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「イライラしてたんだよ!! どいつもこいつも大して仕事できねえくせに人のせいにばっかしやがってよおっ!!」
叫ぶ男の声は毎日の奴隷労働に濁り切っていたが、堰を切ったように吐き出された言葉は不気味なくらい聞き取りやすかった。
「いいだろ別に! て、てかてか、レイプじゃねえし! 合意あったし!」
中年な見た目と声にまるで似合わない若造のような口ぶりで男は叫び続ける。
「殴るふりしただけで殴ってねえじゃん! 俺が何時間働いてたと思ってんだよ!! いいだろ別に!! 脚出してんのがわりいだろっ!! いいだろ別に! いいだろ別に! だって、だってだってだって、女なんて……」
一度、息を吸った。
「女なんて全員馬鹿なんだからよぉ!!」
どうやら、男にとって一番重要だったのがその言葉のようだった。震える喉から妙にハッキリと弾き出されたその一言の明瞭さは、その言葉を何度も頭の中で反芻させてきた証拠だった。哀願するような、同意を求めるような、あるいは興奮しているだけかもしれない黒い瞳がテツジの顔を一瞬だけまっすぐに見た。
神殿の中は暗い。
ずっと続いている奴隷たちの悲鳴は知らぬ間に耳に馴染み、時計の針のように意識の外に落ちている。
いつの間にか凪が、男の真後ろに立っていた。
「すげえだろ?」
大きな手が、奴隷の肩に触れる。見るからに男の体が震えた。
「ひっ……ご、ごめんな……ごめんなさい……」
「これがこいつらだ」
そう云ってテツジを見つめる凪の傷まみれの顔には、不気味なことに、いかなる感情も浮かんでいない。
「馬鹿だから犯していい……それで通ると思ってる生き物が、人の知性についてなんか言ってる。復讐すら大別すれば娯楽だと言い切ったお前と比べれば、こいつらはもはや言葉を知らないに等しいな」
テツジは言葉を返せなかった。
おそらく、後ろにうららがいるせいだった。
「何か、こいつに言いたい言葉があるか?」
色の抜けた凪の右目が、テツジに問う。
「僕が……ですか?」
「言い負かしてみるか? さっきのように理性に満ちた言葉で、一個一個論理と倫理の矛盾を丁寧に……そうすりゃこいつら、もしかしたら生まれ変わってくれるのか? 反省してくれるか?」
「僕は……」
「それよりこっちの方が早い」
男の首に、ノコギリを突きつけた。
「お前、殺してもいいんだよな? 馬鹿なんだから」
「ひぃいいいっ!! や、やめてやめてやめて!! ごめんなさいっ!!」
「ほら、わかってくれた。理屈をじゃねえ。された側の気持ちってやつをだ」
男の首根っこを掴み、無理やり顔を向けさせる。
「千人くらいこいつらを相手してきた。言葉じゃ何も伝わらんのは俺が保証する。だよな? お前らにとっちゃ俺たちが女を犯さないのは『強がってる』か『怖がってる』のどっちかしかありえないんだもんな? 他の理由なんか想像もつかないんだろ」
「ご……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
男がみっともなく泣き出した。本当に、子どものようだった。
「すいません……お願いです許してください凪の旦那ぁ…………」
「何を謝ってる? 大丈夫だ安心しろ、お前は今言った言葉のせいでより俺を怒らせることなんてないし、もっとひどい目に遭うなんてこともない。俺はお前らがそんなもんだと良く知ってるし、初めからそのつもりでやってる。お前はゴブリンに犯されるか火薬になるかして死ぬ。それだけは決して揺るがない」
「うぅ……うぇ……」
「どうだ、後悔してるか?」
「してます……すいませんでした……」
「反省してるか?」
「してますしてますしてます、もうしません、許してください……」
「意気地無しが……自分より小さい女に襲いかかる、そんな恐ろしいことだけよく踏み切れたもんだ」
凪は男の耳元でささやく。
「そうとも、それの何が恐ろしいかがわからないからこそ、お前らはここにいる。てめえらは法や閻魔が許そうが俺が許さねえよ。反省しようが知ったことか。そんなのは加害者の理屈だ。お前はやった。だから苦しめて殺す。さあ、その上で正直に答えろ……お前は今、反省しているか?」
命令された男は、鼻をすすった。
「じゃあ……反省する意味、ないじゃないですか……」
流石に虫酸が走った。
「以上だ、テツジ」凪は立ち上がり、またテツジを見る。「これがこいつらの生態だ。こいつらは貧乏も金持ちも低学歴も高学歴もジジイもガキも、ほんとに大体、こんな感じだ」
「……はい」
「困ったことに、性犯罪には……必ず被害者がいる」
凪の顔に、今日初めて、出会ったときと同じあの怒りの色が浮かんだ。
「ありえねえよ。こんなのが、そんなことして、一秒でも笑って生きている。そんな世界、許せないだろ?」
今度は、ゆっくりではあったが、縦に頷いた。理屈ではなく気持ちに従った結果だった。
凪の意思、復讐の目的、その後ろにある絶大な怒り……まともに生きていて、それを理解できない人なんているわけがない。
だがその一方で、絶望の色を顔に浮かべる奴隷の腕にノコを当てて手術を再開している凪の背を見ながら、テツジは歯噛みしていた。
(今の話……うららちゃんの前でして、よかったの?)




