表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
ツヴァイヘンダー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/35

2

「凪さんの銃は、元はあの男が持っていたものなんです」


 あの男という言葉が意味するものを今更問い直す必要はない。目を閉じ、彼女のかすかな息遣いとハサミの音を聞きながら、テツジは黙って先を聞いた。


「奴隷にされていたのはほとんどが女でした。それでなぜ弾が奴隷の内臓なのかわかりますか?」


 テツジは少しだけ考えたが、単純に「わかりません」と答えた。本当にわからなかった。


「あれは元々、私たちを堕胎させるために使われていたものなのです」


 一瞬で理解した。

 わからなかったのは当然だと思ったし、吐き気も感じた。


「あの武器は本質的にはやはり、命を弾にするものなのでしょう」淡々とクロエは語る。「胎児の生命を弾にして撃ち出す手軽な中絶器具、それがあの『フェミニスト』という銃の正体です。男の奴隷に使うとどうなるかは凪さんが後から『発見』しました。妊娠していない女でも結果は同じでしょう」

「…………」

「魔物を殺す弾を用意するためだと……それを名目に、あの男は生き残っていた女たちの中から若い女を次々さらって奴隷にしていきました。戦いにおもむくことは本当にまれでしたけどね。私は辛抱強く何度も説得したのですが……凪さんがあとひと月来るのが遅れていたら、何もかも手遅れだったかもしれません」

「…………」

「あの男は膨らんだ女の腹が好きではなかったようです。妊娠の兆候が見えたらすぐに空に向けて銃を無駄撃ちしていました。私たちはみんな、一度ならずお腹から死んだ胎児の残骸を掻き出すように産み落として、自分の手で埋めさせられたものです」

「…………」

「きっとそれがお腹にも負担だったのでしょうね。あの男が死んで奴隷の魔法が解けて、膨らまされていた胸が腐り落ちた後、私たち新月機関はみんな、子どもを産めない体になってしまいました。先程のルーナさんには今は夫がいるのですけど……可哀想なことです」

「……言葉もありません」

「あの武器……銃を撃つ音にどうしても耐えられなくて、前線から離れた機関員もいます」


 クロエが正面に回り、前髪を切り始める。淡く清涼な香りがした。


「誰もがリタさんのように強く立ち上がれるわけではないのです。テツジさんは、凪さんがあの男を殺したときの話をなにか聞いていますか?」

「いいえ」目を閉じたまま、できるだけ息を抑えて答えた。「……もっと痛めつけたかった、とだけ」


 ふふっと、小さくクロエが笑った。


「そうでしょうね。でも凪さんは、あの男の両腕と片脚を切り落として、火の炉に投げ落とすくらいはしたのですよ。あの時、私たちはいつもお湯の張られた贅沢な浴場でつまらない仕事を強いられていたのですが、その火元に彼はあの男を閉じ込め、蓋をして、長い時間をかけて焼き殺しました」


 ちゃきりと、ハサミが鳴る。


「その間、私たちはずっと凪さんを『攻撃』させられていました」

「え?」


 思わず目が開いてしまった。毛の細かい欠片がまつ毛に落ちてきて反射的にまた目を閉じたが、垣間見たクロエの顔は平常通り冷たく柔らかだった。


「奴隷魔法は主人の命が続く限り、言葉を介さずとも効果を発揮します。あの男が発したであろう『助けろ』という曖昧な命令に従い、私たちは近くにあった桶やナイフで凪さんへ襲いかかりました。それが凪さんの体中に残っている傷跡の正体です。右眼を潰したのは私でしたね」

「…………」

「凪さんは……ほとんど抵抗しませんでした。最低限命だけは守りながら、私たちの暴力を受け入れて、あの男が焼け死ぬのを待ち続けたのです」


 情景を思い浮かべる。


「……()()()んですか? 死ぬまで?」

「凪さんですから」クロエは(多分)頷く。「すごいでしょう? 彼は彼自身の怒りのために、自分の身はおろか私たちの一刻も早い自由すら後回しだったんです。奴隷の身から解放されたことはこの上ない喜びでしたが、それでも凪さんに刃を向けたあの夜を忘れられる人はいません。あの日彼を傷つけたことがどうしても拭えない心の傷になっている人だって、一人や二人じゃないんですよ」

「…………」

「可哀想な人ですよね」

「凪さんが、ですか?」

「はい」クロエの声と顔が近づく。「彼はきっと、治らない傷にも癒やし方があることを知らないのです。永遠の傷に怯えて、だから、何もかも奪い取るしかない。傷ついた人の心に寄り添って一緒に立ち上がる方法がわからないのでしょう。単純に面倒なのかもしれませんね。でも彼の価値観は潔癖で、痛みを無視することはできなかった。だから、代わりに罪人を罰し続けることで、私たちに許しを乞うている」


 暖かい手のひらが耳に触れた。


「感謝の気持ちだけは、私たちにとって絶対に揺るがないものなのですけどね」

「…………」

「彼は雷のように現れて、終わりの見えない悪夢から私たちを救ってくれました。自分の意志が体に帰ってきたときは、本当に、ほんっとうに嬉しかったです」

「…………」

「テツジさんは、凪さんの行為に口を挟むのを控えることにしたようですね。私たち元被害者のことを気遣ってくれているのでしょうか?」

「……はい」正直に答えた。

「ごめんなさいね。こちらの世界に来たばかりなのに、テツジさんには色々と負担を強いてしまっています」

「そんなことは……」

「ちょっとだけ顎を引いていただけますか?」

「あ、はい」

「干拓地というアイデアも目から鱗でした。インクは足りたでしょうか?」

「はい。風車の概略と構造も思い出せる限りでは図にしておきました」

「ありがとうございます。本当に助かります。私たちは転生者に頼り過ぎですね。結局どう足掻あがいても、私たちだけではいつ爆発するともわからない魔物たちの群れに対処するすべがないですから。凪さんの狂気を歯止めの効かないものにしたのは間違いなく私です。私は彼を、性犯罪への飽くなき怒りを、そういう習性を持った動物であるかのように扱い、彼が異世界の人間を奴隷にし続ける手法をシステムとして社会に組み込みました。私は間違えていたのでしょうか?」

「クロエさんは、正しいです」

「私にも間違えてると言ってくれてよいのですよ?」

「正しいです」断言した。「クロエさんたちは間違いなく正しいことをしています。この世界の住人はどう考えてもあの人を頼るべきだ。後から来た僕が凪さんのアレを肯定するのとは意味が違うんです」

「マジメな人ですね」

「それは、違うと思います。結局は努力を放棄してますから」

「さっきの話を聞いたら余計ですか?」

「…………」

「ご想像の通り、新月機関とこの世界の人々の大半は奴隷とされている性犯罪者たちになんの同情もおぼえておりません。そればかりか、最近、祝祭のために集めている食料が盗まれることがあったのですが、皆さん犯人が見つかる前から罰はどうするべきかという話ばかりです。凪さんのあの行いは〝罰〟ではないと一生懸命説いていても、私たちのような救われた女が言うのでは説得力がないのでしょうね」


 よどみなく動き続けていたクロエの手が、初めて止まった。


「どうして私が、今、こんな話をしていると思いますか?」

「それを考えてます」また素直に答えた。

「ところが、理由なんて実は全くないのですよ」


 クスリと笑った、その息が少し額に当たった。


「私、ただ純粋に、私たちのことを聞いてほしかったんです。あなたは無知の危険さを知っている人、だから、包み隠さず伝えられるものは伝えたいと……少し、ピリッとしますね」

「ぴり?」


 クロエが手のひらが頭に触れる。柔いトゲが刺さるように弱い電流が頭皮に走った。同時にクロエが手に持っていたくしが頭を毛穴ごと洗うように豪快に駆け回り始めたせいで、思わず気持ち悪い声が漏れそうになる。癖になるとヤバそうな、変な鳥肌が全身であわ立っているのを感じた。


(うびびびびっ……)


「はい、終わりました~」


 言ってる間にクロエはテツジの首周りから手際よくきれを外してパッパと床にはたいていた。卓の上に置かれた水桶の中に先ほどテツジの頭上ではしゃいでいた櫛が沈んでいて、周囲に黒い毛髪がたくさん浮いている。彼はそっと頭に触れて髪をいてみた。切ったばかりのはずなのに千切れ毛は残っていない。


「これも魔法の一種ですか?」聞いてみた。

「頭を洗わなくて良いので少し楽でしょう?」


 クロエがくるっと振り向く。


「私たち新月の女が使えるのは、こんな家庭的な魔法ばかりです。これでは凪さんに頼らず魔物を狩ろうなんて夢のまた夢ですね」


 そう言って微笑む彼女の腕まくりをした姿は、本当に、女神のように暖かみがあった。


「とても素敵なことだと思います」


 若干照れくさいセリフを口にしながらテツジは、卓の上にある手鏡を取って自分の頭を見た。

 切られながらなんとなく察していたことだが、相当短い。ここまで短くなったのはおそらく小学生ぶりというくらいだった。しかし前髪は意外に眉のラインを隠すくらいには残っていて、イメージ的にはベリーショートの女性の髪型に近い。


 しばし、鏡から目が離せなかった。


(……まじ?)


「その髪型、うららさんにも見せに行きませんか?」


 新しい自分に困惑していた彼に、クロエがそう言ってきた。


「え?」

「あなたが来てから、うららさんは本当に元気になりました」彼女は笑う。「反応、楽しみですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ