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AIR ACE  作者: 静水映
PHASE2
13/18

実地試験

「それじゃ、これより試験対策特別会議を始めます」


 夕刻、下宿先のラウンジに候補生たちが集まると、任がテンション低めに話し始めた。

 訓練開始から1カ月半が経過、各々がライセンス取得に必要な飛行時間分の訓練を、順調に消化しつつあった。そこで、迅速に実地試験をパスするために、アメリカでの免許取得経験のある任が情報提供を行うことになった。


「実地試験は、面談試験と飛行計画書フライトプランの作成、フライトの3つで構成されてる」


 任はこれも知ってるとは思うが、と前置きしたうえで更に説明を続ける。


「まずは試験の最後にやるフライトの実技だが、これはいつも通りやれば問題ない。フライトプランの作成は、講義でもやったが、訓練やクロスカントリーの際にやっていることを意識してよく覚えておくことだ。心配なら、丹治さんたち教官陣に補修してもらえ。俺も技術研修の時間外なら相談は受ける」


 任、遙香はアメリカ滞在中、颯たちの訓練と並行して、レースのバックアップを行うための技術研修を受けている。勲子はその間、各所に出向いて計画が滞りなく行われるための根回しを行っていた。


「で、面談試験――口頭面談オーラルだが、俺的には1番これが厄介だった」


 任の表情には苦い経験の影が落ちている。


「まず、全て英語でやり取りをする。現地の試験官だから当たり前だな。どうだ、1カ月半の生活で少しは慣れてきたか?」


「まあ、そこそこは」


 入鹿は余裕の笑みを浮かべて答える。


 入鹿は苦手だった英会話も、現地で使ううちにすっかり上達していた。

 颯はこの前、入鹿がフライトスクールの女性スタッフに馴れ馴れしく話し掛けているのを見たので間違いない。

 〝言語はコミュニケーションツール〟――積極的に他人と話せる人ほど上手くなる、と高校の時の恩師が言っていたが、颯はそれを身をもって実感した。


 一方で、任の話を聞く初奈の顔色は悪い。


「で、試験官はフライトに必要な知識を確認してくる。学科試験とか、これまで勉強してきたことだ。普通にやれば問題ないんだが――相手次第では修羅になる」


 任の顔には明確な敵意が浮かんでいる。


「俺の相手した試験官は本っ当に厄介だった。現地の人間でも引っ掛かるような、引っ掛け問題を出して、1問でも間違えれば不合格。そこのフライトスクールでは1度目の試験では必ず落とされるのが通過儀礼みたくなっていた」


 颯も話を聞いているうちに、少しだけ弱気になってきた。


「そのうえ、長期戦を仕掛けてくる。俺の面談は1時間半続いた。その間、もちろん英語で質問され続けて、1問でも間違えたら不合格。――俺が試験を終えた頃には、そいつの発音の癖とか、好んで使うフレーズまで覚えていた」


「終わった……」


 初奈はそう呟きながら、この世の終わりのような顔をしている。


「まあ、それも試験官によるんだがな」


 任は散々脅しておきながら、軽い調子で説明を締めくくった。


「不安なら、これからちゃんと勉強することだ」


 任は前置きを終えて、早速実地試験に向けた勉強法を具体的に指導し始めた。

 颯は真面目にやらせるため大げさに話したのだと思い、そのときはあまり深刻には受け止めず、任の経験談は頭の隅に留めておく程度にした。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



 2週間後、颯に実地試験を受ける許可が下りた。


「失礼します」


 面談室に入った颯は、担当する試験官の顔を見て即座に任の話を思い出した。

 試験官の中年男性は見るからに厳しそうな人物だった。

 薄い縁の眼鏡越しに見える灰色の鋭い瞳、薄い白髪の下には深い眉間の皺が刻まれている。


「どうぞ、座ってください」


 試験官は深みのある声で、意外にも優しく颯を出迎えた。


「よろしくお願いします」


「私は今日君の担当をするジャックだ。よろしく」


 試験官のジャックは颯の手渡した書類を手に取り、小さく頷きながら颯の顔と見比べる。

 それが2分近くも続くので、颯は遂に始まったかと構えた。


「素晴らしい成績だね」


「あ、ありがとうございます」


「ところで、私のジャックという名前なんだが――」


 颯は試験官が急に雑談をしてきたので怯えた。試験対策の勉強ではまるで想定してないパターンだった。


「この名前だと、コックピットで名前を呼んでもらえなくなるんだ」


「そ、そうなんですか……」


 颯はもう話のオチが分かってしまい、先を聞くのが怖かった。


「ハイ、ジャック。なんて無線で聞かれたら一大事になるからねえ」


 一瞬、沈黙が降りる。


「……AHAHAHA、それは大変ですねぇ」


 颯は迷った挙句、大袈裟にのけぞり、そのジョークに渾身のリアクションを返す。


「日本人留学生には大体この話をするんだが――」


 ジャックはこやかな笑みを浮かべ、颯は内心、何かに勝った気になってホッとする。


「君ほど笑ったのは初めて見たよ」


 ジャックはそう言って真顔になった。

 その目は笑っておらず、颯の背中からは汗が噴き出した。


「じゃあ、試験を始めよう」


 颯はその表情が試験官モードに切り替わっただけなのか、受けた振りで不機嫌になったのか見極めることが出来ずに、不安を抱えたまま試験に挑むことになった。


 ジャックは工学、気象、航法などの知識を次々と確認してきた。

 しかし、任の言っていたような引っ掛け問題はなく、颯は詰め込んだ知識を駆使して正確に答えを伝えた。

 口頭試問は予想に反し、20分ほどで終わった。

 続いて、試験は飛行計画書フライトプランの作成に移った。


「ジョン・ウェイン空港へのフライトプランを作成してください」


 颯は普段通り、まずは気象情報の確認、それから地図に目的地へのコースを描く。

 コースは出発地と目的地を単に直線で結ぶのではなく、いざというときに不時着しやすいような場所を通るようする。

 また、速度を元に風なども考慮して、所要時間も計算する。

 最後に詳細を飛行計画書フライトプランに記入して終了。時間にすると、作業は15分ほどで終わった。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



 試験はいよいよ、実際のフライトへと移った。

 颯は機体の点検をこなし、ジャックはメモを取りながら淡々と後に続く。


「まずは、フライトプラン通りに飛行してください」


 颯にとってはここからが本番だった。

 慣れない英語による面談試験では、あるいは任の言ったように相性次第で失敗することはあるのかもしれない。けれど、実技に関しては違う。どんなプレッシャーを受けていてもミスを犯さないようでないと、とてもプロのパイロットになど成れはしない。


 颯は自分の中で、この1回で突破すると決めた。

 そう思った途端、意識の中に、銀色の狼〝スカイウルフ〟のアバターが姿を現す。

 颯は何十回――ゲームを含めれば何百回と繰り返した手順で、セスナを動かし始めた。


「LONG BEACH GROUND、Cessna 2《ツー》11《ワンワン》JジュリエットEエコー


 ATCの言葉も、すっかり耳に馴染んでいた。それでも、他人と乗るコックピットは少しだけ狭く感じる。


 地上滑走を終え、管制官の指示でフライトを開始する。

 プロペラの音と車輪越しに伝う僅かな揺れ、周囲の景色が瞬く間に過ぎ去っていく。

 計器の情報が、頭の中に自動的に流れ込んでくる。


 颯は落ち着いた気持ちで操縦桿を引き、機体をゆっくりと浮上させた。

 最も注意するべきポイントである離陸を、颯はファーストフライトのときとは比べ物にならない安定感で、注意1つ受けずに難なく終わらせる。

 街並みが遠ざかり、澄んだ青色に囲まれる。


「……真剣で正確ですね。遊びで免許を取りに来た訳じゃなそうだ」


 フライトが始まってしばらく経過すると、ジャックが小さくそんな感想を漏らした。


「元々は遊びの延長だったんですけどね」


 颯は操縦桿を微調整しながら、緊張を解いて笑顔を返した。


(そうだ。ある意味では、これは遊び《ゲーム》の延長だ――)


 颯にはジャックには見えていない、透明の壁が見えていた。


 『AIR ACE』には『エクストリーム・トライアルモード』という、空中のリングの間を飛び続けるモードがある。リングに触れると減点1。颯はそれをファーストソロ以降、ずっと要所要所で進行ルートにリングを投影してフライトしていた。


 以前、エアロバティックスについて調べているときに印象に残った記述があった。

 フライトを自動車の運転に例えた場合、普通のフライトは車線からはみ出さないように運転することを意識すればいいが、エアロバティックスでは車幅と同様の幅しかない見えない壁の間を走り続けなければいけない。……という表現があった。


 颯は離着陸や、旋回を強いられるとき、常にリング――見えない壁を意識した。


「文句なしだ。ここまでは、減点ゼロですね」


 気付くと、颯は初めて乗るセスナを完璧に操縦していた。

 結果はジャックの言葉を聞くまでもなかった。

 こういったフライト時の意識や、自主トレーニングくらいで、他の候補生たちを圧倒できるとは思っていない。

 それでも、成長しているという確かな実感に、颯の心は高揚した。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



 数日後、颯たちはラウンジで最後の受験者である初奈の帰りを待っていた。


「合格しました」


 初奈は皆の前に来るなり、疲れた顔に笑顔を浮かべて報告する。


「あー、よかった!」


 勲子は大げさに喜び、任や遙香、他の候補生も安心した表情を浮かべた。

 これで、無事候補生六人全員が実地試験一回で、飛行機免許を取得した。


「教官試験前に意味わかんないこと言うし、面談長いし、終わった後の指摘も多かったからもう駄目かと思ったよー」


「頑張った甲斐があったね」


「うん。でも、絶対弥勒君のおかげだよ」


 弥勒が穏やかな笑顔で出迎えると、初奈は涙ぐみながらお礼を言った。

 丹治やクリスたち教官勢も揃い、その晩は近所の店で盛大に打ち上げが行われた。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



「泥船と言われたのに、順調に進んでるじゃないですか」


 店の隅、任はこの日は珍しく静かに飲んでいる勲子の隣に座った。


「どうかしらね。まだ、沖合にも出てないかも」


 勲子が弱音を吐くのを聞いて、任はこの日はこういう酔い方だと理解した。


「もちろん、あの子たちが頑張ったのもあるわ。でも、まだこの段階では、私たちがお金を出して教材と学校を準備して、単発機の免許を取っただけ。別にこの子たちじゃなくても、出来たことかもしれない」


「それはそうですね。俺にさえ出来たことだ」


「この企画、ゲーム『AIR ACE』内での技術が、実際のフライト技術にも影響するという前提で選抜が行われてる。企画の是非が問われるのは今後の結果次第よ」


 任にもその苦悩は理解できた。

 勲子の隣で、そういった企画の根本部分への反論を何度も耳にしているから当然だ。


「いいえ、この際私のことはいいわ。失敗したら、退職金もらって辞めるだけだから」


「俺は意地でも、会社に食らいつきますよ」


「そこは付き合ってくれないんだ」


 当然でしょう……。と任は内心でこぼした。


「問題はこれからのトレーニングで彼らが潰れないか。ここまでは努力に結果が答えてくれる世界。でも、ここから先は勝負の世界。つまり、才能の世界になるんだから」


 勲子は仲良く談笑している候補生たちを見つめた。

 個性の強いメンバーの衝突を当初は恐れていたが、今ではすっかり打ち解けてくれている。


「確かに、競争が始まるのはこれからですね」


「擦り切れないように、フォローできればいいんだけど」


「あんまり、気負わない方がいいですよ。どうやったって、最後は本人たちの選択なんですから……」


 任は自分にも言い聞かせるようにして、グラスを小さく傾けた。

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