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反省も更生もしなくていい
ただ苦しんで死ねばいい
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のっけから地獄のような景色だった。
初めは森に呑まれた静かな遺跡のように見えた小高い丘に向けて、浅川凪というその大柄な転生者(僕らはそう呼ばれているらしい)が生臭い樽を投げ込むやいなや、醜悪な魔物たちが珊瑚に潜んでいた魚群さながらにうじゃうじゃと這い出してきた。
ゴブリン。
それは毛のない灰色がかった猿の集団だった。人とは似ても似つかない、並の類人猿よりもずっと頭の悪そうな、生理的に全く受け付けられない相貌をしていた。
「出番だ! ヒト科のゴブリンども!」
凪が叫ぶのにあわせて、痩せた男たち(彼らも転生者のはずだ)が何十人も、不自然なほどキレイに足取りを揃えてワッと突撃した。全員が汚れた腰布一枚だけを身にまとっていて、頭上に天使の輪を黒くしたような呪いの印を浮かせている。
皆、泣いているようだった。
「いやだいやだいやだいやだ……」
「助けてくれぇえぇ」
「クソが!! クソが!! クソがあぁっ!!」
日本語の罵詈雑言と、そして公衆便所のようにムカッと来る臭気を巻き散らかしながら走り出した彼らは、ゴブリンと戦うことすらしなかった。みな魔物たちの前で地面に伏せ、土下座するように肋の浮いた体を差し出した。彼ら『反省部隊』の体には雌牛や雌豚の血液と体液のカクテルが塗られている。そもそもこの攻略作戦の手前三日三晩は家畜小屋で雌の家畜の納屋に押し込め、糞尿の世話をさせて匂いを染み込ませておくらしい。
むせ返る雌の匂いに、ゴブリンたちはすぐに食いついた。ジャングルのチンパンジーそのままな鳴き声を上げ、差し出された『雌』の体に飛びかかる。凪の『奴隷』である男たちは抵抗しない。彼らは主人である凪の意思に反した行為を何一つ許されていないのだ。
こうして転生者・霧島哲司にとっての最初のダンジョン攻略は、醜悪なゴブリンと日本人の男たちの大乱交で幕を開けた。
「わかりやすく因果応報だろ」
こちらに背を向けたまま恍惚と地獄を眺めている凪が、テツジに向けて低い声でそう言った。改めて、凪という男はとても背が高い。190センチは普通に超えているだろう。
「この人たちは……」テツジは口を抑えながら聞いた。
「全員性犯罪者、純国産のレイパーさ」
凪は唾を飛ばすように吐き捨てた。
「俺たちと同じ国に生まれて、同じ教科書読んで、同じような漫画と映画見て……で、性欲を満たすのに同意はいらないと結論付けた生き物だ。強姦魔がこんなにいるなんて信じられなかったか?」
強姦魔。音に直されたその言葉を聞くだけでテツジは内臓のどこかに緊張が走るのを感じた。二人の背後、少し遠くに控えている4人の女性のことを嫌でも意識してしまう。
彼女たちは、かつて凪の前にこの世界で『奴隷化』の魔法を悪用していた転生者の被害者なのだという。
「一見きれいな床でもかき集めりゃゴミ箱は簡単にあふれる」
凪は右手で大きな拳銃を構えながら、左手で自分の顔を撫でている。
「ましてや所詮は現代日本、きれいな教室とは程遠い。俺も一生懸命無駄遣いしてんのに、どっちのゴブリンも減りゃしねえ……ケンタウロス隊、前進!!」
別方向からバラバラっと、下半身が馬のように四つ足な男たちが駆け出した。やはり彼らも上半身は日本人の男で、頭上に黒い輪(これが奴隷の証らしい)が浮いている。方法は知らないが、凪によって体を『改造』されたのだという。裸足の足が石を踏み抜く痛みに悲鳴を上げながら、ゴブリンたちの背後から湧き出した巨大な二足歩行のトカゲ集団に向かっていく。ゴブリンに犯されている男たちは抵抗を封じられているためか腹や首にかじりつかれてもただ手足をジタバタと動かすばかりで、まるで生きたままカマキリに貪り食われるゴキブリかコオロギのようだった。
「まぐわってる奴らは後回しだ!! トカゲを殺れっ!! 命がけでやれよゴミ屑ども!!」
凪はケラケラ吠えている。
「これはお前らにしかできねえ仕事だ! 《《人》》にはとても任せられねえからなあ! よかったじゃねえか、息をするだけ無駄だったお前らの命がついに人の役に立ってるぞ!! お前らは引き絞った弓につがえられた糞まみれの矢だ! ただすっ飛んで化け物殺して折れて死ね! できるだけ無意味に、無惨に、相応しく死ね!!」
叫び、笑い、心底痛快そうに嬲られる男たちを眺めている。
(とんでもないところに来てしまった……)
そう思ったテツジの喉元に不意にこみ上げるものがあり、耐えきれず彼は地面に片手をついて嘔吐した。
ゲエゲエと汚い音が鳴る。
気配で凪が振り向いたのがわかった。
「……まあ、そうなるか」
「ご、ごめんなさ……」
「いや、悪かったよ。そういえばそういうもんだったな。俺はすっかり麻痺しちまってるんでな……はは」
なんとか見上げた凪の顔を見て、テツジはまたゾッとさせられた。
笑ってなどいない。
まるで獣だった。
これまで何百という性犯罪者を無意味に、無惨に、相応しく殺していながら、それでもなお尽きることのない憎悪がその色の抜けた瞳に宿っていた。




