第72話 王都からの「期待」~特産品上納の勅令~
領主ゼノンの心に小さな「問い」の種が蒔かれてから、数日が過ぎた。
彼は依然として時折物思いに耽ることはあったが、具体的な答えは見つからないまま日々の統治(という名の何もしないこと)に戻っていた。
コンラートの報告によれば領内は平穏。アカデミー農園の作物は順調に育ち、ギルドの活動も(領主の無茶振りさえなければ)安定している。
ヴァルモン領は静かな、そしてどこか奇妙な均衡の上に成り立っていた。
その均衡を破るように、ある晴れた日の午後、一人の使者が王都アステルからヴァルモン城へと到着した。
馬の首には王家の紋章が刻まれた旗が結ばれている。
国王陛下からの正式な勅使であった。
「国王陛下より、ヴァルモン領主ゼノン・ファン・ヴァルモン閣下へ、勅令にございます!」
広間に集められたゼノンと家臣たちを前に、勅使は巻物を恭しく広げ、その内容を朗々と読み上げた。
「――ヴァルモン領主ゼノン・ファン・ヴァルモン。その若年にして父君の跡を継ぎ、領地を見事に治めていること、まことに天晴れである。監察官エリオット・フォン・クラウゼン、並びに文化人貴族ヴィスカウント・フェルディナントよりの報告を受け、その類いまれなる統治手腕と、領内に芽生えつつある独自の文化の発展は朕の耳にも達しておる――」
その言葉にコンラートとリアムの顔が、ぱっと輝いた。
ついにゼノン様の偉業が、陛下ご自身にまで……!
「――つきましては来る王都での収穫祭において、その発展の成果を広く諸侯に披露する機会を与えるものとする。ヴァルモン領が誇る新たな『特産品』、及びアカデミー農園にて収穫された『作物の初物』を、朕への献上品として持参し収穫祭の展示に加えることを、ここに命ずる。ヴァルモン領の栄光を王都にて示すことを、朕も期待しておる――」
勅令が読み上げられると広間は一瞬の静寂に包まれ、そして歓喜の声が爆発した。
「おお! おおお! ゼノン様!」
「陛下が直々に……! なんと名誉なことでしょう!」
コンラートは感涙にむせび、リアムはまるで自分のことのように拳を突き上げている。
ヴァルモン領が国王陛下から直々にその成果を認められたのだ。
これ以上の栄誉はない。
当のゼノンは玉座に座ったまま満足げに、そしてどこか「当然だ」と言わんばかりの表情でその光景を眺めていた。
先日の心の隅にあった小さな「問い」や「迷い」は、この国王からの絶対的な「評価」の前に跡形もなく吹き飛んでしまっていた。
(ふ、ふははは! 見たか! やはり私のやり方は間違っていなかったのだ! 父上の教えと我が『天啓』による統治こそが至高! ついに国王陛下ご自身がそれを認められたではないか!)
ゼノンの自尊心はかつてないほどに満たされていた。
彼は自分が父をも超える偉大な領主への道を、着実に歩んでいるのだと改めて確信した。
ただ一人、監察官エリオットだけがその歓喜の輪の中で顔面蒼白になっていた。
彼の背筋を冷たい汗が伝う。
(……まずい。これは最悪の展開だ……)
彼の報告書はあくまで「ヴァルモン領は奇妙な形で安定している」という事実を伝えただけだ。
まさかそれが王都で「素晴らしい発展を遂げている」と解釈され、このような形で公の場で「成果」を披露させられることになるとは……。
(王都の収穫祭……。そこには各国の王侯貴族が集う。その前でヴァルモン領の『特産品』を披露する……? 一体何を披露するというのだ? ギルドが作る実用的で質の良い、しかし地味な品々か? それとも……)
エリオットの脳裏に、あのバルツァー領から贈られてきた「穴の空いた壺」やゼノンが絶賛した「至宝その2」、そしてマリーナが制作中の「抽象的な先代領主像」などが次々と浮かんでくる。
(……もしあのような『天啓スタイル』の品々を王都の目利きたちの前に晒せば、ヴァルモン領はただの物笑いの種になる。いや、それだけでは済まない。国王陛下の御顔に泥を塗ることにもなりかねん……!)
しかし勅令は絶対だ。
断ることなどできはしない。
エリオットは巨大な、そして逃げ場のない罠に嵌ってしまったような絶望的な気分だった。
そんなエリオットの苦悩など全く気づかずに、ゼノンは意気揚々と立ち上がった。
「よし、皆の者、聞いたな! 国王陛下のご期待に、我々は最高の形で応えねばならん!」
彼はコンラートとエリオットを指さした。
「早速、王都へ献上する『特産品』を選定するための会議を開くぞ! 我がヴァルモン領の『真価』を示す最高の品々を選ぶのだ! 私の『天啓』と諸君らの『知恵』を結集させるときぞ!」
ゼノンの声は自信に満ち溢れていた。
彼はこの献上品選定がヴァルモン領に、新たな、そしてさらに深刻な混乱をもたらす次の騒動の幕開けになることなど、全く予想もしていない。
エリオットはこれから始まるであろう「献上品選定会議」という名の新たな地獄を想像し、ただ固く目を閉じるしかなかった。
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