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「そうか。どの辺が悪い?」
凪は声色一つ変えずそう聞いた。
「ええと……」
「遠慮はいらない。なんでも聞く」
「……あなたには誰も罰する権利がないからです」
テツジは腕を組んで、言葉をまとめる。
「率直に言って、あなたはとんでもない危険思想の塊だと思います。心情的には肯定したいんですが……いくらなんでも逸脱し過ぎている。今のあなたは法よりも自分の趣味を優先する暴力的な独裁者です」
「うん」
「ただ……過程のことは知りません」
「かてい?」
「プロセスです」
「なるほど……なるほど?」
「あなたはこの規模すら不明な島の中、魔物という危険極まる猛獣の群れに対処するため、犯罪者を大量に呼び寄せて使役するという手段を使った。それが正しいのか間違えているのかと言われたら、正直僕にはわかりません。ただ、素直に、本当にすごいなとは思います。よくここまで割り切ったことができたなというか……うーん、やっぱ偉そうですいません」
「気にすんな。お前の言ってることは至極マトモだ」
凪は片手にノコギリを構えたまま、顎に手を当てる。
「では改めて聞くが、俺の何が悪い?」
「その前に一つだけ……」
「おう」
「この人たちはみんな、性犯罪者なんですよね?」
「ああ。法的には裁かれてない、バレてない奴らが大半のようだがな」
「他の罪では呼んでいないと」
「そうだ」
「呼び出す対象を性犯罪者に固定しているのは、かつてそういう奴に支配されていたこの世界の事情を汲んだものですか?」
「全く違う」凪は即答した。「俺の性犯罪嫌いは生来のものだ。自分や身内がその手の犯罪の被害にあったからとかでもない。初めてその概念を知ったときから性犯罪が吐くほど嫌いな俺が、俺のためにやっている、個人的な復讐だ」
「なら、やっぱり正しさは微塵もないと思います」
テツジはあくまで誠実に意見を述べた。
「そもそもの話、復讐は合法的な行為ではありません。『刑罰』と『仕返し』は明確に別の概念です。刑罰は抑止力を形成するための約束事で、仕返しは情状酌量の余地があるだけの暴力、あるいは出発点がマイナスなだけの娯楽の一種です」
「なるほど」
「だから少なくとも凪さんがしていることの半分はただの残虐なリンチなわけで、そもそも現代社会で犯した罪で『死を前提とした奴隷労働』という現代社会にはない重罰を受けてる事自体全く不正義です。何が間違えているかというよりも、どこが正しいのか上げるほうが難しいでしょう」
「たしかにな」
ハハハと凪は楽しそうに笑った。
「言われてみりゃそうか。禁錮うん年だの罰金だのと比べりゃ奴隷ってだけで明らかに重罰だな」
「とはいえ、とはいえです。こんな理屈は『健康で文化的な最低限度の生活』が憲法で保証されている現代人が図書館とベッドで考えた正義であって、現実に魔物が群れで人里に襲いかかってきている状況でうだうだ言うような話じゃ絶対ありません。端的に言えば、色々とやむを得なかったんだろうなとは思ってます」
「そうか?」
凪はまだからかうように頬を歪めている。
「俺が性犯罪者を虐めるのが悪なら、それをやめれば問題解決じゃないのか」
「やめてくれますか?」
「絶対やめない」
「なら……僕は何も言いません。献身を前提とした理想の正義以外全て悪とするのも、現実的とは思えないので」
「ほう」
「僕は、あなたとは交代ができない。だから頼らざるを得ない。それだけです」
ここでテツジは、少し気になったので後ろを振り返り、うららを見た。そして申し訳ないとは思いながらも、少し笑ってしまいそうになった。
彼女は哀れにも表情を硬直させ、漫画の一コマみたいに口元を両手で覆っている。つい昨日この世界に来たばかりの若造がこの世界の残酷な英雄たる凪に偉そうに物申しているのだから真っ当な反応だろう。
テツジ自身、よくないと自覚している悪い癖の一つだった。人が言った〝言葉〟を愚直に信じ、「遠慮するな」と言われれば遠慮せず、そうして嫌な顔をされてから自重して、他人の誠実さを測る傲慢な気質。
(割と正気を疑われても文句言えないなぁ)
「……悪いなうらら、テツジだって別にこんなこと言いたくて言ってるわけじゃないんだ」察したのか、凪がうららに言う。「俺が頼んだんだ。誰か、たまには突っ込んでくれってな」
「…………」
説明不足な気はしたし、うららも何も言わなかったが、彼女は何かを納得したように頷いた。3年近くの付き合いがあるはずの二人、彼の及び知らぬところで通じ合っている事情があるのだろうとテツジは想像した。
テツジは凪に向き直る。
「……もう一度言いますけど、僕はあなたのやり方を変えようとは思っていません。それでもやっぱりあなたは狂っていると感じます」
「そうだな」
凪はなんともなさそうに、また奴隷を改造するためにノコを動かし始めた。
嫌な音と、最低な悲鳴。
テツジは『センター』を出ることにした。うららに目配せして、そのまま黙って出口へ向かおうとした。
「テツジ」
出し抜けに、凪の声が彼を呼び止めた。
振り返る。
「お前は、『知りたい』と言ったな」
凪はテツジを見ていた。橙色の灯りに照らされた顔に広がる傷口が、冬の月のように妖しく光って見える。
「俺の方こそ誤解されないよう言っておくが、俺はお前が正しいと思ってるし、お前の意思を変えてこれ以上俺の罪の告発ができないようやりこめたいわけでもない。本当だ」
「……はい」
「そのうえで、そのうえでだ……せっかくだから知っていけよ。こいつらのことも」
ドンッと、テツジの前に、手術助手をさせられていた男が蹴り出された。火傷らしき痕が両脚に広がっている、酷く痩せた男だった。肋が不自然なくらい浮いていて、ほとんど禿げ上がった頭とは対象的に無精ひげが顔中を覆っている。半裸の体に何度も乾いては塗り足された汗の跡がくっきり残っていて、長年放置されていた便器のように触れがたい存在に見えた。
「お前は、何をした」
凪が問う。
男は、テツジの顔を見た。端的に言って、不細工の部類である。
「JDを……レイプしました。2回です2回……たったの……」
「どうして、そんなことをした?」
また凪が聞く。
男は唾を飲んだ。
「し……しっ……仕方ねえだろっ!!」
ハッキリと、大きな声で、そう叫んだ




