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第78話 ヴァルモン流「裁き」と、裏切り者の絶望

 領主ゼノンが家臣たちに意見を求めた。

 その前代未聞の出来事に、広間の空気は再び張り詰めたものに変わっていた。

 力による処断、慈悲による赦し、そして実利による活用。

 三者三様の「答え」を聞いたゼノンは玉座に座ったまま、しばらくの間目を閉じていた。


 彼の脳裏にはリアムの言う、父ならば行ったであろう血なまぐさい見せしめの光景が浮かぶ。

 次にコンラートの言う、慈悲深き君主の姿。

 そしてエリオットが提示した、冷徹だが最も合理的で領地の利益となる道。

 最後にあの子供たちが描いた、穏やかに微笑む「王」の絵が、それら全てを上書きするように現れては消えた。


 やがてゼノンはゆっくりと目を開いた。

 その瞳にはもはや迷いはなく、静かで、そしてどこか冷たいほどの奇妙な覚悟が宿っていた。

 彼はまず捕らえられたガーランド男爵の兵士たちに、その視線を向けた。


「ガーランドの者どもよ。貴様らは愚かな主に率いられた、さらに愚かな羊の群れに過ぎぬ。我が父上ならばその愚かさを、貴様らの首をもって世に知らしめたであろうな」


 その言葉に兵士たちはびくりと体を震わせる。

 しかしゼノンは続けた。


「だが我が『天啓』は告げるのだ。死んだ羊よりも生きた羊の方が使い道がある、と」


 ゼノンはエリオットの提案を彼自身の言葉で語り始めた。


「貴様らの身柄は相応の『賠償金』と引き換えに、かのガーランド男爵にくれてやる。その金で我がヴァルモン領はさらに豊かになるであろう。貴様らは命拾いしたことを私の『慈悲』に、生涯感謝するが良い」


 次にゼノンはガーランド男爵への伝言を部隊長に告げた。


「そして貴様らの主ガーランドにも伝えよ。賠償金の他に王都への我が献上品に、さらに彼からの『謝罪の品』を加えその誠意を示せ、と。さらに……」


 ゼノンはここでニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「その野心に凝り固まった精神を浄化するため、我が『ヴァルモン・スタイル・アカデミー』に一季節、『特別聴講生』として入学することを命ずる! 拒否は許さん! これぞ我が領主としての最大限の『温情』であると、な!」


 賠償金に加えアカデミーへの強制留学。

 そのあまりにも屈辱的で、かつ意味不明な罰に、コンラートとエリオットは思わず目を見合わせた。


(……若様(閣下)はエリオット殿(私)の策を、さらに斜め上のものに……!)


 そして最後にゼノンは、床に膝をついたまま震えているボルコフへと、その視線を移した。


「……さて、ボルコフよ」


 ゼノンの声は氷のように冷たかった。


「貴様は我が領を裏切り私の顔に泥を塗り、そして領民たちが築き上げた平和を脅かそうとした。リアムの言う通り貴様の罪は万死に値する」


 ボルコフの顔が絶望に歪む。

 リアムは(そうだ!)と心の中で快哉を叫んだ。


「だが……」ゼノンは続けた。「ただ首を刎ねるだけではあまりに芸がない。貴様のような男には死ぬよりも辛い絶望を与えるのが、ふさわしい」


 ゼノンは玉座からゆっくりと立ち上がると、ボルコフの目の前まで歩み寄った。


「貴様は自分の『技術』に誇りを持っていたな? その腕で富と名声を得ようとした。ならばその『技術』をもって罪を償わせるのが、道理というものだろう」

「……な、何を……」

「ボルコフ。貴様を死罪にはせん。牢にも入れん。貴様には名誉ある『役職』を与えてやる」


 ゼノンはそこで言葉を切った。

 そして考えうる限り最も残酷で、最もヴァルモン領らしい「裁き」を言い渡した。


「本日付で貴様を、『ヴァルモン・スタイル・アカデミー付属施設・永年名誉管理責任者』に任命する!」

「……は……?」

「貴様のこれからの仕事だ。まずアカデミーのあの左右非対称な玄関アーチが、哲学的な歪みを保ち続けるよう日々点検せよ。次に講堂に飾られた『穴の空いた壺』に埃が溜まらぬよう、毎日その全ての穴を丁寧に掃除せよ。そしてアカデミー農園の、あの哲学者どもが作った奇妙な水路が詰まらぬように泥さらいをせよ。ああ、そうだ。私の執務室のあの一枚板の机も、毎日曇り一つなく磨き上げるのだ。お前のその類いまれなる鍛冶の技術と知識を、全てそれらの最も地味で、最も意味がなく、そして永遠に続く仕事に捧げるのだ」


 ゼノンはボルコフの耳元で囁くように言った。


「食事は与えてやる。寝床もだ。だが貴様は二度と金槌を握り鉄を打つことはない。誇りも名声も未来もない。ただ我が『天啓』が生み出した数々の『芸術』を永遠に維持し続ける、ただの『部品』となれ。……これぞ私の、貴様への最大限の『慈悲』である」


 その言葉を聞いた瞬間、ボルコフの瞳から光が消えた。

 死よりも辛い永遠の屈辱。

 プライドの高い彼にとってそれは、まさに生き地獄の宣告だった。

 彼はもはや怒る気力も命乞いをする気力もなく、ただその場に崩れるようにうなだれた。


 家臣たちはそのあまりにも独創的で、そして恐ろしく効果的な「裁き」に息をのんだ。


 リアム:「な、なんと……! 命を奪わず、しかしその魂を完全に砕く……! これぞ真の『力』の示し方! ゼノン様、恐るべきお方だ!」

 コンラート:「罪を償う機会を与えられた……。なんと深い、深い『慈悲』なのでしょう……」

 エリオット:(……私の『実利を取る』という提案がこうなったのか……。敵対者を無力化し賠償金を取り、さらに裏切り者を最も屈辱的な形で、しかし死なせずに管理下に置く……。結果だけ見れば恐ろしく合理的で完璧な裁きだ……。この若君はやはり、私の理解の範疇を常に超えている……)


 ゼノンはうなだれるボルコフを一瞥すると、満足げに玉座へ戻った。

 彼が下した初めての、本当の意味での「決断」。

 それは父の模倣でも誰かの言いなりでもない、彼自身の「天啓」が生み出したヴァルモン領ならではの、奇妙で絶対的な「裁き」だった。

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