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第74話 ボルコフの影、再び ~密偵の報告~

 王都への献上品選定会議が、領主ゼノンの「鶴の一声(という名の支離滅裂な妥協案)」によって決着してから数日。

 ヴァルモン城下ではギルドの職人たちが、王都へ送る品々の準備に追われていた。

 工房では交易で評価された質の良い家具や陶器が、丁寧に梱包されていく。

 その一方で別の工房の奥では、ゲルトとルドルフが頭を抱えながら、あの「穴の空いた壺」をどうすれば輸送中に壊れないか(あるいはこれ以上奇妙に見えないか)、真剣に議論していた。

 城内は収穫祭への参加という一種の祝祭的な高揚感と、それに伴う多忙さで活気に満ちているように見えた。


 しかしその水面下でヴァルモン領に新たな脅威の影が忍び寄りつつあることを、察知している者がいた。

 監察官エリオット・フォン・クラウゼンである。


 グーデンブルクの使者アイゼンミュラーがボルコフの名を口にして以来、エリオットはあの逃亡した鍛冶屋の行方を密かに追っていた。

 彼自身の持つ王都や商人たちとの細い繋がりを使い、彼はボルコフという男に関する情報を粘り強く集めていたのだ。

 一人の人間の個人的な恨み。

 平時であればそれは些細な問題かもしれない。

 しかしヴァルモン領のような、奇妙な均衡の上に成り立つ脆弱な)領地にとっては、それが致命的な綻びになりかねない。


 その懸念が現実のものとなったのは、献上品準備の喧騒が続くある日の夕暮れ時だった。

 エリオットの私室を、彼が信頼を置く行商人に身をやつした密偵が人目を忍んで訪れた。


「エリオット様。……見つかりましたぞ。あの鍛冶屋の男が」


 密偵の低い声には緊張が滲んでいる。

 エリオットは静かに頷き、報告の続きを促した。


「ボルコフは現在、西の山を越えた先にあるガーランド男爵の領地におります。それもただ身を寄せているのではございません。男爵の『客分』として破格の待遇で迎え入れられている、とのことにございます」

「ガーランド男爵、だと……?」


 エリオットは眉をひそめた。

 ガーランド男爵。

 小領主ではあるが野心的で金に汚く、そして先代ヴァルモン卿とは領地の境界線を巡って長年いさかいが絶えなかった、という記録がある。

 決して友好的な隣人ではない。


「はい。ボルコフは男爵にヴァルモン領の様々な『情報』を提供している模様。領内の地理や城の警備の甘さ、そして何よりも『新領主はまだ若く世間知らずで、奇抜なことばかりしている』と……」

「…………」

「さらに穏やかでない噂も。ボルコフはガーランド男爵の兵士たちに新しい武具の製造とその指導を行っていると。そして男爵は最近、その兵力を国境付近に集結させつつある、とのことにございます」


 密偵の報告はエリオットが懸念していた、最悪のシナリオそのものだった。

 ボルコフの私怨とガーランド男爵の野心が結びついてしまったのだ。

 彼らの狙いは何か。

 おそらくはヴァルモン領が王都へ向けて、多大な富と威信をかけた「献上品」を送る、まさにそのタイミング。

 輸送隊を襲撃し富を奪い、ヴァルモン領に、そしてゼノン領主に王都の前で大恥をかかせる……。

 それこそが彼らの狙いである可能性が高い。


(……まずい。これはグーデンブルクの時とは質の違う、直接的で暴力的な脅威だ)


 エリオットは冷静に状況を分析した。

 ガーランド男爵の兵力はヴァルモン領のそれと、さほど変わらないかもしれない。

 しかしボルコフという「内通者」の存在があまりにも厄介だ。


 この件をすぐにゼノンに報告すべきか?

 いや、駄目だ。

 今の彼に報告すれば「我が天啓の力で賊など一蹴してくれるわ!」と何の策もなくリアムに突撃を命じるのが関の山だ。

 それでは相手の思う壺にはまる。


 エリオットは決意した。

 この件はまずヴァルモン領で唯一、現実的な対応が可能な者たちだけで共有し対策を練るべきだ、と。


「……ご苦労だった。報酬はいつもの場所に用意させる。しばらく身を隠しておれ」


 密偵を下がらせた後、エリオットは一枚の羊皮紙を取りペンを走らせた。

 それは宰相コンラートと騎士リアムの二人だけを夜更けにエリオットの私室へと招集するための短い、しかし緊急性を要する文面だった。


「――緊急の協議あり。今宵、丑の刻、我が部屋にて。他言無用」


 エリオットはその文を最も信頼できる従者に託した。

 献上品準備の活気に沸くヴァルモン城。

 その華やかな光の届かぬ場所で、過去からの黒い影が確かにその形を成し始めていた。

 領主ゼノンはまだ、何も知らない。

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