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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
新月機関

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16/20

2

 出されたパンの味は薄くてお茶もクセの強い風味だったが、渇いた体には十分過ぎるくらい美味だった。


「お待たせしてすいませんでした」


 硬いソファで向かい合いながら、しばらく執務室の外で待たされていたテツジにクロエが謝る。


「まだ男の人とは同じ部屋にいたくないと言う子もいるのです。どうか許してくださいね」

「とんでもないです……」


 気まずいわけでは無いが、それでも何かを誤魔化すようにテツジはまたお茶に口をつけた。元は性奴隷という『新月機関』のメンバーは、やはりというと嫌な話だが、全員が恐ろしいほど美人だった。ほとんどの機関員は挨拶を交わすくらいはしてくれたが、睨んだり見向きもしない人も確かにいた。傷つきはしなかったが、かなり重苦しい気分になったのは事実である。


 先程の騒動で服がドロドロになってしまった彼に、クロエは新しく黒い長袖シャツとパンツを用意してくれた。正直少しきついのだが、女性クロエの服なので仕方がない。貧しいこの世界のものにしては妙に仕立てが良いように思う。


 ガヤガヤと、窓の下でなんらかの騒ぎが起きている。


「まだみなさん混乱していますね」クロエは目を細めて窓を見た。「空を飛ぶ魔物など初めてでしたから、恐れるのもわかります」

「お忙しいところ、すいません」

「いえいえ、それこそとんでもないですよ」


 彼女は上品に笑った。


 町は、潮の香りが風に漂う静かな漁港だった。妙に高い灯台が少し遠くの丘に建っているようだが、きっと使う人などいなかったのであろう、崩れかけた壁面には木の根や緑が鬱蒼と生い茂っている。

 その手の雑にテンプレートをなぞっただけの無意味な建造物はこの世界においてはあるあるらしく、この港町もその手の石材建築の一群でしかなかったようだが、この町に逃げ込んできた住人たちが竹や木で補修を重ねてバラックを構築したことで、遺跡に暮らしているかのような独特の生活感や文化ができあがっているとテツジは感じた。


 今彼らがいるのは屋根の青い、恐らくは町役場的な役割なのであろう二階建ての建物の中にある執務室だった。


「凪さんが、ぜひ、テツジさんと話してほしいとおっしゃっていました」


 クロエは自然な顔で微笑む。


「そうなんですか」

「どうしてあの人がそこまで言うのでしょうか? 私もとても気になっています」


 素朴だが品の良い口ぶりは、先程切り落とされた胸の痕をためらいなく見せた強い女性像とはギャップがあった。


(この人、やっぱり、キレイすぎる)


 素直に彼はそう思った。長いまつ毛の下にある瞳は凪の右眼ほどではないがかなり色素が薄く、叡智えいちを象徴する宝石のように様々な光を透き通している。同じ部屋で同じ空気を吸っているとはにわかに信じがたい雰囲気の女性である。


「きっと私から質問したほうがよいですね」


 彼女は和やかな表情を崩さず言った。


「まずは今日のことを聞かせてくださいますか?」


 そこから始まった簡素な質疑応答の連続は、時間にするとそう長かったはずはないのだが、テツジは自分の簡単な履歴から凪との約束にいたるまで洗いざらいのことを吐かされてしまった。

 それは例えばこんな会話だった。


「グロいもの……血とか臓器とかが苦手なわけじゃないんです。母親が医者だったので、むしろ少しは慣れてる方だと思います」

「いくら悪人と説明されていても、人が簡単に死んでいくのはこたえますよね。価値観の違いは時に痛みを伴うほど残酷です。うららさんの治療ができたのもお母さんの影響ですか?」

「はい。ほんとは見せちゃいけない写真とか見せてくるタイプの人でしたし……あ、写真っていうのは……」

「わかりますよ。凪さんとうららさんからときどき聞いていますから」


 こんな調子で彼女はあまりにもナチュラルに察しが良く、訂正したくなる箇所もほとんどなかったため、30分やそこらの会話で大体を語り尽くせてしまった。

 なるほど、これは只者ではない。テツジはそう思った。

 宝石のような瞳が彼をまっすぐ見据える。


「なにか……テツジさんの方から、私に聞きたいことはありますか?」


 曖昧なようで、鋭い問いだと感じた。クロエはすでにテツジがどんな人間か()()()()()


 故にテツジはこう聞いた。


「凪さんは、この世界にとってどんな人間でしょうか」

「絶対的な英雄です」


 クロエの返事は早かった。


「あの人がいなければこの世界にはとっくに人など住んでいなかったでしょう。今は農地となっているあの土地も、2年前まで一面の暗い森でした。彼は桁外れの人間です。もとより弱い私たちは転生者の力を借りるしかこの世界で生きるすべはないのですが、彼は私たちに何も求めず、それどころか私たちがこの狭い世界で()()生きる以上を提供してくださいました」


 窓に目を向け、目を細める。


「……今日のことでまた少し延期になるでしょうが、近々この町では『祝祭』が開催される予定です。生きるだけで精一杯だった私たちにとって初めてのささやかなお祝い事です。その価値をわかっていただけるでしょうか? 全ては凪さんが魔物たちを人里に近づけぬよう、奴隷たちを使い森を切り拓き続けてくれたおかげです」

「そうなるよう、誘導したのはあなたですか?」

「はい」


 彼女は簡単に頷いた。そしてそれ以上、弁明も謙遜も何も言わなかった。

 やはり恐ろしい人間である。

 テツジは、パンの最後の一欠片を口に入れた。素朴だが本当に悪くない味だし、よく噛んでみるとよもぎのような香りもした。


(性犯罪者の虐使とこの世界の罪なき住人たちの『謙虚な幸福』の比較か……)


 考えてみてから、それ自体が言うほど簡単なことではないとテツジは感じた。ならば少なくとも、この世界の誰も犠牲にしない凪の手法をこの世界の人間が否定するわけはないのである。

 少し気が重くなりながら、彼はクロエの目を見つめた。


「では、新月機関というのは……」

「この世界が凪さんに頼りすぎないための組織です」


 彼女はそう言って自分のお茶に手を付けた。


「私たちはこの世界の未来を、凪さんと奴隷の労働に最後まで託すつもりはありません。あの人にお願いしているのはあくまでも『生きるための土地の確保』で、私たちが食べるものは私たちだけでまかなうことを目標にしていますが、それをこの世界の皆さんにも納得していただくのが私たちの仕事です」


 この答えはテツジの予想外だった。


「もう……そこまで考えているのですか?」


 口に出してしまってから、失礼な言葉だったと彼は思った。


 クロエは少しだけ微笑んで、差し込んできた陽の光に目を細める。


「私たちの悲願は魔物の根絶です。ですがそれが叶った後も奴隷の存在を前提としたシステムで生きていては……凪さんがいなくなってしまっても持続できる生活を作れなければ、結局また私たちは『奴隷魔法』を必要としてしまいます。その行き着く先は、今の子どもたちがかつての私たちのように奴隷とされる未来でしょう」

「そう思います」

「私たちはこの世界で、可能な限り幸せに生き残りたいのです」


 すっと、クロエは立ち上がった。


「これから、皆さんにテツジさんのことを紹介したいと思います。少しお時間をいただけますでしょうか?」

「新月機関のメンバーに、ということですか?」

「いえ」彼女は首を振った。「この世界に住む皆さんに、ですよ」

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