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第八話:テストは満点、世界は沸騰 - 予定調和なんて、つまらない

帝聖学園に、最初の定期考査の季節がやってきた。

新入生にとっては、高校最初の成績が決まる重要なイベント。クラスメイトたちは、いつも以上に真剣な表情で授業に臨み、休み時間や放課後も参考書とにらめっこしている。


「うぅ……神崎君、数学のこの問題、全然分からないよぉ……」

昼休み、橘葵が泣きそうな顔で問題集を俺の前に突き出してきた。陸上部で活躍する彼女も、勉強はあまり得意ではないらしい。


「どれだ? ああ、この応用問題か。基本的な定理の組み合わせだよ。ここの式変形の発想がポイントだな。つまり……」

俺は、数分で解法の要点を解説してやった。葵は、最初はポカンとしていたが、俺の説明を聞くうちに「あ! そっか! なるほど!」と目を輝かせ、すぐにペンを走らせ始めた。


「ありがとう、神崎君! さすがだよ! これで赤点回避できるかも!」

「赤点レベルなのか……まあ、頑張れ」

「うん!」

素直に喜ぶ葵の姿は、ピリピリした考査前の空気の中で、どこか微笑ましいものがあった。


一方、俺にとって定期考査など、何の障害にもならない。むしろ、自らの能力を改めて周囲に見せつけるための、絶好のパフォーマンスの機会だ。

試験当日。

配られた問題用紙に目を通す。どの科目も、高校一年生の範囲を逸脱しない、ごく標準的なレベルの問題だ。完全記憶能力と高度な情報処理能力を持つ俺にとっては、もはや作業でしかない。


シャーペンを走らせる。解答欄が、驚異的なスピードで埋まっていく。計算問題は暗算で瞬時に答えを導き出し、記述問題は最も簡潔かつ的確な表現を選んで書き連ねる。他の生徒たちが一問に頭を悩ませている間に、俺は既に全ての問題を解き終え、見直しまで完了していた。

試験時間が半分以上残っている。あまりに早く終わらせるのも芸がないと思い、しばらくは目を閉じて瞑想するふりでもしておくか、あるいは、窓の外の雲の形でも観察していることにした。


(退屈だ……)


前世のエルヴィンは、勉強が決して得意ではなかった。村の小さな寺子屋で、簡単な読み書き計算を習うのが精一杯。もし彼がこの状況にいたら、きっと頭を抱えていただろう。そう思うと、今の自分が持つこの圧倒的なアドバンテージは、少し皮肉なものに感じられた。


全ての科目の試験が終わり、数日後、結果が掲示された。

学年全体の成績上位者のリスト。その一番上に、俺の名前――神崎 蓮――があった。そして、その横には、全ての科目で満点を意味する数字が並んでいた。


『神崎 蓮:全教科満点』


掲示板の前には、あっという間に人だかりができた。

「うわっ……マジかよ……」

「全教科満点……!? 人間じゃねぇ……」

「入学試験だけじゃなかったんだ……」

「もう、笑うしかないな……」

驚嘆、呆れ、そして畏敬。様々な声が飛び交う。体力測定に続き、学業でも俺が規格外であることを、学園の誰もが改めて認識した瞬間だった。


「……やっぱり、神崎君はすごいね」

隣で掲示を見ていた橘葵が、感嘆のため息をついた。彼女自身も、俺が教えた甲斐あってか、赤点は回避できたようだ。

「君も、頑張ったじゃないか」

「えへへ……神崎君のおかげだよ! ありがとう!」

素直に喜ぶ彼女の笑顔は眩しい。


ふと視線を感じて横を見ると、生徒会長の高嶺椿が、少し離れた場所から掲示板と俺を交互に見つめていた。彼女は俺と目が合うと、軽く頷き、近づいてきた。


「……見事な結果ね、神崎君。予想はしていたけれど、実際に目にすると、やはり驚きを禁じ得ないわ」

その声は冷静だが、瞳の奥には抑えきれない好奇心の色が浮かんでいる。

「当然の結果だ」

「そうね……あなたにとっては、そうなのかもしれないわね」

椿は、ふっと息をつくと、少し声を潜めた。

「……例の『Lv.1』の件、さらに騒ぎが大きくなっているわ。あなたが投下した環境技術の情報は、世界的なセンセーションを巻き起こしている。それに伴って、あなたへの注目度も……危険なレベルで高まっている。本当に、大丈夫なの?」

彼女の口調には、単なる生徒会長としての立場を超えた、個人的な心配が滲んでいた。


「心配してくれるのか? それは光栄だな」

「ふざけないで。これは、冗談で済む話ではないわ。あなたの才能は、使い方を誤れば、あなた自身を破滅させるかもしれないのよ」

真剣な眼差しで、彼女は俺を諭そうとする。


「忠告、感謝するよ、高嶺会長。だが、俺には俺の考えがある。それに、破滅するようなヘマはしないさ」

俺は、自信を持って言い切った。それは、根拠のない自信ではない。俺には、この状況をコントロールできるだけの力がある。


「……そう。なら、今は何も言わないわ。でも、忘れないで。私が見ている、ということを」

椿は、意味深な言葉を残し、踵を返した。彼女の存在は、俺にとって良いスパイスになりそうだ。


***


考査も終わり、学園は少しだけ落ち着きを取り戻した。

放課後、俺はいつものように図書室へ向かった。最近は、白鳥栞との静かな会話が、俺にとって一つの楽しみになりつつあった。


今日も、彼女は窓際の席で本を読んでいた。俺が隣に座ると、彼女は顔を上げ、小さく微笑んだ。以前のような緊張は、かなり薄れている。


「考査、お疲れ様、白鳥さん」

「……神崎君も。……すごかったですね、全教科満点」

彼女は、少し驚いたような、それでいて納得したような表情で言った。


「君も、かなり良い成績だったと聞いたが?」

学年上位者のリストには、彼女の名前も載っていた。特に、国語や歴史、倫理といった文系科目は、ほぼ満点に近い点数だったはずだ。


「……神崎君には、かないませんけど」

栞は、はにかむように俯いた。

「でも、少しだけ……物理と化学、分からないところがあって……もし、迷惑でなければ……少し、教えていただけませんか?」

彼女からそんなことを頼まれるのは初めてだった。いつもは、俺が一方的に話しかけることが多かったからだ。


「もちろん構わないよ。どの部分だ?」

栞が、おずおずと教科書を開く。その横顔は、真剣そのものだ。俺は、彼女が躓いているポイントを的確に見抜き、分かりやすく解説を始めた。彼女の理解力は高く、俺の説明をすぐに吸収していく。


「……なるほど……そういうことだったんですね……ありがとうございます、神崎君」

疑問が解けたのか、栞の表情がぱっと明るくなった。その笑顔は、普段のミステリアスな雰囲気とは違う、純粋な輝きを持っていた。


「礼には及ばない。むしろ、君のような優秀な生徒に教えるのは、楽しいものだ」

「そ、そんな……!」

栞は、顔を赤らめて、慌てて視線を逸らした。その反応が、また面白い。


彼女との間に、少しずつだが、確かな繋がりが生まれているのを感じる。それは、恋愛感情とはまだ違うかもしれないが、互いの知性と感性を認め合い、惹かれ合うような、心地よい関係性だ。


***


世界は、俺を中心に、より速いスピードで回り始めている。

ネット上では、『Lv.1』の存在はもはや神格化されつつあった。俺が投下した情報によって、新たな技術開発が進み、莫大な利益を得る者も現れ、世界経済や科学技術の分野に、無視できない影響を与え始めている。

当然、俺への接触を試みる勢力も、さらに多様化し、巧妙になってきていた。


『Lv.1様、我々は貴方の才能を正当に評価し、最大限の支援をお約束します。一度、お会いできませんか?』

『警告:貴方の行動は、国際的な安全保障上のリスクとなりつつあります。速やかに当局へ情報を提供しなさい』

『拝啓 Lv.1殿。貴方の環境技術に感銘を受けました。我々と共に、地球の未来を救う活動に参加しませんか? 資金は潤沢に用意できます』


様々な組織からのメッセージが、俺の匿名アカウントに殺到する。中には、明らかに罠と分かるような誘いや、脅迫めいたものも混じっていた。


(面白い。実に、面白いじゃないか)


俺は、彼らの動きを冷静に分析し、時には挑発的な返信を送ったり、時には完全に無視したりして、彼らを翻弄する。この情報戦もまた、俺にとっては高度なチェスのようなゲームだ。


そんな中、アラン・ウォーカー率いるサイバーダイン社からの接触は、より執拗かつ巧妙になっていた。彼らは、俺の『Lv.1』としてのアカウントの特定を試みると同時に、神崎蓮としての俺の周辺にも、探りを入れてきているようだった。

先日、俺のスマートフォンの通信ログに、不審なアクセス試行の痕跡を見つけた。おそらく、サイバーダイン社が雇ったハッカーの仕業だろう。もちろん、俺の張り巡らせたセキュリティの前では、彼らの試みは失敗に終わったが。


(アラン……お前も、なかなか楽しませてくれるじゃないか)


彼の対抗心は、俺の退屈しのぎには丁度いい。彼がどんな手で来るか、少し楽しみになってきた。


***


その夜、父から緊急の連絡が入った。

内容は、神崎グループが極秘裏に監視していた、海外の「異常現象」発生地域の一つで、大規模なエネルギー反応が観測されたというものだった。そして、その現場近くで、サイバーダイン社の特殊部隊と思われるチームの活動が確認された、という。


「……蓮、お前、何か知っているんじゃないだろうな?」

電話口の父の声は、いつになく険しい。


「さあ、何のことでしょう? 俺は、ただの高校生ですよ」

とぼけて答えるが、内心では状況のピースが繋がり始めていた。

異常現象、サイバーダイン社の動き、そして、父が以前口にした「特異能力者」。これらは、全て繋がっている可能性が高い。


サイバーダイン社は、もしかしたら、「異常現象」からエネルギーや未知の技術を引き出そうとしているのかもしれない。そして、そのために「特異能力者」を利用している……?


(これは、俺の想像以上に、厄介な話になってきたかもしれないな)


だが、同時に、強い好奇心も感じていた。

この世界の「裏側」で、一体何が起ころうとしているのか。俺の持つチート能力は、そんな状況にどう関わっていけるのか。


「父さん、その『異常現象』とやらの詳細データ、俺にも見せてもらえませんか?」

「……お前が、何をするつもりかは知らんが……いいだろう。後で送る。だが、決して無茶はするな。これは、お前が考えている以上に、危険な領域だ」

父は、俺の要求を承諾したが、改めて釘を刺すことを忘れなかった。


電話を切り、送られてきた膨大なデータに目を通し始める。

物理法則を無視したエネルギー反応、空間の歪み、未知の物質の痕跡……。それは、俺が持つ現代科学の知識だけでは、到底説明のつかない現象ばかりだった。


(面白い……面白すぎる……!)


この世界は、俺が転生してきた異世界とは違う理で動いている部分があるのかもしれない。そして、その理を解き明かし、利用することができれば……俺の「好き放題」は、さらに次元の違うレベルへと到達するだろう。


アラン・ウォーカー、サイバーダイン社、特異能力者、異常現象、そして父の真意。

いくつもの謎と陰謀が、俺の周りで渦巻き始めている。


(予定調和なんて、クソくらえだ)


俺の脚本は、俺自身にも予測できない方向へと、進み始めているのかもしれない。

だが、それがいい。その方が、ずっと面白い。


窓の外では、煌びやかな都会の夜景が広がっている。

しかし、その輝きの裏側では、俺の知らない、巨大な何かが動き出している。


(さあ、次は何を見せてくれるんだ? この世界は)


神崎蓮は、不敵な笑みを浮かべ、次なる一手について思考を巡らせ始めた。

学園生活も、ネットの世界も、そして世界の裏側も、全ては俺の舞台だ。

そして、この舞台で、最高のショーを演じてみせる。

そう、心に誓いながら。

いつもお読みいただきありがとうございます!

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