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第68話 領民総アカデミー化計画!?


 ヴァルモン・スタイル・アカデミーの視察を終えた領主ゼノン・ファン・ヴァルモンは、自身の執務室に戻るなりすぐさま宰相コンラート、騎士リアム、そして監察官エリオットを呼びつけた。

 彼の目にはこれまでのどの「天啓」を得た時とも違う、確信に満ちた、そしてどこか狂気じみた輝きが宿っていた。


「諸君、聞いたであろう! 我がアカデミーの輝かしい『成果』を!」


 ゼノンは部屋の中央に立ち、芝居がかった口調で切り出した。


「講堂での高尚な『理論』の探求が大地を豊かにし、子供たちに素晴らしい『実践』の才を与える! これぞ我が『ヴァルモン・スタイル』の最終奥義! 『理論と実践の奇跡的融合』である!」


 コンラートとリアムは「おお……!」と、その言葉の響きに感嘆の声を漏らす。

 エリオットはただ、これから始まるであろう面倒な展開を予期し静かに眉をひそめた。


「そして私はついに悟ったのだ!」


 ゼノンは言葉を続ける。


「この素晴らしい『好循環』をアカデミーの中だけに留めておくのは、人類にとっての、いやこの世界にとっての、あまりにも大きな損失であると!」

「……と、申されますと……?」


 コンラートが恐る恐る尋ねた。

 ゼノンはニヤリと笑うと、とんでもない計画を口にした。


「コンラートよ! これより我がヴァルモン領の新たなる一大改革を開始する! その名も『領民総アカデミー化計画』だ!」

「りょ、りょりょ、領民総アカデミー化計画……でございますか!?」


 コンラートはその言葉の意味を理解できず、素っ頓狂な声を上げた。

 リアムもきょとんとしている。


「そうだ! 我が領の全ての民……農民も職人も商人も、そして兵士たちも! 全ての者に我がアカデミーで学ぶ機会を与えるのだ! 全ての者が我が『天啓』と『ヴァルモン・スタイル』の理論を学ぶことで、その実践能力は飛躍的に向上し領地全体の生産性は爆発的に高まるであろう!」


 ゼノンの計画はあまりにも壮大で、そしてあまりにも非現実的だった。

 全ての領民に、あのアカデミーの難解な哲学講義を受けさせるというのだ。


「なんと……!」


 コンラートは一瞬その無謀さに眩暈を覚えた。

 (農民に哲学を……? 繁忙期に……? 職人にあの難解な芸術論を……? それでは仕事が……)

 しかし彼のもはや病的なポジティブ解釈回路は即座に、そして力強く作動を開始した。

 (……おお! そういうことか! 若様は領民全ての『知的レベル』と『精神性』を底上げすることで、ヴァルモン領をただ豊かなだけの国ではなく、文化的にも精神的にも世界最高水準の国家へと導こうとされているのだ! なんという壮大で慈悲深きご計画……!)


「ゼノン様! まことに素晴らしいご英断にございます! 領民全ての啓蒙……。これぞ真の『天啓』の領主様ならではの壮大なご計画! このコンラート、感服いたしました!」


 コンラートは感動に打ち震えながら深々と頭を下げた。

 リアムもすぐにその「真意」を理解した。


「なるほど! 哲学を学んだ兵士はただの兵士にあらず! その一振りはもはや哲学的な問いかけとなる! ヴァルモン領の兵は世界最強の『哲学者部隊』となるのですね! 素晴らしい!」


 エリオットだけがその場で一人、静かな絶望に包まれていた。


「……お待ちください、ゼノン閣下」


 彼は勇気を振り絞って口を挟んだ。


「そのご計画は誠に素晴らしいものですが……。領民たちには日々の仕事がございます。農民は畑を耕し職人は物を作る……。彼ら全員に講義の時間を設けさせるのは、現実的に領地全体の生産性を逆に低下させる恐れがあるのでは……?」


 エリオットは極めて真っ当な、そして現実的な懸念を述べた。

 しかしゼノンはそれを鼻で笑った。


「エリオットよ、貴様はまだ分かっておらんようだな。生産性の低下だと? 逆だ! 我が哲学を学べば農民はより効率的な畑の耕し方に『天啓』を得るかもしれん! 職人は新たな『芸術的リサイクル』の発想を得るかもしれんのだぞ! 小手先の労働時間など些細な問題よ!」


 ゼノンの自信は揺るがない。

 彼は自分の哲学があらゆる問題を解決する万能薬だと信じ込んでいる。


「父上も常に仰っていた! 『まず精神を鍛えよ! 然らば肉体と技術は自ずとついてくる!』と!」


 (父はただ、面倒な訓練を部下に押し付けるための口実として言っていただけなのだが)

 ゼノンは父の言葉(の曲解)で、エリオットの現実的な反論を一蹴した。

 そしてコンラートに向き直り、最終的な命令を下した。


「コンラートよ! 早速この『領民総アカデミー化計画』の具体的な実施計画を練り私に提出せよ! まずは手始めにあのギルドの連中からだ! 彼らにヘーゲルとマリーナの『特別講義』を受けさせ、その『実践能力』をさらに高めてやるのだ!」

「ははーっ! かしこまりました!」


 コンラートは力強く応えた。

 エリオットはもはや何も言えなかった。

 (ギルドの職人たちにあの二人の講義を……? 終わった……。ヴァルモン領の産業が今日、終わった……)

 アカデミーではこの報せを聞いたヘーゲルとマリーナが、「ついに我々の理論を大衆に広める時が来た!」「実践の者たちに真の芸術とは何かを教えてあげましょう!」と、新たな講義資料の作成に意欲を燃やし始めていた。


 こうして領主ゼノンのあまりにも壮大で、あまりにも無謀な、そしてあまりにも勘違いに満ちた「領民総アカデミー化計画」が、今、始動しようとしていた。

 その最初のターゲットとされた職人ギルドの、そしてヴァルモン領全体の明日はどっちだ。

 エリオットの胃痛はもはや常時最大レベルに達していた。


四半期コメディランキングの2位に入っていました。


モチベがアップしたので更新頑張ります。

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