第七話:ざわめく世界、動き出す影 - 俺の脚本通りに進んでいる
「おい、見たか? 今朝のニュースサイト」
「ああ、『Lv.1』の環境技術のやつだろ? マジで世界変えるんじゃねえの、あれ」
「だから、それが神崎だって噂なんだって!」
教室は、朝からその話題で持ちきりだった。俺が匿名で投下した『Lv.1』としての情報が、もはや学園の生徒たちの間でもトップニュース扱いになっている。そして、その正体が俺、神崎蓮ではないかという噂は、日増しに信憑性を帯びて囁かれるようになっていた。
向けられる視線は、以前にも増して熱っぽい。畏敬、好奇心、そしてほんの少しの恐怖。俺がただの天才高校生ではなく、世界を動かす可能性のある謎めいた存在かもしれない、という認識が広まっているのだ。
(まあ、目立つのは嫌いじゃない。むしろ、計画通りだ)
俺は、そんな周囲の喧騒をBGMに、悠然と席に着いた。
「お、おはよう、神崎君……!」
橘葵が、少し緊張した面持ちで挨拶してくる。彼女も、俺と『Lv.1』を結びつける噂を耳にしているのだろう。その瞳には、以前の屈託のない好奇心とは少し違う、戸惑いのような色が見えた。
「おはよう、橘さん。何か面白いニュースでもあったのか?」
わざとらしく尋ねると、葵は「う……ううん、なんでもない!」と慌てて首を横に振った。分かりやすい反応だ。
「そういえば、この前の陸上の記録会、どうだったんだ?」
話題を変えてやると、葵はホッとしたように表情を緩め、すぐにいつもの快活さを取り戻した。
「うん! 神崎君に教えてもらったフォーム、すごく良くて! また自己ベスト更新したんだ! 次は、地区大会の標準記録突破を目指すんだ!」
目を輝かせて語る彼女の姿は、この非日常的な状況の中での、一服の清涼剤だ。
「それは良かった。だが、焦りは禁物だ。基礎トレーニングを怠るなよ」
「は、はい! ありがとうございます、コーチ!」
葵は、ふざけたように敬礼してみせた。俺のアドバイスが、彼女のモチベーションに繋がっているのなら、それはそれで悪くない時間の使い方だろう。
授業が始まっても、教師たちの態度は相変わらずぎこちない。特に、情報科学や現代社会の教師などは、俺が『Lv.1』ではないかと疑っているのか、俺の視線を妙に意識しているように見えた。
(せいぜい、俺の掌の上で踊るがいい)
彼らの動揺も、俺にとっては面白い観察対象でしかない。
***
昼休み。
いつものように自席で特製弁当を広げていると、思いがけない人物が近づいてきた。生徒会長の高嶺椿だ。彼女は、周囲の視線など全く意に介さない様子で、俺の前の席に腰を下ろした。
「少し、いいかしら、神崎君」
その凛とした声と、真っ直ぐな視線は健在だ。だが、今日の彼女の雰囲気は、以前の勧誘の時とは少し違っていた。どこか、探るような、あるいは個人的な興味が混じっているような……。
「生徒会の話なら、まだ結論は変わらないが?」
「ええ、それは分かっているわ。今日は、別の話よ」
椿は、軽く息をつくと、少し声を潜めて続けた。
「最近の噂……『Lv.1』のこと、あなた、何か知っているんじゃないかしら?」
単刀直入な質問。彼女らしい。
「さあ、どうだろうな。生徒会長ともあろう人が、根拠のない噂を信じるのか?」
はぐらかそうとするが、椿は動じない。
「根拠なら、いくつかあるわ。あなたがサイバーダイン社とのミーティングで見せた知識と、『Lv.1』の発信する情報には、無視できない類似点がある。それに……あなたのその、常識から逸脱した能力。偶然にしては、出来すぎていると思わない?」
彼女は、冷静に状況を分析している。さすがは、帝聖学園の生徒会長といったところか。
「仮に、俺が『Lv.1』だとしたら?」
俺は、敢えて挑発するように問い返した。
椿は、少しの間、俺の目をじっと見つめた後、ふっと息を吐いた。
「……もしそうなら、あなたは、とてつもなく危険なゲームをしていることになるわ。世界中の企業や政府が、その情報を狙っている。あなたの身に、どんな危険が及ぶか……」
その声には、意外にも、心配するような響きが含まれていた。
「危険、ね。まあ、退屈よりはマシだろう」
「あなたって人は……」
椿は、呆れたようにため息をついたが、その瞳の奥には、諦めとは違う、何か強い光が宿っていた。
「……分かったわ。無理に聞き出すつもりはない。でも、もし何か困ったことがあったら……生徒会として、とは言わない。私個人として、力になれることがあるかもしれない。それだけは、覚えておいてちょうだい」
そう言うと、彼女は立ち上がり、颯爽と去っていった。
(ほう、個人として、か。面白いことを言う)
高嶺椿。彼女もまた、俺の脚本に登場する、重要なキャラクターの一人になりそうだ。彼女の持つ正義感や責任感、そして俺に対する複雑な感情は、今後の展開にどう影響してくるだろうか。
***
放課後、図書室へ向かう。
いつもの窓際の席には、白鳥栞が静かに本を読んでいた。今日は、リルケの詩集のようだ。俺が隣に座ると、彼女は顔を上げ、小さく会釈した。以前よりも、少しだけ自然な反応だ。
「リルケか。美しい言葉で、存在の孤独や不安を描き出す詩人だな」
俺が声をかけると、栞はこくりと頷いた。
「……はい。彼の言葉は、なんだか……心の奥にある、言葉にならない気持ちを、掬い取ってくれるような気がして……」
彼女は、詩集のページを指でなぞりながら、ぽつりぽつりと語り始めた。それは、普段の彼女からは想像できないような、素直な感情の吐露だった。
「言葉にならない気持ち、ね。人間は、自分の感情でさえ、完全には理解できないものだからな」
「……神崎君は、自分のこと、全部わかっているんですか?」
栞が、ふと顔を上げて、問いかけてきた。その純粋な瞳が、俺の心の奥を探ろうとしている。
「まさか。俺だって、分からないことだらけさ。特に……転生なんて経験をした後だと、な」
敢えて、核心に触れるような言葉を口にする。彼女がどこまで察しているか、試してみたかった。
栞の目が、わずかに見開かれた。
「転生……?」
「ああ。俺には、今の人生とは別の、もう一つの人生の記憶があるんだ。何の力も持たない、平凡な……いや、むしろ無力な男の記憶がね」
エルヴィンとしての過去を、断片的に語る。それは、誰にも話したことのない、俺だけの秘密だった。
栞は、驚きと困惑の表情を浮かべながらも、真剣な眼差しで俺の話に耳を傾けていた。俺が語り終えると、彼女はしばらく黙り込み、やがて、震える声で言った。
「……だから、あなたは……あんなに、強いんですね……。弱さを、知っているから……」
彼女の言葉は、俺の心の核心を正確に射抜いていた。
「……どうだろうな。ただ、もう二度と、無力なまま終わりたくない、とは思っている」
「……」
栞は、何も言わずに、ただじっと俺を見つめていた。その瞳には、同情でも憐憫でもない、深い共感と、そして何か……強い絆のようなものが芽生え始めているように感じられた。
(白鳥栞……彼女は、俺の理解者になり得るのかもしれないな)
それは、予想外の展開だったが、悪くない感覚だった。孤独な王であるよりも、傍らに理解者がいる方が、物語はより面白くなるだろう。
***
自室に戻り、PCをチェックする。
『Lv.1』への注目度は、もはや世界的なレベルに達していた。俺が投下した環境技術の情報は、各国の主要メディアで大々的に報じられ、関連企業の株価は軒並み高騰。世界中の研究機関が、その理論の検証に乗り出している。
俺のアカウントには、さらに多くのメッセージが殺到していた。中には、明らかに諜報機関と思われるような、高度な暗号化が施されたコンタクトも含まれている。
(さて、どうしたものか)
彼らの誘いに乗るのも一興だが、今はまだその時ではない。俺は、いくつかのメッセージに、敢えて曖昧で、さらなる憶測を呼ぶような短い返信を送った。情報を小出しにし、彼らの焦燥感を煽る。これもまた、ゲームの一部だ。
そして、もう一つ、気になることがあった。
父の言葉。「お前の想像を超えるような『力』を持つ者もいるかもしれん」。そして、アラン・ウォーカーの動き。
俺は、神崎グループの内部データベースへのアクセス権限を使い、関連情報を検索してみた。父の許可は得ていないが、俺の持つハッキングスキルと、神崎蓮としてのシステム上の権限レベルを組み合わせれば、容易なことだ。
膨大な情報の中から、いくつかの興味深いファイルを見つけ出した。
一つは、世界各地で観測されている「異常現象」に関する報告書。科学的には説明のつかないエネルギー反応や、物理法則を無視したかのような事象が、極秘裏に記録されている。
もう一つは、「特異能力者」に関する調査ファイル。世界には、ごく稀に、常人離れした特殊な能力を持つ人間が存在するという。その能力は多岐にわたり、神崎グループも、その存在を把握し、一部とは接触を持っているらしい。
(……なるほど。父の言っていたのは、これか)
この世界は、俺が思っていたよりも、さらに複雑で、奥が深いのかもしれない。俺のような転生者や、あるいは異世界とは違う形で、「規格外」の力が存在している可能性がある。
そして、アラン・ウォーカーに関する情報。サイバーダイン社は、俺への対抗策として、独自の「特異能力者」を擁する部門を強化し、俺の能力の解析や、場合によっては実力行使も視野に入れている、という情報が含まれていた。
(面白い。実に面白いじゃないか)
ライバルは、ただの天才少年ではなかったらしい。彼もまた、この世界の「裏側」に繋がる存在なのかもしれない。
(これは、ますます退屈している暇はなさそうだ)
学園という表舞台、ネットという仮想空間、そして、水面下で蠢く世界の裏側。
俺の物語は、いくつもの層が重なり合い、複雑に絡み合いながら、進行していく。
(アラン・ウォーカー、そして、まだ見ぬ『力』を持つ者たち……)
彼らが、俺の「好き放題」な脚本に、どんな彩りを加えてくれるのか。
想像すると、口元に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
世界は、俺を中心に回り始めている。
そして、俺は、この状況を最大限に楽しむつもりだ。
壁に掛けられたカレンダーに目をやる。そろそろ、学園では最初の定期考査が近づいている頃だ。
(まずは、そこで圧倒的な結果を叩き出し、改めて俺の存在を知らしめてやるとしようか)
小さなことから、大きなことまで。
俺の無双劇は、まだ始まったばかりなのだから。
夜空に輝く星々のように、無数の可能性が、俺の前には広がっていた。
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