身体能力適性審査
『AIR ACE』共同企画・パイロット育成プロジェクト。
大手航空企業である『藤咲重工株式会社航空カンパニー』とゲームメーカー『TURBO』が共同開発したリアルフライトSLG『AIR ACE』。その成績上位者から、パイロット候補を育成する試みで、スポンサーには『ブルーカウ』を始めとした大手企業が名を連ねている一大プロジェクトだ。
候補生は最大6名。
候補生たちは約1年の研修・訓練を経てレースに参加、優勝者はそのまま世界を巡るフライトレースである『ブルーカウ・エアレース』のチャレンジャークラスのパイロットになる資格が与えられる。
注目度は非常に高く、訓練費用はすべて『藤咲重工』が負担、プロによる指導も約束される。パイロットを目指す人間にとって、これは人生に1度訪れるかどうかのチャンスといえるものだった。
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1月30日。颯は書類選考通過の通知に記された駅へと向かった。
電車に揺られながら、このひと月のことを思い返す。
藤崎重工からの手紙を受け取った夜、喜んだのも束の間、書類選考通過の通知には『身体能力適正審査』の知らせが乗っていた。
当然と言えば当然だ。
このプロジェクトはプロゲーマーを募集しているのではなく、あくまでゲームを通じてパイロットを選抜するものだ。
健康であることは候補生になるための絶対条件だ。
免許を取る過程で海外にも渡航する。身分確認だってしないといけない。
(なんであんな噂、信じてたんだろうな……)
東京大会に参加できるのは最大20人。
大会には年齢制限がないことを考えると人数はさらに絞られるし、そんな限られた参加者から企画の成否を決める6人の候補生を選ぶなんてリスクが高すぎる。
人間追い詰められると、本当に視野が狭くなるものだと実感した。
あの日から颯は、高校卒業以来鈍っていた体に鞭を打つようにトレーニングを積むことになった。
しかし、所詮は付け焼刃、通用するかどうかは分からなかった。
(まあ、参加者にはゲーマーが多いはずだ。レート上位に残るための練習にも時間を掛ける必要もあったはずだし、俺と同じでろくに運動してないやつが多いはずだ)
颯は自分にそう言い聞かせるようにして、指定の最寄り駅に降りた。
地図を頼りに都内の駅から徒歩10分ほどの場所にある、貸テナントを使った会場に着いた。一見するとただの古いオフィスビルなので、颯は何度も住所を確認する羽目になった。
「ここが会場で間違いなさそうだね」
そう背後から声を掛けられて、颯が振り返ると1人の青年が立っていた。
逆台形の黒フレームの眼鏡、グレーのコート、カジュアルなのにどこかお洒落に見える出で立ちをしている。一見するとこの近くのオフィスビルに出入りする会社員のようだ。
颯を1番驚かせたのはその体つきだ。長身に加えて、服の上からも肉体の厚みがよく分かるくらい鍛えられている。
「君も『AIR ACE』の参加者?」
颯は一瞬怯んだが、すぐに自分は『スカイウルフ』だと言い聞かせて胸を張った。
「……はい。書類選考を通過したので来ました」
「よかった。会場で1人になりそうだったから。僕は古門弥勒。プレイヤーIDは『ロック66』」
『ロック66』――東京大会には出ていないが、シーズンⅡからよく名前を見るようになった上位ランカーの1人だ。
「俺は矢浪颯です。プレイヤーIDは『スカイウルフ』です」
「お、『スカイウルフ』。凄いね。やっぱり知ってる名前の人がいるんだ」
弥勒は名前を聞いて表情を崩す。
颯はその反応を見て、弥勒が同じゲームをする仲間であると実感した。
「『ロック』も安定したフライトをしてるよね。よく覚えてるよ、その……かなり個性的な鹿のアバターをしてたよね」
颯は言葉を選びながら、相手について知っている情報を口にした。
『ロック66』はガタイのいい鹿男のアバターを使っている。ゲーム内では割と不人気の種族なので、周りのプレイヤーから『ロック』という名前と合わせて、少しネタにされていたのを覚えている。
でも、颯はそうやって目立っている時点でアピールに成功していると思った。
密かに企画の審査に向けた戦略ではないかと勘繰ったくらいだ。
「そう。あれ、カッコいいでしょ。一目惚れしちゃって。あの種族、使っている人が少ないのは勿体ないと思うんだよね。やっぱり課金だからかな」
「……そ、そうかもね。俺も格好いいと思ってる」
巷では〝せんとくん〟なんて呼ばれているが、あまりにも真っ直ぐ見られるので颯は同意しかできなかった。
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エレベーターを上がり、3階に着くと扉の前に『パイロット育成プロジェクト会場』と書かれた簡易な立て札があった。
中に入るとスーツを着た30代後半くらいの女性が椅子に座って書類に目を通していて、こちらに気が付くと立ち上がって姿勢を正した。
立ち上がると、こちらも高身長なのが目立った。
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました」
颯はこの女性をどこかで見たことがあると思い、高速で記憶を探った。
「こんにちは。古門弥勒です」
女性の挨拶に反応して、弥勒が即座に頭を下げる。颯も慌ててそれに続いた。
「成塚さんですよね。まさか、この会場でお会いできるとは思っていませんでした」
弥勒の言葉で颯はようやく、この女性が『パイロット育成プロジェクト』のプロジェクトリーダー成塚勲子であることを思い出した。プロジェクト発表の生放送にも出ていたし、その後のいくつかのニュースでマスコミの取材にも応えていた。
「ふふっ。そんなかしこまらなくていいわよ。今日は様子を見に来たついでに欠員を埋めただけだから。ただの受付嬢だと思ってね」
颯は曖昧な笑いで返すことしかできなかった。
勲子は通知書と身分証明書の確認を済ませ、手元のタブレットにチェックマークを付けた。
「まずは、向こうで身体検査やってるからよろしくね」
それから、白いカーテンで区切られた一角を手で示す。
「『ロック』に『スカイウルフ』ね。2人とも期待してるから」
全員に言っているのかもしれないが、颯はその言葉に背中を押された気分になった。
カーテンの奥には白衣の医者やその助手が待機していた。
そこから二人はジャージに着替えると、身長体重の計測はもちろん、深視力(両目の視力)や脳波、心電図等の検査まで行うことになった。血液検査だけは今後の体力テストに関わるため任意で、後日個別に病院で受けて提出でも可能ということだった。
「これ、本当にパイロットの採用試験って感じだな」
颯は採血を終えた腕を抑えながら、弥勒と共にパイプ椅子に座った。
「うん。この段階でまさかロールシャッハテストまでやることになるとはね」
身体能力適性審査という名前に反して、颯たちは精神科医らしき男性との個別面談も行っていた。
ちなみにロールシャッハテストとは、インクの染みを見て何を連想するかという問い掛けで被験者の精神状態を推定するテストだ。颯も弥勒もこのテストを知っていたが、仮に知っていなくても普通に無難なモチーフを答えただろう。
「これで仮に落ちても企業のパイロット採用試験の練習にはなるかもな」
「ははは、どうだろうね」
会場に来てからすでに一時間近くが経過している。
立て続けに行った検査ですでに疲れていたが、本番はこれからのようだった。
休憩が終わると、すぐに体力テストが始まった。
腕立て腹筋、柔軟に続き、ランニングマシーンによる持久力テストに移った。
颯と弥勒はもう一人の参加者と同時に走り始めた。
最初は時速5キロほど、ウォーキングレベルの速度から徐々に加速していく。
時速8キロを越えたあたりから、颯の息が切れ始める。
「はっ……はっ……」
嫌な状況だと、内心颯は思った。
ライバルがいる状況では、つい意地を張ってしまう。
時速10キロを越え、走行時間が10分を越えたくらいでもう一人の参加者である少年が脱落した。
颯は弥勒の方をちらりと確認した。
驚いたことに、彼は涼しい顔で前を真っ直ぐ見て走っている。
(これは勝てない……)
颯はそう思い足が止まりそうになるのを堪えた。
そんな情けない自分の姿を、銀の狼に見られている気がしたからだ。
(駄目だ。仮に持久力で一番に慣れなくても、少しでも点数を稼がないと……)
颯は上着を脱ぎ、そこからさらに5分間走り続けた。
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「……大丈夫?」
颯はそこからさらに5分経っても走り続ける弥勒を横目に見ながら、もう1人の参加者の少年に声を掛けた。
少年はタオルを顔に当て、床に仰向けに倒れたまま動かない。
「うん……ありがとう。大丈夫」
少年は上体を起こしタオルをどける。
色が白くて小柄な黒髪の少年だった。何となく高校生くらいに見える。
「君、プレイヤーIDは?」
「『<bat>』バット」
「おお、知り合いじゃん。俺は『スカイウルフ』」
知り合い、と言っても大勢のロビーで言葉を交わしたくらいの仲だが。
「おー。なんかイメージ通りだ。あの人は?」
「『ロック』」
「ああ。変なアバターの割に普通の人なんだ」
『バット』の声は小さいため、聞こえないことを颯は祈ることにした。
「高校生? 俺と『ロック』はもう20歳越えてるけど」
「そうだよ。今年卒業。受験直前にこんなことをするとは思わなかった」
「あ、そう言えばそんな時期だったね」
颯は目の前の少年に少しだけ同情した。
「はい、そこまで」
そんな風に話しているうちに、記録員がテストの終了を告げた。
弥勒は結局、計25分、試験が終わるまで走り続けた。
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「――それでは、これから最後のテストを始めます」
受付から勲子がやってきて、1つのPCの前に3人を案内した。
そこに繋がっているVRゴーグルとコントローラーを見て、颯はこれから何をするのか察した。
「『AIR ACE』の操縦をしてもらいます。コースは『ラスベガス・レベル4』です」
まさかの抜き打ちテストだった。
「じゃあ、誰からやる?」
「……それなら、他にいないなら僕からでもいいですか?」
弥勒が少し待ってから手を挙げた。
正直、颯は最初でもよかったが、若干疲れが残っていたので躊躇ってしまった。
「いいわよ。3回までフライトしていいからね」
弥勒は席に座ると小さく息を吐いてから機体の選択を始めた。
最後まで走っていたというのに、疲れた様子はほとんど見せない。
颯はその姿を見て、背中に嫌な汗が滲むのを感じた。
弥勒は一度目は安定したフライトをして無難にタイムを残した。
コース取りは定石通り、目新しさもないがよく研究してるのが分かる。
それから、2度目、3度目は難易度の高いコース取りを選ぶ。
お手本のようなタイムアタック、ミスしたのは2度目だけで、結局3度目が1番いい結果を残した。
(体力のある弥勒だからできる戦い方だ。それにメンタルも強い。たとえ3回チャンスがあっても体力の消耗や緊張を考えたら、1度目の1番余裕のある状態から勝負に行きたくなるのが普通だ)
「次はどっちが行く?」
颯は『バット』が手を挙げないので自分が立候補した。
機体を選びながら考える。
(この人はおそらく個人のデータはすでに見てて俺たちの実力を分かってる。だったら、どうやったらアピールできるかを考えるべきだ)
颯はそう思い1つの決断をした。
ボタンを強く押して、スタートの速度制限に対して攻め過ぎた加速をする。
「あっ……」
結果、ペナルティ判定が入り、背後で『バット』が声を漏らした。
ペナルティは出てしまったが、それは問題ではない。
颯は速度を上げたまま、パイロンやシケインに挑む。市街コース特有な華やかな景色が高速で通り過ぎていく。
ペナルティラインを越える速度が出ているということは、その分操作難易度も通常よりも上がるということだ。
颯の狙いはそれを容易にこなしてみせることだ。
ギリギリで通過したらそれはそれでよし、速度超過してもアピールできればそれでよし、颯は3回全ての飛行で速度の限界を攻めることにした。
2回目も速度超過のペナルティが入ったが、後のない3回目でもその姿勢を崩すことはなかった。
「す、すごい……」
3度目の飛行中、弥勒が思わず声を漏らすのを聞いた。
スタート時のペナルティはギリギリ出なかった。
この3回中パイロンヒットやオーバーG判定は1度もなく、3回目は最高精度で飛行を終え弥勒のタイムを1秒以上上回るタイムでゴールした。
ペナルティが無ければ、全てのフライトで弥勒の飛行を上回ったことになる。
「ふぅ……」
VRゴーグルとコントローラーを置き、颯はようやく一息をついた。
「お疲れ様。じゃあ、最後は小森くん」
勲子はメモを終えると『バット』に声を掛けた。
『バット』こと小森は席に着き、1回目、非常に無難なフライトをした。
それから、2回目のフライトをすることなく、コントローラーを置いてVRゴーグルを外した。
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帰り道、弥勒とは駅が違うので会場で別れ、颯は小森と2人きりになった。
「パイロットは諦めることにしたよ」
小森がポツリと呟いた。
予想していたことだったが、いざ口にされると胸が重くなった。
受験間近に選考に参加した彼が諦める原因は1つしかない。
今日のテストで心が折れたからだ。
「俺や弥勒との差を感じたから?」
「うん、それもあるね。特に古門さんを見たのが大きいかも」
颯はその気持ちが少し分かるだけに何も言えなかった。
「『ホーク』もああいう感じだった。見るからに優秀そう。実際、SNS見るといい大学行ってるみたいだし」
「東京大会で見た感じ?」
「そう。見た目からして」
「そうか。それはきついな」
話は聞いてるだけの颯でさえ、心が折れそうになる。
「多分、こういう極端に成功者の少ない世界って結局さ。ずば抜けて優秀で、普通に就職しても成功するような人が、何かの気の迷いで脇道に逸れて……何か本気出しちゃって……そういう人が勝つんだと思う。本当にそれしかできないって人が成功するケースは稀なんじゃないかな」
「……一理あるけど、小森くんは自分を見切るのが早すぎるんじゃない? 弥勒や『ホーク』だって、大学入ってから外側を磨く技術を身に着けた可能性はあるよ。数年後には、小森くんだって傍から見ればそうなってるかも」
颯が見る限り、小森は馬鹿には全く見えなかった。
きっと、頭がいいからこそ、早い段階で自分の天井が見えた気になってるだけだ。
「ありがとう、ございます」
「いやー、本音を言っただけどね」
少しの間、2人は無言で歩いた。
駅に向かって歩く会社員や買い物帰りの通行人の姿が見え始めた。
「ちなみに、俺は諦める原因にならなかったってこと?」
「はい。矢浪さんはもう、ザ・ゲーマーって感じだったから」
「おい!」
颯と小森は2人で笑い合った。
通行人の視線が向くくらい大きな声が出た。
「だから、まあ、僕はちょっと矢浪さんの方に肩入れしちゃう」
「そうしてくれ。ファンは1人でも多い方がいい」
駅に着くと乗る電車が違うため、2人はその場で別れることになった。
「受験、頑張ってね」
「うん、矢浪さんもこの先を頑張って。きっと受かってるから」
颯はその小さな背中が遠ざかっていくのを、引き留める言葉を飲み込んで見送った。




