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筆舌に尽くしがたい悲鳴がセンターの底に響いていた。地を這う芋虫もどきの奴隷たちが入れ代わり立ち代わり男を輪姦している。犯している奴隷たちの顔には生気が抜け切った苦悶の表情が張り付いており、それが何より雄弁に、この地獄が彼らの日常であることを物語っていた。
ここは初日に見たあのムカデを作るための工場なのだろう。ここで奴隷の死体を食わせ、改造をし、水風船を膨らませるように腸を伸ばし続けている。犯されているのは新しく連れてこられた男だけでなく、既に改造されていた『ちんころがし』同士もお互い汚れまみれになりながら不快な乱交を続けていた。
「直腸から栄養ぶち込むのも効率は良いぜ」
これはこの日ではなくもっと前に凪が言っていた言葉だが、この景色が答え合わせだろう。
パキッと、甲高い音がした。勢い余って中年男の腕がへし折られた音で、折れた骨の先端が肘から赤黒く突き出していた。割れた眼鏡の破片が顔中に突き刺さった男は涙の混じった血で顔面を濡らしながら、それでも一切の抵抗なく汚らわしい行いを受け入れている。
「痛いか?」凪が聞く。
「い、いだぃ……死ぬ……やめてくだざ…………」
「お前が殺した子も、やめてほしいと言ってただろう?」
暗い、暗すぎる声だった。
「……言って……まし……た……」
「その子が死んで、どうしてお前を生かさなきゃいけない?」
「…………」
「お前は取り返しがつかないことをやった。だから、お前もそうなれよ」
凪は男の顔を踵で踏みつけ、ペキペキと音を鳴らしながら捏ね回した。歯が砕け砂の中に落ちる。仕上げに蹴り上げられ、首が嫌な角度に曲がった男の顔の上に、犯しているのとは別の芋虫が近づいて来て思い切りゲロを吐きつけた。鼻を突く異臭を漂わせる吐瀉物の中に混ざっている足の指や肉の塊は、つい数十分前までは犯されている中年男の脚を構成していたものである。
端からパンを食べるように脚を噛みちぎらせては改造で無理やり筋肉を収縮させて止血し、千切ってはまた止血し、その繰り返しで男は既に右の膝から下をほとんど失っていた。切断面の色が、周囲にいる奴隷たちの肌の色とそっくりになっている。
ここはとても不潔な場所だ。犯し合い、喰らい合い、腐れ落ち、いずれ全身が改造でコーティングされることで、この強姦殺人鬼の男もいずれはムカデに堕ちるのだろう。
テツジは目を背けず、凪と奴隷たちが新しい奴隷を嬲る姿を見つめ続けていた。二時間くらいは経っただろうか。見ていたのは奴隷たちというより凪の方である。凪は、奴隷を虐待したり言葉でなじったりしている間、一切笑わない。声や口ぶり、仕草は愉快そうに見えても、目だけは絶対に笑わない。
怒っているのだ。心の底から。
(ただ犯されて殺される、そうやって死んだ人がこの世にいる)
いつか凪が言っていた言葉を思い出す。
(なら、こいつら性犯罪者なぞ……)
その凪の笑わない顔が……先まで人間を拷問していた殺人鬼が、ずっと扉の前にいたテツジのところへ。生々しい怒りの形相が少しずつコントロールされ、無表情に落ち着いた。額に流れる汗が光晶の光を受けてギラギラと光って見える。
「出るか?」
多少は上気していたが、もうほとんどいつもどおりの声だった。
「臭いだろ」
「……まだ大丈夫です」
「そうか」
凪は、壁に寄りかかって大きく息を吐いた。
狂宴の様子を二人で眺める。
「実際、どうなんだ」ややあって、そう聞いてきた。
「え?」
首を向ける。色の抜けた凪の右目が、月より冷たく彼を見下ろしていた。
「俺はどれくらい悪い事してるんだ?」
口元が、無理やり笑おうとした3Dモデルのように引きつっている。
「いや、悪いのは知ってるさ。お前ならわかってくれると思うが……俺は壊れてるかもしれないが、決して根っこの倫理観が終わってる人間じゃない。人と人、その間にある関係がフェアじゃないとなんか気持ち悪いってのがこの世の大前提だ。少なくともそこは普通の人間だろ?」
「……そうですね。そう思います」
「性犯罪だけが特別に気持ち悪く感じるのだって、感覚としちゃ一般的なはずだ。言葉を使って生きているくせに、本能に従って他人を汚すことを我慢できない、そんな生き物は人権に値しない。ほんっとうに気持ち悪い。こいつらがムラムラ汗かいて生きてると思うだけで怖気が虫のように体を這い回る。挙げ句に……強姦殺人? そんな最悪が現実に存在すると聞かされて、それでどうやって自分の人生とか将来の夢とか考えりゃいいのか、俺にはさっぱりわからなかった」
「怖いですよね」
「そうだ、怖い」
凪は頷いた。
「怖すぎる。おばけなんか目じゃねえ。こいつらフィクションじゃないんだぞ? 本当にいるんだぞ? こいつらに死ぬまで抵抗できないとか……まじで身の毛がよだつよ。ただ怖い、ひたすらに怖い」
凪の指が、彼自身の傷口に触れる。爪を立て、皮を剥ぐようにガリッと掻きむしった。
「恐怖への抗い方を、俺は殺意しか知らない」
「…………」
「俺がやってるのは、復讐か?」
「大別すれば、間違いなく」テツジは答えた。
「復讐ってなんだ? なんで人間はそれを望む?」
「変えられない過去を、受けた痛みを、なんとか精算したいからだと思います」
「流石、的確だ」凪は口元だけで笑う。「そうだ、俺も精算したい。こいつらの存在をさっぱりなかったことにしたい。だが、いつ精算は終わる? 俺はやるだけやっている。肉を剥いて、爪を剥いで、千切れる全てを千切り取って、痛みを感じるだけの生き物になるまで丹念に丹念に命をすり潰して……なあ……」
「…………」
「どこまでやれば、犯されて殺されてよかったって言えるんだ?」
「永遠に不可能ですね」
「そういうことだ」
凪の顔が、テツジに向いた。無表情だが、子を喰われた野鳥のように野蛮な怒りがその面の下に凍りついている。
「だからやめんのか? 本当に? だからやめないんじゃないのか? それって変か? 罪は永遠に許されないから手放そうって話もわかるさ。だが、だったら……永遠に復讐し続けてもいいじゃねえか」
「…………」
「俺は、この物語を、ハッピーエンドにしたくない」
「…………」
「凌辱され殺された、そんな人間が一人でもいるなら、それを無視して先に行きたくない。永遠にとどまったほうがマシだ」
「…………」
「そういう趣味のやつが一人くらいいても……いいだろ」
奴隷たちが叫ぶ。動物のような悲鳴はずっと途切れることなく、この不潔な地下牢を満たし続けている。
「……男相手の性犯罪者がいないことも、趣味ですか」
テツジはそれを聞いた。
「間違いなく趣味だな」凪は鼻を鳴らす。「そうとも、俺は女を襲った男だけを選んで奴隷にして殺している。欲望のまま、こいつらのように。この世界に人を呼ぶための欲望は〝本心〟でなくちゃならないってのは……まあ、言い訳にならんわな。そう、俺はこの世界で何一つ俺の望んでいないことをしていない。高尚な理念なんかないよ。全ては俺の願望で、女狙いの性犯罪者だけが対象なのは俺の生理だ。正義を振りかざすつもりはない。それが俺の悪か?」
テツジは少しだけ、黙った。言えること、言うべきこと、言ったほうがいいこと、言わないほうがいいこと、あまりにもたくさんの言葉が頭の中にあった。
しかしテツジの胸には、すでに決意があった。
「……農地、足りてないらしいですね」
そう切り出した。




