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第79話 「裁き」の後と、新たなる伝説

 領主ゼノン・ファン・ヴァルモンが下した、独創的で恐ろしいほどの「裁き」。

 その決定はすぐさま実行に移された。


 まずガーランド男爵の元へ、捕虜とした兵士たちの身代金と追加の「謝罪の品」を要求する使者が送られた。

 使者が伝えたのはそれだけではない。男爵自身へのヴァルモン・スタイル・アカデミーへの「特別聴講生」としての、一季節にわたる強制入学命令も確かに伝えられた。

 報告によればガーランド男爵は、その要求と屈辱的な命令に激しく憤慨し、城の備品を破壊するほど荒れ狂ったという。

 しかし主力の兵士たちを人質に取られ、自らの卑劣な計画が完全に露見してしまった今、彼にそれを拒否する力は残されていなかった。

 数日後、ヴァルモン領にはガーランド男爵からの莫大な額の賠償金と彼の領地の最高級の特産品が謝罪の書状と共に届けられた。


 そして裏切り者ボルコフ。

 彼の「新たな人生」もその日から始まった。

 「ヴァルモン・スタイル・アカデミー付属施設・永年名誉管理責任者」という長ったらしい肩書を与えられた彼は、かつて自分が嘲笑したあの奇妙なアカデミーの校舎へと連行された。

 彼に最初に与えられた仕事は講堂に飾られた「穴の空いた壺」の清掃だった。


「いいかボルコフ。この壺はゼノン様がその価値を認められた我が領の至宝だ。その全ての穴を一つ残らず毎日丁寧に磨き上げるのだ。もし一つでも埃が残っていたり、あるいはこの壺に傷でもつけたりしたらどうなるか……分かるな?」


 監視役の騎士にそう言われ、彼は一枚の布を渡された。

 かつて灼熱の鉄を自在に操り、名工として名を馳せたその誇り高き職人の手に。

 ボルコフは震える手でその布を握りしめた。


 目の前にある意味不明なガラクタ。

 これを来る日も来る日も磨き続ける。

 それが自分のこれからの人生。


 彼はもはや怒る気力も嘆く気力もなく、ただ虚ろな目で壺の穴を覗き込むことしかできなかった。

 彼の贖罪は静かに、そして確実に始まったのだ。


 この一連の事件の顛末はヴァルモン領の領民たちの間にも瞬く間に広まっていった。

 もちろんその話は人々の口伝えの中で少しずつ、しかし確実に脚色されていく。


「聞いたか? 領主様、輸送隊を狙った賊の企みを全部お見通しだったんだとよ!」

「ああ! なんでも天からのお告げ(天啓)で、敵の待ち伏せ場所が事前に分かったらしい!」

「それだけじゃねえ。捕まえた裏切り者を殺しもせずにアカデミーの壺磨きをずーっとやらせるんだと! そっちの方が死ぬより辛いって話だぜ!」

「ひえぇ……。領主様、お優しいお方かと思ってたが敵に回すとはとんでもなく恐ろしいお方なんだな……」


 こうしてゼノンには新たな伝説が加わった。

 「天啓によって敵の策略を見抜き、慈悲深い顔で最も残酷な罰を与える、恐るべき策略家」。

 その評判はヴァルモン領を、以前にも増して「下手に手出しのできない不可解で不気味な領地」として周辺に認識させることになった。


 城内では王都への献上品の準備が再び活気を取り戻していた。

 ガーランド男爵から届いた賠償金と「謝罪の品」が加わったことで、輸送隊の規模は当初の予定よりもさらに大きなものとなった。


 ギルドが製作した実用的で美しい家具や陶器。

 アカデミー農園で収穫された見事な穀物や野菜。

 そしてそれらと共にもちろんあの「穴の空いた壺」やマリーナ作の「抽象的な先代領主像」、ヘーゲルの「哲学論文」といった「ヴァルモン・スタイル」の神髄を示す品々も厳重に梱包されていく。


 エリオットはそれらの品々が並ぶ様子を見ても、もはや頭痛すら感じなくなっていた。

 (……まあいい。これだけの『まともな』品々と、そして『敵の陰謀を打ち破った』という強力な物語があれば、多少の『芸術品』の奇妙さなど霞んでしまうかもしれん……。いや、むしろその奇妙さこそが『天啓の領主』の伝説をさらに補強するのか……?)

 彼は自分の常識がヴァルモン領の現実に少しずつ侵食され、麻痺していくのを感じていた。


「よし! では、王都への使節団の編成を発表する!」


 準備が整った日、ゼノンは家臣たちを集めて宣言した。


「使節団の長は宰相コンラート! その補佐として監察官エリオット! そして輸送隊の警護はこの度の功績を称え、騎士リアム、お前に一任する!」

「「「ははっ!」」」


 三人はそれぞれの思いを胸に深々と頭を下げた。

 コンラートは領主の名代として、王都にヴァルモン領の栄光を示すという大役に胸を躍らせている。

 エリオットはこれから始まるであろう王都での胃の痛むような外交交渉を思い、静かに覚悟を決めた。

 リアムは勝利の将として胸を張って王都へ向かえることを誇りに思っていた。


 翌朝。

 ヴァルモン城の城門から壮麗な、そしてどこか奇妙な品々を積んだ輸送隊が朝日を浴びてゆっくりと出発していく。

 それを見送るゼノンは玉座の間から満足げに頷いていた。


 (行け、我が家臣たちよ! そして王都の者どもに我がヴァルモン領の『真価』をとくと見せつけてやるのだ!)


 ヴァルモン領の新たなる伝説を携えて。

 一行は王都アステルへとその歩みを進め始めた。

 物語は新たな舞台へと移ろうとしていた。

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