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第80話 王都への道、そして先行する「伝説」

 ヴァルモン領の夜明けはいつになく荘厳な雰囲気に包まれていた。

 城門前には王都へと向かう長大な輸送隊の列が、朝日を浴びて静かに出発の時を待っている。

 荷馬車にはギルドが誇る工芸品やアカデミー農園で収穫されたばかりの穀物が満載され、その中にはひときわ厳重に、しかしどこか不穏なオーラを放つ例の「芸術品」の数々も含まれていた。


 使節団を率いる三人の表情は三者三様だった。

 宰相コンラートは王都で披露するであろう挨拶の言葉を馬上で何度も小声で練習し、その顔には誇らしさと極度の緊張が浮かんでいる。

 警護隊長の騎士リアムは先の戦いでの勝利を経て、その立ち姿には若き将としての自信と威厳が満ち溢れていた。

 そして監察官エリオットは、これから始まるであろう胃の痛むような外交の舞台を思い、静かに、そしてどこか諦観を漂わせた表情で前を見据えていた。


「出発!」


 リアムの号令一下、輸送隊はゆっくりと、しかし力強く王都アステルへと向けてその歩みを進め始めた。


 そして数日後、一行が隣接する別の貴族の領地にある大きな宿場町に立ち寄った時のことだった。

 使節団の到着を知った町の代官が、慌てた様子で一行を出迎えた。

 コンラートはヴァルモン領の「ユニークな文化」について何か奇妙な質問をされるのではないかと身構えたが、代官の口から出たのは全く予想外の言葉だった。


「こ、これはヴァルモン領の皆様! ようこそお越しくださいました! お噂はかねがね伺っております!」

「ほう、噂とな?」


 コンラートが少し得意げに尋ねると、代官は興奮した面持ちで続けた。


「はい! あの欲深きガーランド男爵の卑劣な罠を、貴領のゼノン様は神の如き慧眼で見抜き、一瞬のうちにこれを粉砕されたとか! なんと鮮やかなご手腕! ゼノン様は若年にして恐るべき戦略家でいらっしゃると、この辺りの領主たちの間ではもっぱらの評判にございます!」


 代官が語ったのはヴァルモン領の「芸術」や「哲学」ではなかった。

 ゼノンの冷徹なまでの「戦略家」としての一面と、ヴァルモン騎士団の「武勇」だったのだ。

 コンラートは驚きつつも、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「いかにも! 我が君ゼノン様の『天啓』の前には、いかなる小細工も通用しませんのでな!」


 リアムは自分のことのように胸を張り、誇らしげに頷いている。

 エリオットはそのやり取りを冷静に観察していた。


 (……なるほど。噂というものは、より具体的で分かりやすい方が速く、そして広く伝わるものか……。『穴の空いた壺』の哲学よりも『待ち伏せを返り討ちにした』という武勇伝の方が、人々にとってはよほど現実的な関心事だということか)


 彼はこの予期せぬ評判が、もしかしたら王都での交渉において強力な武器になるかもしれないと、ほんの少しだけ考え始めていた。


 (……我々が持ち込むあの『珍品』の数々も、この『武勇伝』という名の分厚いオブラートに包めば、あるいは……)


 その夜、宿でエリオットはコンラートにその考えを伝えた。


「コンラート殿。王都では我々は『芸術家』としてではなく、まず『勝利者』として振る舞うべきかもしれません」

「うむ……。確かにそれも一理あるやもしれんな。武威と文化、その両方を示すことこそ、ゼノン様のお考えの深さを示すことになるかもしれん」


 コンラートもその意見に頷いた。

 旅はその後も概ね順調に進んだ。

 一行が通過する町や村では、ヴァルモン領の「武勇伝」が常に彼らを待ち受けており、侮りの視線を向けられることは一度もなかった。

 むしろその視線には畏敬と、ほんの少しの恐怖さえ混じっているようだった。


 そして長い旅路の果て。

 一行の目の前に、ついにその巨大な姿が現れた。

 王都アステル。

 白い城壁に囲まれ、天を突くような数々の尖塔が立ち並ぶ王国の心臓部。

 その圧倒的なまでのスケールと城門を行き交う人々の多さに、ヴァルモン領から来た者たちの多くはただ息をのんだ。


「……すごい。これが王都……」


 リアムですらそう呟くのがやっとだった。

 一行が城門に近づくと、王家の旗を掲げた一隊の壮麗な騎士団と、儀典官を名乗る役人が彼らを待っていた。


「ヴァルモン領使節団の皆様、長旅ご苦労様です。陛下に代わり歓迎いたします。さあ、こちらへ」


 儀典官の言葉と共に重々しい城門がゆっくりと開かれていく。

 その向こうには活気に満ちた巨大な都市の喧騒が渦を巻いていた。


 ヴァルモン領の奇妙な「芸術」と、予期せぬ「武勇伝」。

 その二つを携えた使節団は今、王国の政治と文化の中心地へとその第一歩を踏み入れた。

 彼らの、そしてゼノンの「真価」が問われる本当の舞台が、ここから始まろうとしていた。

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