出発前夜
2週間の研修はあっという間に終わり、颯たちは1度、自宅に帰って海外研修の準備を済ませる次第となった。
研修から帰った日は、過密スケジュールの反動で1日中眠った。
出発までは1週間以上あったが、そのほとんどはビザ取得などの準備で潰れた。
荷物の支度と共に、荒れた部屋が徐々に片付いていく。
出発前日の昼には、翌日の着替えまで、全ての準備が終わった。
颯はベッドに横になり、いつになく整頓された部屋を見回した。
以前は床に積んであった航空関連の本も、ほとんど売ってしまったコミックの代わりに本棚に収まっている。『飛行機操縦のABC』、『やさしい航空工学』、エアレースパイロットの自伝……持っていこうと思ったが、結局荷物になるので止めた。
もうこの部屋には、半年以上帰らないのだと思うと感慨深いものがあった。
(いや、これを期にいっそ1人暮らしを始めるか……)
颯はふとそんなことを思い付くと、それが自然なことのように思えた。
単発機免許のために貯金した金は40万近く残っている。
敷金礼金を考えても、外で数カ月食べていくくらいのお金は残っている。その間に、新しい働き口――就職先を探せばいい。
颯は具体的なことを考え始めたが、どのみち1年以上先の話になるので止めた。
(ちょっと外の空気吸うか……)
上体を起こすと、ふと机の上にある紙飛行が目に入る。
それは国内研修中、任が息抜き兼説明用に候補生個人に作らせたものだった。
颯は貴広の模型を思い出し、紙飛行機に改良を加えようと思った。
これまで学んだ知識に加えて、荷物からノートパソコンを引っ張り出して、より飛ぶように紙飛行機の作り方を調べ始める。そうしているうちに、結局、残った材料を使い1から、紙飛行機を作り直すことにした。
大音量で音楽を流しながら、颯は部屋にあるものを使い紙飛行機を試作していく。
狭い部屋を試作飛行機が何度も飛び交う。
完成した機体は、マジックで赤く塗り、初奈考案のスカイウルフのロゴを加えた。
気付くと、片付いた部屋は再び荷物が溢れ返っていた。
家族との最後の晩御飯は、軽く会話をしただけですぐに撤退する。
紙飛行機が完成するころには、すっかり夜は更けていた。
「あーあ、何やってんだろう……」
颯は散らかったベッドの上で仰向けになり、天井を見つめた。
再生していたアルバムは何周目かを終え、オーディオからは大分前から無音が流れている。
颯は出来上がった赤い紙飛行機を手に取り、ゆっくりと重い腰を上げた。
自宅を出ると、吹き込む風が肌寒かった。
(莉緒は流石に、都合よくいたりしないか……)
来年、自分が日本に帰ってくる頃には、彼女はきっと引っ越しを済ませて新生活の準備をしているころだろう。
だからもう、ここでそういう未練とはお別れをしよう。
曇りがかった空にはいつしかのように丸い月が浮かんでいる。
どこか浮ついていた心が落ち着いていく。
颯はその月に向けて、半日かけて完成させた紙飛行機を躊躇いなく放った。
「それじゃあ、行ってくる」
その瞬間、風は吹かず、紙飛行機は真っ直ぐに飛んだ。
PHASE2は11月末に更新予定です。




