第十一話:舞台裏のプレイヤーたち - ゲームは加速していく
『Lv.1』が発信した新たな情報は、世界に更なる衝撃を与えた。
それは、特定の地域で発生している原因不明の災害やインフラ障害と、特定の企業――暗にサイバーダイン社を示唆する――が進める研究との関連性を匂わせる、極めてセンシティブな内容だったからだ。
『謎の預言者、今度は災害を予知? それとも警告か?』
『Lv.1の情報と一致? 南米鉱山の地盤沈下、原因は違法なエネルギー抽出実験か』
『東欧原発事故は人為的ミスの可能性? Lv.1が指摘する「高次元干渉型能力」とは』
大手メディアは、憶測を交えながらも、この謎めいた情報源の発言を大きく取り上げた。ネット上では、『Lv.1』の信奉者たちがサイバーダイン社への疑惑を声高に叫び始め、逆に同社を擁護する声との間で激しい論争が巻き起こっていた。各国政府や諜報機関も、水面下で情報収集と分析を加速させている気配が濃厚だった。
(良い具合に、騒がしくなってきた)
自室のモニターで、沸騰するような世界の反応を眺めながら、俺、神崎蓮は満足げに頷いた。俺が投じた石は、確実に波紋を広げ、狙い通りの方向に流れを作り出している。アラン・ウォーカーとサイバーダイン社は、今頃、かつてないプレッシャーに晒されているはずだ。
***
帝聖学園の空気は、表面的には穏やかだった。
中間考査が終わり、文化祭や体育祭といった学園行事に向けて、少しずつ準備が始まろうとしている時期だ。だが、その水面下では、俺の存在が依然として大きな影響力を持ち続けていた。
「神崎君、ちょっといいかな?」
昼休み、俺が一人で読書をしていると、珍しく男子生徒が数人、神妙な面持ちで近づいてきた。クラスの中心的なグループのメンバーだ。
「なんだ?」
「いや、その……今度、クラス対抗の球技大会があるんだけどさ……。もしよかったら、俺たちのチームに入ってくれないか? バスケなんだけど」
リーダー格の男子が、少し緊張した様子で切り出した。体力測定での俺の超人的なパフォーマンス、特にバスケ部での飛び入りダンクの噂は、彼らの耳にも入っているのだろう。
「バスケか。まあ、気が向いたらな」
「頼むよ! 神崎君がいれば、絶対優勝できるって!」
彼らは、必死な形相で頭を下げてきた。以前は、どこか俺を遠巻きに見ていた彼らが、こうして頼ってくる。これも、俺の「力」がもたらした変化の一つだ。
「まあ、考えておくよ」
曖昧に返事をすると、彼らは少し安堵したような、それでいてまだ不安そうな表情で去っていった。
(クラス対抗球技大会、ね。それも悪くないか。たまには、学園のイベントで「無双」するのも、良い気分転換になるかもしれない)
そんなことを考えていると、今度は橘葵がやってきた。彼女は、俺とクラスメイトたちのやり取りを見ていたのか、少し複雑な表情を浮かべていた。
「……神崎君、やっぱりすごい人気だね」
「そうか? ただ、利用価値があると思われているだけだろう」
「そんなこと……! みんな、神崎君のこと、すごいって尊敬してるんだよ!」
葵は、なぜか俺の代わりにムキになったように言った。
「ところで、陸上部はどうだ? そろそろ地区大会に向けて、練習も本格化してくる頃じゃないか?」
「うん! 今、新しいトレーニングメニューに取り組んでるんだ! 神崎君に教えてもらった理論も参考にしながら……」
彼女は、目を輝かせて練習内容を語り始めた。その姿は、やはり純粋でひたむきだ。だが、ふとした瞬間に、彼女の視線が俺の顔を探るように揺れることがある。彼女の中で、俺という存在が、単なる「すごいクラスメイト」以上の、何か特別な意味を持ち始めているのかもしれない。
***
放課後。
図書室へ向かうと、いつもの席には白鳥栞が待っていた。彼女は、俺の姿を見ると、穏やかに微笑んだ。俺たちの間には、もう言葉はあまり必要ないのかもしれない。秘密を共有したことで生まれた、静かで確かな信頼関係がそこにはあった。
「栞、少し手伝ってほしいことがあるんだ」
俺は、鞄からノートPCを取り出し、彼女の前に置いた。
「これは……?」
「俺が集めた情報の一部だ。特に、世界各地で起きている『異常現象』に関するデータ。君の視点から、何か気づくことがないか、見てみてほしいんだ」
サイバーダイン社から抜き取った情報や、父から提供されたデータを、俺なりに整理したものだ。だが、あまりに膨大で、不可解な点が多いため、俺とは違う感性を持つ彼女の意見を聞いてみたかった。
栞は、驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情になり、PCの画面を覗き込んだ。彼女の指が、キーボードの上を滑る。普段の読書姿からは想像できないほど、手際よくデータを閲覧し、分類していく。
「……すごい……こんなことが、本当に世界で起こっているんですね……」
彼女は、息を呑みながら呟いた。物理法則を無視した現象、未知のエネルギー反応。それは、彼女が読んできた幻想文学の世界が、現実のものとなったかのような光景だろう。
「何か、気づいたことは?」
「……まだ、はっきりとは言えませんけど……これらの現象、発生場所やタイミングに、何か……法則性のようなものが隠されている気がします。まるで……何かの楽譜みたいに……」
彼女は、指で画面上のグラフや数値をなぞりながら、独特の感性でデータを捉えようとしていた。
(楽譜……か。面白い見方だ)
科学的なアプローチだけでは見えてこない、パターンやリズムのようなもの。彼女の直感は、あるいは真実の一端を捉えているのかもしれない。
「もう少し、時間をかけて見てみてくれ。何か分かったら教えてほしい」
「はい。……任せてください。神崎君の、役に立ちたいですから」
栞は、力強く頷いた。その横顔には、以前の儚さはなく、知的な探求心と、俺への献身的な想いが溢れていた。彼女は、単なる共犯者ではなく、俺にとって強力なパートナーになり得るかもしれない。
***
その夜、父の書斎に呼ばれた。
父、神崎龍一郎は、厳しい表情でデスクに座っていた。
「蓮、お前が『Lv.1』として発信した情報、見させてもらった」
開口一番、核心を突いてきた。
「それで、何か問題でも?」
俺は、平静を装って問い返す。
「問題しかないだろう。お前は、サイバーダイン社を、そしておそらくは、その背後にいるであろう連中を、本気で怒らせた。彼らが、どんな反撃をしてくるか……」
父の声には、珍しく焦りのような色が滲んでいた。
「反撃なら、もうありましたよ。昨夜、大規模なサイバー攻撃を受けましたが、こちらで対処済みです。ついでに、少しばかり『お土産』も頂いてきました」
俺は、サイバーダイン社のネットワークから抜き取った情報の概要を、簡潔に父に伝えた。異常現象の研究、特異能力者の利用、そしてアラン・ウォーカーの関与。
父は、俺の話を聞くうちに、驚きと、それ以上の何か……苦々しい納得のような表情へと変わっていった。
「……そうか。そこまで掴んでいたか。……アラン・ウォーカー、あの若造、やはり危険な領域に足を踏み入れていたか……」
父は、深くため息をついた。
「父さんは、どこまで知っていたんです? 異常現象のこと、特異能力者のこと。そして、サイバーダイン社が何をしようとしているのか」
俺は、鋭く問い詰めた。今こそ、父の真意を探る時だ。
父は、しばらく沈黙した後、重々しく口を開いた。
「……全てを話す時ではない。だが、これだけは言っておこう。世界は、お前が考えている以上に、危ういバランスの上に成り立っている。そして、そのバランスを崩そうとする勢力が存在する。サイバーダイン社も、その一つかもしれん」
父の言葉は、やはり核心を避けている。だが、彼が世界の裏側で起こっている深刻な事態を認識していることは確かだった。
「神崎グループは、その『バランス』を守る側だと?」
「……そうだ。我々は、長年にわたり、世界の安定を維持するために、水面下で活動してきた。時には、汚い仕事も厭わずに、な」
父の目に、冷徹な光が宿る。
「そして、蓮。お前のその力は、世界のバランスを大きく変える可能性を秘めている。良くも、悪くも、だ。だからこそ、お前には、その力の正しい使い方を学んでほしい。そして、いずれは……我々の活動を引き継いでほしいと考えている」
(……なるほど。これが、父さんの狙いか)
俺を、神崎グループの、そして世界の「守護者」に仕立て上げようとしている。だが、俺はそんな役割を望んでいるわけではない。俺が望むのは、あくまで「好き放題」に生きることだ。
「父さんの期待に応えられるかは分かりませんよ。俺には、俺のやりたいことがありますから」
「……分かっている。だが、覚えておけ。お前の『好き放題』が、世界の破滅を招くようなことであってはならん。それだけは、許さん」
父は、強い口調で釘を刺した。
(破滅、ね……)
その言葉の重みが、妙に心に引っかかった。
***
父との会話を終え、自室に戻る。
父の言葉、栞の言葉、そしてアラン・ウォーカーの影。様々な情報と思惑が、頭の中で渦巻いている。
(ゲームは、確実に次のフェーズに進んでいる)
サイバーダイン社は、追い詰められ、さらに危険な手段に出てくるだろう。特異能力者を使った直接的な攻撃、あるいは、社会的な罠。どんな手が来るか。
(ならば、こちらも仕掛けるまでだ)
俺は、PCに向かい、新たな計画を実行に移し始めた。
それは、手に入れたサイバーダイン社の機密情報を、ただ暴露するのではない。情報を巧みに加工し、複数の信頼できる(あるいは、そう見せかけた)情報源を通じて、リークするというものだ。
ターゲットは、国際的なジャーナリストグループ、人権団体、そして、サイバーダイン社と競合関係にある他の巨大テクノロジー企業。
彼らが、それぞれの思惑でこの情報を利用し、サイバーダイン社を社会的に追い詰めていくように仕向ける。俺自身は、あくまで黒子に徹する。
(アラン、お前の築き上げた砂上の楼閣を、内側から崩してやる)
同時に、俺は『Lv.1』として、新たな「予言」をネット上に投下した。
それは、近日中に特定の地域で発生するであろう、小規模だが不可解な「異常現象」の発生を示唆するものだった。もちろん、その現象は、俺自身が、手に入れた異常現象のデータと、俺のチート能力を応用して、人為的に引き起こす予定のものだ。
(これで、世界は『Lv.1』の予言の精度に、さらに驚愕することになるだろう。そして、サイバーダイン社への疑念は、確信へと変わる)
盤上の駒を動かし、相手を翻弄し、状況をコントロールする。この感覚は、まさに神にでもなったかのようだ。
(だが、油断は禁物だ)
父の言葉が脳裏をよぎる。「お前の想像を超えるような『力』を持つ者もいるかもしれん」。アランが使う特異能力者の中にも、未知の脅威がいるかもしれない。
俺は、自身の身辺警護――といっても、俺自身が最強なのだが――を強化するため、神崎グループの持つ最新鋭の監視システムや、自作の防御プログラムを、自宅や通学路に配備した。物理的な襲撃にも、備えておく必要がある。
世界は、俺の脚本通りに、しかし予想以上の熱量を持って、動き始めている。
学園のヒロインたちとの関係も、新たな局面を迎えつつある。
そして、ライバルであるアラン・ウォーカーとの対決は、避けられないだろう。
(さあ、ショータイムの続きと行こうか)
神崎蓮は、モニターに映る複雑な情報網を眺めながら、不敵な笑みを浮かべた。
この加速していくゲームの中で、最後に笑うのは、誰か。
答えは、分かりきっている。
この俺、神崎蓮――元・異世界一般人(Lv.1)にして、現世の全ステカンストチート――である、と。
夜空に、ひときわ明るく輝く星が、まるで俺の未来を祝福するかのように、瞬いていた。
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