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第76話 待ち伏せと反撃開始

 深夜、再びエリオットの私室に集まった三人の顔には前回とは異なる、静かな、しかし確固たる意志の光が宿っていた。

 リアムが持ち帰った領民たちの「目」からもたらされた情報は驚くほど正確で、敵の計画を白日の下に晒していた。


「――以上です。敵の狙いは王都への献上品輸送隊。待ち伏せ場所は国境近くの『鷲ノ巣峠』。兵力はおそらく百に満たないかと。我らが輸送隊の警備が手薄だと完全に侮っております」


 リアムは地図上の峠を指し示しながら、自信に満ちた声で報告を締めくくった。

 コンラートはその報告に安堵しつつも、なお残る懸念を口にする。


「……しかしリアム殿。敵の狙いが分かったとしてどう対応したものか。輸送を中止すれば王都への勅命に背くことになる。かといってこのまま進めば……」

「心配はご無用、コンラート閣下」


 リアムは不敵な笑みを浮かべた。

 その隣でエリオットが、冷静に、そしてどこか楽しむような響きさえ込めて口を開いた。


「策は既にあります。それもただ敵を退けるだけではない。この機に乗じてガーランド男爵と裏切り者ボルコフに、自分たちが誰を敵に回したのかを骨の髄まで思い知らせてやるための、策が」


 エリオットは地図の上に数個の駒を置きながら、その「逆襲の策」を語り始めた。

 それは敵の待ち伏せをさらにその上から待ち伏せる、二重の罠だった。


 数日後。

 ヴァルモン領の城門から王都へ向かう献上品輸送隊が、予定通りに出発した。

 数台の荷馬車にはギルドの工芸品や農作物が積まれ、その中にはもちろん、あの「穴の空いた壺」も厳重に(そして他の品々とは別に)梱包されて収められている。

 その輸送隊を警護するのはリアムが選んだ、わずか十数名の騎士たち。

 その様子は遠巻きに見ていたガーランド男爵の間者にも、「ヴァルモン領、警備は手薄。計画通り」と報告された。


 しかしその間者が知る由もなかったのは、輸送隊が出発した半日前にリアム自身が率いるヴァルモン騎士団の精鋭部隊が、別のルートを通り、静かに、そして迅速に「鷲ノ巣峠」へと向かっていたことだった。


 「鷲ノ巣峠」はその名の通り険しい岩肌が両側から迫る、狭い峠道だった。

 道の両脇の森の中にはガーランド男爵の兵士たちが息を殺して潜んでいる。

 その中心で不遜な笑みを浮かべて眼下の道を見下ろしているのは、かつての鍛冶屋の親方、ボルコフだった。


(……来たか、間抜けどもめ)


 ボルコフは遠くから近づいてくる警備の手薄な輸送隊の姿を捉え、ほくそ笑んだ。

 彼にとってこれは復讐の第一歩だ。

 自分を貶めたあの若造領主ゼノンと、自分を裏切ったギルドの連中。

 彼らが王都で大恥をかく姿を想像するだけで、胸がすく思いだった。


「いいかお前ら! 合図があるまで決して動くんじゃないぞ! 奴らを峠のど真ん中まで引きずり込むんだ!」


 ボルコフはガーランド男爵の兵士たちに偉そうに指示を飛ばす。

 やがて輸送隊は何も知らずに罠の中心へと、ゆっくりと足を踏み入れた。


「……今だ! かかれぇっ!」


 ボルコフの絶叫を合図に、森の両側からガーランド男爵の兵士たちが雄叫びを上げて輸送隊へと襲いかかった。

 警護の騎士たちは一瞬驚いたように抵抗したが、すぐに「敵わぬ!」とばかりに荷馬車の一部を捨てて退却を始める。


「はっはっは! 無様な奴らめ! 追え! 荷物は根こそぎ奪い取れ!」


 ボルコフはあまりにも計画通りに進む事態に勝利を確信した。

 ガーランドの兵士たちも楽な戦いに気を緩ませ、我先にと荷馬車へと群がっていく。

 その瞬間だった。


 峠の入り口と出口、その両方から突如として甲高い角笛の音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」


 ボルコフが驚いて振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 退却したはずの道は、いつの間にかヴァルモン領の屈強な騎士たちによって完全に封鎖されている。

 そして自分たちの背後、森の上からも太陽の光を浴びて煌めくヴァルモン家の紋章を掲げた騎士たちが、静かに、しかし圧倒的な数で自分たちを包囲していた。

 その先頭に立つのは馬上で冷徹な笑みを浮かべる、騎士リアムの姿。


「……罠、だと……!?」


 ボルコフの顔から血の気が引いた。

 自分たちが待ち伏せしていたはずが、いつの間にか自分たちが完璧な袋の鼠になっている。


「裏切り者ボルコフ! そしてガーランドの犬どもよ!」


 リアムの声が峠に響き渡った。


「貴様らの卑劣な企み、全て我が君、天啓の領主ゼノン様はお見通しであった! さあ、覚悟しろ! これよりヴァルモン領の正義の鉄槌を下す!」


 リアムが剣を振り下ろしたのを合図に、四方からヴァルモン騎士団の精鋭たちが一斉に鬨の声を上げた。

 ガーランド兵たちの間に絶望的な悲鳴が上がる。

 ボルコフはその場でただ、がくがくと膝を震わせることしかできなかった。

 彼の復讐劇は、その序曲が終わるか終わらないかのうちにあまりにも無様な、そして惨めな終焉を迎えようとしていた。

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