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大賢者に花束を ~不死の賢者と命短き人工生命~

作者: 竜山三郎丸


「偉大なる大賢者、キイロ・カルマギア様を知ってますか!?」


 両手に紙袋を抱えた銀髪の少女は、満面の笑顔で花屋の店主にそう問いかけた。


「あぁ、勿論知ってるよ。街はずれの親不孝の森の奥で一人暮らしてるっていう奇人だろ?」


 王都から伸びた塩街道と呼ばれる街道の先にある地方商業都市。山の交易品と海の交易品が入り混じる活気ある市場通りで、両手いっぱいに買い物袋を抱えた少女に聞かれた花屋の店主が冒頭の返答を行うと、少女は翡翠色の大きな瞳に期待の色を浮かべて質問を続けた。


 歳の頃は一〇歳か十一歳頃か。磨き立ての十字架(ロザリオ)の様な銀色の長い髪を揺らし、その宝飾品の如き翡翠色の瞳を輝かせて店主を見上げる。その衣服は見るからに上等な仕立てをしており、裕福な家の子であると推測される。


「すごい人ですか?」


 店主は宙を眺めながら少し考えて、口を開く。固太りでやや色黒の中年の商人だ。

「まぁ、良くも悪くもこの国で知らない人はいないと思うぞ。魔法や錬金術に対する深い知見を持ち、自ら開発した門外不出の秘術で不老不死となり、無から命を生み出す事すら出来る不世出の天才らしいな」


 店主の言葉を聞いて、少女の口は喜びを堪え切れずと言った様子でにへっと緩み、口からはその緩みに相応の緩んだ声が聞こえてくる。


「ふふふっ。ですかぁ!ですよねぇ!知ってますよ、私も!キイロ・カルマギア!んふふふ~、おじさん!じゃあこのお店のお花ぜーんぶ下さいなっ!」

「はぁっ!?全部……!?金さえあるならそれも構わねぇけど」

「じゃあ魔導札(カード)でお願いします!」


 少女は得意げな顔でピッと一枚の魔導札を差し出す。本当に店の花を全て買うつもりの様で、店主も正直困惑する。


「あ……あぁ。嬢ちゃん、最後に念を押すけど本当に全部買ってくれるのかい?」

「もちろん。アルリアに二言はありません。一括払いでお願いします」


 アルリアと名乗った少女はえへんと胸を張り、どうやら本当に嘘や冗談の類では無いと感じ始めた店主は渋々ながらもアルリアの要請に首を縦に振る。


「……そこまで言うなら」


 店主はその魔導札を支払い用の魔導具に近づける。一々貨幣を持ち歩かなくても済むようにと、キイロ・カルマギアが考案した魔導具だ。詳しい仕組みは彼以外の誰にも解明できてないが、便利なので多くの人々が使っている。


 その魔導札(カード)に刻まれた名を見て、ぎょっとした顔で店主は少女の顔を二度見する。


 そこに刻まれた名はキイロ・カルマギア。


 少女はニッコリと笑い、遠くの山を指差す。


「届け先は森にお願いします」


 指さすその山の麓には森がある。親不孝の森と呼ばれる深い森。


「えっ、嬢ちゃんまさか……」


 驚く店主の顔を見て、少女は『しまった!』と口に手を当てて驚くと深々と頭を下げ、自己紹介をする。


「申し遅れました!わたしはアルリア。キイロ様の娘です!」


――親不孝の森の最奥、古びた屋敷。


「……遅い」


 屋敷の中央を突き抜けて伸びる大樹に吊るされた吊り(どこ)で本を読みつつ懐中時計を開いて男はまた呟く。


「遅い」


 イライラとした様子で煙草をふかし、貧乏ゆすりで吊り床を揺らす彼が偉大なる賢者でありこの屋敷の主でもあるキイロ・カルマギアだ。外見の年齢は三十代中頃から後半辺りに見えるが、巷間の噂通り不老不死であるとすれば外見から実際の年齢を推し量る事に意味はあるまい。


 無造作に伸びた黒髪と無精ひげは余り清潔そうな印象を受けず、それとは対照的な真っ白な白衣を纏い、煙草の煙を揺らす。


「只今戻りましたぁ!」


 勢い良く玄関の扉を開けて元気いっぱいに帰還の挨拶をするアルリアに懐中時計を突き付けてキイロはあきれ顔で淡々と告げる。

「遅い。予定時刻をだいぶ過ぎているようだが、お前は時計が読めんのか?」

「はいっ、すいませんっ!」


 (あるじ)の一喝を受けてピッと直立不動で謝罪をするアルリアに、大きく深く煙混じりのため息を漏らしながら、ジトッと爬虫類の様に恨みがましい視線を向ける。


「すいませんじゃ無いだろ、用事を終えたら道草食ってないですぐ帰って来い。ヤギかお前は。俺とお前の時間のどっちが大事かなんて考えなくてもわかるだろうが」


「すいません!」


 元気な反省の声にキイロも怒る気を無くし、呆れ顔。

「もういい。材料は全部揃ったか?」

「はいっ!」

「本は買ってきたのか?」

「本……?あっ、いえ……」


 途端に申し訳なさそうにしゅんとするアルリアを見てキイロはポンポンと頭を軽く叩く。

「まぁいい。さぁ、そんな事より続きを始めるぞ」

「はいっ!」

 吊り床から降りて大きく背伸びをすると、キイロはニィと口角を上げて呟く。


「人工生命精製の続きをな」


 古ぼけた洋館で、くたびれた中年のキイロが着るその白衣は、不自然な程白く鮮やかに映った。


◇◇◇


 古ぼけた洋館の一室にある古ぼけた研究室。そこには大きな釜や大小様々な硝子製の器が並ぶ。


 炎熱魔法を伴う魔法陣がぐつぐつと釜を煮て、釜から伸びた管は机の上へと伸びる。一見すると不規則に描かれた模様の様に見える魔法陣が机に描かれ、その中央に置かれた白鳥の首フラスコへと管は繋がる。


 ジッと目を細めてフラスコに液体が溜まる様子を見つめるキイロと、書物を広げながらフラスコとキイロと書物に忙しなく目をやるアルリア。


「手順は理解してるか?」


 ピチョンと一滴、釜から抽出された液体がフラスコに落ちる。


「はいっ!」


 元気に返事をするアルリアをチラリと一度見て、軽く笑いながらまたフラスコに目を戻す。

「ふはは、どうだかな。そう簡単に理解されたら俺の立つ瀬が無いと言う物だが」

「えっ……!?あっ!すみませんっ!」

「別に謝る様な話じゃない。それはそうとアルリア。弟と妹とどっちが欲しい?」


 一滴、また一滴と釜からフラスコに液体が落ちる。落ちた液体は机に描かれた紋様に反応して、時折光り、時折蠢く。キイロはトントンと机を指で叩きながらその反応を微調整している様子。


「弟と……妹ですか?」

 不意に向けられた質問にきょとんとしながらアルリアは首を傾げる。


 反応を調整する為かアルリアを急かす為か判別が難しいが、キイロはトントンと人差し指で机を叩く。

「どっちがいい?特別に決めさせてやろう。偉大なるこの俺は優しいからな。何なら両性や無性でも構わないぞ、ふはははは」


 アルリアは本からもフラスコからも目を離し、腕を組んで真剣に首を捻る。

「んん~……、迷うですね。どっちも欲しいですけど……」

「い、そ、げ。俺の命は無限だが時間は有限だ。決めないなら俺が決めてしまうぞ?」

 再度キイロがトントントンと机を指で叩くので、やはり催促なのだろうと思われる。

「あっ、だめです!私が決めますから!なら――」


 ニコリと年相応に笑いながらアルリアは答える。

「弟がいいです」


「理由は?」

 フラスコから目を離さずにキイロは問う。


「理由……、本当は弟も妹もどっちも欲しいんですけど、こないだ読んだ本でお姉ちゃんが弟の手を引いて海に行く話があったから。私はお姉ちゃんなので、弟が欲しいなって!そして、私が海に連れて行くんです!」

 話しているうちに力が入り両手をグッと握りながら力説するアルリアを小馬鹿にした様に笑うキイロ。


「お姉ちゃんねぇ……。どんな下らない本か知らんが続きを買って来ていいと言っただろ?お姉ちゃんなら忘れないでしっかりと買い物をしてくると思うがね」

「あっ!……それは~……また別の問題ですよ。えへへへへ」

 恥ずかしそうにアルリアは笑う。


 それから後、フラスコの中は安定してきた様で二人はその中身を暫く見つめる。


「私もこうやってできたんですか?」

「そうだ」


 アルリアは頬杖を突きながら感慨深げにフラスコを見つめ、キイロは椅子にふんぞり返って足を組み煙草に火を点ける。


「あとどのくらいでできるんですか?」

「うむ、五分から二十時間の間だろうな。こればかりは俺と言えども何とも言えん」


 自作の懐中時計をパカリと開けて苦々しく眉を寄せるキイロ。数多の人工生命を作って尚、その精製時間に法則は見いだせない。


 アルリアはニコニコとフラスコを見つめながら呟く。

「間に合いますかねぇ」


「さぁな」

 煙草を燻らせながらキイロは素っ気なく答える。そして、また時計を見る。

「お前が道草食って無ければ間に合う可能性も少しは上がったんだがな」

 アルリアは申し訳なさそうにぺろりと舌を出す。

「ごめんなさい」


 魔法や錬金術に対する深い知見を持ち、自らに施した門外不出の秘術で不老不死となり、無から命を生み出す事すら出来ると言う不世出の天才、大賢者キイロ・カルマギア。


 国中にその異才が知られるように、事実彼は無から生命を作り出すことが出来る。


 だが、その命は限り無く有限だった。


 今までに数多作り出した人工生命達は、皆一週間と()たずに形を失い塵となった。


 最短五秒、最長五十五万八千四百八十三秒。つまり、最長でさえ七日に満たない時間しか生きられなかったのだ。


 キイロは仏頂面で懐中時計を開く。


「お前を作って四日と七時間三十五分。お前は消えるなよ」


 アルリアも少し寂しそうに微笑み頷く。

「頑張ります。あっ、そうだ!ご飯の作り置きしますね!キイロ様は不死だからって、放っておくと何にも食べないんですから。もうっ」


 立ち上がり研究室を離れようとするアルリアをキイロは制止する。

「あー、大丈夫だ。気持ちだけで良い。どうせ食っても食わなくても同じなんだ」

「そんな事無いです!おいしくて栄養のあるものをしっかり食べないと良い研究なんて出来ませんからねっ!」


 プンプンとご立腹のまま制止を聞かずに厨房に向かおうとするアルリアに呆れ顔を向けつつも少しだけ嬉しそうに笑い、ぼさぼさの頭を掻く。


「あー、……一理あるな。以後気を付けよう。だから黙って見てろ。もしかしたら間に合うかもしれんだろ」


 アルリアは嬉しそうに頷き、元気に返事をする。

「はいっ!約束ですよ」


「わかったわかった。……全く、どいつもこいつも。自分の事は自分でやるから気にするな。不死である俺の時間と限りあるお前らの時間、……どっちが大事か考えなくてもわかるだろ?」


 ぶっきらぼうな口調ながらキイロはそう言うと、アルリアの頭をポンポンと叩く。


 不死のキイロと、命短き人工生命たちの命。そのどちらに天秤が傾くのか、キイロにとっては考える迄も無い。


「キイロ様は優しいですねぇ」

 アルリアは満足げにニコニコして、机に手枕でフラスコを眺める。キイロは照れ隠しの様に眉を顰めて『黙れ』と呟いてアルリアの髪の毛をワシワシと乱暴に撫で回す。


 少し時間が経ち、アルリアはウトウトとし始める。そして、その身体から湯気の様にうっすら光が揺らめくのが見える。

「アルリア」

「……はひっ!」


 それが眠気ではない事はキイロにはわかっていた。今まで数多作って来た人工生命達もそうだった。


 それが命の消える合図だ。


「どうだ?眠気覚ましの戯れに何か一つ言う事を聞いてやろう。こんなチャンス二度と無いぞ?このキイロ様にできる事なら何でも叶えてやるぞ、ふはははっ!」


 煙草を消して、両手を広げながら大仰にキイロは笑う。


 弟か妹かと問うた時の様に悩むかと思いきや、その予想に反してアルリアは間を置かずに答えた。

「じゃあ――」


 恥ずかしそうに、言い辛そうに、怒られはしないかと表情を窺いながらアルリアは口を開いた。


「お父さん……、って呼んでみてもいいですか?」


予想外なその願いに、キイロは一瞬言葉を失いキョトンとするが、照れ臭さを払う様にシッッシッとアルリアに向けて手を振る。

 

「あ……、あー。構わん構わん。好きに呼べ。俺は心が広いからな、ははは」

「えっ……えへへへ!いいんですか?じゃあ行きますね……。お――」


 その瞬間、アルリアの身体が(ほの)かに光ったかと思うと、まるで魂が抜けるかのように彼女の身体から魔力の塊がホウっと抜け出て、やがて乾いた砂の城が風で散る様に崩れ始めた。だが、アルリアはそれに構わずに、意識の続く限り声を絞る。


 安心させるように。

 気持ちを伝えるように。

 出来る限りの笑顔で――。


「とう――」


 だが、言葉はそこで途切れる。

 アルリアは既にそこにはおらず、灰の山がうずたかく積もっていた。


 キイロは大きくため息を吐き肩を落として呟く。

「……根性無しめ」

 そう呟いた後で天井を仰ぐと、アルリアの身体から抜けた魔力はもう見えなかったので、キイロは白衣の袖で目元を何度か擦った。


 煙草に火を点けて窓を開けると一陣の風が吹き込む。窓の外は屋敷の裏手になっていて、そこには辺り一面に墓標が並んでいた。



◇◇◇


 アルリア・カルマギア。そう刻まれた墓標に塵となった彼女を埋める。そして、その墓標の隣にはクーリア・カルマギア、――彼女は二十一分だけ生きた。すべてを見渡せる高台に一つ、アリア・カルマギアと刻まれた墓標も見える。それが彼の妻の墓だ。


 墓の数は数えきれない。或いは、キイロの頭の中には正確な数や場所が記憶されているのかも知れないが、他者にそれを知る(すべ)は無い。


 埋葬を終えてやれやれ一息と思った矢先に、街から続く一本道に荷馬車の姿を見つける。道の終点はキイロの屋敷である。この先には何もない。故に荷馬車の目的はここキイロの屋敷であろう。


 入口に椅子を出し、煙草に火を(とも)しつつ、腕を組み訝し気に荷馬車の行方を目で追うと、馬車はやはり屋敷に近づいて来る。そして、目の前で止まると中から商人らしき恰幅の良い中年が降りてきた。


 幌の中からはふわりと花の香りがした。


「キイロ・カルマギア様ですな?」

「あぁ。何か?」

「お届け物でさぁ。アルリアって女の子から」

 男が馬車の幌を開けると、中には色とりどりの花が満載に詰まっていた。


 気が付くと、キイロの口元は緩んでいた。そして、それに気付くと誤魔化すように口元を手で隠しまるで悪役のように笑う。


「……ふははは。人の金だと思って。ま、ちょうど裏庭に花でもばら撒こうかと思ってたとこだ」


 キイロが手を振るとそれに合わせて風が吹き、馬車の中の花々それに乗って空を舞う。空を舞った花は屋敷を越え、屋敷の裏手にある墓標たちの前へと落ちていく。


 受け取りを終え、馬車が帰路に就くのを見届けたキイロは大きく欠伸をしてガリガリと頭を掻く。

「さぁて、飯でも作るか。面倒でも、約束は約束だからなぁ」


 偉大なる大賢者キイロ・カルマギアは舞い散る花びらを背に屋敷へと戻っていった。



 ――きっと、キイロ・カルマギアは明日も命を作る。


 それが「約束」だった。百年前、命を宿せなかった妻・アリアが言った、たった一言。

『あなたとの子供が欲しい』


 叶えられなかったその願いを、時を経て少し歪んでしまった約束を、今も――ずっと、ひとりで繰り返している。


 


 

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