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第九話:解析不能データとライバルの影 - ゲーム盤が動き始めた

深夜、神崎家の豪邸の一室。俺、神崎蓮は、自室のハイスペックPCの前に座り、モニターに映し出された膨大なデータと格闘していた。父から送られてきた、「異常現象」に関する観測データだ。

プラズマ物理学、場の量子論、一般相対性理論……俺の頭脳にインプットされている現代科学の知識を総動員しても、そのデータが示す現象の多くは説明がつかなかった。局所的な重力異常、瞬間的な高エネルギー放出、空間座標の微細な揺らぎ。まるで、この世界の物理法則が、その場所だけ書き換えられているかのようだ。


(……これは、面白い。面白すぎる)


解析不能なデータは、俺の知的好奇心を激しく刺激した。エルヴィンのいた異世界には「魔法」があった。それは、マナと呼ばれるエネルギーを利用し、世界の理に干渉する技術体系だ。この現代日本で観測されている「異常現象」は、魔法とは違う理に基づいているようだが、根源的な部分で何か共通するものがあるのかもしれない。


(この謎を解き明かせれば……あるいは、この現象を制御する術を見つけ出せれば……)


俺の「好き放題」は、新たな次元へと突入するだろう。科学技術の限界を超えた、真の「チート」を手に入れることになるかもしれない。

夜が白み始める頃までデータの解析に没頭し、いくつかの仮説を立てたところで、ようやく思考を切り上げ、短い睡眠を取ることにした。


***


翌日の帝聖学園。

定期考査が終わり、学園全体が少し弛緩した空気に包まれている。だが、俺への注目度は依然として高いままだった。全教科満点という結果と、『Lv.1』=神崎蓮説は、生徒たちの間で確固たる事実のように語られ始めていた。


「お、おはよう、神崎君!」

教室に入ると、橘葵が元気よく声をかけてきたが、その笑顔には以前よりも少しだけ遠慮が見える気がした。俺があまりにも「普通」からかけ離れている存在だと認識したからだろうか。


「おはよう、橘さん。陸上の練習は順調か?」

「う、うん! なんとかやってるよ! でも、やっぱり神崎君みたいにはいかないなーって……」

彼女は少し困ったように笑った。純粋で努力家の彼女にとって、俺のような存在は、目標であると同時に、乗り越えられない壁のように感じられているのかもしれない。


「人と比べる必要はないと言っただろう。君には君の良さがある。それを伸ばせばいい」

「……うん、そうだよね! ありがとう!」

俺の言葉に、葵は再び明るい笑顔を取り戻した。だが、その瞳の奥に、一瞬だけ、俺の真意を探るような色が見えた気がした。彼女もまた、少しずつ変化しているのかもしれない。


昼休み。

珍しく一人で中庭のベンチに座り、思考を整理していると、高嶺椿が近づいてきた。彼女は、俺の隣に腰を下ろすと、真っ直ぐに前を見据えたまま口を開いた。


「考査の結果、改めて見事だったわ。あなたの頭脳は、やはり規格外ね」

「当然だと言ったはずだが?」

「ええ。……そして、その頭脳は、今、世界中の注目を集めている。『Lv.1』として」

彼女の声は、静かだが強い意志を帯びていた。

「先日も言ったけれど、あなたは非常に危険な状況にいるわ。サイバーダイン社だけでなく、各国の情報機関も、本気であなたの正体を探り、その知識を手に入れようとしている。もはや、ただの噂話では済まされないレベルよ」


「それで、生徒会長様は、俺にどうしろと?」

「……私に、協力させてくれないかしら」

予想外の言葉だった。

「協力?」

「ええ。神崎グループは、世界中に情報網を持っているはずよ。そして、帝聖学園の生徒会長として、私もアクセスできる情報がある。あなたの身を守るために、あるいは、あなたの目的のために……私にできることがあるかもしれない」

彼女は、ようやく俺の方を向き、真剣な眼差しを向けてきた。その瞳には、単なる正義感や義務感だけではない、もっと個人的な感情……俺という存在への強い興味と、あるいは、わずかな好意のようなものまで感じられた。


(面白い申し出だ)


彼女を利用すれば、確かに得られるものはあるだろう。だが、同時に、彼女を危険に巻き込む可能性もある。


「魅力的な提案だが、今はまだ、その必要はない。それに、君を巻き込むわけにはいかないだろう?」

「……巻き込まれる覚悟は、できているつもりよ。あなたのやろうとしていることが、もし本当に世界を変えるようなことなら、尚更」

椿は、きっぱりと言い切った。彼女の覚悟は本物のようだ。


「……考えておこう。ありがとう、高嶺会長」

俺は、曖昧な返事をするに留めた。彼女の申し出は、今後の展開における重要なカードになり得る。使うべき時が来たら、躊躇なく使うつもりだ。

椿は、俺の返事に小さく頷くと、「何かあれば、いつでも」と言い残し、立ち去っていった。彼女の背中を見送りながら、俺は複雑な感情を抱いていた。彼女のような真っ直ぐな人間は、俺の「好き放題」な世界とは、少し相性が悪いのかもしれない。


***


放課後、図書室へ向かう。

いつもの席には、白鳥栞がいた。今日は、カフカの『変身』を読んでいるようだ。彼女の読書の趣味は、なかなか一貫している。


俺が隣に座ると、栞は顔を上げ、穏やかな微笑みを浮かべた。

「こんにちは、神崎君」

その声には、もう以前のような緊張感はない。俺が転生の秘密を打ち明けたことで、二人の間の壁は、完全に取り払われたのかもしれない。


「カフカか。不条理文学の代表だな。君は、どうしてそんなに、人間の暗い部分や、救いのない物語に惹かれるんだ?」

「……暗い、でしょうか……。私は、むしろ……正直だな、って思うんです。綺麗事で誤魔化さないで、人間のどうしようもなさとか、世界の理不尽さとかを、そのまま描いているから……。そこに、何か……真実があるような気がして」

栞は、自分の内面を丁寧に言葉にしながら、ゆっくりと語った。彼女の感性は、やはり鋭く、そして深い。


「真実、ね。だが、真実が常に美しいとは限らないぞ」

「……それでも、知りたいんです。目を逸らしたくない……。神崎君が、前世の記憶を持っている、という話を聞いてから、余計にそう思うようになりました。世界は、私たちが思っているよりも、もっと複雑で、不思議な場所なのかもしれないって……」

彼女の瞳が、キラキラと輝いている。それは、知的な探求心と、俺という存在への興味が混じり合った輝きだ。


「ああ、その通りだ。世界は、君が想像する以上に、複雑で、不可解で、そして……面白い」

俺は、栞になら話してもいいかもしれない、と思い始めていた。異常現象のこと、特異能力者のこと、そして、水面下で蠢く陰謀のこと。彼女は、俺の孤独な戦いを理解し、精神的な支えになってくれるかもしれない。


「……神崎君、もし、私にできることがあったら……何でも言ってください。力になりたいんです。あなたの……その、特別な人生の、少しでも」

栞は、少し頬を赤らめながらも、真っ直ぐな瞳で俺を見つめて言った。その言葉には、確かな覚悟と、俺への深い想いが込められているように感じられた。


(白鳥栞……君は、俺の共犯者になってくれるのか?)


それは、俺の計画にはなかった展開だ。だが、悪くない。むしろ、歓迎すべきことかもしれない。

「……ありがとう、栞。その言葉、心に留めておくよ」

俺は、初めて彼女の名前を呼び、穏やかに微笑んだ。栞は、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに、はにかんだ。


***


その夜、俺のPCが、かつてない規模のサイバー攻撃を受けた。

発信元は巧妙に偽装されていたが、その手口と技術レベルから、サイバーダイン社、そしてアラン・ウォーカーが背後にいることは明らかだった。彼らは、俺が『Lv.1』であると確信し、その正体を暴き、情報を奪取しようと、本気で仕掛けてきたのだ。


(来たか、アラン)


俺は、不敵な笑みを浮かべ、キーボードに指を走らせた。

彼らが仕掛けてきたのは、最新鋭の攻撃プログラムと、おそらくは「特異能力者」による特殊な干渉を組み合わせた、複合的なサイバー攻撃だった。通常のセキュリティシステムでは、突破されるのも時間の問題だろう。


だが、相手が悪かった。

俺の持つチート級の頭脳と、転生時に得た情報処理能力、そして異世界で培われた「理」に対する感覚は、現代のサイバーセキュリティの常識を遥かに超えている。

俺は、彼らの攻撃パターンを瞬時に解析し、逆にその攻撃経路を利用して、サイバーダイン社のネットワーク深層部へと侵入を開始した。


激しい攻防が、モニター越しに繰り広げられる。

相手も必死だ。次々と新たな攻撃を仕掛け、俺の侵入を阻もうとしてくる。だが、全ては俺の予測の範囲内。俺は、彼らの動きを先読みし、巧みに罠を仕掛け、防御壁を突破していく。


そして、数時間に及ぶ攻防の末、俺はついに、サイバーダイン社の機密データサーバーへのアクセスに成功した。


(さて、お宝探しといくか)


サーバー内を探索し、俺はいくつかの重要な情報を発見した。

一つは、やはり「異常現象」に関する研究データ。彼らは、世界各地の異常現象発生ポイントに秘密裏に研究施設を建設し、そこから未知のエネルギーや物質を抽出しようとしていた。その研究は、倫理的に問題のある手段も厭わず、強引に進められているようだった。

もう一つは、「特異能力者」に関するリストと、彼らの能力データ。サイバーダイン社は、金や脅迫によって、あるいは非人道的な実験によって、多くの特異能力者を集め、自社の兵器や研究に利用していた。中には、精神操作系や空間干渉系といった、極めて強力で危険な能力を持つ者も含まれている。

そして、そのプロジェクト全体の責任者が、アラン・ウォーカーであることも確認できた。彼は、父であるCEOの後ろ盾を得て、この危険な研究を主導しているのだ。


さらに、ファイルの中に、俺――神崎蓮――に関する調査報告書を見つけた。俺の学業成績、身体能力、家族構成、交友関係などが詳細に記録されている。そして、末尾にはこう記されていた。

『対象:神崎蓮。潜在的な特異能力保有の可能性極めて高し。タイプ不明。最重要監視対象。場合によっては、確保も検討すべし』


(確保、ね。面白いことを考えるじゃないか、アラン)


どうやら、俺は彼らにとって、単なるビジネス上のライバルではなく、研究対象であり、排除すべき脅威と見なされているらしい。


(望むところだ)


この情報戦は、俺の勝利に終わった。だが、これはまだ、本当の戦いの序章に過ぎないだろう。アラン・ウォーカーとサイバーダイン社は、今後、さらに過激な手段で俺に接触してくる可能性がある。


俺は、抜き取った情報の中から、特に重要と思われる部分を暗号化して保存し、侵入の痕跡を完全に消去して、サイバーダイン社のネットワークから離脱した。


(さて、手に入れたこの情報をどう使うか)


父に報告すべきか? いや、まだ早い。彼は何かを隠している。

高嶺椿に協力させるか? それもまだだ。彼女を危険に晒すわけにはいかない。

白鳥栞に打ち明けるか? ……彼女になら、話せるかもしれない。


いや、今はまだ、俺一人で動くべきだろう。

このゲームの主導権は、俺が握っているのだから。


モニターに映る、アラン・ウォーカーの自信に満ちた顔写真。その隣には、解析不能な「異常現象」のデータが並んでいる。


(アラン、お前の土俵で遊んでやるのも悪くない。だが、俺のルールでやらせてもらうぜ)


神崎蓮は、不敵な笑みを深くした。

世界というゲーム盤は、今、まさに動き始めたばかりだ。

そして、このゲームのプレイヤーは、俺一人ではないらしい。

ならば、最高のプレイを見せてやろうじゃないか。

そう心に決め、俺は次なる一手に向けて、思考を加速させた。

退屈な日常は、もうどこにもない。

あるのは、予測不能で、刺激的な、俺だけの物語だ。

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