第81話 王都の反応 ~「蛮勇」か「天啓」か~
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王都アステルの巨大な城門をくぐったヴァルモン領使節団は、その喧騒とどこまでも続く壮麗な街並みに、ただただ圧倒されていた。
彼らは王家の案内役によって、滞在先となる貴族街の一角にある立派な屋敷へと通された。
旅の疲れを癒す間もなく、屋敷には次々と王都の貴族や役人からの挨拶の使者が訪れる。
それは表向きは歓迎の意を示しつつも、その裏では田舎から出てきた、今噂の的となっているヴァルモン領の使節団を探ろうという意図が透けて見えた。
監察官エリオットが予想した通り、王都におけるヴァルモン領への「視線」は奇妙な形で二つに割れていた。
その日の午後、騎士リアムの元に一人の武官が訪れた。
王国軍の重鎮、ヴァルデン将軍からの「お招き」であった。
リアムが緊張しながら指定された王宮の練兵場へ向かうと、そこには歴戦の傷跡を顔に刻んだ厳格な雰囲気の老将軍が待っていた。
「……貴官がリアム殿か。鷲ノ巣峠での戦い、見事であったと聞く」
ヴァルデン将軍は多くを語らず、リアムに木剣を渡した。
それは言葉による挨拶ではなく、剣による「対話」を求める武人ならではの流儀だった。
リアムはその無言の圧力を受け止め、全力で将軍に打ち込んでいった。
数合剣を交えた後、将軍は満足げに頷いた。
「ふむ。若いが筋は良い。何よりその剣には迷いがないな。貴官の主君、ゼノン卿は一体どのようなお方なのだ? いかにしてガーランドの待ち伏せを完璧に見抜かれた?」
リアムは息を整えながら、まっすぐに将軍を見据え答えた。
「我が君ゼノン様は……ただ、ご存じなのです。我々に見えぬものが見え、我々に聞こえぬものが聞こえる。それは我々が『天啓』とお呼びする神懸かり的なご慧眼によるもの。我ら家臣はただ、そのお導きを信じ剣を振るうのみにございます」
リアムの言葉には一点の曇りも嘘もなかった。
ヴァルデン将軍はそのあまりに純粋な忠誠心に一瞬面食らった。
彼は「天啓」などという非現実的なものを信じる男ではない。
しかし彼はリアムの言葉を、彼なりに解釈した。
(……なるほど。かの若き領主はよほど優れた情報網を持っているか、あるいは人の心を掴み絶対的な忠誠を誓わせる天性のカリスマがあるということか。そしてその知略を『天啓』という言葉で神秘的に見せている……。面白い。面白い若造だ。敵に回せば厄介極まりない)
将軍はゼノンを「侮れない恐るべき若き鷹」として、その心に刻み込んだ。
一方その頃。宰相コンラートは全く別の種類の「戦い」の真っ只中にいた。
彼はヴァルモン領使節団の到着を聞きつけた文化人貴族フェルディナント子爵によって、半ば強引に彼の主宰する「芸術サロン」へと連れ出されていたのだ。
「おお、コンラート殿! よくぞお越しくださった! 皆、君の話を、そしてゼノン閣下の『天啓』の話を聞きたがっておるのだ!」
サロンにはフェルディナント子爵のような、風変わりな文化人たちが目を輝かせて集っていた。
彼らはコンラートを取り囲むと矢継ぎ早に質問を浴びせ始めた。
「宰相殿! お伺いしたい! かの『穴の空いた壺』が示す機能の否定性は、既存の価値体系への明確なアンチテーゼと解釈してよろしいかな!?」
「『天啓リサイクル』の思想的背景についてぜひご教示いただきたい! あれは万物に霊魂が宿るというアニミズムの再解釈なのでは!?」
コンラートはそのあまりに難解で抽象的な質問の嵐に、完全に目を回していた。
彼は脂汗をかきながらも宰相としての体面を保つため、必死で当たり障りのない、そしてできるだけ高尚に聞こえるような言葉を紡ぎ出す。
「は、はは……。皆様、さすがは王都の知識人の方々……。そのご慧眼、恐れ入ります……。ゼノン様の『天啓』はあまりに深遠なため一言で申し上げるのは困難でして……。ええ、その、全ては『無限の可能性』に繋がるとでも申しましょうか……」
コンラートの苦し紛れの曖昧な答えは、しかし文化人たちには「彼は深遠なる真理を知っているが、それを我々のような俗人には簡単には明かせないのだ」という、さらなる勘違いを呼んだ。
サロンはヴァルモン・スタイルへの奇妙な熱狂と、誤解に満ちた賞賛に包まれた。
その夜、屋敷に戻った三人はそれぞれの「戦果」を報告し合った。
リアムは軍人貴族たちからある種の敬意を感じたと語り、コンラートは文化人たちの熱狂的な歓迎ぶりを疲労困憊の表情で報告した。
全てを聞き終えたエリオットは、静かに、そして的確に状況を要約した。
「……つまりこういうことだ。王都は我々を『武勇に優れた謎めいた蛮族』と、『哲学を嗜む前衛的な芸術集団』という全く矛盾した二つの目で同時に見ている。誰も我々の正体を掴めていない。……この混乱こそが我々の最大の盾であり、そして最大の武器になるかもしれん」
エリオットはそう言って地図を広げた。
「しかし明日、国王陛下への謁見でその全てが白日の下に晒される。我々がただの『田舎者』なのか、それとも本当に『何か』を持っているのか……。全ては明日の献上品披露で決まる」
その時、部屋の扉が静かにノックされた。
入ってきたのは王宮の侍従長だった。
彼は金糸で縁取られた一通の巻物を、恭しくコンラートに手渡した。
「ヴァルモン領使節団の皆様へ。明日正午、国王陛下への謁見の栄誉を賜りました。お心積りのほどを」
ついにその時が来た。
三人は黙って顔を見合わせた。
ヴァルモン領の運命を賭けた最大の舞台が、彼らを待っていた。