6人の候補生 ①
ガラス張りの高層ビルの前で、矢浪颯はしばらく立ち尽くしていた。
藤咲重工業株式会社の本社ビル。
3月14日、国内研修初日の朝。パイロット候補生たちは全員、『藤崎重工』本社にある小会議室で行わる説明会に参加する次第となっていた。
入学式、成人式と縁がなかったため上下新調したスーツ、美容院に行ったばかりでいつもの癖っ毛は綺麗に収まっている。写真撮影も行われるということで、母親に気合を入れた格好をさせられたのだが、おかげで周囲の会社員たちに気圧されないで立っていられる。
颯は赤いネクタイを締め直して自動ドアを通った。
受付に行くと、引くくらい綺麗な女性が完成された笑みで出迎えた。
「おはようございます」
「おはようございまーす。あのー……」
颯は挨拶を返すと、用意しておいた通知書を恐る恐る差し出した。
「あ、はい。パイロット候補生の方ですね。選考通過おめでとうございます」
女性の笑顔が事務的なものから、急に砕けたものに変わる。
「これが入館証になります。あちらのゲートを通って、正面のエレベーターに乗り――」
女性はキャリーバッグを預かると、通知書に書いてある内容を丁寧に補足してくれた。
「頑張ってくださいね」
「……ありがとうございます」
颯は若干浮ついた気分になりながら、案内された小会議室を目指した。
エレベーターで12階まで上がり、見取り図を頼りに通路を歩いていると、後ろから慌しい足音が聞こえた。振り向くと、年は20代半ばくらい、明るい茶髪を後ろに結った小柄な女性がこちらに向けて走って来ている。
「おはよう~!」
颯はその挨拶が自分に向けたものとは思えず、思わず周囲を見渡した。
「ここには君しかいないよ。おはよう!」
「あ、はい。おはようございます」
女性の元気な声と可愛らしい笑顔に気圧され、颯は困惑しながら会釈を返した。
「私は保倉遙香、『パイロット育成プロジェクト』の技術スタッフです。いきなりごめんね。こんなに早く来るとは思わなくて」
颯は女性の自己紹介と続く言葉で、颯は状況を理解した。
「いいえ。僕……私は矢浪颯です。こちらこそ、かなり早く来てすいません」
颯が会社に着いたのは40分前だった。
大学受験で道に迷って遅刻して以来、〝30分前行動〟をしないと落ち着かない人間になったのだが、今回は早過ぎたのかもしれない。
「ううん。実は君の10分前にも1人来てたみたいで。今も部屋の前で待ってるみたい」
「ああ、そういうことですか」
遙香は呼吸を整えながら姿勢を正し、スーツの乱れを直した。
「まあ。とにかく、これから1年間よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
颯と遙香は小会議室に向かって、並んで歩き始めた。
「最初に来たのは女の子って言ってたから、多分、ユキトちゃんかニーナちゃんなんだけど。って言っても誰か分からないかな?」
「……それが『AIR ACE』のIDなら、2人とも知ってると思います」
「えっと。確か2人とも、本名で登録してたと思うよ」
颯は『ユキト』と聞いて兎の獣人アバターを思い出した。
割とアバターに合った名前なので本名とは思わなかった。もっと言えば、どうせ女性型アバターを使った男だと思っていた。
突き当りを曲がると、その先で1人の女性が待っていた。
「あ、いたいた。ユキトちゃんだった」
手元の文庫本に視線を落とす、憂いを帯びた黒い瞳にまず視線が吸い寄せられた。長い睫毛に白い肌、細く通った鼻筋、赤い唇、滑らかな黒髪が続いて目に入る。
都会のオフィスビルには似合わないその可憐な姿に、颯は一瞬見惚れてしまった。
「ごめん。待たせちゃって」
「いいえ。こちらこそ、お急がせして申し訳ありません」
女性は寄り掛かっていた壁から離れ、遙香の方を向いてお辞儀をした。
白いコートから伸びる長い足、身長は颯より僅かに低く、165センチくらいか。少し釣り目なことと、女性にしてはやや短めの髪型、落ち着いてはっきりとした話し方。――全てが可憐さを感じさせた第一印象とは程遠く、彼女が強い意志を持った人間だということを示しているようだった。
「北上雪兎です。これから、よろしくお願いします」
「私は保倉遙香、技術スタッフです。こっちはあなたと同じパイロット候補生の一人、矢浪くんです」
そう紹介されると、颯は2人の間に僅かな緊張が走るのを感じた。
「矢浪颯です。ゲームでは『スカイウルフ』という名前でした。よろしく」
「……スカイウルフ。――うん、よろしく。私は本名と同じ『ユキト』で登録してた。今度は負けないから」
颯が思った通り、『ユキト』も『スカイウルフ』を覚えていた。
二人は公式戦で一度対戦している。それも準決勝だったため、印象に強く残っている。
結果は僅差で颯の勝利。颯にとって、唯一のベスト3に入れた大会だった。
「そっか。2人ともゲームでは知り合いだったんだ」
遙香はピリついた空気にも気付かず、急いで小会議室のドアを開けた。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
小会議室という名前に反して、部屋は物が少ないせいでかなり広々として見えた。
プロジェクターと演台に向かい合うようにして、椅子が6つだけ横一列に、等間隔に並べられている。あとは端に椅子が3つ並んでいるのと、長机と予備の椅子が数個、隅に追いやられているくらいだ。
「じゃあ、みんなが来るまで座って待っててね」
遙香はそう言いながら、自分は隅にある長椅子に鞄を置いて、書類の整理をし始めた。
雪兎は奥に当たる右端の席に座り、颯はその隣に座った。
椅子の数は6個。パイロット候補生は予定通り六人ということだろう。
SNSで報告していた人数とも一致する。
「他のメンバーは誰かと知り合い?」
「『ロック』とは体力テストで友達になった。あとは初対面だね」
「へえ。私は『ホーク』とだけは会ったことあるよ」
「『ホーク』は合格報告を見たけど、『モッツァ』は受からなかったのかな?」
颯は『ホーク』と並んで最強と評されるプレイヤーの名前を挙げた。
「多分、モッツァは来ないと思う。『東京大会』に行ったとき、30歳は越えてる感じだった。ブログのプロフにも会社員って書いてあったし」
「あ、そうか。雪兎……北上さんは、『東京大会』行ってるんだったな」
颯は『東京大会』には行けなかったため、リアルでの知り合いはほとんどいない。
ゲームも大会が終わって以来、勉強の傍ら、オフラインでトレーニングをするくらいだった。
「『ホーク』が選ばれてるのは納得だった」
「……なんで?」
「凄く優秀そうだったから。多分、私たちの最大のライバルになると思う」
「へえ。やっぱ、あいつ凄いんだ」
颯は小森の評価と重なることに苦笑いした。
(どんだけ強そうなオーラ出してたんだよ……)
実際に『ホーク』は『東京大会』で優勝したのだが。
決勝戦の動画では、プレイスキルだけでなく、当人の見た目が格好いいことも騒がれていたのを思い出した。
「確かに『ホーク』の貴広くんは、真っ先に選ばれたねえ~」
遙香が忙しく準備をしながら、2人の会話に口を挟む。
「そうですか。……負けないけど」
雪兎のこぼした言葉を聞いて、颯はこいつはかなりの負けず嫌いだと思った。
「俺も去年の大会の借りを返したいな」
「……そういえば、あの準々決勝。何かあったの?」
雪兎に突っ込まれ、颯は言い訳を考えようとする。
けれど、雪兎の綺麗な顔に見つめられると何も思い付かなかったため、仕方なく本当のことを言うことにした。
「母親にいつまでゲームしてんだって電源ブチ抜かれた」
「……中学生か」
雪兎は眉根を寄せて呆れた顔をしたが、少しだけ笑っている。
冗談を言ったと思われたのかもしれない。
「でもあの勝負、1つ目のナイフエッジルートを通過した時点では、俺はホークのタイムを上回ってたはずだ」
颯は考えてもいなかったことを、格好つけるために口にした。
「……否定したいけど。私は同じようなやり方に負けてるから文句言えないな」
雪兎は颯との試合を思い出したのか、一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに挑発するように笑みを浮かべた。
「でも、現実ではどう? あんな無理な飛行は出来ないんじゃない。私、子供のころからスキー競技をやってて、少しだけジャンプもしてたんだけど。2、3メートルの高さでも、いざとなれば怖気づく男子は多かったよ」
「俺は子供のころに、崖から滝つぼに飛び込んだことあるよ。5~6メートルくらいしか高さはなかったけど、当時は相当高く見えたな。だから、平気じゃん?」
その後、飛び込む際に怪我して溺れかけたが、そんなことは些細なことだ。
「へえ、すごいね。でも私は最近、吊り橋バンジーやったよ。流石にちょっとだけ怖かったけど、飛び降りる瞬間はむしろ楽しんでたよ。高さは20メートルくらいで、そんなに高い方じゃないけど」
「ふーん。でも俺、高校の頃友達と行った富士急では、1人だけフジヤマ3周したな。あれは高さ80メートルくらいあったんじゃないか」
「それはずるいって」
雪兎はそこで真面目ぶった表情を崩して笑った。
実際は大敗もいいところだが、その表情を見て、颯は内心ではガッツポーズした。
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「2人とも、早速仲いいね~。私はやっと終わった」
遙香は書類やプロジェクターの準備を終えると、2人の前に来て小さくため息をついた。
時刻はすでに、集合時間の15分前になっていた。
遙香の手が空いた瞬間を見計らったように、ドアがノックされる。
「はい。準備できてます!」
「入るぞー」
気だるげな声がして、無精ひげを生やした中年男性が入ってきた。その後ろには、颯と同年代の4人の男女、残りの候補生らしき顔ぶれが続く。『ホーク』を含めて、数人はネット上でよく見た顔だ。
そしてもう1人、遅れて入った最後の1人には見覚えがあった。
「あ、颯君」
眼鏡をつけた長身の青年――弥勒は、颯の顔を見るなり爽やかな笑顔を浮かべた。
「改めて選考通過おめでとう」
「ありがとう、弥勒もおめでとう」
颯は弥勒と軽くハイタッチをした。
「まあ、弥勒は体力やばかったもんな。俺はそのせいで、落ちたと思ってたよ」
「あはは。僕は颯君のプレイスキルを見て、選考落ちたと思ったけどね。……あ。いきなりすいません」
弥勒は再会の喜びも程々に、1歩引いて男性スタッフの指示を待った。
「いいよいいよ。まだ時間前だから。みんなくつろいでて。俺たちの紹介はどうせチーフが後でまとめてする。保倉――」
男性スタッフは遙香を呼んで、打ち合わせを始めた。
「実は当日に連絡があって、待ち合わせしてきたんだ」
弥勒は颯と雪兎に向けて状況を説明し始めた。
「発案者はこちらの川崎さん」
「川崎入鹿、プレイヤーIDは『ドルフィン』です。2人ともほとんど話したことないけど、よくロビーでは一緒になったな。よろしくぅ」
『ドルフィン』――青いジャケットを着た入鹿は、よく見ると髪も少し青みがかっている。
アバターの印象通り、派手好き、青色好きの人物。そして、この顔にはある意味では他のどの候補生よりも見覚えがある。
「よろしく。動画、結構参考にさせてもらってます」
『ドルフィン』こと川崎入鹿はゲーム実況者でもある。『AIR ACE』以外でも、タイムアタック動画をよく上げている。
「それは嬉しいぜー。今後も高評価チャンネル登録お願いします」
「じゃあ。とりあえず、僕がさらっと紹介しちゃうね。こちらは針貝初奈さん」
弥勒は話の流れで、そのまま入鹿の隣にいる少女――初奈を紹介した。
「よろしくねえ」
初奈は気の抜けたような挨拶をした。雪兎と比べると少し小柄で童顔。肩まである茶髪をツーサイドアップにしていてる影響で更に幼く見える。疲れているのかかなり眠そうだ。
「そして、ご存知『ホーク』の黒鳥貴広さん」
「よろしく」
黒鳥貴広は短く挨拶をして頭を下げた。
スーツの映える真っ直ぐな黒髪。目立ちのいい男前だが、やや目付きが悪い……というより、初見で生真面目な性格が分かるほど表情が硬い。
『東京大会』の優勝時に撮影されたネタにされがちなぎこちない笑顔も、どうやらカメラマンが悪いとは一概に言えないようだ。
弥勒は続いて颯の紹介をして、最後に雪兎が自己紹介をした。
「まあ、くつろいでろと言われたし。詳しいことは後々で、少し休もうぜー」
入鹿の提案で、6名の候補生たちは等間隔に並べられた椅子に座って、集合時間になるのを待つことにした。
「じゃあ、改めてよろしく。今度は長ければ1年間だ」
「……そうだった。こっちこそ、よろしく」
隣に座った弥勒の言葉で、颯はこの6人で生活を共にする実感した。
それも、ただ一緒に過ごすだけじゃない。
自分たちは1年を犠牲にして、厳しい訓練を共にして、それでも最後には蹴落とし合わなければならないのだ。




