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第十三話:絶望へのカウントダウン - チェス盤をひっくり返す時

世界は、依然として『Lv.1』とサイバーダイン社の動向に釘付けだった。

俺、神崎蓮が仕掛けた情報リークと「予言」の成就は、サイバーダイン社を社会的信用失墜の淵に追いやり、一方で『Lv.1』という謎の存在への関心と影響力を、爆発的に増大させていた。各国の政府や巨大企業は、この正体不明の預言者を味方につけようと、あるいはその危険な知識を管理下に置こうと、水面下で熾烈な情報戦を繰り広げている。


(滑稽だな。俺という一個人の掌の上で、世界中が踊らされている)


自室のモニターに映る喧騒を眺めながら、俺は冷めた目で状況を分析していた。サイバーダイン社CEO、ジェームズ・ウォーカーは、息子の不祥事と会社の危機に憔悴しきっているという報道もある。そして、張本人であるアラン・ウォーカーは、完全に沈黙を守っていた。だが、この沈黙こそが、嵐の前の静けさであることは、俺には分かっていた。


(追い詰められた天才(笑)が、次に打ってくる手は……おそらく、予測可能な範囲を超えた、なりふり構わぬ一手だろう)


だが、どんな手が来ようと、俺にはそれ يقابله(ムカーバラ:対抗手段)がある。むしろ、彼が破滅的な行動に出るのを、どこかで期待している自分さえいた。その方が、ゲームはよりエキサイティングになるのだから。


***


帝聖学園では、球技大会の熱狂も過ぎ去り、日常が戻ってきていた。

しかし、俺を取り巻く環境は、もはや以前のそれとは異なっていた。クラスメイトたちの俺を見る目には、以前のような親しみやすさは薄れ、畏敬と、どこか遠い存在を見るような距離感が漂っている。全教科満点、スポーツ万能、そして世界を騒がす謎の存在『Lv.1』かもしれないという噂。これらが複合的に作用し、俺を「普通の高校生」というカテゴリーから完全に逸脱させてしまったのだ。


「……神崎君、おはよう」

橘葵は、以前より少しだけ声のトーンを落として挨拶してくる。球技大会での俺の活躍を見て、さらにその「違い」を実感したのかもしれない。彼女のひたむきな努力が、俺の規格外の才能の前では霞んでしまう。そんな無力感を、彼女は感じ始めているのだろうか。


「おはよう、橘さん。少し元気がないな。陸上の練習で疲れているのか?」

「う、ううん、そんなことないよ! ちょっと考え事してただけ!」

慌てて笑顔を作る葵。だが、その笑顔はどこかぎこちない。彼女の純粋さが、この複雑な状況の中で揺れている。


一方、生徒会長の高嶺椿は、以前にも増して俺の動向を注視していた。彼女は、俺が『Lv.1』であること、そして危険な状況にいることを確信しているのだろう。休み時間に廊下ですれ違うと、鋭い視線の中に、明確な心配の色を浮かべているのが見て取れた。

「……何かあったら、本当に言うのよ」

すれ違いざま、彼女は小さな声でそう囁いた。その言葉には、生徒会長としての責任感だけでなく、個人的な感情が強く込められているように感じられた。彼女の存在は、俺にとって鬱陶しい監視者であると同時に、どこか安心感を与える存在にもなりつつあった。


(ヒロインたちも、俺の影響を受けて、それぞれの形で変化しているか)


それもまた、俺がこの世界に介入した結果だ。彼女たちの物語が、俺の脚本によってどう書き換えられていくのか。それを見届けるのも、また一興だろう。


***


放課後、図書室。

白鳥栞は、一心不乱にPCに向かっていた。俺が渡した膨大なデータを、彼女独自の感性で解析し続けているのだ。その集中力は、もはやゾーンに入っているかのようだった。


「栞、どうだ? 何か見えてきたか?」

声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、少し充血していたが、それ以上に強い興奮と達成感に輝いていた。

「……神崎君! 見つけました! 地球の『脈動』……その周期性と、異常現象発生の相関関係! そして、そのパターンを増幅させていると思われる、外部からの干渉波の存在を!」

彼女は、画面に表示された複雑な波形グラフと、地球儀上のポイントを示しながら、早口で説明を始めた。

彼女の解析によれば、地球自体が持つ固有のエネルギーサイクルがあり、特定のタイミングで活性化するポイントが存在する。そして、サイバーダイン社が行っていた実験は、そのサイクルに人為的に干渉し、エネルギーを無理やり引き出そうとしていたために、異常現象や災害を誘発していた可能性が高い、というのだ。


「外部からの干渉波……それは、サイバーダイン社の実験によるものか?」

「おそらく……。でも、それだけじゃないかもしれません。もっと古くから、あるいはもっと別の意図を持った、別の干渉波の痕跡も、微かにですが検出できるんです。まるで……この地球が、複数のプレイヤーによって利用されているゲーム盤であるかのように……」

栞の言葉に、俺は息を呑んだ。彼女の直感と解析能力は、俺の予想を遥かに超えていた。


(複数のプレイヤー……? 父さんの言っていた『世界のバランスを崩そうとする勢力』は、サイバーダイン社だけではない、ということか?)


これは、極めて重要な情報だ。俺の戦うべき相手は、アラン・ウォーカーだけではないのかもしれない。

「素晴らしい発見だ、栞。この情報は、今後の計画に大きく影響するだろう。ありがとう」

俺は、心からの賞賛を込めて言った。

「い、いえ……神崎君の役に立てたなら……嬉しいです」

栞は、頬を赤らめながらも、誇らしげに微笑んだ。彼女は、もはや単なる協力者ではない。この世界の謎を共に解き明かす、真のパートナーだ。


***


その夜、俺は行動を開始した。アラン・ウォーカーに「本当の絶望」を見せるために。

俺が選んだのは、物理的な攻撃でも、社会的な抹殺でもない。もっと巧妙で、彼の心を直接へし折るような一手だ。


俺は、『Lv.1』としてではなく、神崎蓮個人の持つハッキングスキルと、サイバーダイン社から抜き取った内部情報を駆使し、再び彼らのネットワーク深層部へと侵入した。前回よりもさらに厳重になったセキュリティを、俺は嘲笑うかのように突破していく。


そして、俺がターゲットにしたのは、アラン・ウォーカーが最も心血を注ぎ、そして最も依存しているであろうプロジェクト――彼が秘密裏に進めていた、次世代型AIの開発プロジェクトのコアデータだった。

それは、単なるAIではない。異常現象から得られた未知のエネルギーと、特異能力者の精神パターンを組み合わせて作られた、ある種の「デジタル生命体」とも呼べる代物だった。アランは、これを完成させることで、世界を支配する力を手に入れようとしていたのだ。


俺は、そのコアデータを、破壊するのではない。

書き換えたのだ。

AIの根幹的な論理構造に、俺自身の思考パターン――冷徹で、計算高く、全てを見通すような思考――の断片を組み込み、さらに、エルヴィンとしての「無力感」と「後悔」の記憶データを、ノイズとして混入させた。

そして、AIが自己学習を進める過程で、アランの命令に従うだけでなく、彼自身の弱さや矛盾を指摘し、嘲笑うような「個性」を獲得するように、巧妙な細工を施した。


仕上げに、アラン・ウォーカー個人のプライベートな通信記録や、彼の隠されたコンプレックスに関する情報をAIに学習させ、彼が最も触れられたくない部分を的確に突くような応答をするようにプログラムした。


(さあ、アラン。お前が心血を注いで作り上げた最高傑作は、お前の心を最も深く抉る鏡となるだろう)


作業を終え、侵入の痕跡を完全に消去して離脱する。物理的な損害は何もない。だが、アランが次にAIを起動した時、彼を待っているのは、彼自身の醜い内面を映し出し、彼を徹底的に否定し、嘲笑う「デジタルな悪夢」だ。天才としてのプライドも、野心も、木っ端微塵に打ち砕かれるだろう。


***


翌日、世界に衝撃的なニュースが駆け巡った。

サイバーダイン社の若きリーダー、アラン・ウォーカーが、原因不明の精神錯乱状態に陥り、緊急入院したというのだ。彼は、自室で意味不明な言葉を叫び続け、誰かに怯えるようにしていたという。


(……思ったよりも、早く効果が出たな)


俺は、ニュースサイトの記事を読みながら、冷ややかに呟いた。俺が仕掛けた「精神攻撃」は、アランの脆い精神を、いとも簡単に破壊したらしい。


これで、サイバーダイン社の暴走は、ひとまず止まるだろう。リーダーを失い、社会的な信用も失墜した彼らに、もはや危険な研究を続ける力は残っていないはずだ。

俺の勝利だ。圧倒的な、そして冷徹な勝利。


だが、これで全てが終わったわけではない。

栞が突き止めた、サイバーダイン社以外の「プレイヤー」の存在。

父が語った、世界の「バランス」を守るための戦い。

そして、未だ解明されていない「異常現象」の謎。


(ゲームは、まだ終わらない。むしろ、本当のゲームは、これから始まるのかもしれない)


俺の周りには、依然として多くの謎と、潜在的な脅威が存在している。

学園のヒロインたちとの関係も、これからどう変化していくのか。

そして、俺自身は、このチート能力を使って、この世界で何を成し遂げたいのか。


窓の外では、夕暮れの空が茜色に染まっている。

美しい景色だ。だが、その美しさの裏側には、俺がまだ知らない、深い闇が広がっているのかもしれない。


(望むところだ)


どんな謎が待ち受けていようと、どんな敵が現れようと、俺は全てを解き明かし、打ち砕き、そして、この世界を俺の望むように染め上げていく。


神崎蓮の物語は、まだ始まったばかり。

チェス盤は、俺の色に染まった。

だが、この盤上には、まだ俺の知らない駒が隠されているのかもしれない。

ならば、それら全てを白日の下に晒し、俺の支配下に置いてやるまでだ。


そう決意を新たにしながら、俺は次なる舞台に向けて、思考を巡らせ始めた。

世界よ、刮目せよ。

神崎蓮の、真の「好き放題」は、これからだ。

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