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第82話 献上品の披露 ~混沌の謁見~

 翌日正午。

 王宮の最も壮麗な「大謁見の間」には、王国の高位貴族たちが一分の隙もなく整列していた。

 その視線が部屋の中央に進み出た、三人の田舎領地の使節団へと一斉に注がれる。

 宰相コンラート、監察官エリオット、そして騎士リアム。

 三人は遥か先の玉座に座る国王陛下を前に、深々と頭を下げた。


「ヴァルモン領使節団代表、宰相のコンラートにございます。この度は国王陛下への謁見の栄誉を賜り、誠に光栄の至りにございます」


 コンラートの声は緊張でわずかに震えていたが、宰相としての威厳を必死で保っていた。

 エリオットの事前のコーチング通り、彼はまず王国の安寧と国王陛下の万歳を寿ぐ完璧な挨拶を述べた。

 そして献上品の披露が始まった。


「まずこちらが我がヴァルモン領のささやかな、しかし心のこもった献上品にございます」


 コンラートの合図で侍従たちが最初の品々を玉座の前へと運んでいく。

 それはギルドが製作した、ヴァルモン産の楢材をふんだんに使った重厚で美しい木目の椅子。

 次にアカデミー農園で収穫された、黄金色に輝く粒のそろった麦の袋。

 そして職人たちが焼き上げた、シンプルだが丈夫で温かみのある陶器の数々。

 王宮の鑑定役たちがそれらを手に取り品質を確かめ、そして静かに国王へと頷いてみせる。


「ほう。ヴァルモン領は立て直しが進んでおるようだな。いずれも良き品だ」


 国王の満足げな一言に、謁見の間の空気が少しだけ和らいだ。

 コンラートとエリオットはほっと胸をなでおろす。

 まずは第一関門突破だ。


 しかし本当の試練はここからだった。


「……そして陛下。こちらが我が君ゼノン様が、特に陛下にご覧いただきたいと申しておりました、我が領の『精神』を示す品々にございます」


 コンラートは意を決してそう言った。

 侍従たちが次に運んできたのは、三つのあまりにも奇妙な品々だった。


 一つは哲学者ヘーゲルの手による、分厚い革で装丁された「ヴァルモン・スタイル存在論序説」。

 一つは彫刻家マリーナが魂を込めて作り上げた、先代領主の「抽象彫刻」。

 そして最後の一つはベルベットのクッションの上に鎮座していた。

 あのバルツァー領から贈られた、無数の穴が空いた素焼きの壺である。


 その瞬間、謁見の間の和やかだった空気が凍りついた。

 貴族たちの間にどよめきと、隠しきれない失笑が広がる。


「……なんだ、あれは?」

「壺……か? いや、しかし穴だらけでは……」

「なんと悪趣味な……。田舎者の考えることは分からんな」


 王都の保守的で格式を重んじる貴族たちが侮蔑の視線をその壺へと向ける。

 リアムはその空気に悔しそうに拳を握りしめた。

 コンラートの顔からは血の気が引いていく。


(……やはりこうなったか……!)


 エリオットはもはや全ての終わりを覚悟した。

 一人の有力な公爵が皮肉な笑みを浮かべ、国王に何かを耳打ちしようと一歩前に出た。

 その時だった。


「おお! ブラボー! ブラビッシモォォォ!!」


 突如、謁見の間の静寂を破る大声が響き渡った。

 声の主は文化人貴族、フェルディナント子爵だった。

 彼は席から飛び出すように立ち上がると、目を輝かせその壺を指さしていた。


「陛下! お分かりになりませんか、この素晴らしさが! これはただの壺ではございません! これは『壺とは何か』という我々人類への根源的な『問いかけ』なのでございます! その機能を自ら否定することで『機能とは何か』『存在とは何か』を我々に問いかけている! ゼノン閣下は粘土を用いて我々に哲学を語りかけておられるのですぞ!」


 フェルディナント子爵の熱弁に、謁見の間はさらなる困惑に包まれた。

 しかし彼の熱弁はまだ終わらない。


 と、その時、フェルディナント子爵とは全く逆の方向からもう一つの声が上がった。

 声の主は王国軍の重鎮、ヴァルデン将軍だった。


「……くだらん」


 将軍はフェルディナント子爵の熱弁を一言で切り捨てた。


「陛下。私は壺の哲学などには興味はございません。ですが一つ確かなことがございます」


 彼はリアムの方をちらりと見ると言葉を続けた。


「この献上品を運ぶ輸送隊を卑劣な罠が襲いました。ゼノン卿はその罠を事前に完璧に見抜き、逆に罠を仕掛け敵を一人残らず粉砕したと。……献上品が哲学であろうがガラクタであろうがどうでもよい。己の領地と陛下への忠誠を剣をもって証明できる領主。私はそのような男を信頼いたします」


 そのあまりにも対照的な二つの意見。

 一方は「この壺は素晴らしい哲学だ」と主張し、もう一方は「この壺が何であれ持ち主の武勇が素晴らしい」と主張する。

 謁見の間は哲学的な賛辞と軍事的な賛辞が入り乱れ、前代未聞の混沌とした状況に陥った。

 文化人たちはフェルディナント子爵の意見に賛同し議論を始め、軍人たちはヴァルデン将軍の言葉に力強く頷いている。

 保守的な貴族たちはもはやどちらを嘲笑っていいのか分からず、ただ呆然としている。


 コンラートもエリオットもリアムも、その光景を信じられない思いで見つめていた。

 最悪の事態が最悪の事態を呼び込み、そしてなぜか最悪ではない全く訳の分からない状況へと変貌している。


 玉座の国王はその全てのやり取りを黙って見ていた。

 その表情は最初は驚き、次に困惑、そしてやがて……。

 彼の口元がわずかにぴくりと動き、その肩がくっと小さく震え始めた。

 それは怒りでも呆れでもない。

 ただこみ上げてくる笑いを必死でこらえている男のそれであった。

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