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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
センター

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13/14

6

 ともすれば死んでいたことだろう、とテツジはすぐに思った。

 うららに庇われ、抱きつくように押し倒された彼はしかし、なによりも彼女の力の強さに驚いた。小柄とはいえ成人男性が簡単に転がされてしまった。


(やっぱりうららちゃんも転生者だからか……)


 ともかく、すぐに彼女を支え返して、跳ね起きた。跳ね起きようとした。


「いっ……」


 幽かな呻き。


 半身でうららを支え起き上がったテツジは、戦慄した。


 破れたスカートの裾から覗く彼女の右膝から下が、へし折れている。骨がむき出しになっていて、まるでチャンバラで振り回されたほうきの柄のように、ほとんど引きちぎれているような状態だった。

 ドロドロと流れる血。

 近くにくわの破片らしきものと四角い縁石が転がっている。そのどちらかが竜が落ちてきたときに跳ね飛ばされ、うららの脚を砕いたのだろう。


 翼の生えたその恐竜が降ってきた場所は、見上げた目線から彼が予測したよりも多少は離れた位置だった。そこで雑草を刈り取っていた奴隷の男が踏み潰され、血まみれの赤い肉塊となって竜の口にくわえられている。サイズは象やキリンよりも二回りは大きく鱗は土色。

 羽が猛烈に幅広いシルエットは単純なファンタジーの竜というよりも、小学生の頃に図鑑で見たような白亜紀の翼竜を思わせた。


 竜はこちらを見ていた。妙に人間に似た、不気味なだった。うららもそれに気が付き、立ち上がろうとしてまた呻き、自分の脚を見た。


「あ……」


 顔から血の気が引いていく。


「ひ、いっ……!!」


 甲高い悲鳴。


 耳元でそれを聞きながら、テツジは咄嗟とっさに彼女の首に左手を添えていた。

 冷たいものが下腹部から腕に向けて体内を這い上がり、彼女に届く。

 鉄の首輪が、奴隷の証が、うららの細い首に出現した。

 全身から嫌な汗が噴き出す。


「え……?」


 説明する間などあるわけがなく、テツジは一言、「じっとして!」と伝えた。

 ピタッと、彼女の体が硬直する。

 テツジは彼女を抱いて体を支えながら、へし折れた右脚に手を添えて、凪の『手術』をイメージした。


(頼む……!!)


 凪のソレとは違う、青い光。


 みるみる彼女の脚を包んで、露出していた骨を包む。


 湿気った音。


 あぶくのように肉が波打って、一瞬鋭く、彼女がうめいた。


 繋がった。


「……た、立てそう!?」


 不自然なくらい彼女は素早く立ち上がった。恐らくは無意識に彼の脳が発した願いが『命令』になったのだろう。自分も立ち上がったテツジは迷いなく、彼女の首に巻かれた首輪に手を添え、引きちぎるような気持ちで即、消し去った。


 深呼吸。


「逃げよう!」

「え、あ、は、はい!!」


 二人で来た道を引き返す。ともかく凪のいる方へ。テツジは運動神経が良くないどころかすこぶる付きで悪い部類だったが、やはり『転生者』だからなのだろう、自転車に乗っているように早く走れた。


 背後で竜がいななく。


 風の音。


 冷や汗を感じるより先に、銃声が響いていた。


 凪がセンターの前で銃を構えているのが見える。その銃口の向きで、竜がまた一度高く舞い上がったのがわかる。

 テツジは振り返った。うららも同じことを考えていたようで、彼女を軽く受け止めるような形になりながら二人で空を見上げる。竜は既に想像よりもずっと高く飛び上がっていた。凪の銃声が何発か続いたが当たった様子はない。あんな拳銃ハンドガンでは、そう簡単に空を動き続ける生き物に弾は当たらない。


「うらら!」


 女性の声がした。新月機関の一人、赤髪のリタが弓と矢束を抱えてセンターの方から走ってくる。


「はあ!? なんでスカートなんだよバカ!」

「ご、ごめんリタちゃん! ありがとう!」


 うららはリタに投げ渡された弓を受け取り、矢筒を背中にかける。そのまま坂になった小道を駆け上がって、三人で凪のもとへ。この一連の流れの中でテツジは当然、リタというこの世界で生まれたはずの彼女の異常な脚の速さに気がついた。転生者の彼やうららよりもずっと速い。

 これも何かの魔法なのか。


(やっぱり僕はまだ何も知らないんだな……)


 ともかくみんなで凪の周りに集まった。センター内にいた奴隷たちが脇を駆け抜けて一斉に畑の方へ向かっている。囮なのだろうが、竜は今のところ降りてくる気配はない。


「……ここで仕留める。あれが夜にでも街に来られたら絶対に対処が遅れる。今、二体ともやる」


 一足先にたどり着いていたリタと何か話していた、凪の結論が聞こえる。


「凪さん! あ、あの竜は?」


 テツジは叫んでから息を整えた。鼓動が早い。汗がすごい。


「残念だが初見だ。まさかドラゴンまでいるとはな」


 一瞬テツジ、うららと視線を向けて、彼女の脚に残っている血の痕に気がついた。


「うらら、それ、大丈夫なのか?」

「あ、あの、大丈夫です。テツジさんが治してくれて……」

「あ?」


 凪の目が、テツジを見た。


「一瞬だけ、やむを得ず奴隷魔法を」テツジは(なぜか両手をあげて)答える。「『改造』ができるなら治療もできるんじゃないかって、凪さんの見様見真似みようみまねで」

「……なんてこった、お前さては天才だな」


 そう言って彼の肩を拳で小突く。少しあどけなさを感じるくらい素直に目を丸くしていた。


「ありがとう、とりあえずは下がっていてくれ。もう一度いざって時が来たときのために待機だ。リタとうららはここでテツジを護衛だ」

「あの、凪さん」テツジは再び手を挙げる。「あの竜はさっき、これだけ人がいる中で、僕とうららちゃんのところへ降りてきました。偶然でしょうか?」


 凪の目がまたテツジを向いた。今度は鋭い眼差まなざしだった。


「……あの時農地にいて、奴隷じゃなかった二人ってことか」

「差し出がましかったらすいません」

「冗談じゃねえ。褒めるの後回しにしただけだ」凪はまた空の竜を見る。「ふむ、なるほどな。魔力を持ち、なおかつ奴隷でない人間を狙っているルーチンなら……ありえなくはない。また降ってこないのは俺が(こいつ)を撃ったせいで警戒してるからか。流石にあの高さからただ女狙いで降りてきたなんてクソみてえなオチはないだろうが……」

「どっちにしろ、私が囮だ」


 リタが指を鳴らす。


「私が一番脚が速い。逃げきりゃいいんでしょ?」

「いや、それなら凪さんが農地にいる誰かの奴隷化を解除して確かめた方が……」


 そう言いながらテツジは、喉にググっと重量のようなものを感じていた。


(僕、今、人を殺せって言ってるんだよな……)


「それ時間がかかんだよ! 奴隷になってた時間が長いほどな!」もう走り出しかけていたリタがくるりとテツジを振り返った。「ここで待ってたらクロエさんとアニーも来ちゃう! そっちが狙われるよりは私のが絶対マシ!」

「待てリタ! クソっ!」


 あっという間に農地に駆け出していったリタを追おうとした凪は、舌打ちし、左手を口元に当てた。

 ガタガタと地面が鳴り、ケンタウロスたちが一斉にリタの方へ走り出していく。やはり皆、悲鳴を上げている。色々な意味で恐ろしい光景だった。テツジが取りあえず口にしただけの根拠も何も無い推測を頼りに一人で足場の弱い農地に飛び出していけるリタと、すぐにカバーを選ぶ凪、その姿にテツジはこの世界で彼らがくぐってきた修羅場を垣間見た気がした。


 バサッと風が鳴る。


 上空を翔んでいた片方の竜がリタに向けて、()()()、降ってきた。


 凪は銃を構えている。


 うららもテツジの前で、弓を引いている。


 地面にその巨獣が到達し、土を巻き散らかすや否や、大量の奴隷男たちが一斉にその翼に向かって飛びかかった。蟻がバッタに襲いかかるように体に取り付き、地面に竜を縫い付ける。

 咆哮と銃声。凪ではなくリタが撃った音。彼女がかわせたかはここからでは見えなかったが、死んではいない。元々あの竜は最初こそテツジとうららを狙ったが、地面についてからは(本能からか?)近くにいる奴隷男に食らいついていた。今回も同じように手近にいたのであろう奴隷に噛みついていたが、全身に纏わりつく邪魔者たちを払いのけようと体を暴れさせ、今にも飛び立とうとしている。


「うららは空を警戒!」


 凪の声。

 ほとんど同時に凪は竜のいる方へ向けて走り出していた。リタの位置が目視できていない現状、無闇に銃を撃つのは危険と判断したのだろう。


 至近距離で、仕留める。


 間違えていたとは思わない。


 想像を超えたのは恐らく、竜の膂力りょりょく


「危ない!」


 今度そう叫んだのは、テツジだった。

 

 空を見ていたうららを引っ張って抱きかかえ、彼は跳んだ。


 センターの壁が砕ける音。


 さっきまで二人がいた場所に向けて、体に奴隷を張り付けたままの竜が、凪の体に食らいつきながら真っ直ぐ突進してきた。

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