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第8話 新しい台本は公開裁判から始まりますの

 国境戦線の瘴気が静かにしぼんでいくのを確認して、わたくしはようやく息を吐きました。

 頭の片隅では、相変わらずログが流れ続けています。


 Event ID:B-01 国境大規模魔物暴走

 状態:終息フェーズ完了

 次イベント候補:王都ルート全面改稿


 ……はい、存じておりますわ。次は王都ですのね。


 馬車の中で、わたくしは王都行きの書簡にさらりとサインをしました。

 「公開審問会を提案する」と、国王陛下宛てに。

 今さら裏でこそこそ責任を押し付け合っても、もう誰も救えませんもの。

 だったらいっそ、舞台のど真ん中で全部さらけ出してしまうのが、一番効率がいい。


「本当にやるのか、リディア」

 向かいの席で、アレクシスが眉をひそめます。

「王家も教会も、まとめて公開で裁くなど」

「裁くというより、脚本会議ですわ」

 わたくしは扇の代わりに書類をぱたぱたとあおぎました。

「これまで好き勝手にアドリブを入れてきた皆さまに、きちんとご自身の意図を語っていただくだけですもの」

「そのだけが一番やっかいだと俺は思うが」


 やれやれ。現実主義のツッコミは今日も冴えていらっしゃる。

 けれど、もう決めてしまいました。


 今度の舞台は、あの大舞踏会場。

 断罪イベントが始まった、いわば物語のスタートラインですわ。

 そこで今度は、わたくしが脚本を握る側として立つ。

 悪役令嬢の断罪から、世界改稿の公開会議へ。

 この国のシナリオを、根っこから書き換える最初の場にしてしまいましょう。


     ◇


 王都に入った瞬間、空気のざわめきがはっきりと変わりました。

 人々が広場の張り紙を見上げ、道端では簡易な新聞が飛ぶように売れている。


「悪役令嬢、聖女、王太子、宰相を告発すだと……?」

 アレクシスが、片手に掴んだ紙面をわたくしに向けました。

 見覚えのあるレイアウト。ゼインの工房印。

 くす、と笑いがこぼれます。

「見出しのセンスは相変わらずですわね。中身は……おや、意外と事実ベースですの」

 わたくしがちらりと目を走らせると、ゼイン製の落書き新聞には、

 断罪から追放、国境での魔物暴走、そして世界改稿会議なる謎の単語が、面白おかしく並んでいました。


 これなら、今日の公開審問会に人が集まらない心配はなさそうですわね。


     ◇


 大舞踏会場は、あの日とよく似た光の中にありました。

 天井の魔導灯は煌々と輝き、壁には王家と教会の紋章。

 違うのは、フロアに並ぶのがドレス姿の貴族だけではなく、

 ギルド代表、市民の抽選枠、記録係の魔法学院士たちまで詰め込まれていることくらいでしょうか。


 そして中央には、玉座ではなく、簡素な証言台がひとつ。

 ……なるほど。舞台装置としては合格点ですわ。


 やがて、王座側の扉から国王陛下が現れ、公爵家席には父と母。

 被告席には、宰相ヘルマン、教会からは大司教イザーク、そして王太子セドリック殿下と聖女ルナリア。


 あの日と同じ顔ぶれ。

 けれど、あの日と違って、今のわたくしは台本を知っているだけの悪役ではありません。

 原作者であり、改稿担当。

 そして、本日限りの司会進行役ですわ。


「ヴァレンスタイン公爵令嬢リディア」

 国王陛下の声が響き、視線が一斉にこちらへ集まる。

「そなたの提案どおり、本日の審問は、王都の有志にも公開とした。

 この場で、世界の乱れとその原因について語れ」


「かしこまりましたわ」


 わたくしは一歩前に出て、証言台に立ちました。

 深呼吸。

 視界の端に、半透明のウィンドウが立ち上がっていく。


「まず、皆さまにご覧いただきたいものがございます」


 指輪に意識を集中させると、場内中央に、誰の目にも見えるよう拡大したログが投影されました。


 Event Log:

 ・王都近郊 瘴気レベル上昇

 ・魔物暴走イベント 発生タイミング前倒し

 ・聖女権限によるイベント強制発生

 ・宰相権限による情報操作

 ・教会権限による聖女の行動制限


 ざわ、と会場が揺れます。

 無理もありませんわね。

 普段は誰も見られない世界の裏側ですもの。


「これは、わたくしが世界のほころびを監視するために使っている記録ですわ」

 静かに言葉を紡ぎます。

「簡単に申し上げれば、この数年で、王国全体にどのようなシナリオの改変が行われたのか、その一覧です」


「改変……?」

 貴族席からざわめきが起こり、市民席の誰かが小さく息を呑む。


「本来、世界の筋書きは、六つの誓約のもとに安定しているはずでした。

 王冠の誓約、聖女の誓約、貴族、魔導、騎士団、市民とギルド。

 それぞれが己の役割を果たすことで、王国は保たれてきたのです」


 わたくしは、ヘルマンも、イザークも、セドリック殿下も、ルナリアも、順に見渡しました。


「ですがここ最近、その枠を越えた書き換えが行われました。

 聖女ルナリア様は、魔物の強さやイベントの発生タイミングを、世界本来の設計よりも派手に、劇的に変えてしまった。

 宰相ヘルマン殿は、王都の混乱を抑えるためと言いながら、都合の悪い情報を封じ、聖女様に過剰な期待を背負わせた。

 教会は、聖女様を救済者ではなく広告塔として扱い、その行動範囲を狭めた」


 それぞれの胸の前に、対応するログが浮かび上がる。


 聖女権限:イベント強制発生×17

 宰相権限:報告書改ざん×9

 教会権限:聖女行動制限フラグ×12


 会場の空気が、冷たいものへと変わっていくのが分かりました。


「それが結果として、瘴気の増大、国境の大規模暴走、そして王都崩壊寸前という事態を招きました。

 ……もちろん、わたくし自身も無関係ではありません。

 領地で良かれと思ってイベントを潰し続けた結果、バグが別の場所に集中してしまったこともありますもの」


 ここで一旦、頭を下げました。

 悪役令嬢らしく、罪の列挙には慣れておりますわ。


「つまり、この国の今の混乱は、誰か一人の罪ではございません。

 王太子殿下の優柔不断だけでも、聖女様の暴走だけでも、宰相殿の現実主義だけでもない。

 それぞれの正しさと怖れと欲が少しずつ食い違い、その継ぎ目から瘴気が漏れ出した結果です」


 沈黙が落ちました。

 誰もが分かっていながら、誰も言葉にしなかった事実。


「ですので、本日の審問は、断罪ではなく責任の割り振りとこれからの役割の再設定ですわ」


 わたくしは顔を上げ、国王陛下に向き直ります。


「陛下。ここからは、個別にお話をうかがってよろしいかしら?」


「……よかろう」

 国王は重々しく頷きました。


     ◇


 最初に証言台に立ったのは、セドリック殿下でした。


 金の髪は、以前より少しだけ乱れ、肩には戦場の埃が残っている。

 王子様の絵から抜け出したようだった少年は、今やようやく、人間らしい疲れをまとっていました。


「殿下」

 わたくしは、出来るだけ淡々と問いかけます。

「断罪イベントのあの日、わたくしとの婚約を破棄なさったのは、誰の言葉を信じた結果ですの?」


「……君には、謝らなければならない」

 殿下は開口一番、そう言いました。

 ざわめき。

「父や宰相、教会の進言。聖女ルナリアの涙。全部を、まとめて正しいものだと信じてしまった。

 自分で確かめようとしなかった。それが、僕の一番の罪だ」


 その言葉を聞いて、わたくしはほんの少しだけ肩の力を抜きました。

 完全に脚本通りの愚王候補ではない。

 遅ればせながらも、自分の役割を理解したのですもの。


「殿下の罪は、その一点ですわ」

「……一点で済むとは思えないが」

「一点を放置した結果のすべてを、今後の行動で償っていただくだけですもの」


 次に立ったのは、ルナリア。

 聖女の衣はいつものように白く、しかしその瞳の下には、薄く影が落ちていました。


「ルナリア様」

「……はい」


 あのブラックボックス空間で、本音と前世をぶつけ合ったせいでしょうか。

 今の彼女の声には、聖女としての作り物の響きだけでなく、小さな少女の震えが混じっていました。


「あなたは、自分の行いが世界を良くするためだと信じて、改変を行いましたわね」

「……はい。でも、そのせいで、多くの人を危険に晒しました」

「ええ。

 けれど同時に、あなたの浄化がなければ救われなかった命も、確かにあります」


 会場の後ろで、どこかの兵士が頷いたのが見えました。

 国境で共に戦った者たちでしょう。


「聖女の誓約は、本来修復のためにありますの。

 あなたには今後、その本来の役割だけに力を使っていただきたい。

 華やかな演出や推しの理想ルートではなく、傷ついた場所をただ癒やすための力として」


「……できますか、なんて聞かないんだね」

 ルナリアが、かすかに笑いました。

「また逃げようとしたら、あなたがログを突きつけてくるのでしょう?」

「もちろんですわ」


 最後に、宰相ヘルマンと大司教イザーク。

 二人の言い訳と理屈は、正直に申しまして長くて退屈でしたけれど、要点はひとつ。


 国を守るため。

 組織を守るため。

 自分の立場を守るため。


 それぞれの守りたいものの順番が、ほんの少し狂っていたというだけの話。


     ◇


 ひと通りの証言が終わったところで、国王がわたくしに視線を向けました。

「リディア。そなたの望む落としどころは何だ」


 来ましたわね。

 本日のハイライトです。


「では、原作者としての改稿案を、簡潔に」


 わたくしは扇…いえ、書類束を軽く持ち上げました。


「まず、王太子セドリック殿下」

 殿下の肩がぴくりと揺れます。

「王位継承権は、一時停止を提案いたしますわ」

 ざわめきが爆発しました。


「落とすのではなく、保留です。

 殿下には今後数年、地方統治の現場に出て、ご自身の目と手で人々の生活を見ていただきたい。

 誰かの言葉ではなく、自分の判断で選び取る力を、そこで身につけてくださいませ」


 国王も王妃も、苦い顔をしつつも頷きます。

 セドリック殿下自身が、小さく拳を握りしめたのが見えました。


「次に、聖女ルナリア様」

「……はい」

「教会本部での座付き聖女ではなく、各地を巡る巡礼の聖女としての役割を。

 あなたの改変によって生まれた傷跡を、あなた自身の手で見て、癒やしていただきたいのです」


 ルナリアは一瞬、何か言いかけて、そして静かに頭を下げました。

「……分かりました。やってみます」


「宰相ヘルマン殿と教会上層には、権限の縮小と監査を。

 完全に切り捨てれば、一時的にスカッとするかもしれませんが、

 世界は敵を処刑して終わりでは回りませんもの」


 貴族席のあちこちから、苦笑とも溜め息ともつかない気配が漏れました。


「最後に、王冠と六つの誓約を監査する、新たな役割を提案いたします」


「監査……?」

 アレクシスが少し目を丸くし、父上が興味深そうに頷きました。


「今まで世界の脚本は、王家と教会にほぼ一任されていました。

 だからこそ、誰か一人の勘違いや暴走で、簡単にバランスが崩れてしまった。

 今後は、王冠の誓約のもとに、貴族・魔導・騎士・市民ギルドの代表が定期的に集まり、

 世界のログを共有し、改稿の是非を議論する場を設けるべきですわ」


 つまりは、世界版の脚本会議。

 締切も炎上も、もうわたくし一人で抱え込むつもりはありません。


「その場に、わたくしヴァレンスタイン家も関わらせていただければ光栄です。

 ただし――」


 一拍置いて、笑みを深めました。


「王妃の座までは、欲張りませんわ。

 舞台裏から脚本と安全装置を管理する役目こそ、わたくしに向いておりますもの」


 会場のあちこちで、安堵と惜しむような吐息が混じり合いました。

 王妃リディアを期待していた向きも、少なくなかったのでしょう。


 その中で、アレクシスだけが、ふっと肩の力を抜いて笑っていたのが、目に入りました。


     ◇


 その日の夜。

 公爵家の臨時滞在用邸に戻ったわたくしは、ようやく椅子に沈み込んでおりました。


「……疲れましたわ」

「そりゃあそうだろう」

 アレクシスが、湯気の立つカップを机に置きます。


「王家と教会と聖女と宰相、まとめて脚本会議にかける奴がどこにいる」

「ここにおりますわ」

「自覚があるならなおさらだ」


 苦笑しつつ、差し出されたお茶をひと口。

 じんわりと温かさが広がり、ようやく手の震えが収まっていきます。


「……でも」

 窓の外、王都の夜空を眺めながら呟きました。

「少なくとも、もう誰か一人を悪役にして終わりの台本には戻りませんわ」


「ああ」

 アレクシスは短く応じます。


「聖女も、王太子も、宰相も、教会も。

 全員、面倒くさくて、愚かで、それでも誰かを守ろうとしていた人間だ。

 そういう連中が生きている世界の方が、俺は好きだ」


 その言葉に、思わず笑ってしまいました。


「ならば、次の改稿は生きている世界のまま、皆さまが少しだけ幸せに進める台本にいたしましょう」


「お前自身の分も、忘れるなよ」


 唐突に差し込まれた一言に、わたくしは目を瞬かせました。


「世界の監査役を引き受けたのはいいが、お前はすぐ、自分のエンディングを後回しにする」

「……耳が痛いご指摘ですわ」


 けれど、それは次の話。

 今日のところは、ひとまず世界崩壊フラグの山を越えたご褒美として、素直に休むことにいたします。


 作者として。

 悪役令嬢として。

 そして、ただのリディアとして。


 新しいシナリオは、まだ始まったばかりなのですから。


ここまでお読みいただきありがとうございます!断罪の舞踏会が世界改稿会議に早変わりした第8話、楽しんでいただけましたでしょうか。悪役令嬢でありながら世界の脚本家でもあるリディアの選択が、この先どんな恋と国の行く末を連れてくるのか…作者も震えながら書いています。続きが少しでも気になりましたら、評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!


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