言っていた『新月機関』で唯一の転生者、辻小春花である。小さい春の花と書いて『うららか』と読むくらいの、ささやかな自己紹介以外テツジはまだ一言も話していなかった。少しタレ目で困り眉な、見ているだけでくすぐったさを感じるくらい可愛らしい女の子だったが、むしろそのせいで彼女がこの世界でどんな目に遭ってきたのかが理解できてしまうのがいたたまれず、テツジはまた吐き気と頭痛を感じてしまった。それが更に申し訳なかった。
「その様子じゃ戦えそうもないな」
凪はテツジが手元に落とした護身用の拳銃(マテバに見える)を拾い上げ、テツジとうららの後ろの誰かを見た。
「使うか? リタ」
「うん」
さっとテツジの脇を抜けて、〝リタ〟と呼ばれたもう一人の女性が拳銃を受け取った。
赤い髪を短めに切りそろえた、鋭い目をした少女だった。
ルーズなタンクトップを着ているせいで脇から胸周りの黒く物々しい切除痕がチラチラ見えてしまうのだが、彼女はそんなもの気に留める様子なく、テツジのことすら目に入らないとばかりにまっすぐ両手で拳銃を構え、魔物たちの方を見ていた。
低い背丈、華奢な肩、細い腕。しかしきっと彼女は人間的にとても強い。テツジはそう感じた。
「出ろ、柵」
凪の声に合わせて、また背後から大量の男たちがゾロゾロと蟹のように湧き出てきた。やはり『反省部隊』と同じように痩せた男たちで、凪やテツジのいるところから10数メートルほど先でこちらを向いたまま膝立ちになり、肩を組み合った。
やにわに、凪が片手で銃を撃った。暴力的な音圧と共に、森から顔を出した『オーク』のような巨大な化け物の頭が弾け飛んだ……、
と思う間もなく、『柵』のうちの一人の体から突然血が噴き出した。
最初テツジは弾が当たったのかと思ったが、位置が物理的にありえない。
続けざまに凪は5発、ケンタウロス軍団と揉み合っていた二足歩行のトカゲに向けて弾を撃った。見る限り当たったのは3発で、うち2発は奴隷であるケンタウロスごとぶち抜いていた。一発撃つたび、『柵』の男の体から爆ぜるように何度も血が吐き出され、最後にはぐったりと項垂れて動かなくなった。そいつと肩を組まされていた二人の中年の顔がハッキリ恐怖に歪む。
「ひ……」
「やめてくれ……お願いしますおねがいしますおねがいします……」
「あ、あ、うああああああ!!」
また銃声が鳴った。今度はリタが撃った音だった。
一発、二発、三発……撃つ度、少し離れた位置にいた男の体から同じように血が噴き出していく。
「この銃は、奴隷の血と臓器が弾になってる」
事前に凪が言っていたこの言葉には何一つ比喩が混ざっていなかったらしい。
(一人につき……六発か)
リタと凪は、その弾を次々と撃ち続けた。なんの躊躇いもなかった。やはり命一つで一弾倉、6発分だった。リタが6発撃ち切ると凪がすぐにもう一丁のそれを投げ、リタは受け取りながら弾倉を空にした銃を返し凪が装弾(凪さんの左手から出る黒煙が弾になってるみたいだ)してまたローテーション……二人とも愉しんでいるというよりは純粋に集中している様子だったが、それがむしろ戦争犯罪者の一括処刑のような、不気味に整然とした残酷さを克明にしていた。
柵にされた男たちは怯え、命乞いをし、そして死ぬ。日本人だが年齢は様々で、10代に見えるような若者から杖なしで立てるとは思えないくらい萎びた老人もいた。
血みどろの悲鳴が風と小雨に巻かれている。
テツジはしかし、その地獄のような景色から不思議と目が離せなかった。
ほとんどの場合、悪質な罪には相応の罰など与えられない。運良く裁かれた場合ですら、所詮は罰金と刑務所である。ありとあらゆる理不尽な暴力は結局のところ胸くそが悪いまま終わるものだ。だが今、彼らは間違いなく『報い』を受けている。それも、最悪の所業の被害者たちの眼の前で。
何か、胸に高揚感じみたものがあったのは確かだった。
「……ボスだ」
凪が呟いた、それから一瞬遅れて、森の上に突然恐竜のように巨大な獣の頭が現れた。
哺乳類とは思えないサイズの狼が木々を踏みしめ、狂った鳴き声を上げながら一気に近づいてくる。恐ろしい迫力を前に流石に腰が浮きかけたが、凪や新月機関の4人は動かない。未だテツジの背に添えられたままのうららの手のひらが、彼の足を止めた。
今まで片手で銃を構えていた凪が、おもむろに両手できちんと構えて狙いをつける。
(異様に頼もしいな……)テツジはぼんやりそう思った。
「耳を塞げ」
凪が言う。
「え?」
少し、遅かった。




