狂った道標
ヒトコワホラーです。
ホラーが苦手な方はお避けください。
《しいなここみ様の「瞬発力企画」参加作品になります》
「ごちゃごちゃうるせぇっ!お前は黙って金渡せばいいんだよ!ほら、出せよ!」
私のバッグを奪い、財布の中から一万円札を取り出す祐也。
「チッ。これしかねぇのかよ…」
「ダメ!…お願い!返して!」
「うるせーよ!」
付き合うようになって2年。何度も繰り返したやり取り。
。。。
仕事で知り合った祐也。
周りの人にさりげない気遣いができる人だった。私にも優しく声をかけてくれて。
ちょっと難しいと思える案件を抱えていた時、祐也がくれた的確なアドバイス。
それで仕事がスムーズに進んだ。
「ありがとうございます。高橋さんのアドバイスのおかげです」
「いえいえ、僕は大した事してないです。田中さんの実力ですよ」
この仕事が終われば会えなくなる。なんとか繋ぎ止めたいとの思いがつい、口に出た。
「あの…もしよかったら御礼をしたいので、どこか食事に行きませんか?」と。
それから何度か食事に行くようになり……気づけば私は祐也の事が大好きになっていた。
「沙織が迷った時は、僕がコンパスになるからね」
祐也はそう言って私を導いてくれた。
あの頃に戻りたい。
。。。
一万円札を握りしめ、立ち上がる祐也に「…渡すから。あげるからお願い、あの女の所へは行かないで…」そう言って縋り付く。
「気持ち悪いんだよ!離れろよ!」
思いっきり振り払われた瞬間、私は吹っ飛んだ。
ゴッッ!
倒れたと同時に鈍い音が聞こえ、額に強い痛みとぬるりとした何かを感じた。
確かめるようにそっと手を当てる。
真っ赤に染まった手のひらに、ポタリ…ポタリと新たな血が落ちる。
祐也を見ると、祐也も驚いた顔をしていた。しかしすぐにいつもの冷たい顔になると
「おま…お前が悪いんだ!お前が勝手にぶつかったんだから!」
そういうとドアを開けて出て行ってしまった。
「ふぅぅ…」
私は大きく息を吐いてから立ち上がる。
「…あの優しかった祐也はどこに行っちゃったと思う?新しい女…麻友って言ったっけ?」
ポタポタと流れ落ちる血を止める為のタオルを手にし、傷口をギュッと押さえる。
そしてクローゼットの前に立ち、カラカラと扉を開けた。
「ね?麻友さん?麻友さんはここにいるのよね。だから…麻友さんのところに行ったって…どうせこの家に戻ってくる事になるのにね。ふふ…ふふふ」
目の前には口に何重にもガムテープを貼られ、手足を縛られ真っ青な顔をした麻友が震えていた。
「見たでしょう?祐也ったら酷いのよ」
「でもあの人を愛してるのは私だけだから…あの人私がいないとダメなのよ」
「私が迷った時は祐也が導いてくれるって…そう言ってくれたのよ」
足元に転がるガムテープを拾い、麻友の目元に貼る。
「ふふ…あなたが居るから祐也はあなたのところへ行くんでしょう?それじゃあ…あなたがいなければ祐也が戻って来てくれるんじゃないかしら?あなたはどう思う?」
ぐるぐるとガムテープを貼りながら麻友に問う。
その時、麻友の携帯が光った。
画面表示は『祐也』
「見て!!祐也から電話が来たわ!嬉しい!」
久しぶりの祐也からの電話!
やっぱり祐也は私のところに戻って来てくれるんだろう。
光る画面をタップする。
「もしもし?祐也?」