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第十四話:静かなる嵐、新たなチェス盤 - 世界はまだ広い

アラン・ウォーカーの突然の精神崩壊と入院。

この衝撃的なニュースは、世界を駆け巡り、様々な憶測を呼んだ。『Lv.1』による呪いではないか、というオカルトじみた噂まで飛び交う始末だ。サイバーダイン社は、指導者を失い、株価暴落と社会的信用の失墜という三重苦に見舞われ、もはや以前のような影響力を行使することは不可能となっていた。


俺、神崎蓮が仕掛けた「精神攻撃」は、完璧な成果を上げたと言っていいだろう。一滴の血も流さず、物理的な証拠も残さず、ただ情報と心理操作だけで、巨大企業の御曹司であり、野心的な天才(だった男)を社会的に抹殺したのだ。


(だが、これで終わりではない)


自室のモニターで、後処理のように報じられるサイバーダイン社の凋落ぶりを眺めながら、俺は冷静に次なる局面を見据えていた。アランという目障りな駒は盤上から消えた。しかし、栞が突き止めた「他のプレイヤー」の存在、そして父が語った世界の「バランス」を巡る戦い。本当のゲームは、これから始まるのかもしれない。


『Lv.1』への注目度は、アラン失脚によってさらに高まっていた。もはや単なる預言者ではなく、世界情勢に直接的な影響を与える存在として、畏怖と期待の対象となっている。各国政府からの接触要請は後を絶たず、中には法外な報酬や地位をちらつかせて、俺を取り込もうとする動きも活発化していた。


(俺を利用しようとする連中ばかりか。まあ、せいぜい踊らされるがいい)


俺は、彼らのアプローチを適当にあしらいながら、水面下で次の手を打つ準備を進めていた。


***


帝聖学園。

クラス対抗球技大会での俺の「神がかり」な活躍は、生徒たちの間で語り草となっていた。その結果、俺への畏敬の念はさらに強まり、気軽に話しかけてくる者はほとんどいなくなった。まるで、触れてはいけない存在であるかのように。


「……おはよう、神崎君」

橘葵は、毎朝挨拶はしてくれるものの、その声には以前のような弾むような明るさはなく、どこか遠慮がちな響きが混じる。俺との距離を、彼女自身が測りかねているのだろう。

「なあ、橘さん。最近、陸上の練習はどうだ? 地区大会も近いんだろう?」

俺の方から、敢えて普段通りに話しかけてみる。

「あ……うん! なんとか頑張ってるよ! でも……」

葵は、言葉を濁し、俯いてしまった。

「……神崎君を見てると、自分がすごく……ちっぽけに思えちゃうんだ。どんなに頑張っても、全然追いつけないし……」

ぽつりぽつりと漏らされた本音。やはり、俺の存在が彼女の劣等感を刺激してしまっているらしい。


「才能の差は、確かにあるだろう。だが、それで君の努力が無駄になるわけじゃない。君自身の目標に向かって、君らしく走ればいい。俺は、そんな君を応援しているぞ」

できるだけ優しい声色で伝える。それは、偽りのない本心だった。

「……神崎君……」

葵は、驚いたように顔を上げ、その大きな瞳に涙を浮かべていた。

「……うん! ありがとう! 私、頑張る!」

彼女は、涙をぐっと堪え、力強く頷いた。その瞳には、再び強い光が宿っていた。俺の言葉が、少しは彼女の支えになれたのかもしれない。だが、同時に、俺たちの間の関係性が、以前とは違うものへと確実に変化していることも感じていた。


昼休み。

中庭で一人、思考を巡らせていると、高嶺椿が現れた。彼女は、俺の隣に立つと、周囲を警戒するように声を潜めた。

「アラン・ウォーカーの件、聞いたわ。……あなたの仕業ね?」

その問いは、確信に満ちていた。

「さあ、どうだろうな。証拠でもあるのか?」

「……いいえ。でも、分かるわ。あなたなら、やりかねない」

椿は、俺の目をじっと見つめてきた。その瞳には、非難の色はなく、むしろ複雑な感情が渦巻いているように見えた。

「彼がやったことは許されることではないけれど……あなたのやり方も、かなり危険よ。一線を越えれば、あなた自身も怪物になってしまうわ」

「忠告痛み入るよ、生徒会長。だが、俺は怪物になるつもりはない。ただ、俺の邪魔をする者は、容赦なく排除するだけだ」

「……そう。なら、これだけは伝えておくわ」

椿は、ポケットから小さなメモリーチップを取り出した。

「サイバーダイン社以外にも、世界各地で『異常現象』を利用しようとしている組織があるわ。これは、私が独自に掴んだ情報の一部。おそらく、神崎グループも把握しているはずよ。……これ以上、深入りするのは危険かもしれない。でも、あなたは止まらないのでしょう?」


俺は、黙ってメモリーチップを受け取った。彼女は、俺を止められないと悟り、代わりに情報を提供することで、俺を助けようとしている。その不器用な優しさが、少しだけ意外だった。

「……礼を言う、高嶺会長。この借りは、いずれ返す」

「別に、借りにする必要はないわ。ただ……無茶だけはしないで」

そう言い残し、彼女は去っていった。彼女との間にも、奇妙な共犯関係のようなものが生まれつつあるのかもしれない。


***


放課後、図書室。

白鳥栞は、PCの画面に表示された複雑な波形データと、壁に貼られた世界地図を交互に見比べながら、深く集中していた。俺が近づくと、彼女は顔を上げ、興奮した様子で話し始めた。

「神崎君! やはり、私の仮説は正しかったようです! 地球のエネルギーサイクルに干渉している波は、複数存在します! しかも、その波形パターンから、干渉元の技術体系や、組織の『個性』のようなものまで、推測できるかもしれません!」


彼女は、画面を操作し、いくつかの特徴的な波形パターンを示した。

「例えば、この鋭く、攻撃的なパターン……これは、おそらくサイバーダイン社が使っていた技術でしょう。無理やりエネルギーを搾り取ろうとするような、乱暴な干渉です」

「そして、こちらの、もっと規則的で、周期的なパターン……これは、もっと古くから、安定的に地球のエネルギーを利用している存在がいることを示唆しています。まるで、地球と共生しているかのような……」

「さらに、もう一つ……非常に微弱ですが、極めて異質で、予測不能なパターンも検出されました。これは……まるで、この世界の法則そのものを書き換えようとしているような……カオスティックな干渉です」


栞の解析は、驚くべきレベルに達していた。彼女は、単なるデータ解析だけでなく、そこに隠された意味や意図まで読み解こうとしている。

「他のプレイヤー……それも、複数……か」

俺は、事態の複雑さを改めて認識した。サイバーダイン社は、氷山の一角に過ぎなかったのかもしれない。


「この情報をどうする?」

「まずは、それぞれの干渉元の特定を急ぎましょう。波形パターンと、椿さんから提供された情報を照合すれば、何か分かるかもしれません。そして……」

栞は、少し躊躇うように言葉を切った。

「……神崎君。これらの情報を、『Lv.1』として、世界に公開するのはどうでしょうか?」

「公開?」

予想外の提案だった。

「はい。サイバーダイン社の件で、『Lv.1』の発言力は絶大です。もし、『Lv.1』が、地球規模のエネルギーバランスの危機と、複数の『プレイヤー』の存在を警告すれば……世界は、もっと真剣にこの問題に向き合うかもしれません。そして、隠れている『プレイヤー』たちも、何らかの反応を示すはずです」

彼女の提案は、大胆だが、理にかなっていた。情報をコントロールするだけでなく、敢えて公開することで、状況を動かし、敵の炙り出しを狙う。


(面白い。栞、君は最高のパートナーだ)


「……いいだろう。やってみよう。だが、情報の出し方は慎重に。我々の手の内を明かしすぎず、最大限の効果を狙う」

「はい!」

栞は、力強く頷いた。俺たちは、視線を交わし、静かな共闘の意志を確認し合った。


***


その夜、俺は『Lv.1』として、新たなメッセージを世界に発信した。

それは、地球規模で観測されるエネルギー異常と、その背後に存在する複数の「勢力」の存在を示唆し、人類全体への警告を発するという、これまで以上に抽象的で、しかし強い危機感を煽る内容だった。


『星の脈動は乱れ、古き契約は破られんとしている。見えざる手が、揺りかごを揺らす時、目覚めるのは祝福か、あるいは終焉か。賢者は備えよ、愚者は悔いよ。時は、満ちようとしている――』


このポエムのような、しかし不吉な予言に満ちたメッセージは、瞬く間に世界中に拡散され、新たな憶測と議論を巻き起こした。

『Lv.1、今度は終末預言か!?』

『古き契約とは? 見えざる手とは一体?』

『複数のプレイヤーの存在を示唆? 世界の裏で何が起こっているのか?』


俺が狙った通り、このメッセージは、隠れているであろう「他のプレイヤー」たちへの、明確な牽制となったはずだ。彼らは、自分たちの存在が『Lv.1』に察知されていることを知り、警戒を強めるだろう。あるいは、痺れを切らして、表に出てくるかもしれない。


(さあ、どう動く? 名も知らぬプレイヤーたちよ)


俺は、神崎グループの情報網と、自らのハッキング能力を駆使し、世界のあらゆる情報の流れを監視し始めた。椿から提供された情報と、栞の解析結果を基に、「他のプレイヤー」と思われる組織や個人の特定を進めていく。


いくつかの候補が浮かび上がってきた。

古くから世界の金融やエネルギー市場を陰で支配してきたとされる秘密結社。

特定の国家が極秘裏に開発を進めている、超常的な能力を持つ兵士の部隊。

そして、最も不気味なのは、栞が検出した「カオスティックな干渉波」の発信源。それは、既存のどんな組織にも属さず、まるで個人の意志、あるいは人知を超えた存在が、気まぐれに世界の法則を弄んでいるかのような痕跡だった。


(……これは、一筋縄ではいかない相手かもしれんな)


アラン・ウォーカーとの戦いは、ある意味で分かりやすいゲームだった。だが、これから始まる戦いは、相手の顔も、目的も、能力さえも不明な、より高度で危険なチェスになるだろう。


だが、それでいい。

その方が、面白い。


俺は、神崎蓮。

この世界のルールを書き換え、俺の望む未来を創り出すために、この力を振るう。

新たなチェス盤は用意された。

駒も揃いつつある。


(さあ、ゲームを始めようか)


静かな決意を胸に、俺はモニターの光が映し出す、複雑な世界の縮図を見つめていた。

嵐は、まだ始まったばかりだ。

そして、この嵐の中心で、俺は笑っているだろう。

そう確信しながら。

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