強がりテテネと喋るランタン
きらりきらり。
ちかりちか。
空には闇を埋め尽くすほどの、たくさんの星が白く輝いておりました。
『どの国を見ても、この国以上の星空を見ることは叶わないだろう』
そう言われるほどの美しく輝く星空がこの国にはありました。
住民たちは皆、星を愛しています。
街には樹と樹の間に星形のランプが並べて吊してあり、ありとあらゆる場所に星のイラストや置物が飾られています。
歩く住民たちは体のどこかに必ず星のモチーフを身にまとっているのです。
この国の人たちは星を愛するあまり、他国から流れてきた星の物語を、学校の授業に取り入れ、誰もが当たり前に星というものを傍に置くのです。
そんな国の名前を「星見の王国」と言いました。
一日中、空には星と月が浮かび、いつでも夜空を見ることが出来る国なのです。
そんな国に一人、テテネという少年がいました。
今日で一二歳になる、この国の王子です。
テテネはしょんぼりとした顔をうつむかせて街のなかを歩いていました。
なにせ、今日もクラスの仲間に一緒に帰ろうと誘えなかったのです。
テテネは王子という立場もあり、クラスのみんなからは避けられていました。
王子という立場の子どもにどう接すればいいのか分からないのです。 そして後に王となる者を試してもいました。 王子であるテテネの行動は次代の王として一体どうなのか。 幼いながらも小さな国民たちは見ているのです。
しかしテテネにはクラスの人たちに話しかける勇気がありませんでした。
(嫌われてしまったらどうしよう)
(もし、ボクがバカにされて、国王である父上にまでバカにされてしまったらたまらないよ)
テテネはクラスのみんなの目が怖いのです。
王子なのだから、こんなことで怖がってはいけない。 王子らしく、頼もしくしっかりとした姿を見せなくてはいけない。
そうは思っているのに、なかなか理想通りにはいかないものです。
勇気を出せなかったいつも通りの一日ですが、今日は少し違って特別な日でした。
一〇月一六日。
テテネの誕生日です。
今日という特別な日は、滅多に時間をとることの出来ない王である父上と三〇分の時間をもらっていました。
テテネは約束の時刻二〇分前になると、父上の執務室の扉の前へ訪れました。
手をもじもじとさせて、父上と会うことに緊張をしていました。
でも緊張だけではありません。
期待と不安がそこにはありました。
父上と話す内容を何回も頭のなかで繰り返します。
扉の前であっちに行って、こっちに行って、緊張を逃がすように息を吐きます。
そんなことをしている間に父上と会う時間になります。
でも、テテネは怖くてノックをすることがなかなか出来ません。
指定された時刻を過ぎてしまっては、約束が守れない子だと思われてしまいます。
だから、躊躇している余裕はありません。
胸に手を当てて、気持ちを用意するために長く息を吸って、吐いて。 こくりとツバを飲み込みました。
いざ、覚悟を決めてテテネは扉へノックをします。
こんこん。
「入りなさい」
静かな声が返ってきました。
「失礼します」
部屋の中へ入ると、父上はイスに座っておりました。
テーブルの上にはランタンが置いてあります。
代々受け継がれてきた、ランタン。 父上の大切なものです。
テテネはテーブルの前に立つと、緊張で父上の目を見ることが出来ませんでした。
すると父上はイスから立ち上がり、テテネの傍に歩み寄ってきました。
父上はテテネの緊張を解くように、優しく手を肩に置きます。
テテネが見上げると、父上は穏やかで優しい緑色をした瞳を細めて言いました。
「テテネ、一二歳の誕生日おめでとう」
今日テテネが一番楽しみにしていた父上からの祝いの言葉です。
何も変哲のない言葉ですが、テテネはあまりの嬉しさで心臓が高鳴ります。
自然と上がってしまう広角に高揚する感情。 だらしがないと思われないよう必死にテテネは感情を抑えるため、ぎゅうと手と握りました。
「あ、ありがとうございます!」
いきおいよく頭を下げて、大きくはっきりとした声で返事をします。
「一二歳になったテテネに渡したいものがあるんだ」
そう言うと父上はテーブルの上に置いてあったランタンを両の手に取ります。
「代々王に伝わってきた魔法のランタン。 それをおまえに」
テテネはためらいます。 あまりにも大切なもので、受け取るのが恐ろしいのです。
「おまえは次期国王となるのだよ」
想像していなかった言葉にテテネは体を固まらせました。
少しの間、間が落ちました。 王は急いたりしませんでした。
(このランタンを受け取るということは…… 王の言葉に頷いたことになる)
テテネは手を震えさせました。
父上にいる子どもはテテネだけ。 だから、テテネが次の王に指名されることは不思議なことではありません。 テテネもそのことを自覚して生きてきました。
ですが、実際に言われるとなると、恐ろしくてたまらなくなったのです。
(こ、こわい……)
でも、テテネは震えながらゆっくりと手を伸ばします。 これは国王の意思です。 テテネも恐怖を感じながらも断るつもりはありません。
受け取った瞬間、ランタンはぽわりとオレンジ色の光が灯りました。
「コワイ! コワイヨ! ゼッタイ、オトサナイヨウニシナキャ!」
突然発せられるランタンからの声にテテネは驚いてランタンを落としそうになります。 驚いたのは喋ったからだけではありません。
「そのランタンは魔法のランタン。 持ち主の心が宿る」
そう、テテネの心のなかで思ったことをランタンは話したのです。
テテネは今すぐにでも魔法のランタンから手を離したくなりました。
「イヤダ、イヤダヨウ! ボクノヨワムシ、バレチャウヨウ!」
発せられる言葉にテテネは顔を真っ赤にします。
(なんてものを手にしてしまったんだ!)
少しでも声が小さくなるよう、テテネはランタンを両手で胸に抱きしめます。
「それで、聞きたいことがあるんだって?」
そうです、父上との時間は三〇分しかないのです。
テテネは父上に相談したいことがあると事前に言っておいたのです。
はっとしてテテネは相談したいことを思い出しましたが、すぐに口にすることは出来ません。
(父上は一体どんな返事をするだろう。 もしも、怒られてしまったら、どうしよう)
時間をとると約束をした一ヶ月前から悩んでいたことでした。
でもテテネは父上が大好きです。 尊敬しています。 きっと頼りになる言葉をくれるに違いありません。
「ドウシヨウ、ドウシヨウ!」
そうやって頭のなかをぐるぐるとさせて、すぐに言葉に出来ない間も父上はなにも言わずじっとテテネを見つめておりました。
その瞳に答えるべく、テテネは顔を上げます。
「父上、ボクは勇気がほしいのです。 つよくなりたいのです」
いつもテテネは怖がってばかり。
それでは立派な王にはなれません。
父上のような立派な王になるために、テテネはもっと強くなりたいのでした。
「そのためには一体どうすればいいですか?」
一体どんな返事が返ってくるのか。 テテネは緊張しながら父上の言葉を待ちます。
「チチウエナラ、キット、ボクヲツヨクシテクレル」
そしてテテネの父上、星見の国王は言います。
「――それでは強がるといい」
待ちに待った返事をいただきました。 ですがその言葉の意味をテテネは理解が出来ませんでした。
「強がる……?」
言葉の意味を考えて黙り込みます。
「ソレハ、ウソッパチノユウキ!」
するとランタンが叫びました。
テテネは猛烈にランタンの口をふさぎたくなりました。 でも、ランタンには口がありません。
「ウソガツヨイノ? タダシイノ? ツヨガッテナンノ、イミガアルノ?」
心の声を言葉にする魔法のランタンはあまりにも邪魔な存在でした。
テテネの隠しておきたいところを暴くのです。
「ウソも誠になるのだよ」
それでも父上は怒ることなく、相変わらず穏やかな声で返事を返してくれます。
テテネにとって、その言葉も理解は難しいのでした。
ランタンは「ウソハウソダ、ホントウジャナイヨ」と言っています。
「私のことを信じているのなら、行動に移してみなさい。 大切なことは続けることだよ。 テテネならきっといつか分かるはずだ」
父上の言葉は難しくて、テテネが理解するにはまだ厳しいです。
でも、テテネにとって父上の言っていることは正しいことです。
テテネはランタンを抱きしめたまま、こくりと頷きました。
「……わかりました。 やってみます!」
こうして父上との大切な三〇分間は終わったのでした。
次の日、テテネは学校の教室へ行くと父上の言っていた通り強がってみようと思いました。
クラスのみんなはテテネの手にある魔法のランタンが気になっています。
ランタンは王から引き継いだ大切なものなので常にテテネがしっかりと持っていないといけないのでした。
「いいかいランタン。 変なことは言っちゃダメだよ」
そして授業が終わり、テテネはクラスのみんなの元へ近づきました。
あとは誘いの言葉をかけるだけです。 けれど、テテネは勇気が出ず顔を伏せて口を閉じていました。
父上の言うとおり強がってみようと思うのですが、どうやって強がればいいのかわかりません。
とりあえず、心の中で練習してみよう、と思い言葉を思い浮かべるとランタンが叫びました。
「ミンナ、ボクトイッショニ、カエッテクレナイカイ!」
その声はクラスのみんなから大注目をあびました。
喋るふしぎなランタンにみんな興味が沸いて仕方ありません。 クラスのみんなはテテネを囲みます。
「今、そのランタンしゃべった? ふしぎなランタン!」
「一緒に帰りたいの? いいよ、帰ろうよ!」
こんなことは初めてのことで、テテネは恥ずかしくて顔が赤く染まります。
そのなかで共に帰ろうとしたのはポタという少年とコネリという少女でした。 テテネはクラス全員の名前を、クラスに入って三日で覚えましたから、すぐに名前を呼ぶことが出来るのです。
緊張したままのテテネはなんとか返事をして、二人と帰ることになりました。
満点の星空の下、テテネと二人は空を見上げて星を見ながら帰り道を歩きます。
「あれは秋の一等星フォーマルハウト!」
「秋ってまぶしい星が一つしかないから寂しいのよね」
「でもペガスス座があるよ。 ペルセウスの天馬!」
星を指さし、授業で習った星たちを見つけポタが言います。 ペガススという言葉を耳にして疑問に思ったことをコネリが言います。
「ペガススって本当にいるのかな? そしたら星にもっと近づける?」
ペガススに乗って空を飛んで星に近づけたなら。 そんな素敵なことはないでしょう。 テテネは想像をして、ふふふと小さく笑いました。
星の話をしながらの帰り道はテテネにとって、これ以上ない幸せでした。 テテネはあんまり話すことができませんでしたが、自身が二人の輪に混ざっていると思うだけで自然と口元に笑みが浮かびます。
「ウレシイネエ、ウレシイネエ!」
ランタンが言います。 テテネはランタンにひっそりとお礼を言います。 ランタンのおかげでみんなと帰ることが出来たのですから。
すると前に一人、歩いていたおじいさんが落とし物をしました。
ぽろぽろと地面に落ちて、ころころと転がります。 よく見るとそれらは小石のようでした。
テテネは拾おうとすると、二人に止められます。
「テテネさま知らないの? あいつはインチキじじいだよ、関わらない方がいいよ!」
ポタはテテネとコネリを守るようにして前に出ます。 おじいさんを睨んでいます。
「変な術で呪われるって言うよ!」
コネリはひそひそとテテネの耳にささやきました。
「インチキじじいって?」
テテネはその人のことを知りませんでした。
そのおじいさんは、くるくるとした真っ黒な髪と髭が生えていて、両方と途方もなく長いのです。 そして何日もお風呂に入っていないのか、髪や洋服は土やホコリで汚れていました。
「星じゃなくてあやしい方法でうらなう占い師! だからインチキじじい!」
「あやしいあやしいインチキじじい!」
落ちた小石を拾っているおじいさんにポタはバカにするように大きな声で言います。 続いてコネリが言葉を投げつけます。
そんななか、テテネは二人から離れて、こちらに転がっていたおじいさんの小石を拾います。
「テテネさま呪われるぞ!」
「ってことはわたしたちたちも呪われる?」
「逃げろ逃げろー!」
そう言うとポタとコネリは走って去ってしまい、テテネを置いていってしまったのです。
ぽつんと残されたテテネ。
テテネはみんながいなくなってしまったことを悲しく思いながら、拾った小石をおじいさんに渡します。
「はい、おじいさん」
おじいさんは大切なものを受けとるかのように両手を差し出してきました。
「助かる。 腰が痛いので拾うのが大変なんだ」
おじいさんがそう言うので、テテネは残りの落ちた小石もすべて拾います。
「この小石は何に使うの?」
見たところ、どこにでも落ちているような小石でした。 違うところと言えば、角度別に数字が書かれているところです。
「これはな、占いに使う。 わたしの大切なものだ」
(なるほど、ポタとコネリが言ったとおりだ)
テテネはそう思って、素直に質問をします。
「でもこの国じゃ占星術が当たり前だよ?」
テテネはこのおじいさんが不思議でした。
(なんでみんなが星を使って占いをするなか、このおいじいさんは小石なのだろう。)
(みんなと違うことをして怖くはないのかな?)
「そうしたら、皆とは違う目線で見ることが出来るだろう」
「それって大事なこと?」
「ああ。 とても大事なことだよ、テテネ王子」
小石のおじいさんがテテネを王子だと分かったのは、きっとテテネが大きな星が描かれた白い上着を着ていたからでしょう。 その服は王と王妃、そしてその子どもしか着ることを許されてはいないのです。
「じゃあさようなら、おじいさん」
「バイバイ! オジイサン!」
テテネが別れのあいさつを言うとランタンが叫びました。
けれど、小石のおじいさんは喋るランタンに驚くことなく、テテネに小さく手を振り返したのでした。
次の日、テテネは一人で学校から帰っていました。
ポタとコネリは昨日の出来事をクラスのみんなに話し、みんなテテネが小石のおじいさんに呪われたと信じ近づこうとしないのです。 テテネは悲しみましたし、寂しいと思いました。
だけど、あの小石のおじいさんのことが気になっていました。
(また会えないかな)
そんなことを思いながらテテネは周囲を見渡しながら帰ります。
「テテネ王子」
すると誰かが話しかけてきました。 その声をテテネは覚えていて、すぐに誰なのか分かりました。 昨日会った小石のおじいさんです。
「昨日、わたしの大切なものを拾ってくれたテテネ王子。 あなたに話したいことがある」
小石のおじいさんの瞳は真剣でした。 その真っ直ぐな目線をテテネは怖く思いました。
「話したいことって……?」
昨日出会ったばかりなのに、そんな瞳をして話すこととは一体何なのでしょう。
「ここでは人目がある。 こっちだ」
そう言うと小石のおじいさんは暗い路地のほうへと入っていきました。
「ユウカイ? ユウカイ!」
テテネが心でチラついたことをランタンが言います。
テテネは王子ですから、自分自身の身を大切にしなければなりません。
みんなにインチキじじいと呼ばれる占い師のおじいさんと暗い路地。
そこには怪しさしかありません。
けれど、テテネは小石のおじいさんの真剣な瞳を思い出しました。
昨日小石のおじいさんは大事なことを教えてくれました。 テテネにとって小石のおじいさんはインチキに思えませんでした。
テテネは小石のおじいさんを信じてみたいと思いました。
しかし、暗い路地に入るのは怖いです。
「ツヨガル! ツヨガル!」
ランタンの言葉で、父上が言っていたことを思いだし、テテネは強がってみることにしました。
強がるということが、よく分からないテテネは、怖いという感情の上に強がりを置いて「怖くない怖くない」と何度も心の中で言います。
「コワクナイ! コワクナイ!」
そうしてテテネは暗い路地へと入って行ったのでした。
路地に入るとまるで異世界に来たような気分でした。
辺りは真っ暗でほとんど何も見えません。 どこにでもあるはずの星形の飾りやランプは見つかりません。 空気も冷たくて寒く、不安になって空を見上げると星が浮かんでいます。
しかし、その星空はいつもより遠く見えて心細い気持ちになりました。
テテネの腰には何かあったときのための短剣が携えられています。 ですが、テテネは人を傷つけるのは嫌でしたし、使いたいとは思いませんでした。
ゆっくりと慎重に歩くと、少ししたところに小石のおじいさんが立っていました。
辺りが暗いのもあり、小石のおじいさんの姿も暗闇に溶けてあんまり見ることができません。
「来たか、テテネ王子」
小石のおじいさんは言いました。 その声は静かです。
「いいかい、テテネ王子。 この国の人たちは皆、星で占うだろう。 しかし、わたしはこの小石たちで占うのだ」
握った手のひらをテテネの前に差しだして、開くと昨日みた小石たちが現れます。 小石のおじいさんは続けます。
「この小石たちを転がして、転がった方向や小石の角度を見て占うのだ。 ……そして昨夜のことだ。 あなたに出会ったあと占いをしたら恐るべく結果が出たのだ」
テテネはその占いの結果が気になりました。 『《《恐るべく》》』と言っています。 その内容は怖いことに違いありません。
「テテネ王子、あなたにはつらいことを言う。 わたしの言うことを信じるか信じないかはテテネ王子次第。 だが、わたしはあなたに伝えておきたいと思ったのだ」
小石のおじいさんは真剣に、深刻そうに、言うものだからテテネは怖くなってきました。
今からでも戻るのは遅くありません。 足を一歩、後ろに進めます。
テテネは考えました。
恐るべく結果とは一体なんなのか。 聞かない方がいいのではないだろうか。 怖い話に違いない。
真面目な表情をしている小石のおじいさんをチラリと見ます。
でも、このおじいさんは、テテネに話したいのだと言いました。 その思いをないがしろにはしたくありません。 真摯な思いを受け止めたいとも思いました。
テテネは不安を握りつぶすかのように手で拳を作ります。 そうして頷くのです。
「わかった、聞くよ」
「ツヨガル! ツヨガル!」
返事を聞くと小石のおじいさんは手に広げていた小石たちを袋にしまい、八秒ほど沈黙した後、言います。
「三日後、流れ星がこの国に落ちる。 この国は潰れて無くなってしまうだろう」
予想以上の言葉にテテネはなにも言うことができませんでした。 というかなにを言っているのか理解できません。 なので、テテネは頭のなかでゆっくり繰り返すことにします。
…… 《《三日後、流れ星がこの国に落ちる。》》 《《この国は潰れて無くなってしまうだろう。》》
(この国が、星見の王国がなくなる?)
そんなこと信じられません。 想像するだけで怖くてたまらない気持ちになります。
でも、小石のおじいさんの声と瞳、表情はとてもウソをついているようには見えません。
そして三日後というのは流星群のお祭りの日でした。
「ウソだ! そんなのウソだ!」
「ウソダ! ソンナノウソダ!」
テテネの声とランタンの声が重なります。
テテネはすべてを拒絶するように走り出します。
暗い路地を抜けて、見慣れている明るい通りへと出ました。 そこではいつも通りの見慣れた景色があります。 暗い路地での出来事がウソのようで、でもウソではありません。
(だって、小石のおじいさんの話を聞く前と後では違う景色のように見える)
城に帰ると、仕えている者たちが元気のないテテネを心配しました。
テテネは夜の食事をあまり食べることもできず、自室にこもります。
不安をどうにかするようにベッドの中で体を丸くします。
「ウソだ、そんなの、ウソだ…… ウソなんだ……」
(だからきっとあの小石のおじいさんはインチキじじいと呼ばれているんだ。 そのはずだ)
(王子であるボクにウソをついておもしろがっているんだ)
色々と考えて、自分へ語りかけます。 大丈夫、と。
でも心の底では、小石のおじいさんが言ったことはウソではないと思っていました。
混乱で頭がぐるぐるとしている中、ベッドから飛び出して窓を開けます。 街の夜景と空の星々が美しくきらきらと光っています。
テテネは星を見上げて両手の指を絡ませました。 そっと目を閉じて祈ります。
「星よ、落ちませんように」
この想いが少しでも星に届くように心をこめて、願います。
この国では星に願い事をするのは幼い子どもたちがよくするものでした、 けれどテテネの父上は大人ですが、よくそうします。 だからテテネもマネをするのです。
このことを父上に話そうか悩みました。
とても大切なことです。 聞いてもらわねばなりません。
(でも…… ウソであったら……)
父上の大切な時間を奪い、テテネは大ウソつきとなります。
(もう一度、小石のおじいさんに会いに行こう)
再びテテネはベッドにもぐりこみました。 眠ることはできませんでした。
次の日、授業に全く集中できないまま終わりを迎え、帰り道を歩きます。
あいかわらずクラスの皆はテテネを避けていましたが、テテネに気にしている余裕はありませんでした。
小石のおじいさんを見つけました。
小石のおじいさんは静かに無表情で誰かを待つように立っていました。
「おじいさん」
「ハッケン! ハッケン!」
小石のおじいさんへと話しかけるとランタンが続いて叫びます。 小石のおじいさんは話しかけられるのが分かっていたかのように驚くこともなく返事をします。
「ああ、来たかね。 こちらへ」
昨日と同じように暗い路地へと誘われます。
テテネはその路地に入ることがもう怖くはありませんでした。
それ以上に恐ろしいことが起こるかもしれないからです。
「昨日の話は本当なの?」
まっ暗な路地に入ると、テテネは真っ先に尋ねました。
「少なくともわたしの占いの結果はそうだった」
「それが本当なら国の占星術師が騒いでいるはずだよ」
「彼らは流星群が降るまでは予想しているだろう。 しかし、国に落ちるとまでは分かっていないのだ。 この前話した見方の違いだよ」
「それはボクに止められるの?」
「止められないだろうな」
「じゃあ、どうしろって言うのさ!」
「別にどうにかしてほしい訳じゃない。 ただ話しておきたかったんだ。 わたしの大切なものを拾ってくれたあなたに、大切なことをね」
テテネは泣き出しました。 どうしたらいいのか分からないのです。 父上に話せばどうにかしてくれるでしょうか。
やっぱり父上に話してみるしかありません。
泣いているテテネを小石のおじいさんはじいっとテテネを見つめているのでした。
泣きはらした瞳で城に帰ると、心配した仕いの者たちに言います。
「父上に会わせて。 話しがあります」
テテネが命令口調で物事を頼んだのは初めてのことでした。
仕えている者たちは大層おどろきましたが、すぐに父上にかけあってくれました。
すると、深夜一時、その時間になら会うことが出来るというのです。 願いを聞いてくれたことに仕えている者たちと父上に心から感謝しました。
約束の時間が来るまでテテネは庭で夜空を見上げ続けました。
仕いの者たちが毛布とココアを持って来てくれました。 毛布は膝にかけて、ココアをたまに口にします。
(なんでボクたちはこんなにも星を愛しているのに、星はわざわざ落ちてくるんだろう)
今日も星たちは夜の空で輝いています。
(星見の王国が潰れる。 そしたら国はなくなってしまう)
テテネはそれが許せません。
どこよりも美しく、綺麗で暖かいこの国が。 大好きな星見の王国が。
(なくなるなんて、そんなことは――)
「困っているようだね、テテネ」
優しい声かけが聞こえました。 その声は父上です。
「こんばんは、父上」
すかさずテテネは立ち上がりお辞儀をします。
父上はテテネの隣に座ると言いました。
「遅い時間になってしまいすまないね」
ただでさえ忙しい身である父上が謝り、テテネは慌てて言います。
「い、いえ! 急なことだったのに時間をとっていただけた。 それだけで……」
「息子の願いを叶えることは父親にとって当然のことだ」
「ありがとうございます、父上……」
父上の優しさと言葉にテテネは胸の奥が熱くなるのでした。
「それで話ってなんだいテテネ」
父上は本題を切り出しました。 テテネは胸をどきりとさせます。
「それが…… その……」
実際、言うとなると難しいものでした。
(信じてくれなかったらどうしよう、怒ったらどうしよう)
(でも父上はボクの誕生日の時、質問に答えてくれた。 バカにせず聞いてくれた。 きっと、今回も変わらず真剣に聞いてくれる)
「……あの、あのっ、変わった占い方をする人から聞いたのです」
「ほう?」
「《《三日後、流れ星がこの国に落ちる。》》 《《この国は潰れて無くなってしまうだろう。》》 この話を聞いたのは一昨日のことだから、今日をかぞえて残り二日――」
話していてテテネは不安な気持ちでいっぱいになってきます。
「どうしましょう父上! この国がなくなってしまう!」
とうとう限界を迎え涙を流しながら、必死に訴えます。
「ふむ…… 流星祭の日か」
父上は口元に手を当てて、考える仕草をします。
「そうか……。 しかし王として言えることは、我が国の占星術師たちはその未来を見ていない。 見ていないのであれば起こらないということだ」
「でも…… そんな!」
「信じていないわけではないのだよ、テテネ。 ただ、私は我が国の占星術師たちを信じねばならない」
父上の反応はテテネの期待を裏切るものでした。 父上だったら、どうにかしてくれると思っていました。 この危機的な問題も解決してくれると。
「本当に落ちるというのなら、テテネ。 おまえがどうにかしてみせなさい。 おまえはこの国の王子だ」
そう言って父上はテテネの肩をぽんと叩いたあと、去ってゆきました。
テテネは肩を落として、悲しみと絶望でしばらく動くことが出来ませんでした。
次の日、とうとう残り一日になってしまいました。
テテネは授業の間も集中ができず、思い出すのは父上の言葉です。
(ボクがどうにかしてみせる? あと一日で?)
(無理な話だ。 一体なにが出来ると言うんだ。 なにも思いつきやしない)
ぼーとしているばかりのテテネの様子をクラスの片隅で見ていたコネリがポタに言います。
「ねえねえ、テテネさま元気ない?」
「そりゃインチキじじいの呪いだろ!」
「心配だから声かけようよ」
「えー、オレたちも呪われない?」
「少しくらい大丈夫よっ!」
するとコネリはポタの手を掴んでひっぱるとすたすたとテテネの机の前まで歩いて行きました。
「こんにちはテテネさま! ねえねえ元気ないの?」
コネリの声かけにテテネはハッとします。
「やっぱりインチキじじいの呪いかあ? だから言ったろ」
疲れていたテテネはポタの言葉にむっとしました。 言い返したくなりました。
父上は言っていました。 強がりなさいと。
勇気がなければ強がればいいのです。
昨夜のことがありながらも、父上の言葉を信じるテテネはおかしいでしょうか。
けれど、テテネはそれほどまでに父上のことが好きで、言葉が心奥深くまで刻まれているのです。
「ボクは呪われていないよ」
テテネはしっかりとした口調で言いました。
「小石のおじいさんは、この国の大切な人だ。 みんなと違う目線で見ることが出来る人なんだ」
するとコネリとポタは目をぱちくりとさせて二人で目を合わせました。 コネリがこちらを見て言います。
「……テテネさま、あのインチキじじいとお話したの?」
「やるなあ、テテネさま!」
みんなとは違う行動に、やっぱり国の王子は違うのだとポタとコネリは思いました。
「テテネさま、一緒に帰ろうぜ」
「そうだよ、だから元気だしなよ」
そう言ってポタとコネリはテテネを連れ出します。
歩くは星輝く夜空の下。
きらりきらきら。
ちかりちか。
そんな風に輝く星たちを見て、テテネは思いつきました。
「ねえねえ、歌を歌わない? ボクらの歌を!」
そう言うと始めにコネリが歌い始めました。 次にポタが続きます。
ポタとコネリの歌声に周りの大人たちも口ずさみます。
テテネも頑張って歌いました。
その歌は星見の王国の代表的な歌でした。 星のことを歌ったこの曲は他国から流れてきたものなのでした。
テテネはこの歌が星に届けばいいと思いました。
(――こんなにもボクたちは星を愛しているのだから、どうか潰さないで)
これがテテネに出来る精一杯のことでした。
城に帰り、ご飯を残さず食べると「テテネ様の元気が戻った!」と仕いの者たちは喜びました。 テテネは曖昧に笑うのでした。
自室に戻るとテテネは今日も窓を開けて祈るのです。
「星よ、落ちませんように」
明日はとうとう流星祭の日です。 テテネはもう自分に出来ることはないと思いました。
ベッドのなかに入ると頭に広がるのは、明日、星見の王国が潰れてしまうこと。
(…… とてもつらくて、恐ろしい)
(どうか、こんなことぐらいしか出来ないボクを許してほしい)
テテネは自分の無力さを感じながらめそめそと泣くのでした。
流星祭当日になりました。
テテネはもうなにも見たくはなく聞きたくなくて、自室の部屋に閉じこもっていました。
けれど、せっかくのお祭りの日に外に出ないのを仕いの者たちはひどく心配をします。 テテネは勇気を出して出かけることにします。
外は朝からお祭り騒ぎ。 空を見ると何度も流れ星が流れています。
街はいつに増しても星々の飾りつけがされており、街中星だらけ。
そんな様子を見て、テテネはこの国が好きなことを実感します。
それなのに今日で国がなくなってしまうのかと思うと気持ちは落ち込んで仕方ありません。
今日一日はずっと流れ星が空に羽ばたいているのですから、いつ星が落ちてきても変ではないのです。 そのことを考えると頭がおかしくなりそうでした。
わいわいと賑やかな通りをとぼとぼと一人歩いていると食べ物の出店をしている人が大きな声で話しかけてきます。
「あれ? テテネ様元気ないのかい?」
そんな声を聞いた周囲の人たちは「テテネ様がいるだって?」「せっかくの流星祭に元気がないだなんて!」とテテネの存在に気づき注目し始めます。
テテネは注目の的になっていることに慌てていると、出店の人が何かを差し出してきました。 よく見るとそれは果物が飴でコーティングしてあるお菓子。 果物が飴でつやつやと光っていてとてもおいしそうです。
「コレ食べな!」
笑顔で渡してくる出店の人に、テテネは慌ててポケットをまさぐってお金を渡そうとします。
「これはテテネ様が元気を出すためのプレゼントさ! お金はいらないよ」
「でも、そんな……」
それでもテテネは無料では受け取ってはいけないと思いお金を渡そうとします。 ですが受け取ってはもらえません。
「それはね、プレゼントと言ったんだよ。 喜んでくれれば、それがお金の代わりさ」
そこまで言われれば、これ以上無理強いするわけにはいきません。
テテネは感謝の言葉を言って受け取ります。
お菓子を口にすると、かりっと音をたてて飴が割れ、果物の果汁が口のなかに溢れます。 甘くてみずみずしくて、たまらずテテネは笑顔になりました。
「おいしい!」
このお菓子を食べるのは初めてのことではありません。
それでも今まで食べた中で一番おいしく感じました。
「よかったよかった。 その笑顔が見られて、あたしは満足だよ」
すると声を聞いていた他の出店の人たちがテテネの元に集まってきました。 一体何だろうと思っていると食べ物や飾り物を次々と渡されるのです。
小麦粉を揚げて砂糖をまぶしたお菓子、野菜と果物でできたジュース、星形のペンダントにキーホルダー。
テテネの両腕は一瞬のうちにいっぱいになりました。
「テテネ様が食べれば宣伝になるよ!」
「何があったか知らないけど、元気を出すにはお星さまさ!」
出店の人たちは皆、力強い笑顔でいっぱいです。 見ているこちらも自然と力が沸いてきます。
テテネは外に出てよかったと思いました。 最後になるかもしれない日にみんなの笑顔と優しさに触れられ、幸せを感じました。
しかし、同時に思うのです。
(……この国を失いたくない)
何も方法は思いつきません。
「イヤダ! イヤダ! ウエエエエエン!!!」
ランタンが泣き叫ぶので慌てて人混みのなかを走ります。
情けない声を国の人々に聞かせるわけにはいきません。
(そうだ、あの人に会いに行こう)
テテネはもらったものを抱いて、とある場所へと走り出したのでした。
そこは暗い路地でした。 表通りはどこも飾り付けがされているのに、ここはどこも飾り付けされていませんでした。
そこに小石のおじいさんはいました。 座り込んで丸まっています。
「おじいさん」
テテネの声に小石のおじいさんは顔を上げました。
「今日はお祭りなのに遊びに行かないの?」
テテネはそう言って小石のおじいさんの横に腰掛けます。
「お金はないし、暗いほうが落ち着くのだよ。 星はここからでも見える」
そう言って小石のおじいさんは夜空を見上げます。 それにつられてテテネも見上げました。
空ではあいかわらず流れ星が数え切れないくらい降っています。
「どの星が落ちてくるんだろう」
「さてな」
テテネは両手いっぱいにあったお菓子を適当に一つ手にとると小石のおじいさんに渡しました。
「はい、どうぞ」
「……なぜだ?」
不思議そうにする小石のおじいさんにテテネは言います。
「元気を出すためのプレゼント」
「はあ」
小石のおじいさんはもらった食べ物を口にして、しばらくすると言いました。
「……甘いな」
「おいしいって言うんだよ」
「まずくはない」
テテネも持っているお菓子から一つ、口にします。
「ボクはね、おじいさん。 勇気がほしかったんだ。 がんばってはみたけれど結局弱いまま終わってしまいそうだよ」
父上からいただいた魔法のランタンもうまく使いこなせは出来ませんでした。
それどころか、弱音を叫ぶランタンのことを、テテネは邪魔だと思っていました。
「何を言うテテネ王子」
小石のおじいさんは言いました。
「あなたはもう勇気を持っている」
そんな言葉にテテネ王子は苦笑いをします。
「ええ? 何を言うのさ、おじいさん」
そんなテテネの様子に小石のおじいさんは言うのです。
「みんなから嫌われているインチキじじいの大事な小石を拾ってくれたのは一体誰だ?」
「それは……」
テテネにとっては、当然の行動だと思ったので、それを勇気と呼ぶのは考えもしませんでした。
「本当に勇気がない者は欲しいとさえ思わないよ」
それでもテテネは納得いきません。
きっとテテネ自身が納得するほどの勇気を、彼はまだ持っていないのでしょう。
テテネは先ほどもらった首にある星のペンダントを握ると、立ち上がりました。
「ボクはね、きっとあなたを憎むよ」
この国が終わると知ってしまったことを。
それも愛する星につぶされて。
きっと知らないままのほうが幸せだった。
「それは、あなたの記憶にわたしが残るなあ」
ははっと小石のおじいさんは笑います。
小石のおじいさんが笑ったところを見るのは初めてのことでした。 テテネは内心驚きます。
「もしかしたら、それがわたしの幸せなのかもしれない」
その言葉でテテネは小石のおじいさんが変わっていると言われる理由がわかった気がしました。
突然ぱっと空で星が強く輝きました。 その光は空を見ていなかったテテネでも分かるほどです。
「今、星が……」
テテネは空を見上げます。 流星群の中の一つの星が強く輝き、その光はだんだんと大きくなってきます。
「あの星が落ちてくるんだね」
「ああ、そうだとも。 星がわたしらに会いに来るんだ」
星の強い輝きは星見の王国を明るく照らしました。 夜に慣れている人たちには眩しすぎます。
小石のおじいさんはテテネを痛いほどに抱きしめました。
触れている体からはドロやホコリの匂いがします。 良い香りとは言えないのに、離れたいとは思いません。
そして星が落ちます。
テテネの視界と意識は、まっ暗闇に染まるのでした。
目を覚ますと、テテネはまっ黒闇の世界にいました。
冬の夜のように冷たい空間で、テテネは自然に上を見上げました。 ですが、空に星はなく、月すらもなく、闇があるだけです。
上も下もまっ暗闇でテテネの体は闇に溶けてしまいそうでした。
けれど、手にはランタンがありました。 持ち主の心が宿ってオレンジ色に灯るランタンはテテネの不安を少しだけ和らげました。
そして、どうしてこんなところにいるのか考えます。
テテネは星見の王国の王子で、変わった占い師による「星が落ちてきて国が潰れる」という予言を受けていました。 王国に落ちてくる星も見ました。
ですが、そこから記憶がありません。 ここは死んだ後の世界でしょうか。 天国? 地獄?
テテネはランタンを持って辺りを探りますが、あるのは暗闇だけ。
テテネはじっとしていても仕方ないと思い歩き出します。 もしかしたら出口が見つかるかもしれません。
まっ暗闇のなか、テテネは歩き続けます。 ランタンの光りで辺りはほんの少し明るくなりますが、だからといってまっ暗闇なのは変わりません。
歩き続けてきたテテネですが、これまで誰にも会ったことがありませんでした。 目標である出口も見つからなければ、何ひとつ、ヒントになりそうなものもないのです。
それでもテテネは諦めませんでした。
するとテテネは突然、何かにつまづいていきなり転んでしまいます。 勢いよく、どしゃっと、痛そうな音がしました。 そのとき、唯一の灯りであるランタンも、からんからん。 テテネの手から離れてしまいました。
テテネは何も言わず立ち上がります。 この世界で転ぶことは慣れていました。 なにせ、なにかが、テテネの歩みを邪魔をして、何度も転んでいたのでした。
「イタイヨオ、イタイヨオ」
ランタンの言葉に反応をしないで、ランタンを拾います。 がまんをしたのです。 痛みも声も、すべてをおさえこむように。
それからしばらく歩き進めると、今度は後ろから強く背中を押されました。 衝撃でテテネは再び転んでしまいます。
どしゃり。
からんからん。
転ぶ痛々しい音も、ランタンが転がる音も、このまっ暗闇のなかで唯一の音でした。
テテネは再び立ち上がり、歩き出します。
「テテネ、イタイ、コワイ。 アルク、ナンデ?」
ランタンは質問をします。 まるで何かを確認しているかのように。
「わからないのかい?」
「ワカラナイ」
「ボクはまだ星見の王国が潰れてしまったのを見ていない。 こんな所にいないで、確認しなくちゃいけない」
「テテネ、シンジャッタンジャ?」
「まだ死んでないかもしれないじゃないか」
テテネは今、自分が生きているのか死んでいるのかも分かりませんでした。
分からないのなら、まだ生きている可能性があります。
星見の王国だって。
だから、テテネは出口を探して歩くのです。
一体どれだけ時間が経ったでしょう。
この世界はまっ暗闇以外、何もなく時間を確認する方法がありません。
だから、テテネは焦っていました。
この世界にずっといるわけにはいきません。
星見の王国は一体どうなっているのか。
(父上は? 国のみんなは? 小石のおじいさんは?)
不安なことを考えれば尽きることはありません。
それがどうなっているのか知るために、テテネはこんなところでずっと、さまよっているわけにはいかないのです。
けれど出口は一向に見えてきません。
そしてまた、一度、二度、三度。 四度、五度。
もう数え切れないくらいに転ぶのです。
どしゃり。
からんからん。
そして、とうとう、テテネは立ち上がれなくなりました。
痛むひざに、重たい体に心、見つからない出口。
転んだ体勢のまま、テテネは動きません。
「モウ、ムリダ。 キット、ボクハ、シンダンダ」
ランタンはテテネの心の声を喋ります。
テテネは返事をしません。
言葉を考えることも、言い返す強さも、ほとんど消えかけていました。
あれだけ歩くことをがんばっていたテテネでしたが、ここまで来ると、さすがに疲れてしまったのです。
そして一度、疲れを感じてしまうと、今度はかなしくなってきました。 これだけがんばっていても、何も見つからないのです。 テテネは心が折れてしまいそうでした。
すると、どうでしょう。
「ドウセ、ミツカラナイ」
転がったランタンの灯りが少しずつ弱くなってきました。
「コンナ、ボクガ、デグチヲ、ミツケラレルワケガナイ」
更には、ちかりちかり、と点滅して。
「ボクハ、ヨワムシダカラ」
とうとう灯りは消えてしまいます。
灯り一つもない、本当のまっ暗闇がおとずれました。
何も見えず、一体自分が、目をつむっているのか、そうでないのか。 それすらも、わかりません。
いつもテテネの心を語るランタンも何も言いません。
何も聞こえず、何も見えず、何にも触れられません。
そうして、しばらくの時間が経ちました。
ぬらり、となにかの気配がします。
テテネは気配に敏感でした。 なにかが現れたことに気づき、目を動かしてなにかを確認します。 しかし、まっ暗闇のせいで何も見えません。 分かるのは気配だけ。
次に、かちゃん、と音がしました。
テテネが目をやると、転がってしまっていたランタンをなにかが拾い上げているようでした。
ランタンは拾い上げたなにかの心が宿り、オレンジ色に灯ります。
すると辺りは少しだけ明るくなって、なにかの正体がテテネの瞳に映りました。
まっ黒な影でした。 人の形をしていて、身長もテテネとそう変わりませんでした。
不気味な存在にテテネは恐怖を感じましたが、驚きはしませんでした。 このまっ暗闇の世界では何が起こってもおかしくないように思ったのです。
するとまっ黒な影はランタンを持っていないほうの手で地面に転がったままのテテネに指を指しました。
そして、言うのです。
「おまえには、無理だ」
その声はテテネ自身のものと言っても過言ではないくらいそっくりです。
次にランタンが言います。
「ススメナイ、ススムユウキサエ、ナイ」
「王なんてならない。 なれない」
「ジブンノ、ココロノコエ、サエモ、キクノヲイヤガル、ヨワムシメ」
「おまえはつよくなりたいと言っているが、出来るもんかと諦めている」
「ソンナモノハ、オウニハナレナイ」
「おまえのせいで星見の王国は消える」
まっ黒の影とランタンから次々と吐き出される言葉は、その数だけナイフになってテテネの元へ容赦なく飛んでいきます。
(うるさい、うるさい! なんだこの真っ黒いの! 聞きたくないことばかり言う!)
目には見えないナイフは確かにテテネの心や体に突き刺さりました。 体のあらゆる場所に痛みと熱が走ります。 刺さった箇所から血が流れているように感じ、テテネは呻きながら目で確認をします。
けれど流血はしていません。 物理的にナイフが刺さったわけではないのです。
(―― 喋っているのはまっ黒な影の心の声のはずだ)
魔法のランタンは持ち主の心の声を話すのです。
(それなのに、それなのに)
テテネはもう、何もかもが嫌になってきました。
小石のおじいさんの予言。
王子である責任、弱さ、勇気。
(まるで、ボクの心の声を……)
テテネは涙がこみ上げてきて、それでも泣くのは嫌で。 ぐっと我慢して。
何か言い返してやろうと口を開くのですが、まっ黒の影とランタンが言う言葉は本当のことで何も思いつきません。
テテネはせめてとまっ黒の影を睨み付けます。
するとまっ黒の影が持つランタンが目に入りました。
テテネはふと思います。
(どうして、あの影がランタンを持っている?)
そのランタンは魔法のランタン。 王に代々受け継がれてきた宝物。 そんな大切なものを、得体の知れないものが持っています。
(ランタンに相応しくない。 影もボクも)
そう思うとテテネはふつふつとした感情がわき上がってきました。
ゆらりと立ち上がります。
重たく疲労した体に、痛む傷。 しかし、そんなことはテテネにとってどうでもよくなりました。
ただ、許せないという怒りがテテネを動かすのです。
「じゃあ、なんでランタンを奪ったの?」
テテネは射るようにしてまっ黒な影を見つめました。
沈黙が落ち、まっ黒な影は返事をしません。
「そのランタンは父上から頂いたものだよ。 次期国王になる者へ」
テテネの声音はいつもの穏やかさを保ってはいましたが、確かな威圧感が感じられます。
また沈黙が落ちた後、ランタンがぽつりと言います。
「……テテネ、イヤダト、オモッテル。 ランタンヲ、モツノ」
「っそれは……」
「テテネ、チチウエカラ、モラッタノニ! イヤダト、オモッテル! コエ、キキタクナイッテ!」
思ってもいない言葉、いえ、自覚しようとしていなかった気持ちを魔法のランタンが吐き出します。 その心の声は、どこからどう見ても、テテネのものでした。
「ススミタクナイ! デグチミツケラレナイ! コエ、キキタクナイ! ドウセ、ボクナンカ!」
(――そうか、この影は……)
まっ黒な影の心の内をランタンが悲痛に叫びます。 テテネしかいないまっ暗闇の世界で。
(ボクだ)
テテネはようやく、まっ黒な影の正体に気づきました。
(このまっ黒な影はボクなんだ)
前へと進むのを怖がるボク。 自分の心の声を聞くのを嫌がるボク。 どうせ、と自分を諦めているボク。
そういう、テテネが見えているのに見えていないフリをしていた感情たちが姿を成したのが、このまっ黒な影でした。
「……進まないでいい。 そうすれば怖くないんだよ」
まっ黒な影は言いました。 どこか優しくて、でも疲れているように感じる言葉です。
もしかしたら、このまっ黒な影は敵ではないのかもしれない、とテテネは思いました。
「ねえ、テテネ」
テテネはまっ黒な影へと言います。
「ボクはね、自分の命はどうなってもいいと思ってる。 でも、どうしても、星見の王国がなくなることだけは嫌なんだ」
テテネが思い出すは星見の王国の景色。 夜空に広がる数多の星々に、星を愛する住民たち。 あの綺麗な国をなくすことだけは決して、テテネには出来ません。
「それに父上は言ったじゃないか」
――『本当に落ちると言うなら、テテネ。 おまえがどうにかしてみせなさい。 おまえはこの国の王子だ』
「国王である父上が出来ないことであるなら、ボクがなんとかしなければ。 だって、ボクは星見の王国の王子なんだから」
そう。 そうです。
テテネはまっ黒な影に語りかけると共に自身が行わなければいけないことを思い出しました。
決して忘れていたわけではありません。 あまりにも心が弱って薄れていたのです。 しかし、テテネはまっ黒な影との会話から自然と言葉が出ました。
(ボクはランタンに相応しくないかも知れない。 …… けれど、ランタンは次期国王である証だ。 もし、国が潰れていたとしても、これがあれば――)
勇気が出せないテテネに父上は言ったじゃありませんか。
―― 『それでは強がるといい』
―― 『嘘も誠になるのだよ』
―― 『私のことを信じているのなら、行動に移してみなさい。 大切なことは続けることだよ。 テテネならきっといつか分かるはずだ』
テテネは拳を握って胸の前に置きます。 目を閉じて、思うのです。
(そう、信じるんだ。 父上の言葉を。 それだけでいい)
嘘っぱちでも、勇気が出せるならテテネにとって十分なことなのです。
テテネは瞳を開き、言います。
「ランタンを返してはくれないかい」
その瞳に、もう迷いはありません。
「……でも、ランタンの声聞くのいやだって言ってた」
「うん、ごめんね。 ボクは弱虫だから、自分の心の声を聞くのはとてもつらいことなんだ。 ――でも、それがランタンを持たない理由にはならない」
テテネは手を差し出します。
「ダイジョウブ? コワクナイ?」
ランタンは心底心配そうに言うのです。
「怖いよ。 でも、大丈夫。 進めなくなりそうになったら、嘘っぱちの勇気をすればいいんだから」
まっ黒な影がゆっくりとランタンを持った手を伸ばし、テテネの手のひらの前で止まります。
「本当に、いいんだね?」
最後の確認でした。 覚悟を問うていました。 星見の王国に戻ったとして、今どうなっているかは分かりません。 もしかしたら、とんでもなく残酷な結果が待っているかもしれないのです。
(――でも、それでも)
「うん。 星見の王国はなくせない」
テテネはまっ黒な影から魔法のランタンを受け取りました。
ランタンはテテネの心が宿り、オレンジ色に灯ります。
ことん。
物音がしました。 こんな静かな世界でなければ聞き漏らしてしまうほどの小さな音です。
音のした方をテテネが見てみると扉が一つありました。
まっ黒の色をした扉ですが、ドアノブの色だけが金星色をしていました。
扉にはこう書かれています。
『狭間』
そんな扉の存在に気づけたのはランタンが灯っていたおかげです。
テテネは扉を見て、すぐに出口であることに気づきました。
まっ黒な影は言います。
「行ってしまうんだ。 ボクを置いていくんだ」
その声は悲しそうです。
「いいや」
テテネは言います。
「ボクは確かにつよくなりたいと思った。 でも、強がることで勇気を出せるなら、強くなる必要はないことに気づいたんだ」
まっ黒な影の手をテテネは掴みます。 その手は氷のように冷たいです。
「一緒に行こう」
そうしてテテネは鈍く光る金色のドアノブを掴み、扉の先へと進むのでした。
「モドッテキタ」
「うん」
左手に握っていたはずのまっ黒な影のテテネはもういません。
きっとテテネの心のなかに戻ったのでしょう。
―― そして、テテネが戻ってきた先で見たもの。
期待は裏切られました。
一つの途方もなく大きい、落ちてきた星。 隕石。
それ以外はなにもなく、まっさらな土地でしかありませんでした。
隕石が落ちてきた衝撃ですべてを吹き飛ばしてしまったのでしょう。
テテネは何か残っていないか、しばらく歩きました。
人、建物、がれきや死体すらも残ってはおりません。
残っているものは落ちてきた隕石と、一つの扉です。 この扉は星見の王国と他の国々を繋ぐものでした。
扉には国の名前が書かれています。
『星が落ちた国』
それを見たテテネは叫びます。
「ちがう! 星見の王国はなくなってなんかない!」
強い拒絶。 決して受け入れることは出来ません。
テテネは護身用に腰に下げていた短剣を抜くと、がりがりと殴りつけるようにしてテテネの信じる国の名前を書きます。
『星見の王国』
認められません。 許せません。
頭によぎる父上の言葉はいつまでも心に残っています。
テテネは弱虫な感情の上に強がりを置いて、言います。
「星見の王国はなくならない。 次期国王であるボクがいるんだから」
王に代々受け継がれてきた、持ち主の心が宿る大切な魔法のランタンを抱きしめて。
「コワイヨ! コワイ!」
ランタンが泣いているような声で叫びます。
テテネは空を見上げます。
――『どの国を見ても、この国以上の星空を見ることは叶わないだろう』
そう言われるほどの星たちが、この国にはあるのです。
きらりきらり。
ちかりちか。
今宵も、数え切れない星々が光っています。
そして地上にも一人、愛する星のように必死に輝く小さな王子がいたのでした。




